残酷な描写あり
R-15
168 着席
地元のほうでは見かけない品々を眺めながら商店街を散策しているとあっという間に昼になった。以前から見かけて気になったが時間が合わず行けずじまいだった屋台の集まる一角で昼食を取り、外壁にある観光客向けの展望台へ登ったり散策しているうちに戻る時間となった。カイルは珍しい機巧の品々を見て大興奮していたので店から引き離すのが大変であった。
屋敷へ戻ると皆盛装をし始めた。男性陣の服は地元の冠婚葬祭でも着ているような普通の礼服の少し生地の薄いものだが、女性陣の服はカイルの母パージェが張り切って見立てた衣装だ。パージェが趣味と実益を兼ねて作った試作品が自宅にたくさんあるのでその一部を借りたのである。多少サイズ直しをした物もあったが、何とかリューナとホノーラの分を短期間で用意出来た。コーシェルをはじめとした神官家族の分は祖父マイヤーフが全て用意したらしい。
「ビスタークのそれ、着けたままは良くないんじゃない?」
ホノーラが鉢巻きを見て懸念を伝える。
「やっぱりそうかな」
『あー、じゃあ腕にでも巻いとけ』
休んでいたらしくずっと黙ったままだったビスタークがホノーラの言葉に反応した。
「こうすればいいんじゃない?」
ホノーラは息子の紫の長い髪を後ろで纏めビスタークの鉢巻きをリボンのように使って結わいた。その真ん中の結び目部分に反力石のブローチを留める。
『穴が空いただろ!』
「あ、痛かった?」
『痛くはねえけど』
「死んだ母さんからもらった物だから穴が空くの嫌なんだろ」
「あらー? そうなの?」
『……そういやあいつらから聞いてたか』
このことに関してはキナノスと初めて会ったときに言われているので過去を見たことがばれるおそれはない。
「後で神官の誰かに頼んで時修石で直してもらおう」
『そうしてくれ』
リューナの装いは花嫁より目立ってはいけないとのことで落ち着いたものだった。派手な模様の無い淡い黄色の服を着ている。ゆったりとした長い袖や裾で、涼しそうな薄手の生地を何枚か重ねられた身体の線がほとんど出ないものである。腕部分がほんの少しだけ透けて見える程度だ。青い髪はひとまとめに三つ編みして肩に乗せ、化粧も少しだけしていた。両親、特にジーニェルが娘を可愛い、綺麗だとベタ褒めしていた。照れるリューナたち家族の少し後ろでカイルが何か言いかけていた。
「リュ………………。か………………、き…………」
「はっきり言わないと聞こえないぞ」
フォスターが呆れてカイルに忠告する。おそらく可愛いとか綺麗だとか言おうとしたようなのだが、隣にいるフォスターでも聞き取れないのに両親に挟まれてちやほやされているリューナの耳になど絶対に入っていないだろう。
「おー! リューナちゃん綺麗だね! 花嫁さんより目立つのは困っちゃうよー」
カイルとは対照的にウォルシフが割って入ってきた。カイルは言いたかったことを言われてしまい、わなわなしている。
「でもトヴィカさんも綺麗だったよ。もうみんな準備は良い?」
皆頷くとウォルシフの先導で食堂へと案内された。しかし皆、部屋の前でたじろいだ。部屋の中からがやがやとたくさんの話し声が聞こえたからだ。
「……ちょっと、ウォルシフ。どういうこと?」
ホノーラを筆頭に皆非難の目でウォルシフを見る。
「ご、ごめん……。俺もさっき知ったんだ。お祖父さまが結構な数の関係者を招待してたって……」
「前大神官の関係者って大物ばかりじゃないのか?」
「わかんない。でもさ、大勢いるんだからその分目立たずに済むって思えば大丈夫だよ!」
「ここまで来たらそう思うしか無いだろうな」
ジーニェルが諦めたように言う。確かにここまで来たら参加するしかない。
食堂は広く、白い布をかけた丸いテーブルがいくつも並んでおり、招待客はそれぞれの席へ着席していた。皆会話に夢中なようでこちらを気にする様子がないことにほっとする。その中でマイヤーフだけが気がつき、歓談を切り上げて近付いてきた。
