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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
183 風邪
 フォスターは医務室のベッドで高熱にうなされていた。

 とても夢見が悪い。主にリューナの夢だ。攫われてしまう夢、消えてしまう夢、リューナが破壊神の力に目覚めて辺り一面焦土と化してしまう夢、暴走したリューナに殺される夢などである。

 元々フォスターが懸念していた夢を多く見た。その中でも一番堪えた夢は自分がリューナのことを忘れていて、大泣きされている夢であった。夢だったからであろうが、誰なのか全くわからなかったのだ。夢の中では声も出せず、優しい言葉をかけてやることも出来なかった。自分が忘れているせいで泣いているのに何も出来ず心が苦しかった。

 目覚めたとき愕然とし、ものすごい罪悪感を覚えた。夢の中とはいえあんなに妹を泣かせてしまったのだ、胸が痛む。本当に自分があの状態になったらリューナは同じ反応をするだろう。朦朧としながら妹をあんなに泣かせてはいけないとフォスターは考えていた。

 実際、そうなってしまう可能性はあるのだ。神の元へ行かせないようリューナと逃げるなどの抵抗をした場合、記憶を消されるという話である。

 もしかすると逆もあるかもしれない。リューナのほうが自分たち家族のことを忘れてしまう……想像するだけで養父母の悲しむ顔が浮かび、気持ちが暗くなった。

 気がつけば酷く寝汗をかいていた。持ってきた時刻石ティライトは黄色いのでまだ夜中の星の刻である。枕元に置いておいたタオルを掴んでベッドに座り上半身を拭く。熱はまだありそうだった。医務室にはトイレもあったので用を足し、枕元に置いてある水源石シーヴァイトの入っている水差しからコップへ水を注ぐ。

「あれ」

 フォスターはそばに置いてある粉薬に気がついた。「風邪薬です」とメモが添えてある。船の中には医者が常駐しているわけではない。応急処置や手当ての心得のある船員がたまに様子を見に来るだけである。その担当者が眠っている間に置いていってくれたのだろうとありがたくその粉薬を飲んだ。それほど苦くはなくほんのり甘みがついていたが普通に不味い。飲み終わると再度眠った。

 次に起きたのは自分の咳のせいだった。薬が効いたのか熱は下がった感覚があるが、かわりに咳が出始めたようだ。喉も痛い。咳き込んでは水を飲み、寝ようと横になると咳き込むという負のループを繰り返しているとドアをノックされた。

「フォスター、大丈夫かー?」
「起きてる? 具合どう?」

 カイルと変装したリューナだった。口にタオルを当てながらドアを少しだけ開ける。

「……おはよう……」
「わ、ひどい声だな!」
「おはよう、フォスター。具合悪そうだね……。あのね、何か食べれそうなら持って来ようと思って聞きに来たの」

 そう言われた途端また咳き込んだのでちょっと待てという合図をし、その間はドアを閉めた。再度開けて伝える。

「フォスター、つらそうだね……」
「ん……熱は薬飲んだおかげなのか下がったみたいだけどな。ゴホッ」

 会話の合間にも咳き込むのでその度にドアを閉める。会話の間は口にタオルを当てたままである。

「で、今は咳が酷くなったから、スープとかシチューみたいなもので喉を温めて咳をなんとかしたい」
「わかった! 持ってくるね! フォスターが作ったのとここの食堂のと、どっちがいい?」
「どっちでもいいよ、辛くないやつなら」
「わかってるよう。そんなの飲んだら咳酷くなっちゃうよ」
「ちゃんと親父とカイルの言うこと聞くんだぞ」
「うん。一人で勝手な行動するなって言うんでしょ」
「大丈夫だよ。ちゃんと守ってるから」
「じゃあまた後でね」

