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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
170 展望
「お風呂、広くてとっても良かったねー」
「そうね。個人のお宅であんなに大きいお風呂があるなんてすごいわよねえ」

 リューナは上機嫌で母親のホノーラに屋敷の風呂の良さを熱弁している。

「あのシャワーとかいうのすっごく便利だった!」
「髪が洗いやすくて良かったわねえ」
「うちにも欲しいなあ」
「そうねえ。カイルなら作れないかしら」
「きっと興味津々で調べてるんじゃないかな」
「昼間、街中でもそうだったものね」

 満足するまで語るとリューナは眠気を訴える。

「んー……眠くなってきた……」
「ふふ。お腹いっぱいで温まったからね。おやすみなさい」
「おやすみなさいー」
「……」

 ホノーラはリューナを寝かせた後しばらく様子をみてから部屋を抜け出した。隣の部屋のジーニェルとフォスターと合流し、三人の親子は談話室へと赴く。

 コーシェルは新婚のため参加しない。ウォルシフはカイルと一緒の部屋のため来なかった。カイルはホノーラたちに予想されていた通り風呂にあった地元にはない道具である「シャワー」の仕組みに興味津々であった。湯元石ウーシャイトを使っておりその仕組みを見るためウォルシフは付き合わされているそうだ。カイルにも真実を話したほうが良いのではとフォスターは迷っていたのだが、リューナに勘付かれる要素は少ないほうがいいとビスタークに言われたため諦めた。

 談話室へ入ると前大神官マイヤーフ、大神官リジェンダ、その娘ティリューダ、マフティロ、ニアタの五人が待っていた。代表してマイヤーフが立ち上がり一礼された。

「リューナ様はご就寝されましたか」
「はい。ぐっすりと」
「ありがとうございます。ようやく本題に入れます。どうぞお掛けください」

 両親の身体は緊張で強張っていたが、言われるまま席へついた。ビスタークの鉢巻きをテーブルへ乗せ皆が触れて声が聞こえるようにした。

「まずは、ありがとうございました。神の子を真っ直ぐ育てていただいて」
「それは……神の子だなんて知りませんでしたし。私たちは普通に親としての務めを果たしただけです」

 ホノーラが元気なく応えた。ジーニェルも神妙な表情で頷いて同意する。それを見たからなのかリジェンダが横から口を出してきた。

「いずれ神の世界へ行ってしまうと聞いているかと思いますが、まだそうならない可能性はあると思います」
「えっ!?」
「あ、ご挨拶が遅れました。私、水の大神官をしております、リジェンダ=ワファールと申します」
「も、もちろん存じております。そ、それより、そうならない可能性、とは?」

 ジーニェルとホノーラはその発言に前のめりで食いついた。

「はい。まず、リューナさんは神の子として育っていません。育成過程が通常では当てはまらないことが多いです」
「はい」
「これは本人が自覚を得てからの話になりますが、今の破壊神と交渉したら何とかなるのではないかと。破壊神神官と話したときその可能性があると考えました」
「そんなこと出来るんですか?」
「神の子は現役の神様と会話が出来るようなのです」
「常に、というわけではないようですけど」

 ニアタが横から付け足した。

「そもそもどうすれば神の子の自覚が出るんでしょう?」
「そこが問題なのですよ。通常なら、人間で言えば物心がついた頃に自覚を持っている。そうですよね、ニアタさん?」

 マイヤーフがニアタに同意を求めた。

「私たちの家族として育った神の子がいたんですよ、うちの町にも。お二人は覚えていないと思いますが」
「えっ」
『俺とニア姉の兄貴として神殿にいたんだ。レアフィールって名前、覚えてないだろ? 俺はレア兄って呼んでた』
「レアフィール……? わからないな……」
「本当にいたの?」

 ジーニェルとホノーラ二人とも信じられないという表情をしている。

「いたんですよ。私と父と、ビスタークだけは覚えていますが、他の人の記憶は全て消していきました」
「何も覚えてないわ……」
『ジーニェルが俺を引き取ろうとしたときに神殿で預かるようなことをレア兄は言ったらしいが、全く覚えてないか?』
「……あの時か。ん……、ソレムさんと話をしたことは覚えてるが……。でも、その時じゃないが、確かにビスタークが暮らしているそばにソレムさんと二アタ以外にも誰かいたような気がするな……」

