残酷な描写あり
    R-15
        
        
          182 不測
        
        
           翌日。船は予定通りに出発した。無事船に乗ることができ、初めて船に乗るカイルは船の構造を見て大興奮だった。
「換気石、帆のところについてるだけじゃなくて、水の中にもついてるはずなんだ。見せてもらえないかなあ」
「水の中じゃ無理だろ」
「まあそうなんだけど。上からは見えないもんなあ。でも動き出したら甲板に出て最後尾に行ってみるよ。船員さんに聞いたらどんな設計なのかわかるかもしれないしな」
船が出航してからもカイルは落ち着かない様子で船内をうろうろしていた。ビスタークからついでに怪しい者がいないか見てくるようにも頼まれていたが、カイルの報告によると表情の乏しい神衛兵はいないという話だった。ただ、鎧を着けていないのでわからないだけという可能性もあるので油断はしないよう忠告された。
カイルが落ち着いてきた初日の夕方に問題が起こった。フォスターが高熱を出してしまったのである。
 
「あー……やっぱりあの時伝染ったんだな……。嫌な予感はしてたんだ……」
昨晩の町の食堂での咳をしていた隣席男性のことだ。カイルはその中年男性とは隣り合う形だったので空気の流れ的に伝染されなかったようである。リューナは神の子なので病気とは無縁だ。
船の食堂で夕食を食べようとしてフォスターは違和感に気付いた。どうにも食欲が無い。頭がくらくらして気持ちが悪い。最初は船酔いしたのかと思っていた。しかし寒さを感じるのに身体が熱い。
「フォスター、大丈夫……?」
フォスターの様子が変だと最初に気付いたのはリューナだった。
「そういえば顔が赤いな?」
『結構な熱があるみてえだな』
カイルとビスタークもフォスターの様子を見て同意した。
「船酔いじゃないのか……。やっぱり、昨日の隣の人からだな……はあ……」
「そういえば咳してたね」
何で自分だけ、とフォスターが恨めしく思っているとビスタークが忠告してきた。
 
『船の中には医務室があるはずだ。多分、お前そこに隔離されるぞ。周りに伝染さねえように』
「え……それ、困るな……リューナの警備……」
自分の具合が悪いことよりもリューナの安全のことが気になる。
「え、フォスターだけ別の部屋に行くってこと? やだ! 私もそっちに行きたい!」
「だ、ダメだよ、リューナ。伝染っちゃうよ」
「フォスターが病気になっても今まで伝染ったことなんてないもん。平気だよ!」
リューナは神の子なので病気が伝染ることは無い。フォスターは幼い頃身体が弱く、よく風邪などの病気にかかっていたが実際リューナには伝染らなかった。しかし二人に神の子だから伝染らないなどと教えられるはずもない。
『お前がいたらゆっくり休めねえだろ。一人にさせてやれ』
「…………」
リューナはビスタークにそう諭され、悲しそうな表情ではあったが納得した。
「……確かにそうだね。ごめんなさい、フォスター。ゆっくり休んで」
「うん。出来るだけ早く治るように、しっかり寝るよ。親父、カイル、リューナのこと、頼む……」
『まあ、仕方ないな。任せろ』
「うん、頑張るよ」
フォスターは部屋から出る前に振り向いてリューナとカイルに自分がいない間のことを心配して説明しだした。
「……作った料理はそこに出してあるから、時停石を離さないようにして。時々理力を補充しないと効力が」
「お母さんかな?」
遮るようにカイルが言う。
「大丈夫だよ、わかってるから、フォスターは医務室行って!」
リューナが少し呆れたようにフォスターを外へ押し出した。
「それとも誰かついて行ったほうがいいかな? 一人で大丈夫?」
「そのくらい平気だよ。お前を一人にするほうが怖い」
「うん。お大事にね」