「改めて。突然のお招きにも関わらず本日はありがとうございます」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます」
「さあ、どうぞおかけください」
席を勧められ奥のほうのテーブルへ行く。一番奥には新郎新婦用の二人並んで座る横長のテーブル席があるが新婚の二人はまだ席にいなかった。席を案内したマイヤーフはウォルシフと言葉を交わし先ほどいた場所へ戻っていく。
自分たちの席にはそれぞれの名前の書かれた綺麗な紙片が置いてあった。テーブルは六人がけである。フォスターたち家族、カイル、それからウォルシフの席があった。
「ウォルシフもここ? 家族と一緒じゃなくていいのか?」
「うん。俺がお祖父さまと一緒だと孫ばっかかまって他の人に気を遣えなくなるからって父さんが」
「そうなんだ……」
「あっちの席にはおばさんたちの家族が来るしね。人数的にも俺が抜けると丁度いいんだ」
「大神官か」
そう言った後で疑問に思う。
「……来れるの?」
「なんか無理矢理抜けてくるって」
副官のタトジャが静かに怒っている表情が目に浮かんだ。
「都の大神官が来られるなら、他の皆さんも相当な地位の方々なのでは……」
「都首長とか、他の町の大神官とか、商会長とかが来てるらしいけど気にしなくていいよ。こっちには来ないし。兄貴は挨拶周りするから大変だろうけど」
都首長とは都における町長のことである。それを聞いて溜め息をつきながら軽い文句のような雑談をしていると後ろの扉が開き、皆拍手を始めた。新郎新婦の登場である。
コーシェルとトヴィカ、どちらも緊張しているがコーシェルの表情はひきつっており、トヴィカは照れの表情であった。
コーシェルはゆったりとした白く長い服を着ている。金色の刺繍がされておりシンプルながらとても上品である。
トヴィカのほうは同じくゆったりとした水色の装いだ。こちらも金色の刺繍がしてあり、光に当たるときらきらと輝いてとても綺麗だった。頭には同じ水色だがとても薄い面紗が被さっている。水色は水の都の象徴とされる色である。
二人は拍手の中執事アーブに前の席へ座るよう促され一番奥の席へ座った。マイヤーフがその隣に来て孫夫婦の紹介をする。その間に屋敷の使用人たちが各テーブルへ料理を並べていく。マイヤーフが声を大きくする神の石である拡声石を使って挨拶と新婚二人の紹介をすると、乾杯し宴が始まった。
「見た目だけじゃ何の料理なのかわからないのが多いな」
「そうね。野菜とかパンなのはわかるけど味の想像がつかないわね」
洒落た見た目の金属の台座に立体的に並べられた沢山の小皿がある。それぞれに料理が載っているのだがジーニェルとホノーラにとって見たことの無い料理ばかりのため戸惑っている。それに対してリューナは配置を教えられるとすぐに台座の横に置かれていたスープから食べ始めた。
「あまり馴染みのない味だけど美味しいよ!」
本当に美味しそうににこにこしながら食べているので皆もつられてスープから食べ始めた。豆とトマトのスープでスパイスが効いている。ウォルシフもここの料理に慣れているので穏やかに食べている。リューナが満面の笑みで色々な料理に手を出していくのを見て安心したのか両親もカイルは気になる物から食べていく。
「ほんと、美味しい。あまり食べたことのない味だけど」
「うちでは再現出来そうにないな」
「これクリーム状になってるけど、茄子じゃない?」
「本当だ。これは面白いな」
「このパリパリの揚げパンみたいなやつ美味しいよ。中に味のついた野菜が入ってる」
両親やカイルも気に入ったらしい。
偉い人たちの長い話など無く和やかに談笑しながらの食事会だったため、最初の緊張は段々薄れていった。
コーシェルもトヴィカに料理の味について色々教えているようで二人で幸せそうに会話しながら食事をとっている。
「兄貴いいなあ……。俺のとこにも女の子が押しかけて来ないかなあ……」
「マイヤーフさんに紹介してもらえば?」
