残酷な描写あり
R-15
198 地下室
本棚を退かすと地下への階段が現れた。二階から真っ直ぐ降りた先にまた地下への階段が続いていた。
階段下は暗く、先がどうなっているのかよく見えない。窓は階段の上のほうにしか無く、地下まで光は届かない。
「まさか、本当にあるとはな」
「こんな重い本棚を置いて、どうやって出入りを……」
フォスターが反力石の効果を終える前に慎重に床に本棚を置く。反力石に触れるのをやめたとたん、床板が本棚の重みでミシッという音をたてた。フォスターが本棚を確認する。
「裏の下のほうに、格納石らしきものがあります」
「! なるほど……これで本棚を消して出入りしていたということか?」
「そうかもしれない。階段で上がってきて、下についている格納石に触れれば本棚を格納できる。これなら動かさずにすぐ出られるな」
「と、いうことは……」
下に誰かいるかもしれない。四人に緊張が走る。喉を鳴らす音が聞こえた。
「私は報告をしてくる。少し待っていてくれ」
レーヴェが一度外へ出て通信石で大神殿に報告をした。万一の場合のためだ。応援も呼んだらしい。小声を出すよう、音を立てぬよう気を付けていたものの、床板の軋みなどの気配で既に気づかれている可能性もある。
「まず俺一人で降りる。こんな狭いところ、大勢で行っても何も出来ないし、全滅は避けたい。もし、しばらくして何の合図も無かったら、撤退して応援を待て」
覚悟を決めた表情でヴィダが妻のレーヴェに言った。
「気を付けて……」
レーヴェの心配の言葉に無言で頷き、ヴィダは暗闇の中を棒に取り付けた光源石で照らしながら降りて行った。照らされた先にドアがあるのが見える。ヴィダがドアを開けて中に入った後、固唾をのんで見守っているとすぐに下からヴィダがドアから出て上がってきた。
「危険はないようだ。一緒に降りてきてくれ」
「誰もいなかったのか?」
「……来ればわかる」
その言い方に引っかかるものを感じたが、大人しく一緒に降りていく。暗い中、光源石の明かりだけが頼りだ。リューナも一緒である。一人でここに残すわけにもいかない。
真っ直ぐに降りた左側にドアがある。ヴィダは皆を見て頷くとドアを開けた。思っていたより広い。物置に使っていたのか雑多に家具と物が置かれて散らかっている。光源石で中を照らすと、真っ暗な部屋の真ん中にベッドが置いてあるのが見えた。布がかけてあるが、誰かが横たわっている。
「…………!」
「大丈夫、敵じゃない。……死体だ」
そこに寝かされていたのは灰茶色の髪の二十代半ばくらいの女性だった。
「おそらく、行方不明のシュペーゼの遺体だろう。髪色などの特徴が事件の調書と一致している」
遺体のベッドの四隅には時停石が置かれている。遺体を綺麗なまま保存するためだろう。以前ティリューダが記録石で映像解析したときの話と一致する。あの時、通信石でザイステルが話していた場所はここだったようだ。よく見ると横奥に机と椅子がある。
『やっぱりか……』
ビスタークとフォスターの予想通りであった。ビスタークも妻レリアの遺体を保存しておこうかと考えたことがあるのだ。
「失礼する」
レーヴェが遺体の服をめくり傷を調べ始めた。フォスターは慌てて目を逸らす。
「背中の傷は綺麗に縫われているね」
「……例の噂を信じているのかもな」
「気持ちはわかるよ。もし、自分の大切な人を亡くしたら、私だって同じことをするかもしれない……」
ヴィダとレーヴェの夫婦は遺体へ祈りながら呟いた。フォスターとリューナも遺体に手を合わせた。
例の噂。生き返る神の石、蘇生石の噂である。遥か昔、飛翔神と破壊神の戦争よりも昔に少しの間だけ存在したという石。縋り付く者には何度無いと言っても信じてもらえないという話だ。
