残酷な描写あり
R-15
163 会合
神殿一家が揃い、フォスターとビスタークが今までの報告をした。お茶と土産の菓子を食べながらの一見和やかな会合である。
何層にも重なった薄い生地に木の実を挟み、まるで砂糖水に浸かっていたかのような甘い菓子を食べているのだが、それに対して話の内容は苦いものだった。ビスタークはフォスターの額から外され、テーブルの上に置かれてそれぞれが触れている。そのため皆の席は普段より密集していた。
「じゃあストロワを探しに命の都へ行くんじゃな」
『ああ。リューナが何かを感じているみたいだからな。きっと何かあるんだろう』
「例の医者も以前命の都にいたようで、家がまだあるそうなんです。もしかしたら何かわかるかもしれません」
『都で調べた後だとは思うが……リューナなら、とも思うしな』
「リューナちゃんは悪霊の気配もわかったしな」
ウォルシフが悪霊を浄化したときのことを思い出して呟いた。
「目が見えないから感覚が敏感なのかと思ってたんじゃが……まさか神の子だとは思わんかったよ」
「リューナちゃんが、いずれいなくなっちゃうなんて……やだな、そんなの」
神官兄弟はリューナが神の子だということを受け入れられずにいる。
「最悪、記憶を消されるかもしれないしね」
ニアタがそう言うと皆黙ってしまった。
「状況が普通と違うし、今の破壊神とリューナが交渉したらなんとかならないかって希望は持っているんですが……」
「……そうなるといいわね」
何かを含んだかのようにニアタは言った。レアフィールのことを思い出したのかもしれない。
「あ、命の都にはカイルも一緒に行くことになりそうです」
「そうなのか?」
「カイルは知らんよな? いいんか?」
リューナが神の子だということである。
「もちろん知らないから例の設定で話を通すつもり。何か俺に用があるとき信用できる人間がそばにいたほうがいいんだ。まあ女の人のほうが助かるんだけど。風呂とか結構困ったから」
「ビスタークのことは話してあるの?」
ニアタが訊いてきた。
「まだですが、その辺はちゃんと話しますよ」
『あいつも面白がりそうなんだよな……』
「そうだろうなあ。また実験に付き合わされるかもな」
『断る。お前も簡単に引き渡すんじゃねえぞ!』
「親父の態度次第だな」
フォスターはふと思い出し、ソレムに訊いた。
「あ、そうだ。大神官、忘却神の町から請求来ませんでしたか?」
「ん? 請求じゃなく伝言なら預かっとるよ」
「伝言ですか?」
「『水の都に紹介ありがとう。おかげで儲かったよ。紹介料としてツケは無しにしておく』じゃと」
「はは……それなら良かった」
忘却神大神官ロスリーメは金にうるさかった。払わなくて良くなるのならそれに越したことはない。当時のことを思い出しているとウォルシフが提案してきた。
「女の人の協力ならさあ、命の都に行くんだから姉ちゃんに頼めばいいよ」
「あー……やっぱりそうなるか……」
「うちの娘に何か不満があるのかね?」
フォスターがため息混じりにそう言うとマフティロが圧をかけてきた。笑顔だが目が笑っていない。彼は妻ニアタだけでなく娘のセレインも溺愛しているのである。フォスターは冷や汗が出てきた。
「すみません。よく怒られるもので……」
「あなたがその辺言い出すとめんどくさいから黙ってて」
「はい……」
ニアタに窘められマフティロは縮こまった。
フォスターはこの二人の娘でありコーシェルの妹でウォルシフの姉であるセレインのことが苦手である。リューナは女の子であり目も見えないのだからもっと気を遣うようにと、子どもの頃からフォスターは何かと五歳年上のセレインに小言を言われ続けていたのである。
「医者になるためだと滞在場所は神殿じゃないですよね?」
「いや、医者の養成も神殿の管轄じゃから敷地内の別の建物と言っておったよ」
ソレムが教えてくれた。
「ああ、そうじゃ。向こうのお祖父さまからセレインに渡して欲しいと言われとるものがあるんじゃ。一度取りに水の都へ行かねばならんから付き合ってもらえるか?」
