残酷な描写あり
R-15
162 神殿
リューナはパージェに着せ替え人形として捕まったままだったのでこれは丁度良いと考え、フォスターはカイルに装備一式を預け土産の菓子だけ持って神殿へ向かう。 神殿の玄関口も兼ねている礼拝堂には神官服を身に纏ったウォルシフがいた。
「フォスターじゃないか! そろそろ帰ってくるとは聞いてたけど、今日だったのか!」
「うん。昼前に転移石でね。こんなところで何してるんだ?」
「普通の神殿なら礼拝堂に一人は誰かしらいるから受付役だよ。ついでに理力増やすために色々勉強したり訓練したりだ」
ウォルシフの手元には何やら難しそうなことが書かれている教本が置いてあった。
「リューナちゃんは……来てないんだな」
「カイルんちに置いてきた。パージェさんの気の済むまで服の試着に付き合わされてると思うよ」
ウォルシフは周りを見回して誰もいないことを確認し、小声で呟くように言った。
「……聞いたよ」
「リューナのことか?」
「うん……そんなことになってるなんて、この前会ったときにはわからなかった」
「そりゃそうだろ」
「言ってくれれば良かったのに」
「言う機会も無かったし、俺も半信半疑だったからな」
「まあ、リューナちゃんの前では言えないか」
ウォルシフはまた周りを警戒しながら続きを話す。
「リューナちゃんは本当に神の子なのか? 今までそんなこと全く感じなかったんだけど」
「俺だって信じたくない……けど、色々普通では無いことは、ある……」
女性特有の生理現象が無いこと、肌にシミひとつ無いこと、理力の多さ、全く酔わない、ビスタークの過去で見てきたことなど証拠らしきものはいくつもある。
「とにかく皆と今後のこととか色々話がしたい」
「そうだな。そろそろ授業も終わる時間だし全員揃うよ」
「ウォルシフはここにいなくていいのか?」
「まあ、ここに人がいないのなんて今更だろ」
「確かに」
「それに今は人を雇ってるから代わりに来てもらえばいい」
「え、そうなのか?」
「へへ、まだ聞いてないんだな」
「?」
そこで扉の開く音がした。
「あ! フォスターだ!」
「あー! ほんとだー!」
奥へ繋がる右側の扉から出てきたのはカイルの妹と弟であるメイシーとテックだった。授業が終わったようである。
「おみやげにお菓子買ってきたから置いてきたよ。帰ったらみんなで食べな。あと、今はリューナもいるよ」
「うん! ありがと!」
「じゃあねー!」
早く帰らなきゃという様子で子どもたちは走って階段を飛び降りて行った。これでリューナはあの子どもたちと一緒に菓子を食べることになりしばらくの間は神殿に来られないだろう。
「じゃあ一緒に来てくれ。紹介もしたいしな」
「ああ、うん」
どんな人物を雇ったのだろうと考えながらフォスターはウォルシフについて行った。
「じゃあ後はよろしくね」
廊下を歩いているとニアタが先にある部屋から出てくるところだった。
「母さん! フォスターが帰ってきたよ!」
「あら、今日だったのね。おかえりなさい、フォスター。リューナは?」
「カイルんちで捕まってます」
「だからさ、丁度いいからみんなで話がしたいって」
「わかったわ。じゃあ礼拝堂には彼女に待機してもらいましょ」
「彼女」とは誰のことだろう、新しく雇った人だろうかとフォスターが考えていると、ニアタは今閉めたばかりの扉を開けた。
「トヴィカさん、急に事情が変わっちゃったの。ここは後でいいから、礼拝堂で留守番お願い出来る?」
「はい! わかりました!」
そこは台所の扉であった。雇ったのは家政婦さんか、とフォスターは思った。そんな名前の女性などこの町にはいなかったはずなので他の町から人を雇ったのか、そんな奇特な人がいたのか、などと考えていた。
すると台所からその女性が出てきた。小柄で緑がかった黒っぽい髪の若い女性である。明らかにこの町の者ではなく初対面のはずだが、どこかで見たことがあるような気もした。
「あっ、こんにちは」
「あ、初めまして、フォスターといいます」
