残酷な描写あり
R-15
164 平穏
夕方、家の食堂は通常通り営業することになった。最初、ジーニェルとホノーラは店を休みにすると言っていたのだが、リューナが普通の日常を送りたい、と希望したのでそうすることになった。最近は神殿の中でじっとしていることが多かったので、少し身体を動かしたかったらしい。
一ヶ月ぶりの看板娘の復帰とあって、リューナは客の男性陣からちやほやされていた。フォスターはそれを横目に自分たちが不在の間に外から人が来なかったか客の町民たちに聞いてまわったが、特に変わったことはなかったようだ。結構前から水の都に向かっていると敵側には認識されていたのだろう。
ビスタークは神殿に残るのかと思っていたが、ジーニェルと話す約束があるとのことでまだフォスターの額にいる。そういえば身体を借りて酒を飲む話をしていたな、と今朝の会話を思い出していた。
ある程度客の注文が落ち着くとそれぞれ賄いを食べるのがこの家族のいつもの夕食である。
「リューナ先に食べちゃえよ。腹減ってるんだろ」
「うん!」
昼食は水の都からの土産だったため、リューナは家の普通の食事に飢えていた。喜んでカウンター席に座り、両親から賄いを出してもらう。子どもの頃からずっと同じところに座っている。ちゃんとした店なら客席で食べるべきではないのであろうが、ここではこれが普通であるため苦言を呈する者など誰もいない。
「あ~~、お母さんのミルクスープ美味しい~~!」
家でいつも食べていた蕪とベーコンのスープ。リューナはしみじみと味わいながらそう呟いている。
「お父さんのお肉料理も美味しい~!」
野菜を細かく刻んだソースがかかっている豚肉のソテーを食べながらまた呟くと、気を良くしたジーニェルが勧める。
「そうかそうか、好きなだけ食べるといい。まだあるからな」
「うん!」
「スープのおかわりもあるからね」
「おかわり! このスープの味はうちじゃないと食べられないもんね。おうちの味ってほっとする……」
相変わらずの愛娘の食べっぷりを両親は微笑ましく見ている。ホノーラの目は少し潤んでいるようにも見えた。戻ってこない可能性のある娘に対して感情が抑えきれていないのだろう。
「あ、そうだ。カイルも一緒に行くって聞いたんだけど……」
リューナが客の食器を下げてカウンター内に戻ってきたフォスターに小さな声で訊いてきた。
「ああ、まだちゃんと決まってないけど、そうなりそうだよ。嫌か?」
「嫌ではないけど……」
思うところのありそうな様子に彼女の言葉を待つ。そしてそれを聞いた後、自分が何も考えていなかったことに気がついた。
「宿の部屋ってどうなるの? 別々?」
「あ……」
男女一緒の部屋だと何かと不都合がある。フォスターとリューナは一応兄妹であるので一緒の部屋でもそれほど問題にならなかったが、カイルとリューナが同じ部屋だと困ることもある。
「リューナとカイルが同じ部屋で寝泊まり……?」
ジーニェルの声に怖いものを感じた。
「まあ、ユヴィラさんとも同じ部屋になったけど、あの時はヨマリーも一緒だったし。あ、でも町の間の小屋だと絶対別々には出来ないから一緒でも同じなのかな……。でもそれだと清浄石で身体を拭いてもらったり出来ないよね……」
身体を拭くのはフォスターとしては勘弁してもらいたいためそれが無くなるのは好都合であるのだが、今言うとこじれそうなので言わなかった。
「あと、そっちのお父……鉢巻きの話はしてあるの?」
リューナは食事を続けながら「お父さん」と言いかけて訂正した。周りにそれを知らない者たちがいるためだ。念のためか小声になっている。
「それは言うつもりだよ。まだ言ってないけど」
そう言ったとたん、店の扉が開いた。
「フォスター、修理終わったぞー」
カイルだった。噂をすれば影、である。
「カイル……」
