残酷な描写あり
    R-15
        
        
          184 到着前
        
        
           フォスターはその後咳が収まるまで三日ほど隔離されていた。買った本を持ってきてもらい読書をしたり、筋肉を鍛えるための運動をするなどしていたが、とにかく暇だった。
暇だったのはリューナも同じだったようだが、カイルは工作したり実験をするなどして楽しく過ごしていたようだ。細い金属を組み合わせて小さな楽器を作り、リューナへプレゼントしていた。
「この前、リューナが虹がよくわからないって言ってたでしょ」
「? うん」
結婚式のために水の都へ戻ったときのことである。
「音で表現するとこんな感じ」
カイルはその小さな楽器の低音から高音までの棒を指で一気になぞって音を出した。虹のグラデーションを表現しているらしい。
「綺麗な音だね……。あ、私が音でわかればいいのにって言ったから?」
「うん。余計だったかな?」
「ううん。ありがとう。カイルは優しいね」
「へへ……このくらいしか出来ないけど」
フォスターが隔離から戻るとカイルとリューナの仲が前より良くなっていた。良かったと思う反面、フォスターは少し寂しさも感じた。フォスターは親では無いが、親離れしていく子どもへの気持ちはこんな感じだろうかと思った。
隔離が解除され、日常が戻ってきたが暇なのは相変わらずだった。リューナはカイルから贈られた楽器で遊んだり、自分で買った本は読んでしまったので、フォスターとお互いの本を交換して読んだりしていた。
船の中は火気厳禁のため炎焼石はもちろん、カイルに作ってもらった天火も使えない。菓子の下ごしらえだけは出来るので、焼き菓子の生地を作り時停石で保存することにした。命の都に着いたら天火で焼く予定だ。他、料理とは言えないが、カイルが改造して茶葉が漏れないようにした茶漉しを水源石入りの水筒に入れて水出しの茶が作れるようにはなった。
その茶とフォスターが船に乗る前作ったバターケーキとカイルが買ったクッキーで食事の合間はおやつを楽しんでいた。
「フォスターが作ったやつ美味いな。出来立て状態だし」
「あ~……ほんとに美味しいね〜。お砂糖うまく作れたもんね!」
「そうだな」
一度自宅に帰ったとき、以前粉神の町で手に入れた製粉石でラギューシュの実を粉にして砂糖を作ったのである。ラギューシュとはこの世界で独自の進化を遂げた植物で、甘い実をつける。鳥や動物がすぐに食べてしまうのでなかなかお目にかかれないのだが、鳥が落としたのかたまたま拾ったものを育てたのである。
「……俺が買ったやつは微妙だなあ」
「うーん、なんか後味が良くないというか薬っぽい風味がするというか」
「でも不味くはないよ? いらないならもらっちゃうよ?」
「……欲しいんだな」
カイルが買った菓子は不評だったがリューナは気にせずフォスターからもらって食べていた。カイルは自分で買ったものなので責任をとって食べていた。
そのカイルは暇つぶしも兼ねて楽しそうにビスタークで色々試していた。
「親父さん頑張れー! ほらもうちょっとだ!」
『……クソッ! 人で遊びやがって!』
カイルはビスタークの鉢巻きを人型に変形させた排泄石に巻き付け、動きの実験を繰り返していた。本人曰く「親父さんの理力を増やすための訓練」らしいが。見た目は変なペットを散歩させている感じである。
異様に見えるが効果は出ていて毎日少しずつビスタークの動ける距離が増えていた。
「そろそろさー、石を二つくっつけてみたいんだよねー」
「二つって?」
「二個を一緒に捏ねて人形を大きくするってこと」
『は!?』
ビスタークが冗談じゃないという非難を含んだ反応をする。
「そうやって最終的に普通の人の大きさにするつもりか?」
『さすがに無理だろ……理力がいくらあっても足りなさそうだ』
「出来るかどうかわからないけど試してみたいことがあるんだよねー。命の都ならあると思うんだけど」
「何が?」
「んー、成功したら教えるよ」
カイルはにやにやしながら思いつきを自分の内に隠した。何か企んでいるな、とフォスターとビスタークは思ったが、カイルがはぐらかすので何をしようとしているのかまではわからなかった。
「お父さんはカイルに弱いよねえ」
『弱くはねえよ! 苦手なだけだ!』
フォスターは首を傾げる。
