小話:ちかごろのルームメイトについて 前編
あんなことがあったからね
さいきんグレースがおかしいですわ。
「大丈夫あんずちゃん!」
マモノが一匹こちらに接近。それを迎え撃とうと剣を掲げたとき、突然マモノの頭上にクナイが刺さり、その後ひとりの少女がマモノの喉首を掻っ切りました。
地面に着地する少女。マモノは黒い光となって霧散し、少女の頬には返り血のかわりにその黒いモヤがかかりました。
「え、ええ。わたくしは平気ですから」
この程度なら助けなどなくとも対処できた。わたくしはその言葉を飲み込みました。
「アナタは?」
「やだなーあんずちゃん! アナタなんて他人行儀だよ?」
わたくしの友人はにこやかな笑顔でこちらに接近しました。
すこし、怖かった。
「あ、ドロちんあぶない!」
言って、少女は消えた。次の瞬間には小さな身体に大きなとんがり帽子をかぶった子どもの傍に寄っている。
見た目は子ども。でもこのわたくしたちより年上らしい。準備していた魔法を放つことなく、少女を取り囲んでいたマモノはひとりのアサシンによって討滅された。
「ケガはない?」
「あんた……へーきよ」
「よかった。魔法使いは接近されるとあぶないんだよね? ドロちんは下がってて!」
ドロシーさんはわたくしと同じような目でグレースを見送っていた。
「わたしに任せて!」
こんどは屈強な黒い僧侶のもとへ走る。圧倒的な素早さで黒い影を討滅していく姿もまた黒く。けれど優雅で漆黒の蝶を思わせました。
「ブッちゃんは戦いが嫌いなんだよね! だからサポートお願い!」
「う、うむ」
請われたブーラーさんは身体強化の呪文を唱えました。その間にも、昼間に忍ぶ闇夜の蝶はひとつ瞬けばマモノを貫き、視線を移せばふたつの影を消滅させていた。
頼りになる。
そのはずなのに、わたくしは今のグレースを怖いと思ってしまった。
「戦闘終了。やったね!」
地面に顔を近づけていた少女が背を伸ばす。
腕をだらりと下げ、その両手にはナイフを握りしめている。
こちらを振り向き笑顔の少女は、しかし、なぜかわたくしは、本来ならその全身に血しぶきを浴びているんだとイメージしてしまった。
「ッ! お、おつかれさまでした」
「んもう、どーしたのあんずちゃん? スマイルすまいる!」
(……グレース)
勘違いじゃなかった。
わたくしは、いまグレースを怖いと思ってる。
レブリエーロの滞在期間を全うし、わたくしたちは次の目的地へと足を踏み進めていました。その数刻後、マモノの襲撃を受けて今につながります。つい最近まで出現することは稀だったというマモノたち。ここ最近当たり前のように相手しているので、これが逆に当然のように感じられてしまいます。
「グレース、わたくしたちは大丈夫ですから、アナタはアナタのできることをやってくださいな」
「そんなことないよ!」
グレースは身を乗り出して気合の入った表情をした。
「いつ何が起こるかわからないでしょ! わたしは隠密としてみんなを影から守るのです、にんにん!」
「グレース……」
「はぁ、あんま無茶しないでよね」
遠慮がちにドロシーさんがぽつり。本当はもっとハッキリ言いたいのでしょうけど、今のグレースにそれが通じるかどうかわからなかった。だからこそ、ブーラーさんは何も言わなかった。
「今のところ備蓄は申し分ないが銭が足らん。テトヴォでは少し仕事をして路銀を稼ぐとするか」
国からの依頼によって得られた報酬は、出来高が今ひとつということもあり大した額ではありませんでした。それでも装備や道具の提供やダンジョン内で入手したアイテムなどがありますから文句は言えませんわね。とくにブレナム製の油脂のクオリティといったら!