「お祖父さまに頼んだらそりゃ紹介してもらえるだろうけど……なんというか、圧が強そうで気がひけるんだよね」
「あー……」
確かに孫が大好きなあまりこうして急な結婚式をしてしまうマイヤーフが張り切って婚活に暴走しそうだなと思った。
屋敷へ戻ると皆盛装をし始めた。男性陣の服は地元の冠婚葬祭でも着ているような普通の礼服の少し生地の薄いものだが、女性陣の服はカイルの母パージェが張り切って見立てた衣装だ。パージェが趣味と実益を兼ねて作った試作品が自宅にたくさんあるのでその一部を借りたのである。多少サイズ直しをした物もあったが、何とかリューナとホノーラの分を短期間で用意出来た。コーシェルをはじめとした神官家族の分は祖父マイヤーフが全て用意したらしい。
「ビスタークのそれ、着けたままは良くないんじゃない?」
ホノーラが鉢巻きを見て懸念を伝える。
「やっぱりそうかな」
『あー、じゃあ腕にでも巻いとけ』
休んでいたらしくずっと黙ったままだったビスタークがホノーラの言葉に反応した。
「こうすればいいんじゃない?」
ホノーラは息子の紫の長い髪を後ろで纏めビスタークの鉢巻きをリボンのように使って結わいた。その真ん中の結び目部分に反力石のブローチを留める。
『穴が空いただろ!』
「あ、痛かった?」
『痛くはねえけど』
「死んだ母さんからもらった物だから穴が空くの嫌なんだろ」
「あらー? そうなの?」
『……そういやあいつらから聞いてたか』
このことに関してはキナノスと初めて会ったときに言われているので過去を見たことがばれるおそれはない。
「後で神官の誰かに頼んで時修石で直してもらおう」
『そうしてくれ』
リューナの装いは花嫁より目立ってはいけないとのことで落ち着いたものだった。派手な模様の無い淡い黄色の服を着ている。ゆったりとした長い袖や裾で、涼しそうな薄手の生地を何枚か重ねられた身体の線がほとんど出ないものである。腕部分がほんの少しだけ透けて見える程度だ。青い髪はひとまとめに三つ編みして肩に乗せ、化粧も少しだけしていた。両親、特にジーニェルが娘を可愛い、綺麗だとベタ褒めしていた。照れるリューナたち家族の少し後ろでカイルが何か言いかけていた。
「リュ………………。か………………、き…………」
「はっきり言わないと聞こえないぞ」
フォスターが呆れてカイルに忠告する。おそらく可愛いとか綺麗だとか言おうとしたようなのだが、隣にいるフォスターでも聞き取れないのに両親に挟まれてちやほやされているリューナの耳になど絶対に入っていないだろう。
「おー! リューナちゃん綺麗だね! 花嫁さんより目立つのは困っちゃうよー」
カイルとは対照的にウォルシフが割って入ってきた。カイルは言いたかったことを言われてしまい、わなわなしている。
「でもトヴィカさんも綺麗だったよ。もうみんな準備は良い?」
皆頷くとウォルシフの先導で食堂へと案内された。しかし皆、部屋の前でたじろいだ。部屋の中からがやがやとたくさんの話し声が聞こえたからだ。
「……ちょっと、ウォルシフ。どういうこと?」
ホノーラを筆頭に皆非難の目でウォルシフを見る。
「ご、ごめん……。俺もさっき知ったんだ。お祖父さまが結構な数の関係者を招待してたって……」
「前大神官の関係者って大物ばかりじゃないのか?」
「わかんない。でもさ、大勢いるんだからその分目立たずに済むって思えば大丈夫だよ!」
「ここまで来たらそう思うしか無いだろうな」
ジーニェルが諦めたように言う。確かにここまで来たら参加するしかない。
食堂は広く、白い布をかけた丸いテーブルがいくつも並んでおり、招待客はそれぞれの席へ着席していた。皆会話に夢中なようでこちらを気にする様子がないことにほっとする。その中でマイヤーフだけが気がつき、歓談を切り上げて近付いてきた。
「改めて。突然のお招きにも関わらず本日はありがとうございます」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます」
「さあ、どうぞおかけください」
