とある魔法少女の夢の中
明晰夢を見たことがある。そこは夢のような世界だった
「イヤよ」
まっしろな空間のなか、少女は突き放すように宣言した。
睨みつけるような視線。その先に人はおらず、ただいっぴきの犬がちょこんとお座り。
犬だから無表情のはず。それなのに、困ったとでも言いたい顔だとわかった。
「まだ何も言ってないよ?」
「夢の仲間で侵入してくるな! その口閉じれなくしてやろうか?」
少女は、先ほどまでこの空間に無かったはずの杖を手に持つ。そして構える。いつでも呪文を唱えられる。
呪詛のような呪文を唱えようとして、犬がまた口を動かさずに音を出す。
「すごいなぁ。もうこの夢の中で動けるんだね」
「ウチは関係ないでしょ! あのバカと黒いのと鎧の三人で勝手にやってなさいよ」
「魔法使いがいてくれたら百人力なんだけどなぁ」
火の玉が飛んだ。それは犬の目前で消滅した。
「おあいにくさま。その魔術師は研究で忙しいんだって」
「この世界のヒミツ、知りたくないかい?」
「他人の力なんて借りなくても結構。自分でなんとかするわよ」
「……ふーん」
氷柱。土壁。鎌鼬。溶岩。閃光。深淵。
魔法使いの杖先から七色の呪文が炸裂し、そのことごとくが、白い世界でちょこんと座る大型犬の前に消失していく。
放たれる拒絶の証。犬は垂れ耳をぴくりとさせた。
「スキル詠唱なし。レベル上げしてたわけじゃないのに、よくここまで研鑽できたね」
「モンスターをぶっ倒すような脳筋じゃないのよウチは」
「確かに、読書でもスキルレベルは上げられるけどさぁ……経験値量自体はバトルの十分の一にも満たないのに」
「余計なお世話よ!」
最後にありったけの水流を放ち、少女は小さい身体に似合わぬ大声で叫んだ。
「うん、いい水だった」
それは消滅せず犬の身体を飲み込み、そのまま突き抜けた。
耳の奥まで浸透するような高音で叫ぶ少女は、意外に感じたことを悟られぬよう若干だけ目を見開いた。
「消さなかったのね。それとも、ウチがこの夢の世界を完全に操れたのかしら」
「水が好きなんだ。ボクという種族のせいか、これでも泳ぎは得意なんだよ?」
それから、犬はカワウソのような尻尾をゆらした。
「やれやれ。ここまでできるのに覚醒してないんだから」
「覚醒? グレースが使ったスキルのことね」
水鉄砲をまともに受けたというのに水滴ひとつ垂れやしない。少女はいったん杖を下げ、しかたなく彼の言葉を脳内で反芻した。
覚醒スキル。この目で見て、本人から話を聞いた。
異世界人ならみんな使えるはずのスキルだと言う。あの説明ベタな天然アサシンめ、もっと論理的な説明をしろと文句の一つでも言いたくなる。
とはいえ、この駄犬の言動からして異世界人なら全員使えるというのは真実だろう。あのスキル、たしか変身といったか? 所見から得られる効果予測は身体能力の強化とそれに伴う外見の変化。
後者のメリットがよくわからないけど、魔導をより精緻化できるなら習得するに越したことはない。
「興味あるかな?」
「そんな口車に乗っかるほどバカじゃないわ」
いちど手のひらに据えられたが最後、このクソ犬の思うように踊らされるに決まってる。
やってられない。ウチはウチの人生を歩みたいのだ。たとえ異世界に落とされたとしても。
たとえ、元の世界の記憶を失っていたとしても。
(ウチはウチだ)
石を積み重ねていけば、それはやがて山になる。
身体は小さいけど、この高い志をもってウチは成長していく。
「……なるほど」
不動の覚悟だ。犬はそう思った。
だからこそ、彼女が必要だ。
「キミだけに伝えなきゃいけないことがある」
「だから、そんな口車に乗るほどバカじゃないって何度――」
「勘違いしないで。キミが本当にその道を選択するならボクは止めない。キミを利用するつもりもない」
うそだ。少女はそう思った。
「ただ、キミのケルンのような覚悟を受け取ったからには、ボクも自分の胸の内を明かそうと思う。現時点で、できるかぎりの」
そして、その犬は言葉を紡いだ。
「ッ!」
少女は目を見開いた。
「大事なことだからもう一度言うね。ボクはキミの選択を尊重する。キミを利用するつもりはないし、縛り付けるつもりもない。けど」
彼の姿が透けていく。
「この世界を救えるのはキミたちだけなんだ」
まっしろな空間に少女がひとり。果てなど存在するかわからぬこの世界が、それでも終焉を迎えようとしているのがわかる。
「……ふんっ」
(そのいい周り、かんっぜんに他人を利用する人のそれじゃない)
先ほどまで自分に語りかけてきた存在がいた場所を険しい目で睨みつけたまま、少女の意識も闇に沈んでいった。
