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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
197 診療所
 ザイステルの自宅は診療所であった。大通りから離れた住宅街の角地に建てられた、白い木造の可愛らしい見た目の建物だ。

 勿論もう誰も住んでいない。診療所として使われてもいないため閉鎖されている。容疑者の自宅ということもあり建物に似つかわしくない「立入禁止」という内容の木札がかかっていた。鍵は専門職に依頼して作り、神殿で管理しているらしい。

 そこへフォスターとリューナ、そして護衛兼見張りとして見覚えのある神衛兵かのえへい二人がついてきた。男性と女性が一人ずつである。どちらも三十代半ばくらいで夫婦だという。先日カイルを保護したときにリューナの警備についていた。二人とも特に無駄口はきかず、とても真面目そうであった。二人ともリューナが神の子だと知っているらしい。契約石カンタイトで他人に秘密を漏らさぬようにしているそうだ。

 リューナはもう変装していない。カイルが狙われたことを考えると、もうバレているなら意味が無いのではという話になったのだ。

 レーヴェという名前の女性神衛兵が鍵を開け、診療所の中へと入る。

「音を立てるなよ。あと、不用意に中の物に触れたりもないように」

 同じくヴィダという男性神衛兵から注意を受けた。頷いて周りを見回す。

「何か、いる気がする……」
「え?」

 リューナが入るなり表情を曇らせ小声で呟いた。ここでの会話は全て小声である。

「どこ?」
「奥、かな……? ごめんね、よくわからない……気のせいかもしれない。何となくそんな気がするだけで」
「指名手配犯が潜んでいるのかもしれない。気をつけて」

 リューナ以外の三人は剣を出して警戒する。

 玄関を入ったすぐの場所は待合室のようだ。ソファーが並んでいるがそれほど広くはない。患者の待ち時間のためか本棚に本がたくさん並んでいる。奥にはドアがあり、その先は診察室となっている。さらにその奥のドアの先は廊下で、二階へ続く階段、トイレや洗面所、風呂があった。人が隠れられそうな場所は全て見たが誰もいなかった。診察室や廊下にまで本棚があり、どれも本でいっぱいだった。

「一階にはいないようだ。二階も行ってみるか?」
「はい」

 ヴィダにそう言われついていく。一人通れるだけの幅しかない。しんがりはレーヴェだ。真剣な表情の神衛兵に挟まれながら兄妹は出来るだけ音を立てないように階段を上った。

 二階は生活用の空間だった。診療所もそうだったが本が多い。台所と居間、就寝用の部屋と分かれていたが全てに本棚があった。入りきらない本は小机に積まれている。医療の本だけでなく、神の石や民話の本もある。うっすらと埃が積もっていた。

 椅子やベッド、食器は全て二つずつだった。妻と二人暮らしだったのだろう。フォスターは少し心が痛んだ。

「……そういえば、医者の奥さんは殺されたと聞きました」
「ああ」
「詳しく聞いてもいいですか」
「聞いてないのか」
「はい。五年くらい前、通り魔に殺されて、ザイスはその後行方不明になった、としか」

 ヴィダが話し始めた。

「あまり大した情報では無いが……」

 フォスターとリューナは頷く。有力な手がかりで無くても相手のことは知っておいたほうが良い気はした。

「通り魔だろうという推測なだけで、殺した犯人はわかっていない。被害者はシュペーゼという女性で、殺害の四年前にザイステルと結婚していた。夫婦仲は良く二人とも医者だったそうだ。この診療所の評判も良かった。人に恨まれて殺されるようなことは無いだろうという調査結果だ」

 ヴィダの話をレーヴェが続ける。

「死因は後ろから斬られたことによる失血死。ナイフや包丁といったものではなく剣による傷だった。このことから操られているという何処かの神衛ではないかと予想している」

 それを聞いてフォスターは疑問を感じた。

「え? ちょっと待ってください。あいつ……ザイスは神衛に指示を出している立場だったと思うんですけど」
「我々もそう聞いている。聞いているが、そうではないかというただの推測だ」
「嫉妬や逆恨みをした神衛が殺した可能性もあるしね。ただ、ここの診療所にかかっていた現役の神衛はいなかった。まあ面識が無くても一方的に負の感情を持つ自分勝手な人間もいるし、剣を何処かから手に入れただけかもしれない。はっきりしたことは言えないよ」

 ただの推理、推測、予想である。事実ではない。その場は納得し、次の情報を聞く態勢をとる。

「殺された場所はここの裏の道だ。薄暗い時間に路地での犯行だったため目撃情報は無い」
「叫び声を聞いてザイステルが駆け付けたらしい。懸命に処置をしたがもう遅かったと調書が残っている。しかし……」
「しかし?」