そうしてフォスターはビスタークの鉢巻きを渡して部屋から去った。残されたリューナとカイルはこれからどうするかビスタークも交えて話し合う。
「親父さんのこれはどっちにつける?」
「んー……安全のためには私のほうがいいんだろうけど……お風呂とかのときに一緒は絶対やだ」
「そうだよね。そういうときは扉の前で見張りに立つから、そのときは俺が預かるよ」
「うん、お願いします」
今日はもう食事と風呂は済ませたので外へ出る用事は無いが、二人で軽くため息をついた。
「フォスター、大丈夫かなあ……?」
「三日くらいしっかり休めば治ると思うけど……明日の朝、医務室行って様子を聞こうか」
「うん……フォスターはごはんどうするのかな? さっきもあまり食べてなかったし……」
「どうだろ。それも朝に聞こう。あいつが作ったスープもあるから、食べられそうなら持っていこうよ」
「うん、そうする」
カイルが昔を懐かしむように言う。
「あいつ、子どもの頃は身体が弱くてよく風邪とかで寝込んでたよなあ。なんかこういうの久しぶりだ」
「そうだね。そういうときはカイルと遊んでた気がする」
そこでビスタークが割り込んだ。
『身体が弱かったって?』
「うん。あれ? お父さん知らなかった?」
「お母さんの身体が弱かったから遺伝じゃないかって母ちゃんが言ってたけど」
『いや、あいつの身体の弱さは後天的なもの……あれ? 生まれつきそうで、さらにあれで弱くなった可能性も……? それにあいつも今は別に身体弱くねえしな……』
「お父さん何ぶつぶつ言ってるの?」
「えーと、つまりお母さんの遺伝じゃなかったってことかな?」
『ま、そういうことだな』
雑談を交えつつ、ある程度これからどうするか話した後、沈黙が訪れる。カイルは気が逸っていた。自分がフォスターの代わりをしなければならない。一時的に念願のフォスターの立ち位置になったわけだが、実際なってみると責任が大きいことに気づく。目の見えないリューナをどこにいるかわからない悪人から守りながら手助けしなくてはならない。
カイルはどうすればいいかわからなかった。見た目だけならリューナと二人きりである。ビスタークの宿る鉢巻きがあるので実際は三人存在しているが、リューナが身につけているためカイルにその声は聞こえない。たまにリューナが何かしら文句を言っているのが聞こえていたが、すぐに黙ってしまった。続けてカイルがリューナの様子をうかがっていると、表情が少しずつ曇っていきついには涙を浮かべ始めた。
「リューナ……不安なの?」
「……うん……それもあるし、心配だし、寂しくて」
俯いたままリューナは答えた。
「一緒にいるの、俺じゃ、嫌かな」
「え? 嫌じゃ、ないよ? ないけど……」
少しの間、無言の時が流れる。
「その、まだ慣れてなくて。緊張するっていうか。ごめんなさい」
「ああ……わかる。謝らないで。それは、俺もだから」
「カイルも?」
リューナはそれを聞いて少し笑った。
「じゃあお互いさま、だね」
「そうだね」
二人で笑い合った。
「俺、もっとリューナと仲良くなりたいな」
「うん。これから仲良くなろうね」
リューナの表情が曇る。その途端、文句を言い始める。
「もー、お父さん、違うよ! カイルはお友達だから!」
ビスタークに何か言われたらしい。カイルには聞こえていないが、自分たちのことをからかわれていることは分かった。
「お友達、か。うん、そうだね」
「え、私と友達じゃ、嫌?」
「ううん。そうじゃないよ。嬉しいよ、友達に戻れて」
カイルは微笑んでそう返す。まずは友達からだ。これからだ。これから関係を深めていけばいいのだ。そのためにもフォスターの代わりにリューナをしっかり守らなければいけない。
「今日はもう寝よう」
「うん。早く起きて様子聞きに行きたい……」
「きっと大丈夫だよ。おやすみ、リューナ」
「おやすみなさい」
フォスター不在の夜は更けていった。
        