「酒を諦めれば解放されるのに。そんなに酒なんて飲みたいもんか?」
『飲めねえお前にはわかんねえよ』
「まあ、わかんないな」
身体が酒を受け付けないフォスターは肩をすくめた。
「でも理力は増やしたほうが悪霊化しにくいんだよね? だったら増やしといて損は無いでしょ?」
『まあそうらしいが……』
「だからこれからもよろしくねー、親父さん」
カイルににやにやしながら言われたビスタークは愕然とした様子で訊く。
『……まさか、船を降りてからもこれ続けるのか?』
「当然! 親父さんをかまう時間は減りそうだけど」
『かまってくれなくていい!』
そのやり取りを聞き流してリューナが感慨深げに呟いた。
「もう明日なんだねー、到着するの。命の都ってどんなところかな?」
「どんなところかなあ。俺、水の都は転移石で入ったから、ちゃんと都に正面から入るのは初めてなんだよね。ちょっとどきどきするよ」
「その気持ちわかるな。天気が良かったらなあ。良ければもうとっくに見えてるはずなんだけどな」
世界が平面のため天気さえ良ければ出発地の錨神の町からでも見えるはずである。しかし目的地までの間が全て晴れて空気が澄んでいるということはまず無いため、まだ命の都のある島は見ていない。
それにしばらく雨が続いていたため甲板は閉鎖されていた。出られたとしても雨のカーテンで遠くは見えない。
「あそこは周りを山に囲まれてて風通しがいまいちで少し暑いって父ちゃんたちから聞いたよ」
『山っていうより斜面だが、まあそんな感じだ。砂漠と違って少し蒸し暑い』
「蒸し暑いっていうのよくわかんないな」
『そこまでの暑さじゃねえよ。闇の都のほうが蒸し暑い』
「海に入るんなら寒いより暑いほうがいいな」
地元の飛翔神の町は少々乾燥した気候である。あまり寒暖差も無い。
「なんか厳しいとこだって話を聞いたな」
『神衛の訓練は厳しいな』
「……気が重いな……ついていけるかな」
フォスターはビスタークの過去で見たことを思い出した。強い神衛兵が多く、訓練中の私語もあまり無かった気がする。水の都はわりと和やかだったが命の都では皆の表情が真剣だった気もする。それに加えて海で泳ぐ訓練もあるのだ。ため息が出る。
「美味しいものがあるといいね」
「リューナはすぐそれだ」
憂鬱になりそうだったがその一言で気が緩む。そういえば記憶の中で街中のことはあまり見た覚えがない。記憶石で見る記憶は本人にとって印象深い部分を中心に見せるようなので、おそらくビスタークにとって命の都の街中はどうでもよかったのだろう。
「まあ、知らない料理がきっとたくさんあるよな」
「うん、楽しみ! どんなのかなあ」
「そうだね。俺も楽しみだなあ。美味しいもの食べると幸せな気分になれるし、食って大事なことだよね」
カイルはそう言いながら前に買って残っていたクッキーを食べ始めた。
「リューナもいる?」
「うん!」
「フォスターは?」
「俺はそれあんまり……お前も美味しくないって言ってたわりに食べてるよな」
「なんか、思ってたより後引くんだよなあ」
そう言いながらカイルとリューナの二人で残りのクッキーを食べ切った。
・
・
・
同じ船に乗っている商人が一人用の部屋で通信石を使っていた。
「明日には命の都へ到着する予定です」
「わかりました」
通信石に映る相手はザイステルである。
「まずは向こうの動向を把握してください。大神殿に入ると中のことはわからなくなりますが、それまではしっかりと見ていてください。その後は直ぐに家を借りて線を書き、一度戻ってきてください」
線を書く、とは転移石の転移先地点にするということである。
「はい。勿論承知しております。ですので、その時に……」
「ああ、はい。『薬』でしたらその時にお渡ししますよ」
「ありがとうございます!」
ザイステルはその言葉を聞いて少し呆れたように返す。
「もしかして、もう無くなったのですか?」
「は、はい……。で、でも一つは風邪薬として、さらに二つは菓子を作るのに使ってしまいましたので……決して無駄遣いなどでは……」
「まあ、それなら仕方ないですね」
納得したようにザイステルはそれ以上追求しなかった。
「彼らが口にしたところは見ていないと言っていましたよね」
「は、はい」
「変化はありましたか」
「いえ、今のところは……」
「菓子はまだあるんですよね?」
「はい」
「落ち着かなくなった様子があればまた売ってください」
