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作者: わんころ餅
残酷な描写あり R-15
また日常に
 レンは柔らかなベッドの上で目を開けた。
 朝日がカーテンの隙間から差し込み、久しぶりの学園の自室は全身を軽やかにした。
 国を離れ、過酷な調査を終えたばかりの身体は、休息を貪るように眠りについていた。
 ――あぁ……久しぶりにたくさん寝られた気がする!
 軽やかな気分で身支度を済ませ、レンは訓練所へと足を向けた。
 朝の空気は清冽で、猫族の鋭い感覚が草木の香りを鮮やかに捉えた。
 訓練所に着くと、既に先客がいた。
 オクトだ。
 レンは物陰に腰を下ろし、オクトの訓練を観察した。
 戦闘訓練スペースには、魔道具が設置されていた。
 補助的な役割を果たす魔道具は、使用者を助けるために設計されているが、このブースは『攻撃を捌く』訓練を積むという目的のため連続射撃に特化していた。
 魔道具のスイッチが押され、カウントダウンの音が響く。
 オクトは全身に魔力を滑らかに流し、身体を包むように展開した。

「魔力纏い……。すごく滑らかだ……!」

 レンのつぶやきが漏れた瞬間、魔道具が作動した。

『プロフェッショナルモード スタート』

 無数の球状の物体が魔道具から発射された。
 一秒間に三十球を超える猛攻は、顔面と足元を同時に狙う狡猾な軌道を描く。
 レンは目を疑った。
 オクトは手と足を軽やかに動かし、すべての球を撃ち落としていた。
 空中で身体を翻し、背後からの追撃すら完璧に捌く。

 ――オレの動体視力でも追いつけないなんて……!

 レンの胸が高鳴った。
 オクトの動きは、魔法を持たないレンにとって夢のような領域だった。
 だが、驚きはそれだけではなかった。
 球はオクトの足元に転がり、壁やフェンスに一度も触れていない。
 オクトは素手と素足で、魔力凝縮を用いて球を捌いていた事にもレンは気がついた。

『ミッションコンプリート。護衛対象被害ゼロ。エネミー全撃破。パーフェクトゲームです。おめでとう』

 魔道具の音声が訓練の終了を告げた。
 護衛対象を守り、敵を全滅させるプロフェッショナルモード。
 その完璧な結果に、レンは息を呑んだ。
 だが、疑問が浮かぶ。
 オクトはいつ攻撃したのか? 球を捌く動きしか見えなかった。
 オクトがブースから出てくると、レンは駆け寄った。

「おはようございます! 今の、信じられないくらいすごかったです! あの、一つ質問してもいいですか?」

「おや、レンか。おはよう。昨日帰還したばかりなのに、もう動けるのか? 若いっていいなぁ……。質問ならいくらでも受け付けるよ」

 オクトは笑顔でベンチに腰を下ろし、レンを手招きした。
 レンは畏まった姿勢で向き合い、疑問を口にした。

「オクトさんの捌き、完璧でした。でも、いつ攻撃したんですか? オレの目では全然わからなくて……」

「ああ、【遠当て】のことだな。よし、そこのサンドバッグを見てな」

 オクトは人差し指を立て、魔力を凝縮した。
 狙いを定め、腕を振り下ろすと、不可視の力がサンドバッグを直撃し、鈍い音が響いた。
 見た事のない攻撃方法にレンは目を輝かせた。

「【遠当て】は魔力操作の応用だ。実用化は難しいが、女王と王、カレンなら実践レベルで使いこなす。オイラのはせいぜい仰け反らせる程度だがな」

「そんな難しい技術なんですか……。じゃあ、オレには無理ですよね」

 レンの肩が落ちた。
 カレンに完敗した記憶が蘇り、胃が締め付けられるようだった。
 紋章魔法を寄せ付けない魔力の壁を突破出来ない魔力量に自信を失う。

「どうしたんだい?そんな弱気で。キミみたいな若者は、魔力操作を磨くべきだ。カレンにコテンパンにされたのを忘れたのかい?」

 オクトの言葉に、レンは胸を押さえて膝をつく。
 とても耳の痛い言葉だった。
 流石に言い過ぎたと思ったオクトは一つの道を差し出す事にした。

「魔道具を使えば、疑似的に【遠当て】を再現できる。オイラも試したが、素材が足りなくてな。キミなら若い頭で何か思いつくかもしれないぞ」

「オクトさんは挑戦しないんですか?」

「オイラのは自分専用だ。まだ改良の余地がある。若いキミの工夫に期待してるよ。さて、オイラは帰るとしますか」
 
 オクトは軽く手を振って去った。
 レンは一人、訓練ブースを見つめた。
 ――オレにもできるかもしれない。いや、やってみるしかない!
 レンはブースに入り、魔道具の設定を初級モードに変更した。

『ビギナーモードを開始します。位置について』

 レンは目印の上に立ち、魔力を放出した。
 持ち前の動体視力で発射口を捉える準備をする

『魔力を検知しました。開始!』

 正面から一つの球が飛んできた。
 オクトの時より遅いが、レンの拳より大きい。
 反射的に避けてしまう。
 ――しまった! 逃げるんじゃない、撃ち落とすんだ!
 レンは魔力纏いを展開し、右から飛ぶ球を腕で受け止めた。
 だが、予想以上の重さにガードが崩れ、胴体に直撃。

「ぐっ……!」

 痛みに顔を歪めながら、レンは次の球に備えた。
 だが、立て続けの攻撃に身体が追いつかず、散々な結果に終わった。
 ――こんなはずじゃ……。でも、これくらいは出来ないと……!
 レンは拳を握り、決意を新たにした。
 重たい足取りで訓練所を後にし、朝食を済ませたレンは教室へ向かう。
 授業時間が迫り、クラスメイトのほとんどが着席していた。
 国を離れていたレンは、好奇と羨望の視線を集める。
 その中を、サクラが飛び出してきた。

「おっす!レンくん、元気?」

「お、おっす?うん、なんとか元気だよ」

 サクラの明るさに、レンは苦笑した。

「今日からまた訓練だし、一緒に頑張ろうね!」

 サクラが拳を突き出す。
 レンは一瞬驚くが、彼女の笑顔に心が軽くなった。

「うん、オレも負けないよ!」

 レンは拳を突き合わせ、頬が緩んだ。
 その瞬間、教室の隅から鋭い視線を受ける。
 ハウルだった。
 彼の瞳には、嫉妬と対抗心が宿っていた。
 ――まだ、オレのことを嫌がらせしなきゃ気が済まないのかな……。面倒くさいな……。
 レンはハウルの視線を気にしつつ、席に着いた。
 だが、ハウルの事はそれっきりで心には新たな火が灯っていた。
 リコの魔道具作る事。
 父の魔道具を完成させること。
 そして魔道具による【遠当て】の再現すること。
 課題が山積しているが、レンは楽しくてしょうがなかったのである。
次回更新は5/7(水)となります。
よろしくお願いいたします、
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