「生き返らせようとして? いや、でも理由になってないですよ。神衛を使ってリューナを攫おうとする理由には……」
フォスターをはじめとした皆が首を傾げていると聞き覚えのある声がした。
「そこから離れろ!!」
怒鳴り声だった。その声の主は、ザイステル。いつの間にか部屋の奥に立っていた。よく見ると、その後ろにドアがある。たくさんの物に隠れて暗かったのでわからなかったが、もう一つ部屋があったようだ。
「私の、妻に……触れるな……!」
飛翔神の町に来たときには何を考えているのかわからない、人を食ったような態度だった。その時と違い、今の言葉はあまり感情的には見えなかったザイステルの心からの叫びに聞こえた。
「これは劇薬だ! 妙な動きをすればこれをお前たちにかける! 火傷を負いたくなければそこから一歩ずつ下がれ!」
ザイステルは薬瓶らしきものを取り出し恫喝した。中身は腐食性の高い劇物だと思われた。
「……言う通りにしよう」
ヴィダが苦虫を噛み潰したような顔でそう皆に告げる。フォスターは剣と盾を出しておかなかったことを後悔した。剣があれば圧をぶつけてザイステルを壁にぶつけられたのに、と。
『ここは言う通りにしておけ……』
ビスタークは感情を抑えているような声でフォスターを諭す。少し同情しているのかもしれない。
リューナを庇いながら一歩ずつじりじりと下がる。しかし今は妻の遺体しか眼中にないようだ。リューナには一瞥もしない。フォスターは手首の格納石に触れようと手を動かそうとしたが、ザイステルに見咎められる。
「妙な動きをするなと言っただろう! 次に剣を取り出そうとしたら、お前の大事な妹にこれをかけてやるぞ!」
やはりリューナを便利な道具としか認識していない。フォスターは怒りに震えたが、リューナに危害を加えられるのを恐れて耐える。たとえ神の子の力ですぐに治ってしまうのだとしても、大切な妹を傷つけ苦しい目に合わせることなどとても考えられない。 ザイステルが亡き妻のために何を犠牲にしようと構わない、絶対に譲れないものがあるのと同じように、フォスターにも譲れないものがある。妹の幸せだ。酷い目にあって欲しくない。
少しずつ後退するが、打開策が思い浮かばない。ザイステルはその妻の遺体のところまで前進している。フォスターはとりあえず応援が来るまでの時間を稼ごうと考えた。
「……蘇生石なんてものは無いんだぞ」
「嘘だ!」
「大神官に確認済だ。戦争よりさらに昔に少しだけの間はあったが今は無いと」
「それならば、神の力さえあれば生き返るということではないか!」
ザイステルはリューナを一瞥した。神の子を手に入れて生き返らせる可能性を高めようというのだろう。こういうときはリューナの目が見えなくて良かったと思う。ザイステルがこのタイミングでリューナを見たことで自分が神の子だと気づいてしまうおそれがあるからだ。
『それで生き返るんなら俺が使ってたさ……』
ビスタークが呟くが勿論フォスターにしか聞こえていない。
「妻が生き返るのなら私は何でもする! 貴様らが生き返らせてくれるというのであれば、私は喜んでそちら側に行くが、どうせ無理だと言うのだろう!?」
ザイステルが叫ぶように言い放つ。
「いい加減にして!」
聞き覚えのない女の声が聞こえた。レーヴェの声でもないし、ましてやリューナの声でもない。声の出所を探そうと周りを見回すと皆フォスターの顔を怪訝な表情で見ていた。
『これは……』
ビスタークが気付いたときにはもう遅かった。
「わたしは、もう、死んだの。生き返るなんて出来ないの。あなたも医者なんだから、それくらいのことわかるでしょう?」
