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作者: 犬物語
メシ抜き + 時間切れ = モームリ
せめて苦しまないように
「グレース避けろ!」

「わかってるよ!」

 くそぅ、こいつ意外と素早いな。さっきから決定打を撃てずに膠着してる。

(けど意外といいパーティーかも)

 あんずちゃんがタンクになって相手の気を引き付ける間、わたしが背後にまわりスキを見て攻撃を仕掛ける。

 ブッちゃんは戦い自体が好きじゃなさそう。ただ大物相手だとそうも言ってらんないみたいで、基本はあんずちゃんといっしょにタンク寄りの動きをしてくれる。

 言うて彼の本業は僧侶だ。ほどよく距離を保ちつつあんずちゃんの補助役として機能してる。ほら今だって。

「スキル、障壁しょうへき

 あんずちゃんの周囲に見えない壁が構築された。何度も攻撃を受けつつ、あんずちゃんがケガを負ってない理由がここにある。

 あれが防護壁の役割を成し、手痛い攻撃を受けたときのクッション役となる。

(一定量のダメージを受けると破壊されるみたいだね。それはそれとして、はやくトドメ刺さないと)

 ワニさんが叩きつけ攻撃から横薙ぎのふっとばし攻撃にシフトしてる。防護壁はダメージをゼロにできるわけじゃないし、ガードごと薙ぎ払われたら意味がないことに気づいたんだ。

「くぅ! こんな拮抗状態いつまでも続けられませんわ!」

「あんず、待て!」

 ブッちゃんの静止も聞かず、ガマンできないあんずちゃんが有効打を狙って前へ踏み出した。

 モンスターの間合いに入った。

 ワニのアゴが歪む。絶好のチャンスを見て、歓喜に牙を見せたのだ。

(ヤバッ!)

 おじさんの言葉を思い出す。状況が拮抗した時こそガマンの時だと。相手だって焦りがあるし、その状況に耐えきれず勇み足になったほうが狩られるんだと。

 ワニの怒号。それは、ようやく獲物を仕留められるチャンスが巡ってきたことに対する執念。

「あんずちゃん!」

 ワニの拳が真横から入る。完全な間合いに入った、最も力が入る間合いで腕を振るう。

「ああッ!!」

 あんずちゃんはそれを真っ向から受け止め、弾き飛ばされ、防壁を破壊され、木に叩きつけられた。

「ぁ――」

 モンスターがトドメの演出に入った。拳を握り込み上から叩きつける図。

(まずい、狩られる!!)

 その瞬間、わたしはその言葉を発した。

「スキル、変身トランスファー

 閃光。そして身体の変化を感じる。

 身体がモフモフしてくる。すべての感覚が敏感になって遠くの音まで聞こえる。っていうか耳がうえ・・になる。

「あんずちゃん!」

 わたしは木の上から跳び出した。

 狙いは――この角度ではワニの首を分断するよりあんずちゃんを救出したほうが疾い。一瞬の判断で軌道を変え、木にもたれかかる騎士の身体に密着し、抱き寄せ、そのまま突き抜けた。

 ドォン! 轟音と土煙のなか、モンスターは拳の先にいるはずの人間がいないことい気づき、返り血を浴びてない手を凝視した。

「へーき?」

「あ、あなたは」

「えへへ……このカッコちょっち疲れるけど、そうも言ってらんないよね」

(じゃあ、終わらせますか)

「ブッちゃん、回復してあげて」

「う、うむ」

 戸惑うふたりに背を向け、わたしはモンスターと対峙した。

 弱肉強食。その世界で生きてきたヤツは、自ら食糧を求めて狩りをし、自分の手で仕留められる獲物を胃袋に詰め込んできた。

 だからこそ、目の前にいるヤツが敵か味方か、狩る側か狩られる側かの感覚に鋭い。

 目の前にいるそれは――目を大きく見開き震えていた。

(っふふ、わかる?)

 いまのキミは狩られる側なんだよ?

 両者が動く。方やすべての力を前へ進むことだけに集中して、もう片方は身体を翻し逃げるために。

 どっちのほうが疾いかなんてわかりきってる。そのまま逃がしてしまってもいいけど、残念ながらこれはおしごとなのだ。

 人間にとっての脅威を排除する。キミをほっとけば、たぶんこれからもたくさんの人間が襲われるだろう。だから――。

「ごめんね」

 せめて苦しまないように。

 わたしは手持ちの中でいちばん長い短刀を握りしめ、逆手に持ち、生命をつなぐ最も重要な部分に刃を食い込ませた。





「んもー、間に合わなかったじゃん!」

 完全に閉じられた門の手前で、わたしは失望感マックスの悲しい悲鳴をあげた。

 見上げた空にポツポツ光るものを見る。それらのまたたきがこっちをバカにしてるように感じる。

「そんな……どうすれば良いですの?」

「仕方ない。適当に場所をとって野宿しよう」

 ブッちゃんが振り返る。フラーは壁に囲われた街であり、その門扉は夜間閉鎖される。

 それを知ってる商人たちは基本昼間に移動を行うけど、それを知らぬ旅人などが夜間に到着するとどうしても入ることができず、いつの間にかフラー周辺には夜の間だけ寝泊まりできるようなテントがぽつぽつ置かれるようになった。

