残酷な描写あり
R-15
172 不可解
フォスターは明日の予定で一つ気がかりなことがあった。
「そうだ。カイルは明日どうすればいいですかね? 一緒に来たらうちの親と神殿内を見学したいとか言い出しかねないんですけど」
「そのカイルくんがこの盾を作ったのだよね?」
「はい」
マイヤーフが提案する。
「それなら神の石の道具を作る工房に案内してあげたらどうだろう」
「ああ、それならあいつ喜ぶと思います。今日も街中で機巧から離れませんでしたし」
「工房の連中もこの盾に興味を持つよ。量産できたら飛ぶように売れると思う」
「あー……それは無理そうなんですよね……」
表情が曇ったフォスターを見てマイヤーフは付け足す。
「もちろん、売り上げの契約割合分が発明者本人に入るようにするよ?」
「あ、そういう話ではなく……」
「何か問題があるのかね?」
「必要なものが手に入らないんです」
「なるほど。具体的には何の素材かな?」
「この金属です。うちの町の盾や鎧、剣に使われているものなんですけど……」
それを聞いてマイヤーフとリジェンダの二人は盾を凝視し、触り、そして持ち上げた。
「見た目に反してやたら軽いな」
「聖銀では無いのか? 何の金属だ? 神の司る金属だったら出回っていても良さそうだが」
この世界の金属は世界の成り立ち上、自然ではほとんど産出されない。神の力で作られている。
「なんでも、神話時代の代物で、反力石を融かして混ぜてあるんだとか」
フォスターのその言葉に二人は驚愕した。
「神の石を融かす!?」
「神の石を融かしたという話は聞いたことがない!」
かなりの勢いでそう言われ、フォスターはたじろいだ。
「え、そうなんですか。確かにカイルも最高温度でも融けなかったとは言ってましたけど……」
「マフティロ、何で教えてくれないんだ!」
「そんなこと言われても、聞かれませんでしたし、僕は元々そっち方面には疎くて」
「……お前は工業技術系に興味が無かったな、そういえば」
「つまり、この金属でなければ作れない、そういうことだね?」
「はい」
マイヤーフとリジェンダは考え込んだ。
「神の石を削ることは出来るから、何か方法があるのかもしれないが……」
「そもそも、神の石を融かしてあるという情報はどこから?」
「確か……うちの大神官から聞いた話だったと思います」
『おそらく、レア兄、神の子から聞いたんだと思う』
ビスタークが横から情報を付け足す。
「具体的にどうするかはわからないんだね?」
『ああ』
「研究者に話してみるか……」
「まあ、既に試したことはあると思うけど」
思考の海に沈もうとしている二人をフォスターは現実に引き戻す。
「この前、カイルと話したんです。空にあった飛翔神の町にこの装備一式が残ってないかなって」
「なるほど。金属を開発するより遺跡を探すほうが早いかもしれないか」
「でも、どこにあるのかわからないんですよね?」
「当時の記憶と記録は大体消されたようだからね」
「でも完全に消えていたら空の上の町の話はみんな知らないはずですよね?」
「うん、そうだね。だから一部の都の神殿には記録が残っているんだと思うよ」
「じゃあそれも各都に聞いてみるとしよう」
神が罪により人間に落とされる話と共に情報を探してもらえることになった。
「この金属以外では出来ないのかな?」
「カイルは試してみたと言ってました。他の金属や板ではそもそも浮かないし、車輪をつけても理力の伝導率が悪くて速く走れないそうです」
「実用的では無いってことだね」
「でもその仕組みは研究する価値がありそうだ。工房に紹介するべきだろう」
「それか、もっと専門的な研究機関とかね」
「うちの都には無いからなあ」
「一番良いところは風の都だろう」
「人材を取られるようで癪だが、確かにあっちでならすごいものを開発できそうな気がするね。まあ、遠いから今すぐどうなるものでもないが」
リジェンダは話題を変える。
「えーと、後は調査の進展報告かな」
「お願いします」
「まあ、まだ日にちが経ってないから大した報告は無いんだが……」
まだフォスターが飛翔神の町へ戻ってから六日しか経っていない。気まずそうに頭を掻きながらリジェンダは話し始めた。