 賑やかな会話が終わり、二人が去るのを見届けてベッドへ戻る。また咳き込んだ。これではとても外へは出られない。ありがたく甘えることにした。

「フォスター、お待たせ!」
「スープ持ってきたよ」

 ノックの返事も待たずにリューナが勝手にドアを開けてきた。カイルがスープの入った深皿を慎重に運びベッド側の小机に乗せる。

「食堂で相談したら今日のスープは風邪に効くって言ってたからそれにしたの」
「にんにくスープだってさ」
「パンも卵もハムも香草も入ってるから栄養もあるしお腹いっぱいになるよ、きっと」
「ありがとな」
「うん! 食べて食べて」

 ――ぐうぅ〜。

 リューナの腹の音が鳴った。彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「……朝飯まだなら食べてきな」
「ごめんなさい。美味しそうな匂いだったから、おなかが反応しちゃった」
「いいから早く行きな。カイル、お金は後から精算するから、リューナを頼むな」
「うん、任せといて」

 カイルは嬉しそうに胸を張って返事をした。

「じゃあまたお昼にね」

 二人は慌ただしく去っていった。軽くため息をつく。

「じゃ、食べるか……」

 時停石ティーマイトは使われていないので冷めないうちに、途中咳をしながらスープをスプーンですくった。痛い喉にじんわりと沁みていき、痛みが軽減されていく。昨晩の食事があまり食べられなかったのでとても美味しく感じる。胃が空腹を思い出したようだった。ゆっくり味わいながら完食し、またベッドに入ると眠りについた。

 スープのおかげかしばらくは咳き込まず深く眠ることが出来た。効果が切れた頃また咳き込んで目が覚めると、ちょうど医務室担当の船員が様子をうかがいに来たところだった。

「様子はどうだい?」
「熱は下がったみたいです。あ、薬ありがとうございました」
「薬?」
「え、夜中水差しのところに置いてありましたけど」

 船員が知らないという態度になったためフォスターは少し不安になった。

「んー、それはオレじゃないな。夜中の当番の誰かが気を利かせて置いてったんだろ」
「そうでしたか。そのおかげで下がったみたいなので。代わりに咳がつらくなりましたけど」
「それじゃ、その咳が収まるまではこの部屋だな。人に伝染すから」
「ですよね……俺も咳してる人から伝染りましたし」

 少なくとも三日くらいはこのままであろう。仕方がないがリューナのことを考えると少し不安だ。

「メシは持ってきてもらったみたいだな」
「はい」
「じゃあ特に俺がすることも無さそうだな。また交代で様子見に来てやるよ」
「ありがとうございます」

 その船員が去ってからまた横になる。咳のせいでしっかりとは眠れずうとうとしていると、しばらくしてからまたリューナとカイルが昼食のことを聞きに来た。

「フォスターの作った貝の入ったミルクスープ持ってきたよー」
「ありがとな」
「あとね、飲み物。蜂蜜と檸檬とミルクとお酒が入ってるの。火が通ってるからお酒が飲めなくても大丈夫なんだって」
「風邪に効くんだってさ。食堂の人に聞いて頼んで作ってもらったんだ」

 二人はずかずかと部屋に入ってきた。伝染るかもしれないというのにためらいが全くない。咳が出るので返事が出来ずにいると、リューナがとんでもないことを言い出した。

「フォスターの背中も洗浄石クレアイトで拭いてあげようか? 前に私の背中もやってもらったからお返しに」
「……えっ?」

 カイルが信じられないような、軽蔑したような表情でフォスターを見ている。吸った空気が変なところに入り込み、風邪とは関係なく咳き込んだ。

「お前、そんなことしてたの……?」
「……ゲホッゲホッ…………俺は嫌だって……ゲホッ……言った……」
「あっ、嫌がってたよ? 喜んでしてくれたわけじゃないよ? 私が無理に頼んだだけで!」

 リューナが流石にまずいことを言ったと思ったのか助け舟を出した。

「そんなことしなくていいから……。伝染るし、食事置いて出て行ってくれ」
「はあい」

 バツの悪そうな顔をしてリューナはカイルと共に部屋の外へ出て行った。
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