「ああ、いいよ。何を取りに行くの?」
「転移石」
「えっ!?」
そんな高いものを二つも孫に用意したのかと驚愕した。やはり都の大神官になるような人はかなりの稼ぎがあるのだろう、と羨ましい気持ちになっているとコーシェルが訂正した。
「いや、ちょっと嘘じゃな。さすがに本物を二つも用意出来んかったみたいでの、複製石を手に入れてくれたんじゃよ。受け取ったら転移石を複製するんじゃ。それでも荷物として向こうから送ってもらうのは盗難が怖いからのう」
「まあ、確かにそうだな」
セレインのことで疑問が湧いたので訊いてみた。
「そういえば、セレインさんはリューナのこと知ってるんですか?」
「いや、教えてないよ」
答えたのはマフティロだ。
「セレインは神官ではないし、それにそんな大事な話は通信石なんかでしたくないしね」
「でもあの子は当分帰って来ないわよ?」
「実習が多いから神官になるより時間がかかるしのう」
ソレムたちが教えることに難色を示しているのでフォスターが提案した。
「じゃあ、例の設定で話をしますか?」
「そのほうがええかもな。帰ってきたらわしらで話をするよ。フォスターから言うとまたなんか色々言われそうじゃからの」
「そうしてもらえると助かる」
フォスターがコーシェルにそう言われてほっとしているとウォルシフが爆弾発言をした。
「でも姉ちゃん向こうでイイ人見つけて帰ってこないかもよ?」
「なっ……!」
その言葉にマフティロが青ざめていく。
「今すぐ呼び戻そう!」
「……あなたのそういうところが嫌われる原因なのよ?」
「ううっ……」
「安心せえ、父さん。セレインが恋とか絶対ないじゃろ」
「もしそんな人が出来たとしても捕まえてうちに持って帰ってくるよ」
フォスターにもセレインが誰かに恋をして暴走するところなど想像出来なかったが、余計なことを言うとまたマフティロがおかしくなるので黙っていた。
「セレインが戻ってくる前にリューナが向こうに行ってしまったら、記憶は消されてしまうのかのう……」
マフティロをからかうような会話をしている中、ソレムが呟いたその一言で場が静まり返った。
「……そうなのかな?」
少し間を空けてウォルシフが沈黙を破った。
「セレインはリューナちゃんの目を治すことも目標にしておったよな? それも忘れてしまうんか?」
コーシェルが眉間に皺を寄せ疑問を口にする。
「オードラさんを見て医療を志し始めたと思ったけど、言われてみれば確かにそれも言ってたわね……」
「優しい子なんだよ」
ニアタの言葉に感動したようにマフティロが頷いている。それを全く意に介さずコーシェルは続けた。
「その状態で記憶が消えたら、何のために頑張っていたか、目標を失うことにならんか?」
「それはあるかもしれんのう」
「やはりしっかり話しておかないと」
皆がフォスターを見た。
「え、やっぱり俺が話すんですか?」
「いや、手紙を届けてもらおうかと思ったんだ。……本当は会って話したいけどね」
「渡すっていう転移石は?」
「あれは子どもの頃セレインの泊まった向こうの部屋にお祖父さまが線を書くって話でのう……」
「水の都に行く専用の石ってことか」
フォスターは少し考えてから発言した。
「その渡すほうの石で命の都へ戻れるようにして、俺がここに一緒に戻ればいいんじゃないのか? 水の都へはコーシェルたちと行けばいいんだし」
「わしらはそれでいいと思うんじゃが」
「お祖父さまが拗ねるかもなあ」
フォスターはそこで気付く。
「向こうのお祖父さんのことは『さま』付けなんだな……」
「儂とは格が違うからのう。儂だって様付けで呼ぶわ」
ソレムがすかさず言う。確かに先代の水の大神官と同等だと、しがない田舎町の大神官が言えるはずもない。
「でもあっちのお祖父さまはお祖父さまで、こっちのじいちゃん呼びを羨ましがってるんだよなあ」
「お義父さんの孫大好きなところ、すごくこの人と似てるのよね……」