「出立前にも話したが、テトヴォへは内海を渡る故船旅になる」
「ないかいっていうと、大きな川ですわよね」
「そのイメージで良いけど、海は海だから舐めたらしょっぱいわよ」
ドロシーさんが明後日の方向を見つめつつ言う。内海とは陸地に入り込んでいる海のことで、わたくしがイメージする海とは異なるそうです。わたくしは海というものを見たことがないので何とも言えませんが、他のみなさんはどうなのでしょうか。
「良くも悪くもいつもの調子ね」
どうやら、ドロシーさんは見渡す限りの草原を注視していたようです。わたくしもそれに倣って観察してみましたが、植生がちょっぴり変化してるように見えただけで大した変化はありません。ダンジョン内で見つけた薬草も見かけませんでした。
(もっと北へ向えば見つかるかもしれませんわね。確かお二方がそんな会話をしていたように記憶してますわ)
「桟橋の場所までは昼過ぎに到着するだろう。食事は船内でとるとして、テトヴォに到着するのは夜だな。久しぶりに野宿を経験しない旅になりそうだ」
それを聞いて、わたくしは若干ホッとしました。
はじめは戸惑いましたのよ? だってイヤじゃないですか。衛生環境最悪、どんな毒物が混入してるかわからない野ウサギの肉を焼いただけで皿に乗せて食べるだなんて。
わたくし、地ベタに皿を置いて食べるなんてはじめての経験でしたの。だって以前は――以前はどうやったか覚えてませんが、それでも地面に皿を置いてそれをムシャムシャ食べるなんて野蛮なことしませんでしたわ。身体が覚えてるんですもの。
でも。
「――っふふ」
今はわかる。草原に腰を落として眠る心地よさ。みなさんと一緒に身体を寄せて眠ることの安心感。恥ずかしいから言わないですけど、はじめてグレースさんと寝たときはヘンな高揚感を覚えたものです。
「ん? あんずちゃんどしたの?」
かけがえのない友がこちらの顔をのぞき込んできた。
よかった。今はいつものグレースだ。
わたくしのルームメイト。
大切な友だち。
たぶん、グレースもそう思ってくれてるはず。
だからこそ心配だった。
「……なんでもありませんわ。さあ、目的地へ向かいましょう」
先程までの光景を思い浮かべ、わたくしは口元が引きつりそうになるのを必死に耐えた。
「大丈夫あんずちゃん!」
マモノが一匹こちらに接近。それを迎え撃とうと剣を掲げたとき、突然マモノの頭上にクナイが刺さり、その後ひとりの少女がマモノの喉首を掻っ切りました。
地面に着地する少女。マモノは黒い光となって霧散し、少女の頬には返り血のかわりにその黒いモヤがかかりました。
「え、ええ。わたくしは平気ですから」
この程度なら助けなどなくとも対処できた。わたくしはその言葉を飲み込みました。
「アナタは?」
「やだなーあんずちゃん! アナタなんて他人行儀だよ?」
わたくしの友人はにこやかな笑顔でこちらに接近しました。
すこし、怖かった。
「あ、ドロちんあぶない!」
言って、少女は消えた。次の瞬間には小さな身体に大きなとんがり帽子をかぶった子どもの傍に寄っている。
見た目は子ども。でもこのわたくしたちより年上らしい。準備していた魔法を放つことなく、少女を取り囲んでいたマモノはひとりのアサシンによって討滅された。
「ケガはない?」
「あんた……へーきよ」
「よかった。魔法使いは接近されるとあぶないんだよね? ドロちんは下がってて!」
ドロシーさんはわたくしと同じような目でグレースを見送っていた。
「わたしに任せて!」
こんどは屈強な黒い僧侶のもとへ走る。圧倒的な素早さで黒い影を討滅していく姿もまた黒く。けれど優雅で漆黒の蝶を思わせました。
「ブッちゃんは戦いが嫌いなんだよね! だからサポートお願い!」
「う、うむ」
請われたブーラーさんは身体強化の呪文を唱えました。その間にも、昼間に忍ぶ闇夜の蝶はひとつ瞬けばマモノを貫き、視線を移せばふたつの影を消滅させていた。
頼りになる。
そのはずなのに、わたくしは今のグレースを怖いと思ってしまった。
「戦闘終了。やったね!」
