残酷な描写あり
R-15
169 結婚式
入口近くの席にいるマイヤーフへ目線を向けると息子夫婦と談笑していた。そのテーブルは三つの空席があったので、おそらくそこに現大神官のリジェンダとその家族が座るのだろう。
「おばさん、仕事が忙しくてまだ来れないみたいだな」
「だろうな」
「もう夜になるからそしたら来るんじゃないかな。何か用事あったりする?」
「六日前に話したばかりだし、特に無いと思う」
「そうだよな」
「でもびっくりしたな。ウォルシフたちが水の大神官の親戚だなんて」
カイルが口を挟む。
「俺も。最初聞いたときは本当に驚いたよ」
「あんまりそういうの大っぴらに言うと面倒な人たちが寄ってくるからね。言わないでくれよ」
「わかってる」
「信用しとるからの」
急にコーシェルの声がしたので振り向くと、トヴィカと二人でこちらの席へ来たところだった。
「ちょっと挨拶まわりに行かなきゃならんのじゃが、緊張するからまずここから始めさせてくれ」
「大変だなー、兄貴」
「お前のう……他人事だと思って……」
文句を言うコーシェルを無視してウォルシフは花嫁を気遣う。
「トヴィカさんは大丈夫?」
「緊張しますけど……コーシェルさんと一緒だから大丈夫です!」
両親はそれを聞いて微笑ましく思ったようだ。
「ふふ。愛の力ね」
「本当に良かったな、コーシェル。トヴィカさんが来てくれなかったら結婚出来なかったんじゃないか?」
「おじさん手厳しいのう。確かにそうじゃけど」
ジーニェルとホノーラは出された酒を飲んでほろ酔い状態である。普段は提供する側のため、こんなにゆっくり料理と酒を楽しめるのは別の町を訪れた時くらいなのだ。二人とも上機嫌である。ビスタークは酒が飲みたいとわめいていたが今は無理なのでフォスターは無視した。リューナは皆の会話を聞きながら満面の笑みでご馳走を頬張っている。
「もう名前の交換はしたの?」
「しました!」
「決めきれなかったから、候補を出して選んでもらったんじゃ」
コーシェルが照れくさそうに呟く。結婚の際は夫婦となる相手にミドルネームを贈りあうのだが、他人には教えないのが普通である。教えるとしたら自分たちの子どもくらいだ。
「じゃあ別のところに挨拶してくるかのう」
「はい。粗相のないようにがんばりますね」
少し緊張がほぐれたらしい新婚夫婦は隣のテーブルへと向かって行った。
「こういう宴って初めてだけどいいわね。幸せを分けてもらえるみたい」
「そうだな」
「美味しいものも食べられるしね!」
両親の言葉にリューナが能天気に同意した。既に皿は空である。使用人が追加の料理を持ってきてくれた。マイヤーフが気を遣ってくれているのだろう。
「リューナの相手はどんな人かしらねえ」
「やめてくれ! 嫁になんかやらない!」
「……結婚なんてしないよ。ずっと家にいるもん」
神の子であるリューナにそんな未来は来ないであろうことは両親もわかっているはずだが、幸せな気持ちで満ち溢れている今この時だけはそんなことを想像したくないのだろう。人間としての未来の話をしたいのだろう。フォスターはずっと黙っていた。ウォルシフの表情も曇る。カイルだけがそわそわしていた。
しばらくしてから主催者であるマイヤーフがやって来た。
「料理はお口に合いましたか?」
「ええ。とても美味しいです」
「良かった。息子からそちらのほうとは味付けが違うと聞いていたので少々心配だったのです」
そう会話をしながらさりげなく紙片をジーニェルへ渡していた。リューナに関することだろうと推測する。ジーニェルとホノーラの間にはリューナがいるので、その紙片は逆側のフォスターに回ってきた。
【リューナ様のご就寝後に話し合いの場を設けます。お疲れのところ申し訳ありませんがよろしくお願い致します】
