残酷な描写あり
R-15
161 幼馴染
カイルは毎日がつまらなかった。正しくはつまらなくなってしまったのだ。覚えていないくらい小さな頃からずっと遊んでいた相手、フォスターが旅に出て留守にしているからである。何か作っても反応をくれる相手がいない。家族だけではつまらないのだ。容赦なく突っ込みを入れてくる友達がいないと張り合いがないのである。
「はあー、つまんないな……」
「だったらあんたも一緒に行けば良かったじゃない」
昼食が終わり、仕事へ戻る前に思っていたことを何気なく口に出すと母親のパージェに聞かれてしまった。別に初めてではない。ここ一か月の間に何度も言っているのでその度にこの会話を繰り返している。
「行きたかったけどさあ……」
フォスターはついてきても構わないと言ってくれていた。それでも行かなかったのはその妹のリューナと気まずい状態だったからだ。出発直前に子どもの頃のことを謝り許してもらえたが、一緒に行くには遅かった。元々行くつもりが無かったため仕事の予定の調整や弟妹たちの世話についての話し合いなど何も出来ていなかったのだ。その弟妹たちは今神殿内の学校へ行っているのでまだ帰ってきていない。
「だって、俺が出かけたら困らない?」
「俺がその分の仕事回されるから困るな」
父親のクワインがぼやく。
「うーん、まあちょっとは困るけど」
パージェは少し考えてから続きを話す。
「でもまあ子どもがやりたいことは応援してあげたいしね」
「この町だけじゃ色んな物を見られないから新しい物を作る考えも浮かびにくいと思うしな。俺もパージェも若い頃見聞を広げるために旅に出たし」
「って言っても今更だ。もう遅いよ」
「じゃあ次はついていったら」
「次があれば、だろ」
カイルは少しふてくされた様子で言い放った。そこへ来客を知らせる鈴の音が聞こえた。隣にある表側の作業場のほうからだ。おそらく仕事の用件だろうと思い、居間にいたカイルは作業場に通じる扉を開けた。
「はい、いらっしゃい……?」
「よう、久しぶり」
そこにいたのは先ほどまで話題にしていたフォスターだった。噂をすれば影、である。
「フォスター!? えっ、帰ってきてたのか?」
「さっきちょっと転移石でな」
一家団欒の昼食の後、フォスターは斜向かいのカイルの家にやってきたのであった。
「転移石って今手に入らないやつだろ? いいなー」
そこでカイルはフォスターの後ろに隠れるようにリューナがいることに気がついた。
「リューナもおかえり」
「う、うん。ただいま……」
リューナはフォスターの袖を掴んだままちょいちょいと何かを促すように引っ張っている。
「わかってるよ。はい、これおみやげ。みんなで食べな」
水の都で食べられている菓子だった。
「おー、ありがとう。チビたちが帰ってきたらみんなで食べるよ。母ちゃーん! フォスターとリューナが帰って来たよー!」
カイルは土産を受け取ると奥の居間にいるパージェへ呼びかけた。それを聞いたパージェは出てくるなり歓迎の声をあげた。
「わあ! おかえりなさい! ついさっきあんたたちの話をしてたとこだったのよ!」
「お久しぶりです。おみやげカイルに渡しました」
「これもらった」
カイルはパージェに土産を渡す。
「ありがとう。リューナ、じゃあ早速で悪いけどまた新作の服着せてもいい?」
「はい!」
リューナは喜んで奥の居間のほうへ入っていった。入れ替わりにクワインが作業場へ出てくる。
「おかえり、フォスター」
「ただいまです」
「女の子の時間だから出ていけってよ」
クワインは肩をすくめておどけるように言う。着替えがあるからだろう。
「ほんとはなー、変わった道具とかお前好きだろうから何かないかと思ったんだけどな……高くて諦めたんだ」
「変わった道具って?」
「音楽が流れて動く機巧の虫の模型とか、水を入れてくれる機巧人形、中の人形が砂の力で動く箱、仕組みを解かないと開かない箱とか」
「なんだそれ! 見たい!」
「悪い。俺の金銭感覚では買えなかった」
「別に手に入れなくてもいいんだよ。店にあるのを眺めたいだけ」
