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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
160 帰宅
「大変お世話になりました」
「うん。何か進展があったらすぐマフティロを通して知らせるから」

 転移石エイライトで自宅へ帰る前にフォスターたちは大神官リジェンダ、その娘のティリューダ、その婚約者のダスタム、副官のタトジャに挨拶をしていた。

「ティリューダさんとダスタムさんもお世話になりました」

 リューナはずっとティリューダたちと一緒にいたので、特に丁寧に礼を言っていた。ヨマリーと違いティリューダは神の子だと知っていて一定の距離を保っていたためか今回リューナは泣くようなことにはなっていない。

「えっと……これを額に当てて書いた場所を思い浮かべばいいんだよな」
「あー、たぶんビスタークの鉢巻きが邪魔だね。ずらさないと」

 リジェンダがフォスターに転移石エイライトの使い方を教える。

「リューナはフォスターにしっかり掴まって」

 そう言われてリューナはフォスターに抱きついた。大好きな兄フォスターに堂々とくっつけるとあって満足そうな顔をしている。

「ありがとうございました。それでは」

 一礼し、フォスターは額に転移石エイライトを当てて目を閉じ自分の部屋を思い浮かべる。少しの間の後、血の繋がらない兄妹は自宅へと消えていった。



 フォスターが目を開けると、そこは自分の部屋だった。

「おー……本当に一瞬で戻ってこれた……」
「フォスターの部屋なの?」

 リューナが確かめるために手探りしてベッドのほうへ近づきペタペタと周りを触る。

「ほんとだ! フォスターの匂いがする!」
「まさか。洗ってあるだろ」
「でもするもん!」

 くんくんと寝具の匂いを嗅ぐリューナを見てフォスターは恥ずかしくなり慌ててベッドから引き剥がす。

「何かやだからやめろ」
「えー」

 何故兄貴のベッドの匂いを嗅いで平気なのか。しばらく使っていないし洗濯や洗浄石クレアイトで綺麗になっているとは思うが、自分がリューナの立場だったら絶対にやらないだろう。

『そんなことより忘れないうちにもう一度囲みを書いておけよ』
「あ、そうだった」

 転移石エイライトは一度使うと転移先に書いてあった線が消えてしまう。同じ場所へ戻って来たいならその都度書く必要がある。ビスタークに促され部屋の床に転移石エイライトで四角く囲みを書いた。ビスタークが使い方を知っているのは空の都エイルスパスに行ったからだろう。神殿内の転移事業を行っているところに貼られていた転移石エイライトの使用方法の紙を読んでいたのを記憶の中で見ている。

「よし。じゃあ下に降りるか」
「お父さんたちびっくりするよね」
「一応この石の話はしてあるから、どうだろうな」



 その頃、フォスターとリューナの育ての親であるジーニェルとホノーラは朝食の片付けが終わり、今日の営業のため店内の掃除をしていた。

「今は水の都シーウァテレスにいるんだよな」
「マフティロがそう言ってたわね。元気そうで良かったわ」
「いつ帰ってくるのかな。……本当に、一度は帰って来るんだろうな」
「……フォスターが、必ず連れて帰ってくれるわよ」
「何日待てばいいんだ」
「わかるわけないでしょ」
「寂しいな……」
「そうね……」

 そこで、上の階から物音が聞こえた。足音らしい音がする。

「な、何だ……ネズミじゃないだろうな」
「えっ、やだ、ジーニェル、ちょっと見てきてよ」

 この二人はネズミや害虫が苦手である。普段ならフォスターが退治役を引き受けているが今はいない。その場合はジーニェルが無理矢理やらされることになる。

「?」

 耳を澄ませると何か話し声が聞こえる気もした。聞き覚えのある声だ。それも二人。

「……いや、もしかしたら」

 ジーニェルの顔が期待に満ちる。扉を閉じ、階段を降りる足音も聞こえてきた。

「もしかして……」

 ホノーラも察した。二人で廊下に繋がる扉を見つめる。だんだん近づいてくる、大切な子どもたちの声だ。

「お父さんお母さん、ただいまー!」

 扉を開けるなりリューナは明るく元気に声をかけた。

「「リューナ!!」」

 ジーニェルとホノーラは同時に声を出した。リューナはそれを聞き声のした方向へ駆け出す。受けとめてもらえると確信しているから見えなくても平気で駆け寄れるのである。身体の大きなジーニェルが受けとめ、ホノーラと三人で抱擁する。