地面に顔を近づけていた少女が背を伸ばす。
腕をだらりと下げ、その両手にはナイフを握りしめている。
こちらを振り向き笑顔の少女は、しかし、なぜかわたくしは、本来ならその全身に血しぶきを浴びているんだとイメージしてしまった。
「ッ! お、おつかれさまでした」
「んもう、どーしたのあんずちゃん? スマイルすまいる!」
(……グレース)
勘違いじゃなかった。
わたくしは、いまグレースを怖いと思ってる。
レブリエーロの滞在期間を全うし、わたくしたちは次の目的地へと足を踏み進めていました。その数刻後、マモノの襲撃を受けて今につながります。つい最近まで出現することは稀だったというマモノたち。ここ最近当たり前のように相手しているので、これが逆に当然のように感じられてしまいます。
「グレース、わたくしたちは大丈夫ですから、アナタはアナタのできることをやってくださいな」
「そんなことないよ!」
グレースは身を乗り出して気合の入った表情をした。
「いつ何が起こるかわからないでしょ! わたしは隠密としてみんなを影から守るのです、にんにん!」
「グレース……」
「はぁ、あんま無茶しないでよね」
遠慮がちにドロシーさんがぽつり。本当はもっとハッキリ言いたいのでしょうけど、今のグレースにそれが通じるかどうかわからなかった。だからこそ、ブーラーさんは何も言わなかった。
「今のところ備蓄は申し分ないが銭が足らん。テトヴォでは少し仕事をして路銀を稼ぐとするか」
国からの依頼によって得られた報酬は、出来高が今ひとつということもあり大した額ではありませんでした。それでも装備や道具の提供やダンジョン内で入手したアイテムなどがありますから文句は言えませんわね。とくにブレナム製の油脂のクオリティといったら!
「出立前にも話したが、テトヴォへは内海を渡る故船旅になる」
「ないかいっていうと、大きな川ですわよね」
「そのイメージで良いけど、海は海だから舐めたらしょっぱいわよ」
ドロシーさんが明後日の方向を見つめつつ言う。内海とは陸地に入り込んでいる海のことで、わたくしがイメージする海とは異なるそうです。わたくしは海というものを見たことがないので何とも言えませんが、他のみなさんはどうなのでしょうか。
「良くも悪くもいつもの調子ね」
どうやら、ドロシーさんは見渡す限りの草原を注視していたようです。わたくしもそれに倣って観察してみましたが、植生がちょっぴり変化してるように見えただけで大した変化はありません。ダンジョン内で見つけた薬草も見かけませんでした。
(もっと北へ向えば見つかるかもしれませんわね。確かお二方がそんな会話をしていたように記憶してますわ)
「桟橋の場所までは昼過ぎに到着するだろう。食事は船内でとるとして、テトヴォに到着するのは夜だな。久しぶりに野宿を経験しない旅になりそうだ」
それを聞いて、わたくしは若干ホッとしました。
はじめは戸惑いましたのよ? だってイヤじゃないですか。衛生環境最悪、どんな毒物が混入してるかわからない野ウサギの肉を焼いただけで皿に乗せて食べるだなんて。
わたくし、地ベタに皿を置いて食べるなんてはじめての経験でしたの。だって以前は――以前はどうやったか覚えてませんが、それでも地面に皿を置いてそれをムシャムシャ食べるなんて野蛮なことしませんでしたわ。身体が覚えてるんですもの。
でも。
「――っふふ」
今はわかる。草原に腰を落として眠る心地よさ。みなさんと一緒に身体を寄せて眠ることの安心感。恥ずかしいから言わないですけど、はじめてグレースさんと寝たときはヘンな高揚感を覚えたものです。
「ん? あんずちゃんどしたの?」
かけがえのない友がこちらの顔をのぞき込んできた。
よかった。今はいつものグレースだ。
わたくしのルームメイト。
大切な友だち。
たぶん、グレースもそう思ってくれてるはず。
だからこそ心配だった。
「……なんでもありませんわ。さあ、目的地へ向かいましょう」
先程までの光景を思い浮かべ、わたくしは口元が引きつりそうになるのを必死に耐えた。