その声は、フォスターの口から発声されていた。身体を霊魂に乗っ取られていたのだ。ザイステルの亡き妻、シュペーゼの霊魂によって。
階段下は暗く、先がどうなっているのかよく見えない。窓は階段の上のほうにしか無く、地下まで光は届かない。
「まさか、本当にあるとはな」
「こんな重い本棚を置いて、どうやって出入りを……」
フォスターが反力石の効果を終える前に慎重に床に本棚を置く。反力石に触れるのをやめたとたん、床板が本棚の重みでミシッという音をたてた。フォスターが本棚を確認する。
「裏の下のほうに、格納石らしきものがあります」
「! なるほど……これで本棚を消して出入りしていたということか?」
「そうかもしれない。階段で上がってきて、下についている格納石に触れれば本棚を格納できる。これなら動かさずにすぐ出られるな」
「と、いうことは……」
下に誰かいるかもしれない。四人に緊張が走る。喉を鳴らす音が聞こえた。
「私は報告をしてくる。少し待っていてくれ」
レーヴェが一度外へ出て通信石で大神殿に報告をした。万一の場合のためだ。応援も呼んだらしい。小声を出すよう、音を立てぬよう気を付けていたものの、床板の軋みなどの気配で既に気づかれている可能性もある。
「まず俺一人で降りる。こんな狭いところ、大勢で行っても何も出来ないし、全滅は避けたい。もし、しばらくして何の合図も無かったら、撤退して応援を待て」
覚悟を決めた表情でヴィダが妻のレーヴェに言った。
「気を付けて……」
レーヴェの心配の言葉に無言で頷き、ヴィダは暗闇の中を棒に取り付けた光源石で照らしながら降りて行った。照らされた先にドアがあるのが見える。ヴィダがドアを開けて中に入った後、固唾をのんで見守っているとすぐに下からヴィダがドアから出て上がってきた。
「危険はないようだ。一緒に降りてきてくれ」
「誰もいなかったのか?」
「……来ればわかる」
その言い方に引っかかるものを感じたが、大人しく一緒に降りていく。暗い中、光源石の明かりだけが頼りだ。リューナも一緒である。一人でここに残すわけにもいかない。
真っ直ぐに降りた左側にドアがある。ヴィダは皆を見て頷くとドアを開けた。思っていたより広い。物置に使っていたのか雑多に家具と物が置かれて散らかっている。光源石で中を照らすと、真っ暗な部屋の真ん中にベッドが置いてあるのが見えた。布がかけてあるが、誰かが横たわっている。
「…………!」
「大丈夫、敵じゃない。……死体だ」
そこに寝かされていたのは灰茶色の髪の二十代半ばくらいの女性だった。
「おそらく、行方不明のシュペーゼの遺体だろう。髪色などの特徴が事件の調書と一致している」
遺体のベッドの四隅には時停石が置かれている。遺体を綺麗なまま保存するためだろう。以前ティリューダが記録石で映像解析したときの話と一致する。あの時、通信石でザイステルが話していた場所はここだったようだ。よく見ると横奥に机と椅子がある。
『やっぱりか……』
ビスタークとフォスターの予想通りであった。ビスタークも妻レリアの遺体を保存しておこうかと考えたことがあるのだ。
「失礼する」
レーヴェが遺体の服をめくり傷を調べ始めた。フォスターは慌てて目を逸らす。
「背中の傷は綺麗に縫われているね」
「……例の噂を信じているのかもな」
「気持ちはわかるよ。もし、自分の大切な人を亡くしたら、私だって同じことをするかもしれない……」
ヴィダとレーヴェの夫婦は遺体へ祈りながら呟いた。フォスターとリューナも遺体に手を合わせた。
例の噂。生き返る神の石、蘇生石の噂である。遥か昔、飛翔神と破壊神の戦争よりも昔に少しの間だけ存在したという石。縋り付く者には何度無いと言っても信じてもらえないという話だ。