ジーニェルと目が合った。先ほどまで笑顔だったその目は厳しいものになっていた。ホノーラにはまだ伝わっていない。わざわざ楽しんでいる今伝えなくても後で良いだろうと夫と息子は考えた。
「しかしソレムさんが来られなかったのが残念だね」
「じいちゃんまでここに来たら町に神官が誰もいなくなっちゃうからだよ」
「わかっているさ。それでも残念だよ。孫の晴れ姿を見たかっただろうし」
その直後、何かを思い付いたようにマイヤーフが明るく言い放った。
「そうだ! そちらの町でもう一回結婚式をすればいいんだ!」
「ええっ!?」
「セレインの都合が合うときにやれば家族全員揃ってお祝い出来るぞ!」
「え、いや、あの、お祖父さま。うちの町はそういう習慣無いし、こんな豪華な食事とか出せないし……」
「身内だけでいいんだよ。少し洒落た程度の料理でいいし。祝い事は何度やっても良いものだしな!」
「いやー、そのー、準備とか大変だし……」
一人で盛り上がっているマイヤーフをウォルシフが遠回しに止めるように色々と言い訳を並べているが響いていないようだ。新婚席にいるコーシェルにも聞こえたようでひきつった顔をしていた。前水の大神官が飛翔神の町に来ると知ったらソレムも青ざめそうである。
「わあ~、そしたらもう一回ご馳走が食べられるねぇ」
リューナが呑気にそう言うとマイヤーフはさらに盛り上がってしまった。
「ほら! リューナさんもああ言ってらっしゃる!」
「こ、こら、リューナ! 図々しいこと言わない!」
「いえいえ皆さんも是非参加してください。コーシェルの従兄妹なんですから。ホノーラさんもソレムさんとは遠縁と聞いております」
「え、あ、よくご存じで……」
飛翔神の町は人口が少ないこともあって辿れば大抵の町民とは遠縁だ。ホノーラの場合は母親の従兄弟がソレムである。
「じゃあ料理は俺たちで作ろうか」
「そうだな。いつも世話になってるし」
「フォスターとおじさん? 勝手に話を進めないで?」
フォスターとジーニェルが当日の料理ことを考え始めた。地元でも結婚式をする方向で決まりそうである。
食後の甘味を出してもらった辺りで大神官のリジェンダ、その夫のマーカム、娘のティリューダ三人が到着した。まだ結婚していないからかダスタムはいなかった。特に紹介や挨拶もされることなく着席し、食事を始めていた。おそらくリジェンダとティリューダは夜中の話し合いに参加するのだろう。
ぽつぽつと招待客が帰り始めた。コーシェルとトヴィカは帰り際のお礼の挨拶に回っている。部屋の中を見回しているとリジェンダと目が合ったので軽く会釈した。何か含みのありそうな表情をされた。捜査の進展があったのかもしれない。食後のお茶をゆっくり楽しんでいたが、そろそろ退出してリューナを早めに寝かせたほうが良さそうである。
「お風呂は女性用と男性用があるから間違えないように気をつけてね」
「お風呂広い?」
「三人くらい入れるよ」
「すごーい! じゃあ久しぶりにお母さんと入る!」
ウォルシフに風呂のことを聞き、マイヤーフとリジェンダたちに挨拶して部屋から退出した。新婚夫婦はマイヤーフたちの席で歓談中だ。しばらく解放してもらえない雰囲気であった。
「しかし風呂が二つもあるなんてすごいな」
「いや、二つじゃないよ。使用人用もあるから全部で四つあるってお祖父さまが言ってた」
「四つ!?」
「ええー……世界が違いすぎる……」
部屋へ戻る間その話を聞いて皆が驚愕しているとウォルシフが肩をすくめる。
「場所さえあれば湯元石を使うだけだから大したこと無いってお祖父さまは言ってた」
「いやいやいや。その分の工事とかあるだろ」
「理力も必要なんじゃないか?」
「じゃあ私、お役に立てるかな?」
リューナが提案する。
「お世話になってるんだから、それくらいはお礼しなくちゃ。理蓄石ってあるかなあ?」
「後でお祖父さまに聞いてみるよ」
「それなら遠慮なくお風呂入れるね。早く行こう、お母さん!」
