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作者: Ganndamu00
35話:ロイヤルダークソサエティの本質

 復興しつつあるミッドガル帝国の前線拠点の執務室。重厚な扉が静かに開き、黒い制服姿の少年が姿を現した。窓から差し込む夕刻の光が、プラチナブロンドの長い髪を輝かせるエクシアは、書類の山に囲まれながら顔を上げた。
 エクシアは言う。

「珍しいわね。私に会いに来るなんて。私にお願いをしにきたの? いつもの都合の良い女扱いね」

 ラスティは肩をすくめ、いつもの調子で歩み寄る。

「随分とユーモラスな事言う事になったね、エクシア。僕はその情緒の成長を嬉しく思うよ。だけど、そのとおりだ」
「酷い男。で?」

 ラスティは無言で一枚の書類を差し出した。エクシアはそれを受け取り、淡いサファイアの瞳で文字を追う。ページをめくるたびに、眉間に深いしわが刻まれていく。やがて、彼女は静かに息を吐いた。

「良いニュースね。だけど頭が痛いわ」

 書類にはこう記されていた。『ロイヤルダークソサエティの目的は今の世界法則である『輪廻転生』の否定。
 輪廻転生とは、次の人生というチャンスを与えて、自らへ与えられる苦難と、それを越える努力をすることで、魂を研磨する。そして最終的に優劣や勝利と敗北だけではない自分にとっての幸せな世界を与える法則。しかし次のチャンスがあるからといって、今苦しみ、救いを必要とする人々を救えない。だから壊し、作り変える』『ナイトオブラウンズ:世界を変える人間達。方針の違いこそあれどその目的はみんなの幸福・平和・発展である』

 エクシアの唇が苦々しく歪む。

「これがロイヤルダークソサエティの理念だとすると、私達は辛い状況になるわね」

 ラスティは静かに頷いた。

「そうだね。私達はこれらを否定する立場にある。ロイヤルダークソサエティの理念は極論ではあるが、それ故に全肯定できないが、それ故に否定しきれない強さもある」

 エクシアは書類を置き、指を組んで机に肘をついた。

 アーキバスが置かれている状況は、単なる「正義対悪」の構図では到底説明できない、極めて残酷なジレンマの渦中にある。

 ロイヤルダークソサエティは「人類全体の最終的な幸福」という、誰にも否定しがたい大義を掲げている。彼らの主張はこうだ。

 今の世界は輪廻転生の法則によって、長い時間をかけて人類を成長させ、最終的に完全な幸福へと導く仕組みになっている。しかしその過程で、今この瞬間に苦しみ、泣き叫び、肉塊にされて死んでいく無数の人々を救うことはできない。次の人生、次の世界に希望を託すしかない。

 それはあまりにも非人道的だ。だから世界法則そのものを破壊し、『今ここにいる全ての人々を救える新しい世界』を作り直すべきだ。

 これは、極論ではあるが、完全に間違っているとは言い切れない。むしろ、忌子として迫害され、家族を殺され、意識のあるまま解剖された者たちからすれば、「次の人生まで我慢しろ」と言われることほど残酷な言葉はない。

 ロイヤルダークソサエティの理念は、被害者感情に深く突き刺さる刃物でもある。一方、アーキバスの目的は「現体制の維持」である。

 つまり、彼らは「輪廻転生という世界法則そのものを守る側」に立っていることになる。
 忌子を救い、治療し、五体満足な身体を取り戻させ、社会に再び迎え入れる。それは確かに今この瞬間に苦しむ個人を救う、極めて人道的な行為だ。だが同時に、それは次の人生に希望を託すしかない無数の犠牲者を、これからも生み出し続けるシステムを肯定することでもある。

 アーキバスの構成員のほとんどは、自身がその「犠牲者」だった者たちだ。エクシアも、他の少女たちも、ロイヤルダークソサエティによって肉塊にされ、家族を殺され、絶望の淵に叩き落とされた過去を持つ。彼女たちは「復讐」を原動力の一つとして生きている。

 つまり、アーキバス内部には、「ロイヤルダークソサエティを許せない」「あの地獄を二度と繰り返させない」という感情と、「でもロイヤルダークソサエティの言う『今苦しむ人々を救えない世界は間違っている』という主張は、どこか正しいかもしれない」という葛藤が、常に渦巻いている。

 組織として「現体制の維持」を掲げながら、構成員一人ひとりが「現体制のせいで自分が地獄を見た」という矛盾を抱えている。しかも、ロイヤルダークソサエティの最終目的が「人類全体の幸福」である以上、「悪の組織を倒す」という単純な正義では、決して人心を掌握しきれない。

 もしロイヤルダークソサエティが「ただの権力欲に駆られた悪の集団」だったなら、少女たちは迷いなく剣を振るえた。だが彼らは「犠牲を最小限に抑えつつ人類を救おうとしている」という、歪んだ善意を本気で信じて行動している。だからこそ、アーキバスは「正しいことをしているはずなのに、どこかで自分たちが間違っているのではないか」という、底なしの倫理的泥沼に足を取られている。

 ロイヤルダークソサエティを潰せば、今この瞬間に救える命は増えるかもしれない。しかし世界法則が壊れれば、輪廻転生という「長い目で見れば人類を救う仕組み」そのものが失われ、永遠に救われない魂が生まれる可能性もある。