そのとたんカイルはジーニェルに睨まれた。
「えっ? おじさん怖い。俺何かしたっけ?」
「……これからするかもしれない……」
「ええっ? 理不尽!」
「ジーニェルぅ?」
ホノーラが暴走しようとした夫に釘を刺す。フォスターは両親のことは構わずカイルの持っている物を見た。
「よかった。盾直ったんだな。これ便利だから無いと困るんだ」
「砂まみれだったから、それで部品が動かなくなってただけだったよ」
「ありがとな」
フォスターは盾を受け取り邪魔にならないよう壁際へ立てかけた。
「格納石は明日にでもつけるよ」
「よろしくな。そこまで急いでないけど」
「いやー、しかしフォスターが俺の作った物を便利って言うなんてな。いつも文句とか苦情ばっかりだったのに」
「実際移動するのにすごい便利だったからな。なあ、リューナ」
「う、うん」
急に話をふられたリューナがスプーンを口に入れたままぎこちなく頷いた。仲直りをしたはずなのにカイルとうまく喋れないらしい。人見知りの状態である。
「今まで作った物はなんだったんだってくらいに良かったよ」
「失敗を積み重ねないと良い物は作れないからね」
カイルは得意気に胸を張った。
「理力の消費が結構あったから、最初は具合悪くなったけどな」
「そうなのか?」
「お前、長時間使うこと考えてなかっただろ」
「あー……」
「旅に出たらお前の理力で乗ってみな。疲れを体感してみろ」
「しょうがない。作った物は試さないとならないからな。やってみるよ」
そこで座って食事していたリューナが立ち上がった。
「フォスター、私食べ終わったからごはん食べなよ。交代するよ」
リューナが落ち着かない様子でそう告げる。先程から少し様子が変だ。リューナはホノーラから客が注文した料理を受け取ると、さっさと提供しにその場を離れてしまった。
「……お前ら仲直りしたんじゃなかったっけ?」
「したよ? したけどさあ……女の子と何を話したらいいのかわからなくて……」
「あー……」
仲が悪いわけではなくお互い何を話したらいいのかわからないらしい。
「一緒に旅に行くとして、部屋はどうしようかと話してたとこなんだよな」
「さすがに男女別だろ? 俺たち二人とリューナ一人で二部屋だと思ってたけど」
「リューナを一人にはしておけないんだよ」
「あー、見えないから?」
「……警備的な問題で」
「警備?」
「その辺の事情を時間があるときに話しておきたい」
フォスターは少し声を抑えている。
「今じゃダメなのか?」
「店閉めてからじゃないとな」
仕事中というよりは関係ない者がいないところで話がしたいのだ。
「まあ、まずは食べたら」
ホノーラがフォスターの前に料理を並べながら提案した。
「そうだね。俺もうちの味は久しぶりだし」
「……俺も何かもらおうかな。店閉めるまでまだ時間あるだろうし」
「あら珍しい。何食べる?」
「夕飯は食べたけど、小腹空いてきたからなあ……。何かつまみながら飲もうかな」
『こいつ飲めるのか!』
今まで黙っていたビスタークがしゃしゃり出て来た。
『今後の旅が楽しみだな!』
カイルの身体に取り憑いて酒を飲むつもりなのがまるわかりである。
「……カイルに紹介したい奴がいるんだよな」
「ん? 誰?」
「それも後で話す」
紹介、とは勿論ビスタークのことである。酒が飲めると喜んでいるようだが、カイルの好奇心で色々実験されそうだと言っていたことを忘れたのだろうか。その辺は当事者同士で話し合ってもらうしかない。
「……うちの味だ。美味しいよ、母さん。リューナも言ってたけど、すごくほっとするな……」
フォスターは用意してもらったスープを口にして呟いた。
「じゃあフォスターもおかわりする?」
「いや、俺はそんなに食えないよ」
「ほら肉も食え肉も」
「味わいながら食べてるんだからそんなに急かさないでくれよ」
