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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
196 薬
 あれからカイルはどんどん回復していった。先日の帰り際に眠ったときは、ビスタークの過去で見た母レリアの死に際がフォスターの頭をよぎったが、別に何の問題も起こらなかった。

「普通に『薬』としてじゃなく、お菓子に混ぜてあって量が少なかったから回復が早いんじゃないか……な?」

 カイルの急な回復具合にセレインは首を傾げていた。他の医者もそうだったらしい。

「まあ、普通の量を菓子に入れたら味が変になるだろうし、量としては少なかったんじゃないか、な……?」

 思案顔でテレクエルが呟いた。何か腑に落ちない様子だ。

「なんでもいーよー。とにかく回復したなら良かったって喜べばいーよ!」
「ただ、まだ完全じゃないからね。ずっと横になってたから体力も落ちてるし、とても疲れやすくなってるみたい」

 能天気なファイスールにセレインが釘を差した。

「いつもお見舞いに行ってるけど、それは大丈夫だよね?」
「うん。暇でしょうがないみたいだから、ずっと一緒にいてもいいよ」
「それは警備的に怖いかな……。普通の人も出入りするでしょ? 病院って」
「警備はいるけど、怖いならしょうがないか」

 リューナにそう言われ、セレインは肩をすくめた。

「まあ毎日お見舞い行ってるもんね。カイル、喜んでたよ」
「うん、良かったー。どうなっちゃうのか本当に心配だったもん」
「リューナが食べさせてあげたのが良かったんじゃないかな。あれで元気になったし」

 愛の力だなあ、とセレインは思ったが言葉にするのはやめておいた。カイルの片想いを応援したい気持ちはあるものの、リューナの気持ちはそうでもないようなので黙って成り行きを見守るつもりだ。

「あの、退院はいつごろになりそうです?」

 フォスターが聞いた。宿を解約してしまったので退院するならその辺の手続きもしてやらないとならない。

「んー、あとは体力の回復具合、ってところなんだけどね……」
「?」
「中毒症状の回復が早かったから、どうしてそうなったのか、先生方が精密検査するって言ってて……」

 どうやらカイルは貴重なサンプルになったらしい。

『ははは! あいつが研究対象になったわけだ! 自分を弄ばれる気持ちを身を持って味わえ!』

 最近大人しかったビスタークがフォスターにしか聞こえない大声で爆笑している。自分を実験道具にされたことでかなり恨んでいるらしい。フォスターはため息をついただけで相手にするのは面倒だったため無視した。リューナがその息遣いで察したのか別の話を振ってきた。

「そういえば、フォスター。今日は訓練場じゃなかったよね。また海に行ってたの?」
「ん、ああ。でも泳いでないよ。今日は弓の訓練だった」
「弓? 私、それ聞いたことはあるけど、よくわかんないんだよね」
「うちの町では見たことないもんね」
「ふーん? 飛翔神の町リフェイオスでは鳥を射ったりしないのー?」
「空中に飛び上がって石投げたりしてる」
「ああ、そうか。そっちは飛べるのが普通なのか」
「あとは神衛かのえの剣が風圧を飛ばせるからそれで追い払ってたかな。うちの町はしばらく神衛がいなかったから、父さんや兄さんたちが頼まれてやってた」

 セレインが双子に話している間にフォスターがリューナに弓のことを説明する。

「弓っていうのはな、弦……えっと、すごくピンと張ってある紐みたいなやつを引っ張って棒を飛ばす道具ってとこかな。触らせればわかると思うけど、危ないから持ち込めないし」
「ふーん。それの訓練?」
「そう。船に向かって射つ訓練」
「上手く出来たの?」
「……全然。弦が持ち手の左腕を擦って痛かっただけ」
『情けねえな』
「そういう親父は上手かったのかよ」
『……まあな』

 嘘である。過去で見た限り下手ではなかったが特に上手くもなかった。フォスターはそれを指摘したかったが過去を観たことは秘密にしているため突っ込めなかった。

「怪我したの? ちょっと見せて」

 セレインがこちらの会話に割り込んできた。

「教わった通り、擦過傷と内出血だね。弓を扱う初心者がよくやる怪我だって聞いた」

 セレインは勝手にフォスターの腕まくりをして患部を確認した。手持ちの鞄から洗浄石クレアイトを出して傷を撫でて清潔にした後、薬を塗りつけた紙を患部の上から乗せ包帯を巻いていく。左腕にひんやりとした感覚がする。