とても羨ましいという面持ちで未知の道具に想いを馳せるカイルの横からクワインが会話に参加した。
「フォスターはもう出かけないのか?」
「いえ。今日は一時帰宅しただけで、少しここで過ごしたら今度は命の都に行くつもりです」
「へえー、あちこち行けていいな」
「人探し中だから」
「ああ、治してくれる医者を探してるんだっけ?」
「んー……詳しくはまた今度話すよ」
そういえばそういうことにしていたな、とフォスターが思っているとクワインが横から口を挟んできた。
「フォスター、こいつも旅に連れてってくれないか?」
「え?」
「こいつお前たちがいなくなった後毎日つまんなそうでさ」
「ちょ、父ちゃん!」
「別にいいよ」
フォスターは軽く許可した。
「俺も盾が壊れたときにすぐ直してもらえるしな」
「壊すつもりかよ」
「……ごめん、もう壊れた」
「は!?」
フォスターは持っていた大袋の中の鎧の手首の格納石から盾を出した。
「浮かなくなったんだ」
「貸せ。見るから」
「あと、この鎧の手首の石、やっぱり盾を仕舞えるようにつけなおしてくれないか。荷物用のは別の所につけてほしい」
「新しい石があるのか?」
「うん、これ。あと荷物につけてた石はこっち」
格納石をカイルに手渡した。
「つける場所はどうする?」
「んー、鎧着けてて出しやすい場所ならどこでも」
「わかった。いつまで?」
「まだ出発日決めてないんだ。お前もほんとに一緒に行くんなら色々あるだろ?」
「そうだな……行きたいのは本当だけど、実際行けるかは別の話だからな」
カイルは少し考え込んだ。
「あ、自分の旅費は自分でな」
「当たり前だ。金ならあるよ。今までの仕事の報酬を貯めこんである。この町にいても使う場所が無いからな」
「確かに……」
フォスターは一つ懸念があった。
「お前はどうやって移動する気だ?」
「え、盾に乗る気でいるけど」
「三人は無理だろ」
「じゃあ掴まりながら浮いてる」
「お前もか……」
以前コーシェルとウォルシフがそうしていたことを思い出した。
「本当はこの盾や鎧の金属を作ろうとしたんだよ。反力石が融けるって聞いたからさ」
「あー、言ってたな」
「それが全然融けなかったんだよ。親戚の炉の最高温度でやったけどダメだった」
「そうなのか」
「どうやって融かすんだろ。何か液体でもかけるのかな……」
思考の海に沈もうとし始めたカイルを現実に引き戻す。
「つまり、この金属は作れなかったってことだな」
「そういうこと。あーあ。この金属が出来れば乗り物がもう一つ出来たんだけどな」
「評判良いよ、この盾」
「へへっ、そうらしいな。コーシェルたちから聞いた」
「公園で乗り回してたらしいからな」
フォスターは眼神の町でのことを思い出した。
「なんか、寄越せって言ってきた奴がいたから五億レヴリスだって吹っ掛けたんだって?」
「そうらしいよ。そもそもこの盾や鎧自体が」
「骨董品だっていうんだろ。困るよなー、それじゃもうこれ作れないよ。神殿のどっかに埋まってないかな」
「さすがに無いだろ。これ最後の一つだって聞いてるし」
「じゃあ、神話の空にあったっていう町にならあるかなあ。廃墟だろうけど」
「何処にあるのかわからないけどな」
「まあな」
「他の金属とか板なんかでも作れないのか?」
「俺が試さなかったと思う?」
「思わない」
絶対にカイルは色々作っていただろうとフォスターは信じて疑っていなかった。
「浮かせるのは無理だったけど、車輪を付けたらどうかなと思って似た感じの板の車なら作ったよ」
「理力で走るのか?」
「まあ走ることは走るんだけど、銅線とかじゃ理力の伝導率が悪くて、かなり理力を流さないと走らないんだ。あれに比べると遅いし」
「それは疲れそうだな……」
盾に乗り始めた頃、理力不足で具合が悪くなったことを思い出した。
「何かもっと良い案が浮かぶかもしれないし、他の町で色々見てまわりたいなあ」
「じゃあ一緒に来るのは決定か?」
「そうしたい。詳しい話はこっちの予定の調整次第だな。決まったら知らせるよ」