      「換気石、帆のところについてるだけじゃなくて、水の中にもついてるはずなんだ。見せてもらえないかなあ」
「水の中じゃ無理だろ」
「まあそうなんだけど。上からは見えないもんなあ。でも動き出したら甲板に出て最後尾に行ってみるよ。船員さんに聞いたらどんな設計なのかわかるかもしれないしな」
船が出航してからもカイルは落ち着かない様子で船内をうろうろしていた。ビスタークからついでに怪しい者がいないか見てくるようにも頼まれていたが、カイルの報告によると表情の乏しい神衛兵はいないという話だった。ただ、鎧を着けていないのでわからないだけという可能性もあるので油断はしないよう忠告された。
カイルが落ち着いてきた初日の夕方に問題が起こった。フォスターが高熱を出してしまったのである。
「あー……やっぱりあの時伝染ったんだな……。嫌な予感はしてたんだ……」
昨晩の町の食堂での咳をしていた隣席男性のことだ。カイルはその中年男性とは隣り合う形だったので空気の流れ的に伝染されなかったようである。リューナは神の子なので病気とは無縁だ。
船の食堂で夕食を食べようとしてフォスターは違和感に気付いた。どうにも食欲が無い。頭がくらくらして気持ちが悪い。最初は船酔いしたのかと思っていた。しかし寒さを感じるのに身体が熱い。
「フォスター、大丈夫……?」
フォスターの様子が変だと最初に気付いたのはリューナだった。
「そういえば顔が赤いな?」
『結構な熱があるみてえだな』
カイルとビスタークもフォスターの様子を見て同意した。
「船酔いじゃないのか……。やっぱり、昨日の隣の人からだな……はあ……」
「そういえば咳してたね」
何で自分だけ、とフォスターが恨めしく思っているとビスタークが忠告してきた。
『船の中には医務室があるはずだ。多分、お前そこに隔離されるぞ。周りに伝染さねえように』
「え……それ、困るな……リューナの警備……」
自分の具合が悪いことよりもリューナの安全のことが気になる。
「え、フォスターだけ別の部屋に行くってこと? やだ! 私もそっちに行きたい!」
「だ、ダメだよ、リューナ。伝染っちゃうよ」
「フォスターが病気になっても今まで伝染ったことなんてないもん。平気だよ!」
リューナは神の子なので病気が伝染ることは無い。フォスターは幼い頃身体が弱く、よく風邪などの病気にかかっていたが実際リューナには伝染らなかった。しかし二人に神の子だから伝染らないなどと教えられるはずもない。
『お前がいたらゆっくり休めねえだろ。一人にさせてやれ』
「…………」
リューナはビスタークにそう諭され、悲しそうな表情ではあったが納得した。
「……確かにそうだね。ごめんなさい、フォスター。ゆっくり休んで」
「うん。出来るだけ早く治るように、しっかり寝るよ。親父、カイル、リューナのこと、頼む……」
『まあ、仕方ないな。任せろ』
「うん、頑張るよ」
フォスターは部屋から出る前に振り向いてリューナとカイルに自分がいない間のことを心配して説明しだした。
「……作った料理はそこに出してあるから、時停石を離さないようにして。時々理力を補充しないと効力が」
「お母さんかな?」
遮るようにカイルが言う。
「大丈夫だよ、わかってるから、フォスターは医務室行って!」
リューナが少し呆れたようにフォスターを外へ押し出した。
「それとも誰かついて行ったほうがいいかな? 一人で大丈夫?」
「そのくらい平気だよ。お前を一人にするほうが怖い」
「うん。お大事にね」
そうしてフォスターはビスタークの鉢巻きを渡して部屋から去った。残されたリューナとカイルはこれからどうするかビスタークも交えて話し合う。
「親父さんのこれはどっちにつける?」
「んー……安全のためには私のほうがいいんだろうけど……お風呂とかのときに一緒は絶対やだ」
「そうだよね。そういうときは扉の前で見張りに立つから、そのときは俺が預かるよ」
「うん、お願いします」
今日はもう食事と風呂は済ませたので外へ出る用事は無いが、二人で軽くため息をついた。
「フォスター、大丈夫かなあ……?」
「三日くらいしっかり休めば治ると思うけど……明日の朝、医務室行って様子を聞こうか」
「うん……フォスターはごはんどうするのかな? さっきもあまり食べてなかったし……」
「どうだろ。それも朝に聞こう。あいつが作ったスープもあるから、食べられそうなら持っていこうよ」
「うん、そうする」
カイルが昔を懐かしむように言う。
「あいつ、子どもの頃は身体が弱くてよく風邪とかで寝込んでたよなあ。なんかこういうの久しぶりだ」
「そうだね。そういうときはカイルと遊んでた気がする」
そこでビスタークが割り込んだ。
『身体が弱かったって?』
「うん。あれ? お父さん知らなかった?」
「お母さんの身体が弱かったから遺伝じゃないかって母ちゃんが言ってたけど」
『いや、あいつの身体の弱さは後天的なもの……あれ? 生まれつきそうで、さらにあれで弱くなった可能性も……? それにあいつも今は別に身体弱くねえしな……』
「お父さん何ぶつぶつ言ってるの?」
「えーと、つまりお母さんの遺伝じゃなかったってことかな?」
『ま、そういうことだな』
雑談を交えつつ、ある程度これからどうするか話した後、沈黙が訪れる。カイルは気が逸っていた。自分がフォスターの代わりをしなければならない。一時的に念願のフォスターの立ち位置になったわけだが、実際なってみると責任が大きいことに気づく。目の見えないリューナをどこにいるかわからない悪人から守りながら手助けしなくてはならない。
カイルはどうすればいいかわからなかった。見た目だけならリューナと二人きりである。ビスタークの宿る鉢巻きがあるので実際は三人存在しているが、リューナが身につけているためカイルにその声は聞こえない。たまにリューナが何かしら文句を言っているのが聞こえていたが、すぐに黙ってしまった。続けてカイルがリューナの様子をうかがっていると、表情が少しずつ曇っていきついには涙を浮かべ始めた。
「リューナ……不安なの?」
「……うん……それもあるし、心配だし、寂しくて」
俯いたままリューナは答えた。
「一緒にいるの、俺じゃ、嫌かな」
「え? 嫌じゃ、ないよ? ないけど……」
少しの間、無言の時が流れる。
「その、まだ慣れてなくて。緊張するっていうか。ごめんなさい」
「ああ……わかる。謝らないで。それは、俺もだから」
「カイルも?」
リューナはそれを聞いて少し笑った。
「じゃあお互いさま、だね」
「そうだね」
二人で笑い合った。
「俺、もっとリューナと仲良くなりたいな」
「うん。これから仲良くなろうね」
リューナの表情が曇る。その途端、文句を言い始める。
「もー、お父さん、違うよ! カイルはお友達だから!」
ビスタークに何か言われたらしい。カイルには聞こえていないが、自分たちのことをからかわれていることは分かった。
「お友達、か。うん、そうだね」
「え、私と友達じゃ、嫌?」
「ううん。そうじゃないよ。嬉しいよ、友達に戻れて」
カイルは微笑んでそう返す。まずは友達からだ。これからだ。これから関係を深めていけばいいのだ。そのためにもフォスターの代わりにリューナをしっかり守らなければいけない。
「今日はもう寝よう」
「うん。早く起きて様子聞きに行きたい……」
「きっと大丈夫だよ。おやすみ、リューナ」
「おやすみなさい」
フォスター不在の夜は更けていった。