 それを聞いたニアタの表情が少し緩んだ気がした。

「完全に消えたわけじゃないのね……」
「いや、四十年近く昔のことだから、記憶が曖昧なだけだと思ってるが」
「つまり、私たちがリューナの記憶を消されたらこうなるってことよね……」

 ホノーラが悲しそうに呟くと皆が黙ってしまった。

『非協力だった場合はそうなるかもってことだ』
「神の世界へ行かせたくないあまり、神の子を町から連れ出そうとした人間の記憶が消されたこともあると聞いています。そうでなければ大丈夫ですよ」

 沈黙を破ったビスタークの言葉にマイヤーフが具体例を付け足した。

「話を戻します。先ほどの話は破壊神の神官との会話の際に出た楽観的な考えです。本当に出来るかどうかはまだ分かりません」
「はい……」
「ただ、私の個人的な意見ですが、こうも考えています。えー……、神に聞かれたら怒りを買いそうなんですが……」

 リジェンダが言いづらそうに声を潜めたので聞き取りやすいよう皆前に乗り出した。

「破壊神を祀るのをやめればいいのではないかと思うんですよ」
「なんてことをお前は……また罰当たりなことを言う……」

 リジェンダの言葉にマイヤーフは難色を示した。ジーニェルは疑問に思って訊く。

「そもそも出来るんですか、そんなこと?」
「町の人間が祀られなくなった神もいるんですよ。破壊神なんて元々町が無くて大神官も行方不明。既に祀られて無いようなものじゃないですか。破壊石ルイネイトは工事に便利だから無いとこちらとしては不便になりますけど」
「……神様の怒りを買わないといいですけどね……」

 ホノーラがため息をつきながら呟いた。マフティロがリジェンダへ疑問を呈する。

「破壊神を神の座から降ろすということか。それはどうだろう……神様が納得するだろうか?」
「向こうが何の目的で破壊神の子を手に入れようとしているのかわからないが、今の状態を破壊神が良いと思っているはずが無い。逃がすために神託を使ってしまったのなら、リューナが自覚を持った後に説得するしかないだろうね。リューナが自覚した後も人間として過ごしたいと思っていれば、だけど」

 マフティロとマイヤーフは別の提案をする。

「そうじゃなくても、別の神の子を降臨してもらって一から育てる、とか他にも方法はあるかもしれないよ」
「もしくは、リューナさんが神としての罪を犯せばあるいは……」
「リューナに何の罪を着せるつもりですか、伯父上」
「それは次の生で人間に降格するだけでは?」
「いや、そうとも限らない。確か何処かでそんな事例が書かれた文献があった気がするんだよ」
「えっ。それはどこで?」
「……そういえば、罪を犯した神様が死ねずに償い続けている民話があったような気が……」

 フォスターはつい口を出して「しまった」と思った。これはビスタークの記憶で見た情報だったからだ。

「フォスターが知っているなら普通の人が読める本に書いてあるってことだね」
『俺も似たような話を読んだ気がするな』

 似たような、ではなく同じ本を読んだ記憶なのだが、ビスタークがは気がついていないようなのでそれ以上余計なことは言わないようにした。闇の都ニグートスの図書館にあった普通に閲覧できる本だったのでここ水の都シーウァテレスにもあるかもしれない。

「民話集を漁ってみるか」
「結構量が多いけど頼む」
「はい」

 神官たちの会話をフォスター親子は希望と共に聞いていた。話の途中でリジェンダがジーニェルとホノーラに向き直して柔らかい口調で告げる。
 
「だからご両親、あまり悲観的にならないでください。そうなるにはまだ早い。きっと、何とかなりますよ」

 抜け道は多いほうが良い。リジェンダをはじめ皆が何とかしてくれようとしている。ここにいる神官たちは両親に気を使ってこの場を設けてくれたようだ。ジーニェルとホノーラは少し笑みを浮かべて頷いていた。
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