「正しい姿勢でやらないとこうなるらしいよ。頑張りなさい」
「……ありがとうごさいます」

 終始姉のような態度で手当てをされた。そのやりとりを聞いてリューナの表情が曇る。

「私が手当てしてあげたかったな……」
「リューナは本当にお兄ちゃんっ子ねー。じゃあ、また怪我とか風邪ひいたときのために手当ての仕方を教えてあげる。カイルのお見舞い来たときとか部屋に帰ってからとかでいいかな?」
「うん!」

 リューナに笑顔が戻った。こちらにも姉のような態度である。

「もう風邪はひいた後だけどな」
「そうだね。もっと前に教えてもらっておけば、そのとき役に立てたのにね」
「風邪ひいてたの?」
「ここに来る船の中で高熱出しちゃって」
「もういいの?」
「出航してすぐだったんで、もう大丈夫ですよ」
「船の中だと何も出来ないし大変だったでしょ」
「でも薬をもらったんで、そのおかげか熱はすぐ下がったんですよね。まあそれでも咳は続きましたけど」

 ふと、思い出したことが口から出た。

「そういやあの薬、結局誰がくれたのかわからなかったんだよな」
「え。そんな怪しいものを飲んだの?」
「怪しいですかね……。水差しと一緒に『風邪薬です』って書かれて置いてあったから、船員が置いたんだと思ったんですが」
「まあ何ともなさそうだしちゃんとしたものだったんだろうけど……そういうのは確認してから飲みなさい」

 テレクエルが口を挟む。

「どんな薬だった?」
「普通の粉薬です。小さい紙に包んであって」
「色は?」
「熱でふらふらしてたからあまりはっきり覚えてないけど……色がついてたら印象に残ったと思うんで、白っぽかったんじゃないかな」
「……どう思う?」

 テレクエルがセレインに話を振った。

「『例の薬』じゃないかってことでしょ? いや、流石に無いでしょ。だったら中毒症状が出てるはずだし」
「うーん……まあ、そうだよね……」
「何か気になるのー?」

 ファイスールが首を傾げる。

「いや……。それより、無事だったから良かったけど、確認できないものを口に入れないようにしなよ。カイルに『薬』入りのクッキー売った商人が同じ船に乗ってたんなら、『薬』を枕元に置くくらい出来たかもしれないんだから」
「そうよ。本当に気を付けて」
「はい……」

 フォスターは反省したものの、テレクエルの考え込む様子が気になった。ファイスールも同じようで首を少し傾げたままだった。

「リューナも気をつけなよ」
「うん。でもフォスターが見張ってくれてるから大丈夫だよ」
「そのフォスターがこんなだから言ってるの。口に入れるものはちゃんとしたお店のだけにしなさいね」
「はあい」

 セレインはリューナが神の子だと知らないので当然の心配だった。そのリューナが思い出したように質問する。

「そういえば、あのクッキー売ってきた商人って捕まったのかな?」
「捕まったわよ。今、中毒でここに入院してる」
「後ろに誰がいるか、とかわからないんでしょうか」
「まだー。調べてる最中みたいだよー」
「『薬』を没収されて発狂してたらしいからね。当分詳しい話は聞けないと思うよ」
「むしろ『薬』を与えたほうが喋るんじゃないー?」
「それは医療的にダメ」

 戯けてそう言ったファイスールにセレインが冷ややかにダメ出しした。

「あ、医者の家に行く日は決まったー?」

 セレインの冷たい態度をものともせずファイスールはフォスターに訊く。

「あ、うん。明後日行くことになった」
「結構待たされたねー」
「まあしょうがないよな。向こうも予定があるんだろうし」
「僕も行ってみたかったなー」
「リジェンダさんと似たようなこと言うね……」

 テレクエルはそうでもないがファイスールは母親に性格が似ているなと思った。
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