「わかった」
カイルが来ればリューナの見張り役が一人増える。知らない人間に頼むよりずっと安心である。リューナの反応が少し心配だが仲直りもしていたしまあ大丈夫だろうと思った。
「はあー、つまんないな……」
「だったらあんたも一緒に行けば良かったじゃない」
昼食が終わり、仕事へ戻る前に思っていたことを何気なく口に出すと母親のパージェに聞かれてしまった。別に初めてではない。ここ一か月の間に何度も言っているのでその度にこの会話を繰り返している。
「行きたかったけどさあ……」
フォスターはついてきても構わないと言ってくれていた。それでも行かなかったのはその妹のリューナと気まずい状態だったからだ。出発直前に子どもの頃のことを謝り許してもらえたが、一緒に行くには遅かった。元々行くつもりが無かったため仕事の予定の調整や弟妹たちの世話についての話し合いなど何も出来ていなかったのだ。その弟妹たちは今神殿内の学校へ行っているのでまだ帰ってきていない。
「だって、俺が出かけたら困らない?」
「俺がその分の仕事回されるから困るな」
父親のクワインがぼやく。
「うーん、まあちょっとは困るけど」
パージェは少し考えてから続きを話す。
「でもまあ子どもがやりたいことは応援してあげたいしね」
「この町だけじゃ色んな物を見られないから新しい物を作る考えも浮かびにくいと思うしな。俺もパージェも若い頃見聞を広げるために旅に出たし」
「って言っても今更だ。もう遅いよ」
「じゃあ次はついていったら」
「次があれば、だろ」
カイルは少しふてくされた様子で言い放った。そこへ来客を知らせる鈴の音が聞こえた。隣にある表側の作業場のほうからだ。おそらく仕事の用件だろうと思い、居間にいたカイルは作業場に通じる扉を開けた。
「はい、いらっしゃい……?」
「よう、久しぶり」
そこにいたのは先ほどまで話題にしていたフォスターだった。噂をすれば影、である。
「フォスター!? えっ、帰ってきてたのか?」
「さっきちょっと転移石でな」
一家団欒の昼食の後、フォスターは斜向かいのカイルの家にやってきたのであった。
「転移石って今手に入らないやつだろ? いいなー」
そこでカイルはフォスターの後ろに隠れるようにリューナがいることに気がついた。
「リューナもおかえり」
「う、うん。ただいま……」
リューナはフォスターの袖を掴んだままちょいちょいと何かを促すように引っ張っている。
「わかってるよ。はい、これおみやげ。みんなで食べな」
水の都で食べられている菓子だった。
「おー、ありがとう。チビたちが帰ってきたらみんなで食べるよ。母ちゃーん! フォスターとリューナが帰って来たよー!」
カイルは土産を受け取ると奥の居間にいるパージェへ呼びかけた。それを聞いたパージェは出てくるなり歓迎の声をあげた。
「わあ! おかえりなさい! ついさっきあんたたちの話をしてたとこだったのよ!」
「お久しぶりです。おみやげカイルに渡しました」
「これもらった」
カイルはパージェに土産を渡す。
「ありがとう。リューナ、じゃあ早速で悪いけどまた新作の服着せてもいい?」
「はい!」
リューナは喜んで奥の居間のほうへ入っていった。入れ替わりにクワインが作業場へ出てくる。
「おかえり、フォスター」
「ただいまです」
「女の子の時間だから出ていけってよ」
クワインは肩をすくめておどけるように言う。着替えがあるからだろう。
「ほんとはなー、変わった道具とかお前好きだろうから何かないかと思ったんだけどな……高くて諦めたんだ」
「変わった道具って?」
「音楽が流れて動く機巧の虫の模型とか、水を入れてくれる機巧人形、中の人形が砂の力で動く箱、仕組みを解かないと開かない箱とか」
「なんだそれ! 見たい!」
「悪い。俺の金銭感覚では買えなかった」
「別に手に入れなくてもいいんだよ。店にあるのを眺めたいだけ」
とても羨ましいという面持ちで未知の道具に想いを馳せるカイルの横からクワインが会話に参加した。
「フォスターはもう出かけないのか?」