「えーと、忘却石は手に入れたよ。だから少しずつ神衛を正気に戻してるところだ。いっべんに正気に戻すとこっちも混乱するし、契約上、石を使えるのが忘却神の町に行かせた二人だけなこともあって時間がかかってる」
「もう戻って来たんですか。早いですね」
「私が泳神の町まで転移石で連れて行ったからね。勿論帰りも迎えに行ったよ」
「大神官自ら?」
「うん。私の母の実家に転移するからね。他の者を勝手に行かせられないだろう?」
「まあ、そうですね……」
ついでにサボって副官のタトジャが静かに怒っていそうだなと思ったが言うのはやめておいた。
「闇の都と空の都の調査隊はまだ進展無しだ」
「ですよね」
「あ、でも一つだけ良い知らせだ。空の都が調査隊を出発させたら神の石の降臨数が少し増えたそうだよ」
「転移石が?」
「うん。このまま調査が上手く行けばもっと増えるかもしれないって」
そのまま転移石の降臨数が増えれば相場も下がり手に入りやすくなるはずである。
「それからキナノスとエクレシアから聞き込みをしてストロワ氏の似顔絵を作成した。それを元に各方面へ捜索願いを出している。ティリューダ、出してくれ」
ティリューダはストロワの似顔絵の書かれた紙を差し出した。とても単純な感じの絵だったが、フォスターが過去で見たストロワの特徴と一致していた。
『ああ、うん。こんな感じの顔だった。なんかすごく簡略化されてるが』
「こういう絵のほうが手掛かりは得られやすいらしいよ。あまりに精巧な絵だと逆に情報が集まらないんだとか」
『まあそれはそっちに任せる。他には何か進展無いか?』
リジェンダはその言葉を待っていたかのように話を続ける。
「向こうの拠点と言われていた民家の賃借人の名前は破壊神神官たちと行動を共にしていた女と同じ名前だったのは聞いてるよね?」
「はい」
「聞き取りをしたところ、容姿も同じ特徴だった。薄水色の真っ直ぐな長髪の美人だそうだ。心当たりあるかい?」
「いえ、全然」
『そんな髪色の奴なんてそれなりにいそうだしな』
「ただ、一つ引っかかることがあってね。二十年くらい聞き込みの時差があるのに容姿の特徴が変わっていないようなんだ。どちらに聞いても三十手前くらいの見た目だと言っていた」
「まあ……中にはそういう人もいますし……」
歳を取っても若々しい人というのはいる。美人なら特にそう思えるのではないだろうか。
「あと、神官登録されてたよ。二十一年前にね」
『俺がここにいた頃だな……』
「他の都でも調べてもらった。星の都ではここのふた月くらい前に神官登録されていた。さらに離れた土の都なんてそれより後、ひと月前だ」
「移動だけでもそれくらいかかりますよね? というか、土の都のほうが遠いのに」
『当時からあったってことだな。「拠点」が』
ビスタークの言葉にリジェンダは頷く。
「全ての都で神官登録されていた。あとはここの登録より後だったが」
『町の名前は登録されてなかったのか?』
「無かったね。就職先未定扱いだったが、一番最後に登録した闇の都では『葛神』となっていた」
『破壊神の仮名だな』
「他の都ではその名前で家を借りてなかったんですか?」
「調べてもらったけど今のところ無かった。まあ、まだ全部の聞き取りが済んでないし」
「あ、そうですよね」
建物の持主に賃借人の名前を聞き込みしなければならないので時間がかかるのは当然だ。
「しかし、かなり優秀だね」
「そうですね。全ての都の神官の試験に合格している。しかも短期間で。伯父上が現役の頃にここの試験に合格していますよ。覚えは?」
「あるわけないだろう。あんなに大勢いるのに。そういう君はどうなんだ。この頃はもう大神官の試験は全て終わって戻ってきていただろう」
「はは、全くわかりません」
「だろうね。しかし、この『アイサ』という女性が首謀者なのだろうか」
「どうでしょう……この女も使われているだけかもしれませんし」
しばらく大神官と前大神官は考えていたが結論は出なかった。そして盾のことを思い出し廊下に出ていき、二人で子どものようにはしゃいで乗り回していた。その後、執事のアーブに見つかり二人とも叱られていた。