「お父さん髭がちくちくするよう」
「ははは、すまんすまん。でももう少し我慢してくれ」
「無事に帰って来てくれて、本当に良かった……」

 ジーニェルは満面の笑顔で、ホノーラは笑顔ではあるが涙ぐんでいる。フォスターはその様子を後ろで微笑ましく見ていた。

「フォスターもおかえり」
「おかえりなさい、フォスター」
「うん、ただいま」

 もう会えないおそれもあったリューナとの再会が落ち着くとフォスターのほうを向いた。

「おかえり。少し逞しくなったんじゃないか?」
「そうかも。最近鍛えてるし」
「フォスターもおかえりなさい。鎧姿もさまになってるわよ」
「それはどうかな……」

 リューナは思い出したようにフォスターへ訴える。

「あっ、フォスター、お土産!」
「ああ、そうだな」

 フォスターは手首の格納石ストライトから大袋を取り出した。その中から容器に入れた惣菜と氷菓子を時停石ティーマイトと共に取り出す。

「これ、お昼にどうかと思って昨日買ったんだ」
「この冷たいお菓子が美味しいからお父さんとお母さんにも食べてほしかったの!」
「おお、ありがとう」
「嬉しいわ。ありがとう、二人とも」
「父さんには酒もあるよ。この辺じゃ見かけないやつ」
「おおっ! 気が利くな! ありがとう」

 再会と土産にとても喜んでいる両親にリューナが旅の報告を始める。

「あのね、私、お友だちが出来たの!」
「まあ、そうなの! 良かったわねえ」
「ヨマリーっていう女の子でね、同い年でね、眼神の町アークルスで始めて会ったんだけど、船に乗るときに偶然一緒になってね」
「うん、うん」

 リューナが夢中で話をしているのを横目に、フォスターは大袋の中から石袋を出す。そこから楕円形の赤い神の石を一つ取り出してジーニェルに見せる。

「それからこれも。家守石オーサイトっていうんだ」
「? 何かの神様の石か?」
「そう。こうやって使うんだって」

 店の入り口扉の上の枠に家守石オーサイトを当てると勝手に埋め込まれていった。表面だけ見えている。

「これで毎日理力を流すと虫やネズミが入って来なくなるんだって。今いるのも出ていってくれるんだってさ」
「最高じゃないか! 買ってきてくれてありがとうな」
「あ、いや、これは買ったんじゃないんだ。親父の……あ、こっちのほう。元々石袋に入ってたんだけど何の石なのかわかんなかっただけ」

 親父、と言ってジーニェルのことではないとビスタークの鉢巻きを指差した。父親が二人いるとややこしい。

「ビスタークはまだそこにいるのか?」
「いるよ。話す?」

 鉢巻きの端をジーニェルへ渡す。

『俺のことなんか気にしねえで親子の再会を噛み締めろよ』
「お前にも礼が言いたい。子どもたちを無事に帰してくれてありがとう」
『……まだ、終わってないけどな』
「夜にでも話そう。俺が寝たら俺の身体で酒を飲めばいい」
『そうさせてもらうかな』

 フォスターはビスタークにこの後の予定を相談する。

「神殿にも報告に行かなきゃと思うけど、お昼終わってからでいいよな」
『ある程度向こうの大神官から聞いてるだろうし特に急がなくてもいいだろ』

 神殿に行く話を出すとホノーラが何かを言いかけた。

「神殿って言えばね……」
「おい、それは行ってみてからのお楽しみに取っておけよ」
「ふふっ、それもそうね」

 フォスターとリューナは疑問に思った。

「何かあったの?」
「まあ、詳しくはコーシェルに聞きなさい」
「? わかった」
「なんだろうね?」

 リューナもそれを聞いて気になったようだが、フォスターは不都合を感じた。

「……お前も神殿行くのか?」
「? 今の話が気になるし」

 神官たちと色々な話をしなくてはならないのでリューナが一緒だと都合が悪い。食べ物で誤魔化してから行こうとフォスターは思った。
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