「トヴィカと申します。実は初めましてじゃないんです」
「そうそう。フォスターも会ってるよ」
思ってもみなかったことを言われフォスターは混乱した。
「え? どこで?」
「眼神の町と錨神の町の間に宿場町があったろ」
「うん」
「そこの宿の食堂で馬鹿男たちに絡まれてた女の人いたろ」
「ええ? そのときの人?」
「そうです。あのときはありがとうございました」
「いや、俺は何もしてないですし……」
その女の人なのはわかったが、何故ここにいるのかはさっぱりわからない。
「おー、フォスター帰って来たんかー」
そこでコーシェルが合流した。どうやら今まで子どもたちに勉強を教えていたようである。
「昼前に転移石でね」
「コーシェルさん! お疲れさまでした!」
フォスターがコーシェルに応えている途中でトヴィカが割って入った。彼女は目を輝かせ、声も一段階高くなっている。
「あー、トヴィカさん。兄貴はこれから話し合いがあるから、まだ自由にならないんだ。悪いけど今礼拝堂誰もいないからすぐそっちに行ってもらえないかな?」
コーシェルが察したように付け足す。
「トヴィカ、礼拝堂の受付は大事な仕事なんじゃ。今頼れるのは君しかおらんのじゃよ。頼まれてくれんかのう」
「もちろんです、コーシェルさん! まかせてください!」
トヴィカはコーシェルがそう言うと喜び勇んで礼拝堂へと駆けていった。
「えっと……?」
「お前の言いたいことはわかるぞ、フォスター。わしも最初面喰らったからのう」
「あの人ね、兄貴の押し掛け女房」
「えっ?」
コーシェルは少しため息をついてから言った。
「まだ結婚するかはわからんがの」
「しないの?」
「だってこんな何もない辺境じゃぞ? それにお互いのことを何も知らんのにいきなり結婚とか言われてものう。やっぱりヤダって言うかもしれんしのう」
「だから今お試し期間ってことでうちで働いてるんだ」
「はいはい、その話は後でゆっくり。場所は食堂でいいよね?」
ニアタが割って入った。
「そうじゃの。わしは父さん呼んでくる」
「俺はじいちゃん呼んでくるよ」
神官兄弟はそれぞれ別の部屋へ呼びに向かって行った。
「おかえりなさい、フォスター。ビスタークも……いるわよね?」
『いる』
「大人しいから寝てるのかと思った」
『途中まではな』
ニアタはビスタークの鉢巻きに触れる。
『ニア姉の血筋は結婚相手が押しかけてくんのかねえ?』
「やめてよ。そんなの血筋で決まるわけないでしょ」
『ホントあの時は笑ったぜ』
「私のときよりずっと良いわよ。コーシェルは知らない神官見習い大勢の前で大声で結婚の申し込みされてないんだから。本当にあのときは恥ずかしくて恥ずかしくて」
フォスターは夢で見た過去の中でマフティロが押しかけて来たときのことを思い出した。確かにそのようなことをニアタは言っていた。話が長くなる予感もしたので少し逸らす。
「あ、これお土産です」
「ありがとう。そんな気を使わなくてもいいのに。今、お茶入れてくるからみんなで食べましょうね」
水の都で買った菓子を渡すとニアタは台所へ再度戻っていった。台所のすぐ隣が食堂であるため中で待っていると、すぐにコーシェルとマフティロがやってきた。
「おかえり。色々聞いてるよ」
「はい。話を通してくださってありがとうございました」
「転移石使いたかったらいつでも言ってくれて構わんからの」
「ありがとう。その時は頼むよ」
「その時はみんなで行こうかな。たまには父さんにも家族の顔見せなきゃ」
マフティロは水の都出身である。母親は子どもの頃に亡くなっているらしい。使用人がいる裕福な暮らしをしているそうだが、高価な転移石を手に入れて渡しているところをみると息子や孫に会いたいのだろう。
「コーシェルのお嫁さんも紹介しないと」
「結婚出来たらの」
「何か不満でもあるのか?」
「別にそんなことはない。わしは嬉しいが……向こうが心変わりするかもしれんから怖いんじゃよ」
「いやー、大丈夫だと思うよ。僕があんな感じだったからね。今でも心変わりなんてしてないよ」
