残酷な描写あり
R-15
166 招待
翌日。フォスターが久しぶりに供物の酒樽を神殿へ届けると、コーシェルから声をかけられた。
「水の都へ行く話を具体的に決めたいんじゃが、昼に店に行ってもええか?」
「いいよ。昼飯はどうする? 食べてくのか?」
「三人分頼むわ。多分ウォルシフも行くって言うじゃろ」
「三人……」
ということはトヴィカも連れて来るのかと考えてフォスターは顔がにやけてしまった。
「……なんじゃ。トヴィカがいつも料理作る側だからたまには人の作ったもん食べたいかと思っただけじゃ」
「良いと思うよ、その気遣い」
にやにやしているフォスターを軽く睨むと、コーシェルは少し困ったように話を変えた。
「ちょっと面倒なことになってのう」
「面倒なこと?」
「向こうのお祖父さまにトヴィカのことをじいちゃんが洩らしての。連れてこいって言われたんじゃ」
「親族に紹介する段階になったのか。別にいいじゃないか。コーシェルの人柄に惚れてるんだろうから、今さら水の大神官の親族だとバレたって問題無いだろ」
「その話はもう伝えとる。他のことじゃ」
「?」
「おばさんと色々話をしたみたいでな、『神の子に会ってみたかった』とか言い出したんじゃ」
おばさん、とは水の大神官リジェンダのことである。フォスターは首を傾げた。
「俺たちが向こうにいるときに言えば良かったのに。そこそこの期間いたけどそんな話されなかったぞ?」
「お祖父さまはわしらが帰った後仕事で地下水路の下流の町に出かけてたから留守だったんじゃよ」
コーシェルたちはフォスターたちが船に乗るより前に水の都を後にしていた。
「まだ仕事してるのか? 前の大神官だっていうから引退してるのかと思ってた」
「役職の無い神官になっただけじゃよ。理蓄石を納めに理力神の町まで行ってたんじゃ」
「それでか。んー、昨日帰ってきたばかりなんだけどな」
フォスターは少し考える。
「俺はいいけど……リューナは何て言って連れ出そう……」
「ああ、それを昼にそっちの店で相談するつもりだったんじゃ」
「リューナの前では無理だろ」
「いやー、それがのう……」
コーシェルは決まりが悪そうに続けた。
「わしらの結婚式をやると言って聞かなくてのう」
「おお、おめでとう。でも結婚式か。聞いたことはあるけど、どんなの?」
「この町じゃそういう風習無いからのう。まあ、結婚相手をお披露目する宴じゃよ」
ため息をついてからまた話し始めた。
「でな、その客としてそっちの家族を招待したらどうかって言うんじゃよ」
「え? 家族って……リューナだけじゃなく?」
「神の子を育てたご両親にも挨拶しないとって言っておった」
「店で相談ってそういうことか」
「どうじゃろうか?」
フォスターは思考をめぐらせる。
「父さんも母さんもこの半島から出たこと無いから喜ぶとは思うよ。すぐ帰ってくれば宿代もかからないし」
「そこは親孝行としてゆっくりしてもらえ。お祖父さまが家に泊まって行けと言っておるし」
「それはさすがに迷惑じゃないか?」
「いやー、それがお祖父さまは言い出したら聞かないんじゃよ。気のすむように泊まってもらえるよう逆にお願いしたいくらいじゃ」
「……何かお礼に持っていったほうがいいよな?」
「気持ち程度でええと思う。単純にな、寂しいんじゃよ」
「んー、俺はいいけど……」
そこで一つ気が付いた。
「そういやセレインさんは? 結婚式するならセレインさんもいたほうがいいんじゃないか?」
「わしらもそう言ったんじゃがなあ『セレインが来たときまたやればいい』っつーんじゃ。お祝い事は何回やっても良いんじゃと」
諦めたか呆れたような様子でコーシェルはため息をついた。
その昼。予告通りコーシェルがトヴィカとウォルシフを連れて店を訪れた。挨拶して食事が進んだところでリューナが興味津々でトヴィカに質問する。