「いえ。今日は一時帰宅しただけで、少しここで過ごしたら今度は命の都に行くつもりです」
「へえー、あちこち行けていいな」
「人探し中だから」
「ああ、治してくれる医者を探してるんだっけ?」
「んー……詳しくはまた今度話すよ」
そういえばそういうことにしていたな、とフォスターが思っているとクワインが横から口を挟んできた。
「フォスター、こいつも旅に連れてってくれないか?」
「え?」
「こいつお前たちがいなくなった後毎日つまんなそうでさ」
「ちょ、父ちゃん!」
「別にいいよ」
フォスターは軽く許可した。
「俺も盾が壊れたときにすぐ直してもらえるしな」
「壊すつもりかよ」
「……ごめん、もう壊れた」
「は!?」
フォスターは持っていた大袋の中の鎧の手首の格納石から盾を出した。
「浮かなくなったんだ」
「貸せ。見るから」
「あと、この鎧の手首の石、やっぱり盾を仕舞えるようにつけなおしてくれないか。荷物用のは別の所につけてほしい」
「新しい石があるのか?」
「うん、これ。あと荷物につけてた石はこっち」
格納石をカイルに手渡した。
「つける場所はどうする?」
「んー、鎧着けてて出しやすい場所ならどこでも」
「わかった。いつまで?」
「まだ出発日決めてないんだ。お前もほんとに一緒に行くんなら色々あるだろ?」
「そうだな……行きたいのは本当だけど、実際行けるかは別の話だからな」
カイルは少し考え込んだ。
「あ、自分の旅費は自分でな」
「当たり前だ。金ならあるよ。今までの仕事の報酬を貯めこんである。この町にいても使う場所が無いからな」
「確かに……」
フォスターは一つ懸念があった。
「お前はどうやって移動する気だ?」
「え、盾に乗る気でいるけど」
「三人は無理だろ」
「じゃあ掴まりながら浮いてる」
「お前もか……」
以前コーシェルとウォルシフがそうしていたことを思い出した。
「本当はこの盾や鎧の金属を作ろうとしたんだよ。反力石が融けるって聞いたからさ」
「あー、言ってたな」
「それが全然融けなかったんだよ。親戚の炉の最高温度でやったけどダメだった」
「そうなのか」
「どうやって融かすんだろ。何か液体でもかけるのかな……」
思考の海に沈もうとし始めたカイルを現実に引き戻す。
「つまり、この金属は作れなかったってことだな」
「そういうこと。あーあ。この金属が出来れば乗り物がもう一つ出来たんだけどな」
「評判良いよ、この盾」
「へへっ、そうらしいな。コーシェルたちから聞いた」
「公園で乗り回してたらしいからな」
フォスターは眼神の町でのことを思い出した。
「なんか、寄越せって言ってきた奴がいたから五億レヴリスだって吹っ掛けたんだって?」
「そうらしいよ。そもそもこの盾や鎧自体が」
「骨董品だっていうんだろ。困るよなー、それじゃもうこれ作れないよ。神殿のどっかに埋まってないかな」
「さすがに無いだろ。これ最後の一つだって聞いてるし」
「じゃあ、神話の空にあったっていう町にならあるかなあ。廃墟だろうけど」
「何処にあるのかわからないけどな」
「まあな」
「他の金属とか板なんかでも作れないのか?」
「俺が試さなかったと思う?」
「思わない」
絶対にカイルは色々作っていただろうとフォスターは信じて疑っていなかった。
「浮かせるのは無理だったけど、車輪を付けたらどうかなと思って似た感じの板の車なら作ったよ」
「理力で走るのか?」
「まあ走ることは走るんだけど、銅線とかじゃ理力の伝導率が悪くて、かなり理力を流さないと走らないんだ。あれに比べると遅いし」
「それは疲れそうだな……」
盾に乗り始めた頃、理力不足で具合が悪くなったことを思い出した。
「何かもっと良い案が浮かぶかもしれないし、他の町で色々見てまわりたいなあ」
「じゃあ一緒に来るのは決定か?」
「そうしたい。詳しい話はこっちの予定の調整次第だな。決まったら知らせるよ」
「わかった」
カイルが来ればリューナの見張り役が一人増える。知らない人間に頼むよりずっと安心である。リューナの反応が少し心配だが仲直りもしていたしまあ大丈夫だろうと思った。