ニアタがマフティロを見ながら言うところを見てフォスターは察した。おそらく先代の水の大神官は孫可愛さに暴走する人物なのだろう、と。
何層にも重なった薄い生地に木の実を挟み、まるで砂糖水に浸かっていたかのような甘い菓子を食べているのだが、それに対して話の内容は苦いものだった。ビスタークはフォスターの額から外され、テーブルの上に置かれてそれぞれが触れている。そのため皆の席は普段より密集していた。
「じゃあストロワを探しに命の都へ行くんじゃな」
『ああ。リューナが何かを感じているみたいだからな。きっと何かあるんだろう』
「例の医者も以前命の都にいたようで、家がまだあるそうなんです。もしかしたら何かわかるかもしれません」
『都で調べた後だとは思うが……リューナなら、とも思うしな』
「リューナちゃんは悪霊の気配もわかったしな」
ウォルシフが悪霊を浄化したときのことを思い出して呟いた。
「目が見えないから感覚が敏感なのかと思ってたんじゃが……まさか神の子だとは思わんかったよ」
「リューナちゃんが、いずれいなくなっちゃうなんて……やだな、そんなの」
神官兄弟はリューナが神の子だということを受け入れられずにいる。
「最悪、記憶を消されるかもしれないしね」
ニアタがそう言うと皆黙ってしまった。
「状況が普通と違うし、今の破壊神とリューナが交渉したらなんとかならないかって希望は持っているんですが……」
「……そうなるといいわね」
何かを含んだかのようにニアタは言った。レアフィールのことを思い出したのかもしれない。
「あ、命の都にはカイルも一緒に行くことになりそうです」
「そうなのか?」
「カイルは知らんよな? いいんか?」
リューナが神の子だということである。
「もちろん知らないから例の設定で話を通すつもり。何か俺に用があるとき信用できる人間がそばにいたほうがいいんだ。まあ女の人のほうが助かるんだけど。風呂とか結構困ったから」
「ビスタークのことは話してあるの?」
ニアタが訊いてきた。
「まだですが、その辺はちゃんと話しますよ」
『あいつも面白がりそうなんだよな……』
「そうだろうなあ。また実験に付き合わされるかもな」
『断る。お前も簡単に引き渡すんじゃねえぞ!』
「親父の態度次第だな」
フォスターはふと思い出し、ソレムに訊いた。
「あ、そうだ。大神官、忘却神の町から請求来ませんでしたか?」
「ん? 請求じゃなく伝言なら預かっとるよ」
「伝言ですか?」
「『水の都に紹介ありがとう。おかげで儲かったよ。紹介料としてツケは無しにしておく』じゃと」
「はは……それなら良かった」
忘却神大神官ロスリーメは金にうるさかった。払わなくて良くなるのならそれに越したことはない。当時のことを思い出しているとウォルシフが提案してきた。
「女の人の協力ならさあ、命の都に行くんだから姉ちゃんに頼めばいいよ」
「あー……やっぱりそうなるか……」
「うちの娘に何か不満があるのかね?」
フォスターがため息混じりにそう言うとマフティロが圧をかけてきた。笑顔だが目が笑っていない。彼は妻ニアタだけでなく娘のセレインも溺愛しているのである。フォスターは冷や汗が出てきた。
「すみません。よく怒られるもので……」
「あなたがその辺言い出すとめんどくさいから黙ってて」
「はい……」
ニアタに窘められマフティロは縮こまった。
フォスターはこの二人の娘でありコーシェルの妹でウォルシフの姉であるセレインのことが苦手である。リューナは女の子であり目も見えないのだからもっと気を遣うようにと、子どもの頃からフォスターは何かと五歳年上のセレインに小言を言われ続けていたのである。
「医者になるためだと滞在場所は神殿じゃないですよね?」
「いや、医者の養成も神殿の管轄じゃから敷地内の別の建物と言っておったよ」
ソレムが教えてくれた。
「ああ、そうじゃ。向こうのお祖父さまからセレインに渡して欲しいと言われとるものがあるんじゃ。一度取りに水の都へ行かねばならんから付き合ってもらえるか?」
「ああ、いいよ。何を取りに行くの?」
「転移石」