「……」
フォスターはマフティロにとても突っ込みを入れたかったが、ビスタークに過去を見たことを勘づかれるのを恐れて何も言わなかった。
「フォスターじゃないか! そろそろ帰ってくるとは聞いてたけど、今日だったのか!」
「うん。昼前に転移石でね。こんなところで何してるんだ?」
「普通の神殿なら礼拝堂に一人は誰かしらいるから受付役だよ。ついでに理力増やすために色々勉強したり訓練したりだ」
ウォルシフの手元には何やら難しそうなことが書かれている教本が置いてあった。
「リューナちゃんは……来てないんだな」
「カイルんちに置いてきた。パージェさんの気の済むまで服の試着に付き合わされてると思うよ」
ウォルシフは周りを見回して誰もいないことを確認し、小声で呟くように言った。
「……聞いたよ」
「リューナのことか?」
「うん……そんなことになってるなんて、この前会ったときにはわからなかった」
「そりゃそうだろ」
「言ってくれれば良かったのに」
「言う機会も無かったし、俺も半信半疑だったからな」
「まあ、リューナちゃんの前では言えないか」
ウォルシフはまた周りを警戒しながら続きを話す。
「リューナちゃんは本当に神の子なのか? 今までそんなこと全く感じなかったんだけど」
「俺だって信じたくない……けど、色々普通では無いことは、ある……」
女性特有の生理現象が無いこと、肌にシミひとつ無いこと、理力の多さ、全く酔わない、ビスタークの過去で見てきたことなど証拠らしきものはいくつもある。
「とにかく皆と今後のこととか色々話がしたい」
「そうだな。そろそろ授業も終わる時間だし全員揃うよ」
「ウォルシフはここにいなくていいのか?」
「まあ、ここに人がいないのなんて今更だろ」
「確かに」
「それに今は人を雇ってるから代わりに来てもらえばいい」
「え、そうなのか?」
「へへ、まだ聞いてないんだな」
「?」
そこで扉の開く音がした。
「あ! フォスターだ!」
「あー! ほんとだー!」
奥へ繋がる右側の扉から出てきたのはカイルの妹と弟であるメイシーとテックだった。授業が終わったようである。
「おみやげにお菓子買ってきたから置いてきたよ。帰ったらみんなで食べな。あと、今はリューナもいるよ」
「うん! ありがと!」
「じゃあねー!」
早く帰らなきゃという様子で子どもたちは走って階段を飛び降りて行った。これでリューナはあの子どもたちと一緒に菓子を食べることになりしばらくの間は神殿に来られないだろう。
「じゃあ一緒に来てくれ。紹介もしたいしな」
「ああ、うん」
どんな人物を雇ったのだろうと考えながらフォスターはウォルシフについて行った。
「じゃあ後はよろしくね」
廊下を歩いているとニアタが先にある部屋から出てくるところだった。
「母さん! フォスターが帰ってきたよ!」
「あら、今日だったのね。おかえりなさい、フォスター。リューナは?」
「カイルんちで捕まってます」
「だからさ、丁度いいからみんなで話がしたいって」
「わかったわ。じゃあ礼拝堂には彼女に待機してもらいましょ」
「彼女」とは誰のことだろう、新しく雇った人だろうかとフォスターが考えていると、ニアタは今閉めたばかりの扉を開けた。
「トヴィカさん、急に事情が変わっちゃったの。ここは後でいいから、礼拝堂で留守番お願い出来る?」
「はい! わかりました!」
そこは台所の扉であった。雇ったのは家政婦さんか、とフォスターは思った。そんな名前の女性などこの町にはいなかったはずなので他の町から人を雇ったのか、そんな奇特な人がいたのか、などと考えていた。
すると台所からその女性が出てきた。小柄で緑がかった黒っぽい髪の若い女性である。明らかにこの町の者ではなく初対面のはずだが、どこかで見たことがあるような気もした。
「あっ、こんにちは」
「あ、初めまして、フォスターといいます」
「トヴィカと申します。実は初めましてじゃないんです」
「そうそう。フォスターも会ってるよ」
思ってもみなかったことを言われフォスターは混乱した。