「トヴィカさんはどうしてコーシェルを好きになったんですか?」
「あのね、私今まで他人に庇ってもらったことなかったの。だからすごく嬉しかったんだー!」
「そうなんですか?」
「私ね、両親を病気で亡くしてからずっとあの店で働いてたんだけど、いっつも怒られてたの。私が仕事出来ないから仕方ないところもあったかもしれないけど、どう考えても八つ当たりってときも多くてね」
「……うちでの働きぶりを見とるとちゃんと仕事は出来とると思うよ」
「コーシェルさん……! ありがとうございます! ね、庇ってくれるでしょ。こういうところが好きなの!」
「ふふふ」
リューナはにこにこしながら話を聞いている。コーシェルは恥ずかしいのかそっぽを向いていた。
「他に頼る場所が無かったからあの職場にしがみついてたんだけど、あの時これは運命だって思っちゃってね。すぐ逃げるように辞めて、眼神の町の神殿へ駆け込んで色々聞いたの。飛翔神の町の人ってことは一筆書いてもらったから知ってたんだけど、どんな町なのか全然知らなかったし。そうそう、あなたにも感謝してるのよ」
「え、私ですか?」
「あなたがあのとき結婚を嫌がってくれたからコーシェルさんに誰も相手がいないのがわかったんだから」
「ぐっ!」
昼食を食べながら話を聞いていたコーシェルが喉をつまらせた。噎せている背中をトヴィカがさすっている。そういえばそんな話をしていたなとフォスターが思っているとウォルシフがジーニェル夫妻に質問した。
「で、どうかな? 結婚式参加してもらえる?」
「……そりゃあ都なんて行ったことないから行ってみたいけど……本当にいいの?」
「迷惑じゃないか?」
ジーニェルもフォスターと同じことを言っている。
「いいのいいの。寂しがりやの老人のわがままに付き合ってもらうようなもんだから。遠慮されると逆に困る」
「そうは言ってもねえ……すぐ帰ってくるならまだしも」
夫婦でしばらく考え込んでいるときに新たに来客があった。
「こんちわー。あれ、みんな来てたの」
カイルであった。大袋を抱えている。
「これ。出来たから届けに来た」
中身は鎧である。格納石の取り付けが終わったようだ。
「石はベルト部分につけたよ」
「ありがとな。代金は後で払うよ」
カイルは手前にいたウォルシフヘ話しかける。
「みんな揃ってお昼?」
「うん。あ、カイルも行くか?」
「何の話?」
ウォルシフは水の都で結婚式をする話をカイルに伝えた。
「おめでとう! 俺も行きたい!」
「おー、ええよ。ついでに観光したらどうじゃ。お前都行ったこと無いじゃろ」
あっさりカイルの参加が決定した。
「じゃあ友人として参加決定な。泊まりだけどいいよな?」
「泊まりなの? いくら?」
「泊まるのはお祖父さまの家だし特に料金は要らないって言ってる」
「え、それは払うよ。転移石で行くなら途中の旅費もかかんないんだし」
カイルの言葉にホノーラが反応する。
「そこが逆に困るのよね……料金決まってるほうが気楽なのよ。お礼の品もこの町じゃ大したもの用意出来ないし」
「うーん、じゃあ会費決めるように言うよ」
他にも懸念を呟く。
「でも何着ていけばいいかしら……」
「そうか。男は礼服着とけばいいけど、女の人はそういうのがあるのか」
カイルが提案する。
「うちの母ちゃんに相談すればいいんじゃない?」
「あ、それがいいわね。パージェたちも誘う?」
「うーん……チビたちはそういうところ連れてかないほうがいいと思う。いいだろ誘わなくて」
「あー、確かにお祖父さまの家の中に壊れたら大変なもの結構あったから、小さい子どもは困るかな」
「そんなものとても弁償出来ないしね」
カイルは肩をすくめた。
「いつ行くの?」
「向こうは明日にでもって言ってるよ」
「それは困るわ」
「んー、どれくらいなら良い?」
「服の相談してから決めさせてもらえる?」
「わかった」