毎日食べていた家の料理を食べながら、帰ってきたという実感を噛み締めていた。ずっとこのまま皆変わらずにいられればいいのに、と思いながら。
一ヶ月ぶりの看板娘の復帰とあって、リューナは客の男性陣からちやほやされていた。フォスターはそれを横目に自分たちが不在の間に外から人が来なかったか客の町民たちに聞いてまわったが、特に変わったことはなかったようだ。結構前から水の都に向かっていると敵側には認識されていたのだろう。
ビスタークは神殿に残るのかと思っていたが、ジーニェルと話す約束があるとのことでまだフォスターの額にいる。そういえば身体を借りて酒を飲む話をしていたな、と今朝の会話を思い出していた。
ある程度客の注文が落ち着くとそれぞれ賄いを食べるのがこの家族のいつもの夕食である。
「リューナ先に食べちゃえよ。腹減ってるんだろ」
「うん!」
昼食は水の都からの土産だったため、リューナは家の普通の食事に飢えていた。喜んでカウンター席に座り、両親から賄いを出してもらう。子どもの頃からずっと同じところに座っている。ちゃんとした店なら客席で食べるべきではないのであろうが、ここではこれが普通であるため苦言を呈する者など誰もいない。
「あ~~、お母さんのミルクスープ美味しい~~!」
家でいつも食べていた蕪とベーコンのスープ。リューナはしみじみと味わいながらそう呟いている。
「お父さんのお肉料理も美味しい~!」
野菜を細かく刻んだソースがかかっている豚肉のソテーを食べながらまた呟くと、気を良くしたジーニェルが勧める。
「そうかそうか、好きなだけ食べるといい。まだあるからな」
「うん!」
「スープのおかわりもあるからね」
「おかわり! このスープの味はうちじゃないと食べられないもんね。おうちの味ってほっとする……」
相変わらずの愛娘の食べっぷりを両親は微笑ましく見ている。ホノーラの目は少し潤んでいるようにも見えた。戻ってこない可能性のある娘に対して感情が抑えきれていないのだろう。
「あ、そうだ。カイルも一緒に行くって聞いたんだけど……」
リューナが客の食器を下げてカウンター内に戻ってきたフォスターに小さな声で訊いてきた。
「ああ、まだちゃんと決まってないけど、そうなりそうだよ。嫌か?」
「嫌ではないけど……」
思うところのありそうな様子に彼女の言葉を待つ。そしてそれを聞いた後、自分が何も考えていなかったことに気がついた。
「宿の部屋ってどうなるの? 別々?」
「あ……」
男女一緒の部屋だと何かと不都合がある。フォスターとリューナは一応兄妹であるので一緒の部屋でもそれほど問題にならなかったが、カイルとリューナが同じ部屋だと困ることもある。
「リューナとカイルが同じ部屋で寝泊まり……?」
ジーニェルの声に怖いものを感じた。
「まあ、ユヴィラさんとも同じ部屋になったけど、あの時はヨマリーも一緒だったし。あ、でも町の間の小屋だと絶対別々には出来ないから一緒でも同じなのかな……。でもそれだと清浄石で身体を拭いてもらったり出来ないよね……」
身体を拭くのはフォスターとしては勘弁してもらいたいためそれが無くなるのは好都合であるのだが、今言うとこじれそうなので言わなかった。
「あと、そっちのお父……鉢巻きの話はしてあるの?」
リューナは食事を続けながら「お父さん」と言いかけて訂正した。周りにそれを知らない者たちがいるためだ。念のためか小声になっている。
「それは言うつもりだよ。まだ言ってないけど」
そう言ったとたん、店の扉が開いた。
「フォスター、修理終わったぞー」
カイルだった。噂をすれば影、である。
「カイル……」
そのとたんカイルはジーニェルに睨まれた。
「えっ? おじさん怖い。俺何かしたっけ?」
「……これからするかもしれない……」
「ええっ? 理不尽!」