「生き返らせようとして? いや、でも理由になってないですよ。神衛を使ってリューナを攫おうとする理由には……」
フォスターをはじめとした皆が首を傾げていると聞き覚えのある声がした。
「そこから離れろ!!」
怒鳴り声だった。その声の主は、ザイステル。いつの間にか部屋の奥に立っていた。よく見ると、その後ろにドアがある。たくさんの物に隠れて暗かったのでわからなかったが、もう一つ部屋があったようだ。
「私の、妻に……触れるな……!」
飛翔神の町に来たときには何を考えているのかわからない、人を食ったような態度だった。その時と違い、今の言葉はあまり感情的には見えなかったザイステルの心からの叫びに聞こえた。
「これは劇薬だ! 妙な動きをすればこれをお前たちにかける! 火傷を負いたくなければそこから一歩ずつ下がれ!」
ザイステルは薬瓶らしきものを取り出し恫喝した。中身は腐食性の高い劇物だと思われた。
「……言う通りにしよう」
ヴィダが苦虫を噛み潰したような顔でそう皆に告げる。フォスターは剣と盾を出しておかなかったことを後悔した。剣があれば圧をぶつけてザイステルを壁にぶつけられたのに、と。
『ここは言う通りにしておけ……』
ビスタークは感情を抑えているような声でフォスターを諭す。少し同情しているのかもしれない。
リューナを庇いながら一歩ずつじりじりと下がる。しかし今は妻の遺体しか眼中にないようだ。リューナには一瞥もしない。フォスターは手首の格納石に触れようと手を動かそうとしたが、ザイステルに見咎められる。
「妙な動きをするなと言っただろう! 次に剣を取り出そうとしたら、お前の大事な妹にこれをかけてやるぞ!」
やはりリューナを便利な道具としか認識していない。フォスターは怒りに震えたが、リューナに危害を加えられるのを恐れて耐える。たとえ神の子の力ですぐに治ってしまうのだとしても、大切な妹を傷つけ苦しい目に合わせることなどとても考えられない。 ザイステルが亡き妻のために何を犠牲にしようと構わない、絶対に譲れないものがあるのと同じように、フォスターにも譲れないものがある。妹の幸せだ。酷い目にあって欲しくない。
少しずつ後退するが、打開策が思い浮かばない。ザイステルはその妻の遺体のところまで前進している。フォスターはとりあえず応援が来るまでの時間を稼ごうと考えた。
「……蘇生石なんてものは無いんだぞ」
「嘘だ!」
「大神官に確認済だ。戦争よりさらに昔に少しだけの間はあったが今は無いと」
「それならば、神の力さえあれば生き返るということではないか!」
ザイステルはリューナを一瞥した。神の子を手に入れて生き返らせる可能性を高めようというのだろう。こういうときはリューナの目が見えなくて良かったと思う。ザイステルがこのタイミングでリューナを見たことで自分が神の子だと気づいてしまうおそれがあるからだ。
『それで生き返るんなら俺が使ってたさ……』
ビスタークが呟くが勿論フォスターにしか聞こえていない。
「妻が生き返るのなら私は何でもする! 貴様らが生き返らせてくれるというのであれば、私は喜んでそちら側に行くが、どうせ無理だと言うのだろう!?」
ザイステルが叫ぶように言い放つ。
「いい加減にして!」
聞き覚えのない女の声が聞こえた。レーヴェの声でもないし、ましてやリューナの声でもない。声の出所を探そうと周りを見回すと皆フォスターの顔を怪訝な表情で見ていた。
『これは……』
ビスタークが気付いたときにはもう遅かった。
「わたしは、もう、死んだの。生き返るなんて出来ないの。あなたも医者なんだから、それくらいのことわかるでしょう?」
その声は、フォスターの口から発声されていた。身体を霊魂に乗っ取られていたのだ。ザイステルの亡き妻、シュペーゼの霊魂によって。