「えっ!?」
そんな高いものを二つも孫に用意したのかと驚愕した。やはり都の大神官になるような人はかなりの稼ぎがあるのだろう、と羨ましい気持ちになっているとコーシェルが訂正した。
「いや、ちょっと嘘じゃな。さすがに本物を二つも用意出来んかったみたいでの、複製石を手に入れてくれたんじゃよ。受け取ったら転移石を複製するんじゃ。それでも荷物として向こうから送ってもらうのは盗難が怖いからのう」
「まあ、確かにそうだな」
セレインのことで疑問が湧いたので訊いてみた。
「そういえば、セレインさんはリューナのこと知ってるんですか?」
「いや、教えてないよ」
答えたのはマフティロだ。
「セレインは神官ではないし、それにそんな大事な話は通信石なんかでしたくないしね」
「でもあの子は当分帰って来ないわよ?」
「実習が多いから神官になるより時間がかかるしのう」
ソレムたちが教えることに難色を示しているのでフォスターが提案した。
「じゃあ、例の設定で話をしますか?」
「そのほうがええかもな。帰ってきたらわしらで話をするよ。フォスターから言うとまたなんか色々言われそうじゃからの」
「そうしてもらえると助かる」
フォスターがコーシェルにそう言われてほっとしているとウォルシフが爆弾発言をした。
「でも姉ちゃん向こうでイイ人見つけて帰ってこないかもよ?」
「なっ……!」
その言葉にマフティロが青ざめていく。
「今すぐ呼び戻そう!」
「……あなたのそういうところが嫌われる原因なのよ?」
「ううっ……」
「安心せえ、父さん。セレインが恋とか絶対ないじゃろ」
「もしそんな人が出来たとしても捕まえてうちに持って帰ってくるよ」
フォスターにもセレインが誰かに恋をして暴走するところなど想像出来なかったが、余計なことを言うとまたマフティロがおかしくなるので黙っていた。
「セレインが戻ってくる前にリューナが向こうに行ってしまったら、記憶は消されてしまうのかのう……」
マフティロをからかうような会話をしている中、ソレムが呟いたその一言で場が静まり返った。
「……そうなのかな?」
少し間を空けてウォルシフが沈黙を破った。
「セレインはリューナちゃんの目を治すことも目標にしておったよな? それも忘れてしまうんか?」
コーシェルが眉間に皺を寄せ疑問を口にする。
「オードラさんを見て医療を志し始めたと思ったけど、言われてみれば確かにそれも言ってたわね……」
「優しい子なんだよ」
ニアタの言葉に感動したようにマフティロが頷いている。それを全く意に介さずコーシェルは続けた。
「その状態で記憶が消えたら、何のために頑張っていたか、目標を失うことにならんか?」
「それはあるかもしれんのう」
「やはりしっかり話しておかないと」
皆がフォスターを見た。
「え、やっぱり俺が話すんですか?」
「いや、手紙を届けてもらおうかと思ったんだ。……本当は会って話したいけどね」
「渡すっていう転移石は?」
「あれは子どもの頃セレインの泊まった向こうの部屋にお祖父さまが線を書くって話でのう……」
「水の都に行く専用の石ってことか」
フォスターは少し考えてから発言した。
「その渡すほうの石で命の都へ戻れるようにして、俺がここに一緒に戻ればいいんじゃないのか? 水の都へはコーシェルたちと行けばいいんだし」
「わしらはそれでいいと思うんじゃが」
「お祖父さまが拗ねるかもなあ」
フォスターはそこで気付く。
「向こうのお祖父さんのことは『さま』付けなんだな……」
「儂とは格が違うからのう。儂だって様付けで呼ぶわ」
ソレムがすかさず言う。確かに先代の水の大神官と同等だと、しがない田舎町の大神官が言えるはずもない。
「でもあっちのお祖父さまはお祖父さまで、こっちのじいちゃん呼びを羨ましがってるんだよなあ」
「お義父さんの孫大好きなところ、すごくこの人と似てるのよね……」
ニアタがマフティロを見ながら言うところを見てフォスターは察した。おそらく先代の水の大神官は孫可愛さに暴走する人物なのだろう、と。