「ジーニェルぅ?」
ホノーラが暴走しようとした夫に釘を刺す。フォスターは両親のことは構わずカイルの持っている物を見た。
「よかった。盾直ったんだな。これ便利だから無いと困るんだ」
「砂まみれだったから、それで部品が動かなくなってただけだったよ」
「ありがとな」
フォスターは盾を受け取り邪魔にならないよう壁際へ立てかけた。
「格納石は明日にでもつけるよ」
「よろしくな。そこまで急いでないけど」
「いやー、しかしフォスターが俺の作った物を便利って言うなんてな。いつも文句とか苦情ばっかりだったのに」
「実際移動するのにすごい便利だったからな。なあ、リューナ」
「う、うん」
急に話をふられたリューナがスプーンを口に入れたままぎこちなく頷いた。仲直りをしたはずなのにカイルとうまく喋れないらしい。人見知りの状態である。
「今まで作った物はなんだったんだってくらいに良かったよ」
「失敗を積み重ねないと良い物は作れないからね」
カイルは得意気に胸を張った。
「理力の消費が結構あったから、最初は具合悪くなったけどな」
「そうなのか?」
「お前、長時間使うこと考えてなかっただろ」
「あー……」
「旅に出たらお前の理力で乗ってみな。疲れを体感してみろ」
「しょうがない。作った物は試さないとならないからな。やってみるよ」
そこで座って食事していたリューナが立ち上がった。
「フォスター、私食べ終わったからごはん食べなよ。交代するよ」
リューナが落ち着かない様子でそう告げる。先程から少し様子が変だ。リューナはホノーラから客が注文した料理を受け取ると、さっさと提供しにその場を離れてしまった。
「……お前ら仲直りしたんじゃなかったっけ?」
「したよ? したけどさあ……女の子と何を話したらいいのかわからなくて……」
「あー……」
仲が悪いわけではなくお互い何を話したらいいのかわからないらしい。
「一緒に旅に行くとして、部屋はどうしようかと話してたとこなんだよな」
「さすがに男女別だろ? 俺たち二人とリューナ一人で二部屋だと思ってたけど」
「リューナを一人にはしておけないんだよ」
「あー、見えないから?」
「……警備的な問題で」
「警備?」
「その辺の事情を時間があるときに話しておきたい」
フォスターは少し声を抑えている。
「今じゃダメなのか?」
「店閉めてからじゃないとな」
仕事中というよりは関係ない者がいないところで話がしたいのだ。
「まあ、まずは食べたら」
ホノーラがフォスターの前に料理を並べながら提案した。
「そうだね。俺もうちの味は久しぶりだし」
「……俺も何かもらおうかな。店閉めるまでまだ時間あるだろうし」
「あら珍しい。何食べる?」
「夕飯は食べたけど、小腹空いてきたからなあ……。何かつまみながら飲もうかな」
『こいつ飲めるのか!』
今まで黙っていたビスタークがしゃしゃり出て来た。
『今後の旅が楽しみだな!』
カイルの身体に取り憑いて酒を飲むつもりなのがまるわかりである。
「……カイルに紹介したい奴がいるんだよな」
「ん? 誰?」
「それも後で話す」
紹介、とは勿論ビスタークのことである。酒が飲めると喜んでいるようだが、カイルの好奇心で色々実験されそうだと言っていたことを忘れたのだろうか。その辺は当事者同士で話し合ってもらうしかない。
「……うちの味だ。美味しいよ、母さん。リューナも言ってたけど、すごくほっとするな……」
フォスターは用意してもらったスープを口にして呟いた。
「じゃあフォスターもおかわりする?」
「いや、俺はそんなに食えないよ」
「ほら肉も食え肉も」
「味わいながら食べてるんだからそんなに急かさないでくれよ」
毎日食べていた家の料理を食べながら、帰ってきたという実感を噛み締めていた。ずっとこのまま皆変わらずにいられればいいのに、と思いながら。