「かしこまりました」
フォスター達は知らないうちに「例の薬」を飲まされていた。
        
      暇だったのはリューナも同じだったようだが、カイルは工作したり実験をするなどして楽しく過ごしていたようだ。細い金属を組み合わせて小さな楽器を作り、リューナへプレゼントしていた。
「この前、リューナが虹がよくわからないって言ってたでしょ」
「? うん」
結婚式のために水の都へ戻ったときのことである。
「音で表現するとこんな感じ」
カイルはその小さな楽器の低音から高音までの棒を指で一気になぞって音を出した。虹のグラデーションを表現しているらしい。
「綺麗な音だね……。あ、私が音でわかればいいのにって言ったから?」
「うん。余計だったかな?」
「ううん。ありがとう。カイルは優しいね」
「へへ……このくらいしか出来ないけど」
フォスターが隔離から戻るとカイルとリューナの仲が前より良くなっていた。良かったと思う反面、フォスターは少し寂しさも感じた。フォスターは親では無いが、親離れしていく子どもへの気持ちはこんな感じだろうかと思った。
隔離が解除され、日常が戻ってきたが暇なのは相変わらずだった。リューナはカイルから贈られた楽器で遊んだり、自分で買った本は読んでしまったので、フォスターとお互いの本を交換して読んだりしていた。
船の中は火気厳禁のため炎焼石はもちろん、カイルに作ってもらった天火も使えない。菓子の下ごしらえだけは出来るので、焼き菓子の生地を作り時停石で保存することにした。命の都に着いたら天火で焼く予定だ。他、料理とは言えないが、カイルが改造して茶葉が漏れないようにした茶漉しを水源石入りの水筒に入れて水出しの茶が作れるようにはなった。
その茶とフォスターが船に乗る前作ったバターケーキとカイルが買ったクッキーで食事の合間はおやつを楽しんでいた。
「フォスターが作ったやつ美味いな。出来立て状態だし」
「あ~……ほんとに美味しいね〜。お砂糖うまく作れたもんね!」
「そうだな」
一度自宅に帰ったとき、以前粉神の町で手に入れた製粉石でラギューシュの実を粉にして砂糖を作ったのである。ラギューシュとはこの世界で独自の進化を遂げた植物で、甘い実をつける。鳥や動物がすぐに食べてしまうのでなかなかお目にかかれないのだが、鳥が落としたのかたまたま拾ったものを育てたのである。
「……俺が買ったやつは微妙だなあ」
「うーん、なんか後味が良くないというか薬っぽい風味がするというか」
「でも不味くはないよ? いらないならもらっちゃうよ?」
「……欲しいんだな」
カイルが買った菓子は不評だったがリューナは気にせずフォスターからもらって食べていた。カイルは自分で買ったものなので責任をとって食べていた。
そのカイルは暇つぶしも兼ねて楽しそうにビスタークで色々試していた。
「親父さん頑張れー! ほらもうちょっとだ!」
『……クソッ! 人で遊びやがって!』
カイルはビスタークの鉢巻きを人型に変形させた排泄石に巻き付け、動きの実験を繰り返していた。本人曰く「親父さんの理力を増やすための訓練」らしいが。見た目は変なペットを散歩させている感じである。
異様に見えるが効果は出ていて毎日少しずつビスタークの動ける距離が増えていた。
「そろそろさー、石を二つくっつけてみたいんだよねー」
「二つって?」
「二個を一緒に捏ねて人形を大きくするってこと」
『は!?』
ビスタークが冗談じゃないという非難を含んだ反応をする。
「そうやって最終的に普通の人の大きさにするつもりか?」
『さすがに無理だろ……理力がいくらあっても足りなさそうだ』
「出来るかどうかわからないけど試してみたいことがあるんだよねー。命の都ならあると思うんだけど」
「何が?」
「んー、成功したら教えるよ」
カイルはにやにやしながら思いつきを自分の内に隠した。何か企んでいるな、とフォスターとビスタークは思ったが、カイルがはぐらかすので何をしようとしているのかまではわからなかった。
「お父さんはカイルに弱いよねえ」
『弱くはねえよ! 苦手なだけだ!』
フォスターは首を傾げる。
「酒を諦めれば解放されるのに。そんなに酒なんて飲みたいもんか?」
『飲めねえお前にはわかんねえよ』
「まあ、わかんないな」
身体が酒を受け付けないフォスターは肩をすくめた。