この後自分の今後の話を自分抜きでされるなど露ほどにも思っていないリューナは無邪気にはしゃいでいた。
「おばさん、仕事が忙しくてまだ来れないみたいだな」
「だろうな」
「もう夜になるからそしたら来るんじゃないかな。何か用事あったりする?」
「六日前に話したばかりだし、特に無いと思う」
「そうだよな」
「でもびっくりしたな。ウォルシフたちが水の大神官の親戚だなんて」
カイルが口を挟む。
「俺も。最初聞いたときは本当に驚いたよ」
「あんまりそういうの大っぴらに言うと面倒な人たちが寄ってくるからね。言わないでくれよ」
「わかってる」
「信用しとるからの」
急にコーシェルの声がしたので振り向くと、トヴィカと二人でこちらの席へ来たところだった。
「ちょっと挨拶まわりに行かなきゃならんのじゃが、緊張するからまずここから始めさせてくれ」
「大変だなー、兄貴」
「お前のう……他人事だと思って……」
文句を言うコーシェルを無視してウォルシフは花嫁を気遣う。
「トヴィカさんは大丈夫?」
「緊張しますけど……コーシェルさんと一緒だから大丈夫です!」
両親はそれを聞いて微笑ましく思ったようだ。
「ふふ。愛の力ね」
「本当に良かったな、コーシェル。トヴィカさんが来てくれなかったら結婚出来なかったんじゃないか?」
「おじさん手厳しいのう。確かにそうじゃけど」
ジーニェルとホノーラは出された酒を飲んでほろ酔い状態である。普段は提供する側のため、こんなにゆっくり料理と酒を楽しめるのは別の町を訪れた時くらいなのだ。二人とも上機嫌である。ビスタークは酒が飲みたいとわめいていたが今は無理なのでフォスターは無視した。リューナは皆の会話を聞きながら満面の笑みでご馳走を頬張っている。
「もう名前の交換はしたの?」
「しました!」
「決めきれなかったから、候補を出して選んでもらったんじゃ」
コーシェルが照れくさそうに呟く。結婚の際は夫婦となる相手にミドルネームを贈りあうのだが、他人には教えないのが普通である。教えるとしたら自分たちの子どもくらいだ。
「じゃあ別のところに挨拶してくるかのう」
「はい。粗相のないようにがんばりますね」
少し緊張がほぐれたらしい新婚夫婦は隣のテーブルへと向かって行った。
「こういう宴って初めてだけどいいわね。幸せを分けてもらえるみたい」
「そうだな」
「美味しいものも食べられるしね!」
両親の言葉にリューナが能天気に同意した。既に皿は空である。使用人が追加の料理を持ってきてくれた。マイヤーフが気を遣ってくれているのだろう。
「リューナの相手はどんな人かしらねえ」
「やめてくれ! 嫁になんかやらない!」
「……結婚なんてしないよ。ずっと家にいるもん」
神の子であるリューナにそんな未来は来ないであろうことは両親もわかっているはずだが、幸せな気持ちで満ち溢れている今この時だけはそんなことを想像したくないのだろう。人間としての未来の話をしたいのだろう。フォスターはずっと黙っていた。ウォルシフの表情も曇る。カイルだけがそわそわしていた。
しばらくしてから主催者であるマイヤーフがやって来た。
「料理はお口に合いましたか?」
「ええ。とても美味しいです」
「良かった。息子からそちらのほうとは味付けが違うと聞いていたので少々心配だったのです」
そう会話をしながらさりげなく紙片をジーニェルへ渡していた。リューナに関することだろうと推測する。ジーニェルとホノーラの間にはリューナがいるので、その紙片は逆側のフォスターに回ってきた。
【リューナ様のご就寝後に話し合いの場を設けます。お疲れのところ申し訳ありませんがよろしくお願い致します】
ジーニェルと目が合った。先ほどまで笑顔だったその目は厳しいものになっていた。ホノーラにはまだ伝わっていない。わざわざ楽しんでいる今伝えなくても後で良いだろうと夫と息子は考えた。