「そうだ。カイルは明日どうすればいいですかね? 一緒に来たらうちの親と神殿内を見学したいとか言い出しかねないんですけど」
「そのカイルくんがこの盾を作ったのだよね?」
「はい」
マイヤーフが提案する。
「それなら神の石の道具を作る工房に案内してあげたらどうだろう」
「ああ、それならあいつ喜ぶと思います。今日も街中で機巧から離れませんでしたし」
「工房の連中もこの盾に興味を持つよ。量産できたら飛ぶように売れると思う」
「あー……それは無理そうなんですよね……」
表情が曇ったフォスターを見てマイヤーフは付け足す。
「もちろん、売り上げの契約割合分が発明者本人に入るようにするよ?」
「あ、そういう話ではなく……」
「何か問題があるのかね?」
「必要なものが手に入らないんです」
「なるほど。具体的には何の素材かな?」
「この金属です。うちの町の盾や鎧、剣に使われているものなんですけど……」
それを聞いてマイヤーフとリジェンダの二人は盾を凝視し、触り、そして持ち上げた。
「見た目に反してやたら軽いな」
「聖銀では無いのか? 何の金属だ? 神の司る金属だったら出回っていても良さそうだが」
この世界の金属は世界の成り立ち上、自然ではほとんど産出されない。神の力で作られている。
「なんでも、神話時代の代物で、反力石を融かして混ぜてあるんだとか」
フォスターのその言葉に二人は驚愕した。
「神の石を融かす!?」
「神の石を融かしたという話は聞いたことがない!」
かなりの勢いでそう言われ、フォスターはたじろいだ。
「え、そうなんですか。確かにカイルも最高温度でも融けなかったとは言ってましたけど……」
「マフティロ、何で教えてくれないんだ!」
「そんなこと言われても、聞かれませんでしたし、僕は元々そっち方面には疎くて」
「……お前は工業技術系に興味が無かったな、そういえば」
「つまり、この金属でなければ作れない、そういうことだね?」
「はい」
マイヤーフとリジェンダは考え込んだ。
「神の石を削ることは出来るから、何か方法があるのかもしれないが……」
「そもそも、神の石を融かしてあるという情報はどこから?」
「確か……うちの大神官から聞いた話だったと思います」
『おそらく、レア兄、神の子から聞いたんだと思う』
ビスタークが横から情報を付け足す。
「具体的にどうするかはわからないんだね?」
『ああ』
「研究者に話してみるか……」
「まあ、既に試したことはあると思うけど」
思考の海に沈もうとしている二人をフォスターは現実に引き戻す。
「この前、カイルと話したんです。空にあった飛翔神の町にこの装備一式が残ってないかなって」
「なるほど。金属を開発するより遺跡を探すほうが早いかもしれないか」
「でも、どこにあるのかわからないんですよね?」
「当時の記憶と記録は大体消されたようだからね」
「でも完全に消えていたら空の上の町の話はみんな知らないはずですよね?」
「うん、そうだね。だから一部の都の神殿には記録が残っているんだと思うよ」
「じゃあそれも各都に聞いてみるとしよう」
神が罪により人間に落とされる話と共に情報を探してもらえることになった。
「この金属以外では出来ないのかな?」
「カイルは試してみたと言ってました。他の金属や板ではそもそも浮かないし、車輪をつけても理力の伝導率が悪くて速く走れないそうです」
「実用的では無いってことだね」
「でもその仕組みは研究する価値がありそうだ。工房に紹介するべきだろう」
「それか、もっと専門的な研究機関とかね」
「うちの都には無いからなあ」
「一番良いところは風の都だろう」
「人材を取られるようで癪だが、確かにあっちでならすごいものを開発できそうな気がするね。まあ、遠いから今すぐどうなるものでもないが」
リジェンダは話題を変える。
「えーと、後は調査の進展報告かな」
「お願いします」
「まあ、まだ日にちが経ってないから大した報告は無いんだが……」
まだフォスターが飛翔神の町へ戻ってから六日しか経っていない。気まずそうに頭を掻きながらリジェンダは話し始めた。