席を勧められ奥のほうのテーブルへ行く。一番奥には新郎新婦用の二人並んで座る横長のテーブル席があるが新婚の二人はまだ席にいなかった。席を案内したマイヤーフはウォルシフと言葉を交わし先ほどいた場所へ戻っていく。
自分たちの席にはそれぞれの名前の書かれた綺麗な紙片が置いてあった。テーブルは六人がけである。フォスターたち家族、カイル、それからウォルシフの席があった。
「ウォルシフもここ? 家族と一緒じゃなくていいのか?」
「うん。俺がお祖父さまと一緒だと孫ばっかかまって他の人に気を遣えなくなるからって父さんが」
「そうなんだ……」
「あっちの席にはおばさんたちの家族が来るしね。人数的にも俺が抜けると丁度いいんだ」
「大神官か」
そう言った後で疑問に思う。
「……来れるの?」
「なんか無理矢理抜けてくるって」
副官のタトジャが静かに怒っている表情が目に浮かんだ。
「都の大神官が来られるなら、他の皆さんも相当な地位の方々なのでは……」
「都首長とか、他の町の大神官とか、商会長とかが来てるらしいけど気にしなくていいよ。こっちには来ないし。兄貴は挨拶周りするから大変だろうけど」
都首長とは都における町長のことである。それを聞いて溜め息をつきながら軽い文句のような雑談をしていると後ろの扉が開き、皆拍手を始めた。新郎新婦の登場である。
コーシェルとトヴィカ、どちらも緊張しているがコーシェルの表情はひきつっており、トヴィカは照れの表情であった。
コーシェルはゆったりとした白く長い服を着ている。金色の刺繍がされておりシンプルながらとても上品である。
トヴィカのほうは同じくゆったりとした水色の装いだ。こちらも金色の刺繍がしてあり、光に当たるときらきらと輝いてとても綺麗だった。頭には同じ水色だがとても薄い面紗が被さっている。水色は水の都の象徴とされる色である。
二人は拍手の中執事アーブに前の席へ座るよう促され一番奥の席へ座った。マイヤーフがその隣に来て孫夫婦の紹介をする。その間に屋敷の使用人たちが各テーブルへ料理を並べていく。マイヤーフが声を大きくする神の石である拡声石を使って挨拶と新婚二人の紹介をすると、乾杯し宴が始まった。
「見た目だけじゃ何の料理なのかわからないのが多いな」
「そうね。野菜とかパンなのはわかるけど味の想像がつかないわね」
洒落た見た目の金属の台座に立体的に並べられた沢山の小皿がある。それぞれに料理が載っているのだがジーニェルとホノーラにとって見たことの無い料理ばかりのため戸惑っている。それに対してリューナは配置を教えられるとすぐに台座の横に置かれていたスープから食べ始めた。
「あまり馴染みのない味だけど美味しいよ!」
本当に美味しそうににこにこしながら食べているので皆もつられてスープから食べ始めた。豆とトマトのスープでスパイスが効いている。ウォルシフもここの料理に慣れているので穏やかに食べている。リューナが満面の笑みで色々な料理に手を出していくのを見て安心したのか両親もカイルは気になる物から食べていく。
「ほんと、美味しい。あまり食べたことのない味だけど」
「うちでは再現出来そうにないな」
「これクリーム状になってるけど、茄子じゃない?」
「本当だ。これは面白いな」
「このパリパリの揚げパンみたいなやつ美味しいよ。中に味のついた野菜が入ってる」
両親やカイルも気に入ったらしい。
偉い人たちの長い話など無く和やかに談笑しながらの食事会だったため、最初の緊張は段々薄れていった。
コーシェルもトヴィカに料理の味について色々教えているようで二人で幸せそうに会話しながら食事をとっている。
「兄貴いいなあ……。俺のとこにも女の子が押しかけて来ないかなあ……」
「マイヤーフさんに紹介してもらえば?」
「お祖父さまに頼んだらそりゃ紹介してもらえるだろうけど……なんというか、圧が強そうで気がひけるんだよね」
「あー……」
確かに孫が大好きなあまりこうして急な結婚式をしてしまうマイヤーフが張り切って婚活に暴走しそうだなと思った。