「しかしソレムさんが来られなかったのが残念だね」
「じいちゃんまでここに来たら町に神官が誰もいなくなっちゃうからだよ」
「わかっているさ。それでも残念だよ。孫の晴れ姿を見たかっただろうし」
その直後、何かを思い付いたようにマイヤーフが明るく言い放った。
「そうだ! そちらの町でもう一回結婚式をすればいいんだ!」
「ええっ!?」
「セレインの都合が合うときにやれば家族全員揃ってお祝い出来るぞ!」
「え、いや、あの、お祖父さま。うちの町はそういう習慣無いし、こんな豪華な食事とか出せないし……」
「身内だけでいいんだよ。少し洒落た程度の料理でいいし。祝い事は何度やっても良いものだしな!」
「いやー、そのー、準備とか大変だし……」
一人で盛り上がっているマイヤーフをウォルシフが遠回しに止めるように色々と言い訳を並べているが響いていないようだ。新婚席にいるコーシェルにも聞こえたようでひきつった顔をしていた。前水の大神官が飛翔神の町に来ると知ったらソレムも青ざめそうである。
「わあ~、そしたらもう一回ご馳走が食べられるねぇ」
リューナが呑気にそう言うとマイヤーフはさらに盛り上がってしまった。
「ほら! リューナさんもああ言ってらっしゃる!」
「こ、こら、リューナ! 図々しいこと言わない!」
「いえいえ皆さんも是非参加してください。コーシェルの従兄妹なんですから。ホノーラさんもソレムさんとは遠縁と聞いております」
「え、あ、よくご存じで……」
飛翔神の町は人口が少ないこともあって辿れば大抵の町民とは遠縁だ。ホノーラの場合は母親の従兄弟がソレムである。
「じゃあ料理は俺たちで作ろうか」
「そうだな。いつも世話になってるし」
「フォスターとおじさん? 勝手に話を進めないで?」
フォスターとジーニェルが当日の料理ことを考え始めた。地元でも結婚式をする方向で決まりそうである。
食後の甘味を出してもらった辺りで大神官のリジェンダ、その夫のマーカム、娘のティリューダ三人が到着した。まだ結婚していないからかダスタムはいなかった。特に紹介や挨拶もされることなく着席し、食事を始めていた。おそらくリジェンダとティリューダは夜中の話し合いに参加するのだろう。
ぽつぽつと招待客が帰り始めた。コーシェルとトヴィカは帰り際のお礼の挨拶に回っている。部屋の中を見回しているとリジェンダと目が合ったので軽く会釈した。何か含みのありそうな表情をされた。捜査の進展があったのかもしれない。食後のお茶をゆっくり楽しんでいたが、そろそろ退出してリューナを早めに寝かせたほうが良さそうである。
「お風呂は女性用と男性用があるから間違えないように気をつけてね」
「お風呂広い?」
「三人くらい入れるよ」
「すごーい! じゃあ久しぶりにお母さんと入る!」
ウォルシフに風呂のことを聞き、マイヤーフとリジェンダたちに挨拶して部屋から退出した。新婚夫婦はマイヤーフたちの席で歓談中だ。しばらく解放してもらえない雰囲気であった。
「しかし風呂が二つもあるなんてすごいな」
「いや、二つじゃないよ。使用人用もあるから全部で四つあるってお祖父さまが言ってた」
「四つ!?」
「ええー……世界が違いすぎる……」
部屋へ戻る間その話を聞いて皆が驚愕しているとウォルシフが肩をすくめる。
「場所さえあれば湯元石を使うだけだから大したこと無いってお祖父さまは言ってた」
「いやいやいや。その分の工事とかあるだろ」
「理力も必要なんじゃないか?」
「じゃあ私、お役に立てるかな?」
リューナが提案する。
「お世話になってるんだから、それくらいはお礼しなくちゃ。理蓄石ってあるかなあ?」
「後でお祖父さまに聞いてみるよ」
「それなら遠慮なくお風呂入れるね。早く行こう、お母さん!」
この後自分の今後の話を自分抜きでされるなど露ほどにも思っていないリューナは無邪気にはしゃいでいた。