 言い淀んだレーヴェに続きを促す。

「神衛が現場に到着して話を聞いた後、遺体を自宅へ運んだ翌日から足取りが掴めなくなった」
「遺体共々行方不明になったんだ。神衛が駆けつけたのは夜だったし、本人が混乱と憔悴していたこともあって詳しくは次の日聞きに行くことになっていた」
「で、次の日にはいなくなっていたんだ」
「探したんだが目撃情報も無く行方不明のままだった。……まさか指名手配犯になるとはな」

 ヴィダが少し考えるように息を軽く吐いてから続けて話し出した。

「……実は以前から似たような事件が起きていたんだが、それ以降は無くなったんだ」
「え? まさか、それも操られた神衛だと?」
「わからない。わからないが、もし、何か目的があって殺していたのだとしたら。事件が起こらなくなったということは、何かの目的を達成したことになる」
「ザイステルが猟奇犯罪者で、自分の大事な人間を殺すことで彼なりの美学を達成したって可能性もあるよ」
「まあ、そういう奴は何を考えているのかわからないしな」
「……」

 今の話もただの憶測にすぎない。それよりも事実を確認しておきたい。

「ザイスは税金を支払っていたんですよね?」
「そうらしいな。その時は指名手配でも無かったし、身内がいなかったから捜索願も出ていなくて報告も上がって来なかったみたいだ」
「大体一年前だ。その時窓口担当だった係員に誰が支払いに来たのか聴取したが流石に覚えていなかったよ」
「来月が命の月で支払い月だから、あと一、二週間くらいしたら来るかもしれないぞ」
「来ないと思いますけどね……」

 それまで黙っていたビスタークが呟く。

『嫁の遺体と共に行方不明、か……』
「……」

 ビスタークは自分の経験から推測を立てていた。フォスターもその記憶を見ていることもあり、父親と同じ推測を立てていたが何も言わなかった。



 二階でも人が隠れられそうな場所は全て調べたが、やはり誰もいなかった。

「リューナ。何かいるようなこと言ってたけど、どうだ? まだ何か感じるか?」
「え? う、うーん……。でも、気のせいかもしれないし……」
「リューナは俺たちより感覚が優れてるみたいだから、ちょっとでも気になったら言ってみてくれ」
「私でも役に立てるかな?」
「いつも助かってるよ。前も悪霊がどこにいるかってリューナだけがわかっただろ? 頼りにしてる」
「ほんと? えへへ。嬉しいな」

 視力が無く、自分の存在価値を疑問に感じているリューナにとって、頼られるというのは嬉しいことなのだ。笑みがこぼれている。

「じゃあやってみる。……静かにしてもらっていいですか」

 表情が明るくなりやる気に満ちている。リューナは目を閉じて集中し始めた。目が見えないのに目を閉じて意味があるのかとも思うが、本人がそうしているのならそのほうが感覚を研ぎ澄ませやすいのだろう。

「下……」

 リューナが呟いた。

「一階は調べたけどなあ」
「外を一回りしてみるか」
「まあとにかく下に行ってみよう」

 再度一階を見て回るが、やはり誰もいない。

「何もないな」
「私は外を見てくる」

 レーヴェが診療所の周りを見に行こうとすると、リューナがフォスターの袖を引っ張った。

「あのね、もっと下な気がするの……」
「え? この下?」
「地下があるってことか?」
「地下なんてある?」
「階段が隠されてるのかもしれない。探すぞ!」

 皆で床板を調べたが、それらしき入口は見つからない。

『おい。廊下を調べろ』
「廊下?」
『廊下の本棚だ。あんなところに本棚があるのおかしいだろ』

 神衛兵二人にビスタークの言葉を伝える。この二人にはビスタークのことも伝えてある。

「本が好きな友人がいるけど、廊下に本棚は普通に置いてあったぞ」
「まあまあ。調べてみる価値はある。特にあの階段のところ」

 二階から降りてくる階段の降りきった正面に本棚が置いてある。天井より少し低い程度の高さのものだ。

『これは不自然だろ』
「でもこんな目一杯本が入ってたら簡単に動かせないと思うけど」
「動かすのか、これを……。はあ。一人じゃ無理そうだから手伝ってもらえるか?」
「あ、やるんですね……。じゃあ、俺が持ち上げますから、俺ごと引っ張ってもらえますか」
「? どういう意味だ?」

 フォスターは出していた剣を格納石ストライトにしまう。そして普段は服の中に隠している反力石リーペイトのペンダントを取り出し、本棚を抱えると同時に石を手に挟んだ。本棚ごと身体が少し浮いた。

「そんな使い方があるのか……」
「でも移動は出来ないので荷運びには使えないんですよね」
「じゃあ引っ張るよ」

 ヴィダがフォスターを移動させたところでレーヴェが驚きの声を上げた。

「階段だ……」
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