ホノーラとウォルシフのやり取りの後、皆で水の都へ五日後に行くことが決まった。
「水の都へ行く話を具体的に決めたいんじゃが、昼に店に行ってもええか?」
「いいよ。昼飯はどうする? 食べてくのか?」
「三人分頼むわ。多分ウォルシフも行くって言うじゃろ」
「三人……」
ということはトヴィカも連れて来るのかと考えてフォスターは顔がにやけてしまった。
「……なんじゃ。トヴィカがいつも料理作る側だからたまには人の作ったもん食べたいかと思っただけじゃ」
「良いと思うよ、その気遣い」
にやにやしているフォスターを軽く睨むと、コーシェルは少し困ったように話を変えた。
「ちょっと面倒なことになってのう」
「面倒なこと?」
「向こうのお祖父さまにトヴィカのことをじいちゃんが洩らしての。連れてこいって言われたんじゃ」
「親族に紹介する段階になったのか。別にいいじゃないか。コーシェルの人柄に惚れてるんだろうから、今さら水の大神官の親族だとバレたって問題無いだろ」
「その話はもう伝えとる。他のことじゃ」
「?」
「おばさんと色々話をしたみたいでな、『神の子に会ってみたかった』とか言い出したんじゃ」
おばさん、とは水の大神官リジェンダのことである。フォスターは首を傾げた。
「俺たちが向こうにいるときに言えば良かったのに。そこそこの期間いたけどそんな話されなかったぞ?」
「お祖父さまはわしらが帰った後仕事で地下水路の下流の町に出かけてたから留守だったんじゃよ」
コーシェルたちはフォスターたちが船に乗るより前に水の都を後にしていた。
「まだ仕事してるのか? 前の大神官だっていうから引退してるのかと思ってた」
「役職の無い神官になっただけじゃよ。理蓄石を納めに理力神の町まで行ってたんじゃ」
「それでか。んー、昨日帰ってきたばかりなんだけどな」
フォスターは少し考える。
「俺はいいけど……リューナは何て言って連れ出そう……」
「ああ、それを昼にそっちの店で相談するつもりだったんじゃ」
「リューナの前では無理だろ」
「いやー、それがのう……」
コーシェルは決まりが悪そうに続けた。
「わしらの結婚式をやると言って聞かなくてのう」
「おお、おめでとう。でも結婚式か。聞いたことはあるけど、どんなの?」
「この町じゃそういう風習無いからのう。まあ、結婚相手をお披露目する宴じゃよ」
ため息をついてからまた話し始めた。
「でな、その客としてそっちの家族を招待したらどうかって言うんじゃよ」
「え? 家族って……リューナだけじゃなく?」
「神の子を育てたご両親にも挨拶しないとって言っておった」
「店で相談ってそういうことか」
「どうじゃろうか?」
フォスターは思考をめぐらせる。
「父さんも母さんもこの半島から出たこと無いから喜ぶとは思うよ。すぐ帰ってくれば宿代もかからないし」
「そこは親孝行としてゆっくりしてもらえ。お祖父さまが家に泊まって行けと言っておるし」
「それはさすがに迷惑じゃないか?」
「いやー、それがお祖父さまは言い出したら聞かないんじゃよ。気のすむように泊まってもらえるよう逆にお願いしたいくらいじゃ」
「……何かお礼に持っていったほうがいいよな?」
「気持ち程度でええと思う。単純にな、寂しいんじゃよ」
「んー、俺はいいけど……」
そこで一つ気が付いた。
「そういやセレインさんは? 結婚式するならセレインさんもいたほうがいいんじゃないか?」
「わしらもそう言ったんじゃがなあ『セレインが来たときまたやればいい』っつーんじゃ。お祝い事は何回やっても良いんじゃと」
諦めたか呆れたような様子でコーシェルはため息をついた。
その昼。予告通りコーシェルがトヴィカとウォルシフを連れて店を訪れた。挨拶して食事が進んだところでリューナが興味津々でトヴィカに質問する。
「トヴィカさんはどうしてコーシェルを好きになったんですか?」