 最も人気なのは北方。門まですこし歩くけど、崖上に壮大なストッケート城を見上げるゼイタクな立地だ。

 フラーは平原にあった小高い山に砦をつくり、そこから発展して街ができた。つまりストッケート城の背後は崖になっており、その下部は天然の雨除けとして野宿勢からの人気が高い。

「火の魔法を使える魔術師を探してくる。ふたりはこのあたりで待っていてくれ」

 この地方は年間通して温暖な気候らしい。これから暑くなっていく時期でも夜間は冷える。これまで旅をしてきた経験から、わたしは火の魔法を使える人の助けが必要だなと思ってた矢先にブッちゃんのクリティカルな言葉である。

 ありがてー。

「おっけー。じゃあこっちはあんずちゃんとお夕飯の確保してくる」

 ほんとは野生動物仕留めて連れて帰りたかったんだけどね。みんなマモノみたいに黒い影になっちゃったし時間がないからって急ぎ足で帰ってきたからお腹ぺこぺこなんですの。

「おゆうはん? それはドコにありますの?」

「テント」

「どの?」

「わかんない。たぶんアレじゃね?」

 いちばん大きくて目立つテントを指さした。よく見れば人が器を持って並んでるのがわかる。

「ついでに寝袋もあるか聞いてみよ」

 目標に向かい歩く。あんずちゃんも渋々後についてきて、どこからか支給されたらしい木の器を手に取り列に並んだ。

「みなさん、夜までに間に合わかなった方たちですの?」

 適当な石段に腰を落とし、わたしたちはブッちゃんの帰りを待つ。そんな中、あんずちゃんが当たりを見渡しそんなことをつぶやいたのだ。

「みたいだねー。オジサンから聞いた話だと、フラーは貿易の拠点でもあるんだって。どういう意味なんだろ」

 まあそれはそれとして食欲を満たそう。器に満たしてもらったスープを両手に持つ。ほんのりと暖かさが伝わりほっとした気持ちになる。

 ちゃんと彼のぶんも用意してますよ。まあ、遅かったらもれなくわたしの胃袋におさまるのですけどね。

「いっただっきまーぁ」

 スープを眺めてると舌を出したい衝動にかられるが、そこはガマンして唇を突き出しチューチューした。

 うめえ。

「グレースさん、ちょっと下品ですわよ」

「ん、そう?」

「ああ、下品だ」

「うわっ!」

 側面からしっぶーい声が響き、わたしは手にとった器を落としそうになった。

「んもー、驚かさないでよー」

「ああ、すまん」

 わたしはそびえ立つ黒い壁に向かって叫んだ。ブッちゃんは仏頂面だ。

(仏っちゃんだけに)

「ぶふぅ」

「なぜ笑う?」

「なんでも」

「グレースさん、さっきから下品ですわ」

「みんなひどくない?」

 せめて野性的と言ってよ。

「さっきから何くだらない話してるの」

 ブッちゃん並にぶすっとした声が響いた。ただしその主は女性。頭の上から出てそうな高音である。

「え?」

 聞き覚えのある声だ。それは黒壁のうしろから響いており、そちらを覗き込むと、そこにはひとりの少女が立っていた。

 魔法学校の生徒ですよ、みたいな衣装。とってもツンツンとした表情をしており、髪の毛はくろ、ううん白い?

 陽の光が隠れる夜の静寂にあって、彼女の髪は金色に見え、闇と対照的な白にも見える。ウェーブがかったそれは首もとまで伸び肩は隠れない。

 あんずちゃんよりなお小さく、ブッちゃんと並んで立つせいでパパと娘のような身長差だ。いやでも、まっくろのパパにまっしろの娘ってあり得るん?

 それでいてオトナの風格を漂わせるその姿は、確かにわたしの記憶のなかに存在して、えーっとだれだっけ?

(……あ)

「ドロシーちゃん?」

「あら」

 手探り辿っていく記憶の果てに引き当てたワード。その言葉を聞いて、そこにいた少女は意外そうな顔でこちらに目を見開いた。

「覚えてたのね。いかにも頭悪そうな顔してるのに」

(……あ?)

 オイなんだこのアマぁあたいにケンカ売ってんのか?
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