まっしろな空間のなか、少女は突き放すように宣言した。
睨みつけるような視線。その先に人はおらず、ただいっぴきの犬がちょこんとお座り。
犬だから無表情のはず。それなのに、困ったとでも言いたい顔だとわかった。
「まだ何も言ってないよ?」
「夢の仲間で侵入してくるな! その口閉じれなくしてやろうか?」
少女は、先ほどまでこの空間に無かったはずの杖を手に持つ。そして構える。いつでも呪文を唱えられる。
呪詛のような呪文を唱えようとして、犬がまた口を動かさずに音を出す。
「すごいなぁ。もうこの夢の中で動けるんだね」
「ウチは関係ないでしょ! あのバカと黒いのと鎧の三人で勝手にやってなさいよ」
「魔法使いがいてくれたら百人力なんだけどなぁ」
火の玉が飛んだ。それは犬の目前で消滅した。
「おあいにくさま。その魔術師は研究で忙しいんだって」
「この世界のヒミツ、知りたくないかい?」
「他人の力なんて借りなくても結構。自分でなんとかするわよ」
「……ふーん」
氷柱。土壁。鎌鼬。溶岩。閃光。深淵。
魔法使いの杖先から七色の呪文が炸裂し、そのことごとくが、白い世界でちょこんと座る大型犬の前に消失していく。
放たれる拒絶の証。犬は垂れ耳をぴくりとさせた。
「スキル詠唱なし。レベル上げしてたわけじゃないのに、よくここまで研鑽できたね」
「モンスターをぶっ倒すような脳筋じゃないのよウチは」
「確かに、読書でもスキルレベルは上げられるけどさぁ……経験値量自体はバトルの十分の一にも満たないのに」
「余計なお世話よ!」
最後にありったけの水流を放ち、少女は小さい身体に似合わぬ大声で叫んだ。
「うん、いい水だった」
それは消滅せず犬の身体を飲み込み、そのまま突き抜けた。
耳の奥まで浸透するような高音で叫ぶ少女は、意外に感じたことを悟られぬよう若干だけ目を見開いた。
「消さなかったのね。それとも、ウチがこの夢の世界を完全に操れたのかしら」
「水が好きなんだ。ボクという種族のせいか、これでも泳ぎは得意なんだよ?」
それから、犬はカワウソのような尻尾をゆらした。
「やれやれ。ここまでできるのに覚醒してないんだから」
「覚醒? グレースが使ったスキルのことね」
水鉄砲をまともに受けたというのに水滴ひとつ垂れやしない。少女はいったん杖を下げ、しかたなく彼の言葉を脳内で反芻した。
覚醒スキル。この目で見て、本人から話を聞いた。
異世界人ならみんな使えるはずのスキルだと言う。あの説明ベタな天然アサシンめ、もっと論理的な説明をしろと文句の一つでも言いたくなる。
とはいえ、この駄犬の言動からして異世界人なら全員使えるというのは真実だろう。あのスキル、たしか変身といったか? 所見から得られる効果予測は身体能力の強化とそれに伴う外見の変化。
後者のメリットがよくわからないけど、魔導をより精緻化できるなら習得するに越したことはない。
「興味あるかな?」
「そんな口車に乗っかるほどバカじゃないわ」
いちど手のひらに据えられたが最後、このクソ犬の思うように踊らされるに決まってる。
やってられない。ウチはウチの人生を歩みたいのだ。たとえ異世界に落とされたとしても。
たとえ、元の世界の記憶を失っていたとしても。
(ウチはウチだ)
石を積み重ねていけば、それはやがて山になる。
身体は小さいけど、この高い志をもってウチは成長していく。
「……なるほど」
不動の覚悟だ。犬はそう思った。
だからこそ、彼女が必要だ。
「キミだけに伝えなきゃいけないことがある」
「だから、そんな口車に乗るほどバカじゃないって何度――」
「勘違いしないで。キミが本当にその道を選択するならボクは止めない。キミを利用するつもりもない」
うそだ。少女はそう思った。
「ただ、キミのケルンのような覚悟を受け取ったからには、ボクも自分の胸の内を明かそうと思う。現時点で、できるかぎりの」
そして、その犬は言葉を紡いだ。
「ッ!」
少女は目を見開いた。
「大事なことだからもう一度言うね。ボクはキミの選択を尊重する。キミを利用するつもりはないし、縛り付けるつもりもない。けど」
彼の姿が透けていく。
「この世界を救えるのはキミたちだけなんだ」
まっしろな空間に少女がひとり。果てなど存在するかわからぬこの世界が、それでも終焉を迎えようとしているのがわかる。
「……ふんっ」
(そのいい周り、かんっぜんに他人を利用する人のそれじゃない)
先ほどまで自分に語りかけてきた存在がいた場所を険しい目で睨みつけたまま、少女の意識も闇に沈んでいった。