「でも理力は増やしたほうが悪霊化しにくいんだよね? だったら増やしといて損は無いでしょ?」
『まあそうらしいが……』
「だからこれからもよろしくねー、親父さん」
カイルににやにやしながら言われたビスタークは愕然とした様子で訊く。
『……まさか、船を降りてからもこれ続けるのか?』
「当然! 親父さんをかまう時間は減りそうだけど」
『かまってくれなくていい!』
そのやり取りを聞き流してリューナが感慨深げに呟いた。
「もう明日なんだねー、到着するの。命の都ってどんなところかな?」
「どんなところかなあ。俺、水の都は転移石で入ったから、ちゃんと都に正面から入るのは初めてなんだよね。ちょっとどきどきするよ」
「その気持ちわかるな。天気が良かったらなあ。良ければもうとっくに見えてるはずなんだけどな」
世界が平面のため天気さえ良ければ出発地の錨神の町からでも見えるはずである。しかし目的地までの間が全て晴れて空気が澄んでいるということはまず無いため、まだ命の都のある島は見ていない。
それにしばらく雨が続いていたため甲板は閉鎖されていた。出られたとしても雨のカーテンで遠くは見えない。
「あそこは周りを山に囲まれてて風通しがいまいちで少し暑いって父ちゃんたちから聞いたよ」
『山っていうより斜面だが、まあそんな感じだ。砂漠と違って少し蒸し暑い』
「蒸し暑いっていうのよくわかんないな」
『そこまでの暑さじゃねえよ。闇の都のほうが蒸し暑い』
「海に入るんなら寒いより暑いほうがいいな」
地元の飛翔神の町は少々乾燥した気候である。あまり寒暖差も無い。
「なんか厳しいとこだって話を聞いたな」
『神衛の訓練は厳しいな』
「……気が重いな……ついていけるかな」
フォスターはビスタークの過去で見たことを思い出した。強い神衛兵が多く、訓練中の私語もあまり無かった気がする。水の都はわりと和やかだったが命の都では皆の表情が真剣だった気もする。それに加えて海で泳ぐ訓練もあるのだ。ため息が出る。
「美味しいものがあるといいね」
「リューナはすぐそれだ」
憂鬱になりそうだったがその一言で気が緩む。そういえば記憶の中で街中のことはあまり見た覚えがない。記憶石で見る記憶は本人にとって印象深い部分を中心に見せるようなので、おそらくビスタークにとって命の都の街中はどうでもよかったのだろう。
「まあ、知らない料理がきっとたくさんあるよな」
「うん、楽しみ! どんなのかなあ」
「そうだね。俺も楽しみだなあ。美味しいもの食べると幸せな気分になれるし、食って大事なことだよね」
カイルはそう言いながら前に買って残っていたクッキーを食べ始めた。
「リューナもいる?」
「うん!」
「フォスターは?」
「俺はそれあんまり……お前も美味しくないって言ってたわりに食べてるよな」
「なんか、思ってたより後引くんだよなあ」
そう言いながらカイルとリューナの二人で残りのクッキーを食べ切った。
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同じ船に乗っている商人が一人用の部屋で通信石を使っていた。
「明日には命の都へ到着する予定です」
「わかりました」
通信石に映る相手はザイステルである。
「まずは向こうの動向を把握してください。大神殿に入ると中のことはわからなくなりますが、それまではしっかりと見ていてください。その後は直ぐに家を借りて線を書き、一度戻ってきてください」
線を書く、とは転移石の転移先地点にするということである。
「はい。勿論承知しております。ですので、その時に……」
「ああ、はい。『薬』でしたらその時にお渡ししますよ」
「ありがとうございます!」
ザイステルはその言葉を聞いて少し呆れたように返す。
「もしかして、もう無くなったのですか?」
「は、はい……。で、でも一つは風邪薬として、さらに二つは菓子を作るのに使ってしまいましたので……決して無駄遣いなどでは……」
「まあ、それなら仕方ないですね」
納得したようにザイステルはそれ以上追求しなかった。
「彼らが口にしたところは見ていないと言っていましたよね」
「は、はい」
「変化はありましたか」
「いえ、今のところは……」
「菓子はまだあるんですよね?」
「はい」
「落ち着かなくなった様子があればまた売ってください」
「かしこまりました」
フォスター達は知らないうちに「例の薬」を飲まされていた。