「えーと、忘却石は手に入れたよ。だから少しずつ神衛を正気に戻してるところだ。いっべんに正気に戻すとこっちも混乱するし、契約上、石を使えるのが忘却神の町に行かせた二人だけなこともあって時間がかかってる」
「もう戻って来たんですか。早いですね」
「私が泳神の町まで転移石で連れて行ったからね。勿論帰りも迎えに行ったよ」
「大神官自ら?」
「うん。私の母の実家に転移するからね。他の者を勝手に行かせられないだろう?」
「まあ、そうですね……」
ついでにサボって副官のタトジャが静かに怒っていそうだなと思ったが言うのはやめておいた。
「闇の都と空の都の調査隊はまだ進展無しだ」
「ですよね」
「あ、でも一つだけ良い知らせだ。空の都が調査隊を出発させたら神の石の降臨数が少し増えたそうだよ」
「転移石が?」
「うん。このまま調査が上手く行けばもっと増えるかもしれないって」
そのまま転移石の降臨数が増えれば相場も下がり手に入りやすくなるはずである。
「それからキナノスとエクレシアから聞き込みをしてストロワ氏の似顔絵を作成した。それを元に各方面へ捜索願いを出している。ティリューダ、出してくれ」
ティリューダはストロワの似顔絵の書かれた紙を差し出した。とても単純な感じの絵だったが、フォスターが過去で見たストロワの特徴と一致していた。
『ああ、うん。こんな感じの顔だった。なんかすごく簡略化されてるが』
「こういう絵のほうが手掛かりは得られやすいらしいよ。あまりに精巧な絵だと逆に情報が集まらないんだとか」
『まあそれはそっちに任せる。他には何か進展無いか?』
リジェンダはその言葉を待っていたかのように話を続ける。
「向こうの拠点と言われていた民家の賃借人の名前は破壊神神官たちと行動を共にしていた女と同じ名前だったのは聞いてるよね?」
「はい」
「聞き取りをしたところ、容姿も同じ特徴だった。薄水色の真っ直ぐな長髪の美人だそうだ。心当たりあるかい?」
「いえ、全然」
『そんな髪色の奴なんてそれなりにいそうだしな』
「ただ、一つ引っかかることがあってね。二十年くらい聞き込みの時差があるのに容姿の特徴が変わっていないようなんだ。どちらに聞いても三十手前くらいの見た目だと言っていた」
「まあ……中にはそういう人もいますし……」
歳を取っても若々しい人というのはいる。美人なら特にそう思えるのではないだろうか。
「あと、神官登録されてたよ。二十一年前にね」
『俺がここにいた頃だな……』
「他の都でも調べてもらった。星の都ではここのふた月くらい前に神官登録されていた。さらに離れた土の都なんてそれより後、ひと月前だ」
「移動だけでもそれくらいかかりますよね? というか、土の都のほうが遠いのに」
『当時からあったってことだな。「拠点」が』
ビスタークの言葉にリジェンダは頷く。
「全ての都で神官登録されていた。あとはここの登録より後だったが」
『町の名前は登録されてなかったのか?』
「無かったね。就職先未定扱いだったが、一番最後に登録した闇の都では『葛神』となっていた」
『破壊神の仮名だな』
「他の都ではその名前で家を借りてなかったんですか?」
「調べてもらったけど今のところ無かった。まあ、まだ全部の聞き取りが済んでないし」
「あ、そうですよね」
建物の持主に賃借人の名前を聞き込みしなければならないので時間がかかるのは当然だ。
「しかし、かなり優秀だね」
「そうですね。全ての都の神官の試験に合格している。しかも短期間で。伯父上が現役の頃にここの試験に合格していますよ。覚えは?」
「あるわけないだろう。あんなに大勢いるのに。そういう君はどうなんだ。この頃はもう大神官の試験は全て終わって戻ってきていただろう」
「はは、全くわかりません」
「だろうね。しかし、この『アイサ』という女性が首謀者なのだろうか」
「どうでしょう……この女も使われているだけかもしれませんし」
しばらく大神官と前大神官は考えていたが結論は出なかった。そして盾のことを思い出し廊下に出ていき、二人で子どものようにはしゃいで乗り回していた。その後、執事のアーブに見つかり二人とも叱られていた。