▼詳細検索を開く
作者: 犬物語
殺意
人を恨んだことがありますか?

どのくらい恨みましたか?
「お見苦しいところを見せてしまいましたな」

 乱暴に扉を開け放ち消えてしまった孫娘の姿を目で追って、ティベリアさんはさみしげに息を吐いた。

「あの年頃の子は活力に溢れているものだ」

 僧侶がすかさずフォローを入れる。それから言葉を選ぶように唸り、彼と同じように扉の向こうへ消えた少女に目をやった。

「ティベリア殿の言うとおり、彼女にこの村はちと狭いのかもしれん」

「気が短い子ねぇ」

 他人事のようにおすまし顔なのは、我がパーティー身長最年少のドロちんである。その意見には同意だけど誰かに似てるなぁって言葉はノドの奥にしまっておこう。

「あの子が両親を失って以来、ワシらはあの子の父親代わりになろうとしたんじゃ」

「ティベリアさん。あまり気にしすぎないほうが」

 力のない声だった。あんずちゃんが気遣うように寄り添うけど、おじいさんの垂れ下がった肩に活力を与えるだけのエネルギーがない。

 ろうそくの炎が揺れる。遠くからゴロゴロという音が迫っていた。

「子育ては経験済みじゃったからのう。今度もうまくやれると思ったんじゃが」

「そんな、ティベリアさんはちゃんとやっていますわ。ジェネザレスさんだって」

「あんずさん、親切にありがとうね。でもね、年のせいか、キネレットの気持ちがよくわからないことがおおくてね」

 ジェネザレスさんは変わらなく微笑んでる。けど、そこにはどこか悲しみが見て取れた。

(うーんやだやだなんかこの空気やだ)

 もっと明るく! なんて言わないけど湿気のせいでジメジメしてる。とっさの判断で出た言葉がこれだった。

「キネレットちゃんのパパママはどうして死んじゃったの? ――あっ」

 言った瞬間気づく、これ地雷じゃね?

(っべー)

 ブッちゃんがすげー形相でこっち見てるし。あんずちゃんも「なに聞いちゃってくれてるの?」な態度だしドロちんでさえ非難轟々の視線だし。

「ち、ちがうの! わたしそんなつもりじゃなくて、その」

 よくぞ聞いてくれました! なんて返答あるわけねーし。ほらめっちゃ俯いて落ち込んでるじゃん何してんだよわたし時間よもどれ!

「ありがとう。気を使わせてしまったかな」

 かけていたメガネを外す。年を重ねた手がそれをテーブルへと運び、それから彼はゆっくりと両手を組む。

 長い話の準備をするかのように。

「五年前、ガラリーに盗賊が押し寄せたんじゃ」

 よくある話。だけどその結末はロクなものじゃない。わたしたちは息を呑んだ。

「こんな村になにがある? 客人をもてなす宿もなければ武器防具を売る商店もない。じゃがそれがヤツらにとって好都合じゃった。金目のものがなければ盗賊なぞやってこないからな……ここには警護の兵などおらんかったよ」

 そして今もな。彼はそう続け額を両手に当てた。

「まずは村すべての家に押し入り食糧や些細な量の金をすべて奪った。抵抗する者はすべて殺され、その波はここにも来た。いや、ガラリーのなかでは最も金目のある家じゃろう」

 その記憶が蘇ったのだろう。傍で聞いていたおばあさんは声のするほうから顔をそむけ、頬に雫をたらしていた。

「ティベリア殿、もうやめてください。我々はそのようなつもりで尋ねたわけではありません」

「いいや聞いてくれブーラー。そのほうがワシらも落ち着く。それになぜか、この話を明かさなければならない気がするんじゃ」

「では、せめてこれを飲んでからにしてください」

 あたたかいハーブティーを差し出す。ティベリアさんはひと呼吸置いてそれを口に含み、透き通るような香りにこころを落ち着かせた。

(あ、そういえば食事中だったっけ)

 でも、今って食べ物に手ぇ伸ばせるような空気じゃないよね?

「ヤツらは馬を奪おうとした。それから家の中にいたミニアを見つけ乱暴しようとした。その時、ワシの息子バハルは商売を終えガラリーへ戻ってきたところじゃった」

「ということは、ふたりとも盗賊にやられてしまったのね」

「魔法使いのお嬢さんの言うとおりじゃ……バハルが駆けつけたころにはすでにミニアの命は奪われ、盗賊たちは村から出ようとしていたところじゃった」

「それでは、バハルさんは敵討ちのために」

 あんずちゃんの問いに、ティベリアさんはただ頷いた。

「武器も持たぬ農民になにができる? 息子は雨のぬかるんだ道を歩いて、荷車を引いて村に帰ってきたんじゃ。そんな息子に、あの盗賊どもは何をしたと思う?」

 シワだらけの手に力がはいる。その目が、わたしにこれまでの旅路で見てきたそれを思い起こさせる。

 殺意。

(あの目。人をホンキで殺めようとする時の目だ)

 言霊という概念がこの世にあるのなら、この世界はどう傾いていくのだろう。

 おじいさんの気持ちに応えるかのように、窓の外では暗雲が立ち込め始めていた。
Twitter