「え? どこで?」
「眼神の町と錨神の町の間に宿場町があったろ」
「うん」
「そこの宿の食堂で馬鹿男たちに絡まれてた女の人いたろ」
「ええ? そのときの人?」
「そうです。あのときはありがとうございました」
「いや、俺は何もしてないですし……」
その女の人なのはわかったが、何故ここにいるのかはさっぱりわからない。
「おー、フォスター帰って来たんかー」
そこでコーシェルが合流した。どうやら今まで子どもたちに勉強を教えていたようである。
「昼前に転移石でね」
「コーシェルさん! お疲れさまでした!」
フォスターがコーシェルに応えている途中でトヴィカが割って入った。彼女は目を輝かせ、声も一段階高くなっている。
「あー、トヴィカさん。兄貴はこれから話し合いがあるから、まだ自由にならないんだ。悪いけど今礼拝堂誰もいないからすぐそっちに行ってもらえないかな?」
コーシェルが察したように付け足す。
「トヴィカ、礼拝堂の受付は大事な仕事なんじゃ。今頼れるのは君しかおらんのじゃよ。頼まれてくれんかのう」
「もちろんです、コーシェルさん! まかせてください!」
トヴィカはコーシェルがそう言うと喜び勇んで礼拝堂へと駆けていった。
「えっと……?」
「お前の言いたいことはわかるぞ、フォスター。わしも最初面喰らったからのう」
「あの人ね、兄貴の押し掛け女房」
「えっ?」
コーシェルは少しため息をついてから言った。
「まだ結婚するかはわからんがの」
「しないの?」
「だってこんな何もない辺境じゃぞ? それにお互いのことを何も知らんのにいきなり結婚とか言われてものう。やっぱりヤダって言うかもしれんしのう」
「だから今お試し期間ってことでうちで働いてるんだ」
「はいはい、その話は後でゆっくり。場所は食堂でいいよね?」
ニアタが割って入った。
「そうじゃの。わしは父さん呼んでくる」
「俺はじいちゃん呼んでくるよ」
神官兄弟はそれぞれ別の部屋へ呼びに向かって行った。
「おかえりなさい、フォスター。ビスタークも……いるわよね?」
『いる』
「大人しいから寝てるのかと思った」
『途中まではな』
ニアタはビスタークの鉢巻きに触れる。
『ニア姉の血筋は結婚相手が押しかけてくんのかねえ?』
「やめてよ。そんなの血筋で決まるわけないでしょ」
『ホントあの時は笑ったぜ』
「私のときよりずっと良いわよ。コーシェルは知らない神官見習い大勢の前で大声で結婚の申し込みされてないんだから。本当にあのときは恥ずかしくて恥ずかしくて」
フォスターは夢で見た過去の中でマフティロが押しかけて来たときのことを思い出した。確かにそのようなことをニアタは言っていた。話が長くなる予感もしたので少し逸らす。
「あ、これお土産です」
「ありがとう。そんな気を使わなくてもいいのに。今、お茶入れてくるからみんなで食べましょうね」
水の都で買った菓子を渡すとニアタは台所へ再度戻っていった。台所のすぐ隣が食堂であるため中で待っていると、すぐにコーシェルとマフティロがやってきた。
「おかえり。色々聞いてるよ」
「はい。話を通してくださってありがとうございました」
「転移石使いたかったらいつでも言ってくれて構わんからの」
「ありがとう。その時は頼むよ」
「その時はみんなで行こうかな。たまには父さんにも家族の顔見せなきゃ」
マフティロは水の都出身である。母親は子どもの頃に亡くなっているらしい。使用人がいる裕福な暮らしをしているそうだが、高価な転移石を手に入れて渡しているところをみると息子や孫に会いたいのだろう。
「コーシェルのお嫁さんも紹介しないと」
「結婚出来たらの」
「何か不満でもあるのか?」
「別にそんなことはない。わしは嬉しいが……向こうが心変わりするかもしれんから怖いんじゃよ」
「いやー、大丈夫だと思うよ。僕があんな感じだったからね。今でも心変わりなんてしてないよ」
「……」
フォスターはマフティロにとても突っ込みを入れたかったが、ビスタークに過去を見たことを勘づかれるのを恐れて何も言わなかった。