「あのね、私今まで他人に庇ってもらったことなかったの。だからすごく嬉しかったんだー!」
「そうなんですか?」
「私ね、両親を病気で亡くしてからずっとあの店で働いてたんだけど、いっつも怒られてたの。私が仕事出来ないから仕方ないところもあったかもしれないけど、どう考えても八つ当たりってときも多くてね」
「……うちでの働きぶりを見とるとちゃんと仕事は出来とると思うよ」
「コーシェルさん……! ありがとうございます! ね、庇ってくれるでしょ。こういうところが好きなの!」
「ふふふ」
リューナはにこにこしながら話を聞いている。コーシェルは恥ずかしいのかそっぽを向いていた。
「他に頼る場所が無かったからあの職場にしがみついてたんだけど、あの時これは運命だって思っちゃってね。すぐ逃げるように辞めて、眼神の町の神殿へ駆け込んで色々聞いたの。飛翔神の町の人ってことは一筆書いてもらったから知ってたんだけど、どんな町なのか全然知らなかったし。そうそう、あなたにも感謝してるのよ」
「え、私ですか?」
「あなたがあのとき結婚を嫌がってくれたからコーシェルさんに誰も相手がいないのがわかったんだから」
「ぐっ!」
昼食を食べながら話を聞いていたコーシェルが喉をつまらせた。噎せている背中をトヴィカがさすっている。そういえばそんな話をしていたなとフォスターが思っているとウォルシフがジーニェル夫妻に質問した。
「で、どうかな? 結婚式参加してもらえる?」
「……そりゃあ都なんて行ったことないから行ってみたいけど……本当にいいの?」
「迷惑じゃないか?」
ジーニェルもフォスターと同じことを言っている。
「いいのいいの。寂しがりやの老人のわがままに付き合ってもらうようなもんだから。遠慮されると逆に困る」
「そうは言ってもねえ……すぐ帰ってくるならまだしも」
夫婦でしばらく考え込んでいるときに新たに来客があった。
「こんちわー。あれ、みんな来てたの」
カイルであった。大袋を抱えている。
「これ。出来たから届けに来た」
中身は鎧である。格納石の取り付けが終わったようだ。
「石はベルト部分につけたよ」
「ありがとな。代金は後で払うよ」
カイルは手前にいたウォルシフヘ話しかける。
「みんな揃ってお昼?」
「うん。あ、カイルも行くか?」
「何の話?」
ウォルシフは水の都で結婚式をする話をカイルに伝えた。
「おめでとう! 俺も行きたい!」
「おー、ええよ。ついでに観光したらどうじゃ。お前都行ったこと無いじゃろ」
あっさりカイルの参加が決定した。
「じゃあ友人として参加決定な。泊まりだけどいいよな?」
「泊まりなの? いくら?」
「泊まるのはお祖父さまの家だし特に料金は要らないって言ってる」
「え、それは払うよ。転移石で行くなら途中の旅費もかかんないんだし」
カイルの言葉にホノーラが反応する。
「そこが逆に困るのよね……料金決まってるほうが気楽なのよ。お礼の品もこの町じゃ大したもの用意出来ないし」
「うーん、じゃあ会費決めるように言うよ」
他にも懸念を呟く。
「でも何着ていけばいいかしら……」
「そうか。男は礼服着とけばいいけど、女の人はそういうのがあるのか」
カイルが提案する。
「うちの母ちゃんに相談すればいいんじゃない?」
「あ、それがいいわね。パージェたちも誘う?」
「うーん……チビたちはそういうところ連れてかないほうがいいと思う。いいだろ誘わなくて」
「あー、確かにお祖父さまの家の中に壊れたら大変なもの結構あったから、小さい子どもは困るかな」
「そんなものとても弁償出来ないしね」
カイルは肩をすくめた。
「いつ行くの?」
「向こうは明日にでもって言ってるよ」
「それは困るわ」
「んー、どれくらいなら良い?」
「服の相談してから決めさせてもらえる?」
「わかった」
ホノーラとウォルシフのやり取りの後、皆で水の都へ五日後に行くことが決まった。