 ロイヤルダークソサエティを放置すれば、忌子は増え続け、少女たちと同じ地獄を見た者たちがまた生まれる。

 ロイヤルダークソサエティの理念を一部認めた途端、組織内部の復讐心が暴走し、崩壊する危険性がある。

 アーキバスは、「個人を救うこと」と「人類全体を救うこと」の、どちらも正しい二つの正義が、完全に相容れない形で衝突している戦場に、自ら立ってしまっている。

 それが、彼女たちを最も苛む、逃げ場のない苦しみの正体なのだ。

「アーキバスはロイヤルダークソサエティの活動の途中で発生する忌子を救助して、構成に組み込んだ組織。その目的は『忌子の救済』『現体制の維持』『治安維持』。しかしその性質上、復讐をモチベーションとする子も多い」
「だろうね。コミュニティから追放されやすい風土を作り、肉塊になるように仕込まれ、それを確保して意識があるまま人体実験だ。命以外の全てを失った」

彼の声はどこか遠い。まるで他人事のように淡々と、それでいて確かに胸の奥に灯る怒りを孕んで。

「みんなを救済するために少数の犠牲は我慢しろ。そう言いたいわけだ」
「当事者からすればふざけるな、と言いたいところだけど、犠牲そののを最小限に抑えて技術を進歩させる手腕には舌を巻くしかないわね」

 彼女は自分の五体満足な手を見下ろした。かつて肉塊となり、森に捨てられたはずの身体。今もこうして美しく、自由に動く。

「人類をリソースとする。それは誰にもできるだろうけど、効率的には差が出るだろうし、それに耐えられるとは思えない」

 アーキバス、特にエクシア個人が抱えている

「どうしようもない苦しさ」の核心は「自分はロイヤルダークソサエティの主張を、完全に否定できない立場で救われた存在」だからだ。

 エクシアは「少数の犠牲」そのものだったロイヤルダークソサエティの論理では、「人類全体を救うためには、忌子という少数の犠牲はやむを得ない」エクシアはその「少数の犠牲」に選ばれた一人でした。

 エルフの森から追放され、肉塊にされ、意識のあるまま解剖台に乗せられようとしていた。ロイヤルダークソサエティの言い分を通せば、彼女は「人類の未来のために仕方なく捨てられたリソース」だった。しかし彼女は救われた。ラスティに拾われ、治療され、五体満足のまま生き延びた。

 ロイヤルダークソサエティのシステムを否定する形で、個人が救われた。これはロイヤルダークソサエティの理論を完全に否定する「反証」であると同時に、「救えたのはたった一人(とアーキバス)に過ぎない」という、圧倒的なスケールでの「例外」にしかすぎない。だからこそ、ロイヤルダークソサエティの「効率」という言葉が刺さるラスティが言った通り、「人類をリソースとする。それは誰にもできるだろうけど、効率的には差が出る」

 ロイヤルダークソサエティは実際に、忌子を意図的に作り、それを回収し、人体実験で魔力技術を飛躍的に進歩させ、その成果を世界全体に還元している(兵器、薬、魔法体系の進化など)エクシアが今こうして「美しい手」で剣を振るえているのも、皮肉なことに、ロイヤルダークソサエティが作り上げた技術体系の恩恵を受けている部分がある。

 彼女の身体を治したラスティの魔力操作の極致も、ロイヤルダークソサエティが血と肉で積み上げた研究の頂点を世界へ技術体系としたからこそである。

 当事者だからこそ「ふざけるな」と叫びたいのに、叫びきれない「少数の犠牲で大多数を救う」という論理は、被害者本人からすれば「ふざけるな」としか言いようがない。でも同時に、自分一人を救うために、世界全体の進歩を止めて良いのか? という、途方もなく重い問いが突き刺さる。

 エクシアは「救われた当事者」であるがゆえに、ロイヤルダークソサエティを心から憎んでいる。でもロイヤルダークソサエティの「効率」という言葉に、完全に反論できない自分が生きていること自体が、ロイヤルダークソサエティの理論の「例外」でしかないという、三重の苦しみを背負っている。

 最終的に、彼女は「自分の救済が正しかった」と言い切れない自分が救われたのは嬉しい。

 ラスティに会えたのは幸せだ。

 でも、「自分と同じ目に遭った何万、何十万という少女たちは、今も肉塊にされ続けている」「自分だけが救われたという事実は、ロイヤルダークソサエティの主張をむしろ補強してしまうのではないか」この自責の念が、エクシアの瞳の奥にいつも小さな影を落としている理由だ。

 だから彼女は、五体満足な手を見つめながら、「舌を巻くしかない」と、苦々しく呟くしかない。

憎い。
許せない。
でも、完全に否定しきれない。

 それが、アーキバス──特にエクシアが背負う最も重く、逃げ場のない苦しだ。
 エクシアは小さく笑って、書類を閉じた。

「まぁいいわ。これを念頭に戦略を練りましょう。この情報を届けてくれてありがとう」

 ラスティは首を振る。

「あ、そっちはついで。本題はこっから」

 エクシアが怪訝そうに眉を寄せる。嫌な予感を感じながら。

「なに?」

ラスティはにやりと笑った。夕陽を背に、まるで少年のような、無邪気で、どこか眩しい笑顔を。

「一緒に青春しよう」

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