ファーコートと団長
にんげんは仕事がなきゃ野垂れ死ぬのです
「ボクはダッシュ。よろしくね」
こちらが必要事項を記述しているなか、彼はやたらフレンドリーな笑顔で接してくる。
悪意なし、敵意なし、そんでもって殺意なし。開いてるのか閉じてるのかわからんおめめと柔和な笑顔。
間違いなくいい人なんだけど、それでもどっか心を前に踏み出せないような雰囲気がある。それはなぜだろう?
(十中八九アレのせいだ)
なんだあのファーコートは。
「ああこれ? なんか好きなんだ」
服装はどこにでもいそうなフツーの冒険者風味なんだ。軽装で、茶色いズボンに革のベルト、青いシャツ。それだけならほんとフツー。
が、あのファーコートのせいでどこぞのヤーさん風味、しかもその親玉っていうかいろんな人から「オヤジィ!」って頭下げられてそうな雰囲気を生み出してる。
「これでよろしいですの?」
暑いだろうに、書き込みを終えた後わざわざ甲冑をつけ直したとなりの女子がしゃべる。まあ持ち運ぶったってかさばるからね、甲冑。
「どれどれ……うん、問題ないね」
提出された書面に目を通しているとき、彼の頭部が動いてよりじっくり観察できるようになった。
ふわっとしたロングヘアーだ。やや青みがかった灰色で、よく見てみると後頭部でお団子にしてる気の使いようである。
身長は大きい。この点も、この人が油断ならぬ相手だと頭のなかのだれかが言ってる根拠のひとつである。
オキニらしいファーコートがどこぞの組織のボス感マシマシ。それが彼が受け付けでありながら、うちの女騎士ちゃんが団長と勘違いした所以だ。
(ってかほんとに見てるぅ?)
糸目キャラは普段どうやって世界を見ているのだろうか?
ダッシュと名乗った異世界人は、ブッちゃんに入団の意思を尋ねなかった。彼が今までどう旅団と付き合ってたのかは知らないけど、たぶんわたしたちにしたように初心者に助け舟を出しつつ、異世界人をこっちに誘導するような役割を担っているのかもしれない。
「あとはこれをギルドに届けて受理してもらえば、晴れてきみたちはコンクルージョンの一員だ」
「それが旅団の名前ですの」
「こんく、るじょってなに?」
「コンクルージョン。熟考や議論の末に導かれた結論のことだ」
首をかしげるかわいい少女のためシブデカ僧侶が解説モードに入りました。
「異世界人のコミュニティをつなぎつつ、ウチらがなぜこの世界に来なきゃいけなかったのかを探る」
続けて成人を主張するロリ魔術師が口を開く。その調子は淡々としていて興味がなさそうだ。
「そのついで、せっかくだから異世界に放り込まれたときに授けられたスキルを使って仕事して金を稼ごうって魂胆よ」
「あっはは、トゲがあるねドロシー」
それにからかうような笑みを重ねつつ、説明の締めはダッシュが買って出た。
「話すと長くなるからこの場じゃ説明しきれないな」
それから彼は訳知り顔の僧侶に言葉を投げかけた。
「異世界人だけが加入することを許された、異世界人のためのコミュニティ。きみにも加入資格あるんだよ?」
「その理念には共感するが、拙者は異世界人でなくとも船を出し架け橋を渡そう。これからもよき協力者である」
「べつに旅団に入ってもできることなのに……まあいいけど」
ボスっぽいファーコートを翻し、彼はこちらにお団子を見せ、もとあった受け付けの席につく。
(あのお団子、めっちゃ触りたい)
「ダメだよ」
「なぜバレた!?」
「さっきから視線でバレバレ。きみホントにアサシンなの?」
「てへっ」
それみんなに言われてまーす。
「まあいいや。念のため聞くけど途中の依頼ある?」
「ウチに聞かないでよ案内しただけなんだから」
彼は魔法少女に訪ね、少女はツンツントゲを投げ返す。代わりに説明役はヒーラーに見えないフィジカル系僧侶にやってもらう。
「昨日終えたものがある。証拠も含めてこれから報告するつもりだ」
「ならこちらで代行しよう」
「ほぅ、それはかたじけない」
ブッちゃんが思わぬ提案に目を見開き感謝の意を伝えた。
「なぁに、ちょうど手が空いてただけだよ。あ、そうそう」
思わせぶりな視線を室内の一角に向け、彼はその方向を指さした。
「こっちでも独自に仕事を募集してるんだ。ギルドからの委託もあるし民間からの依頼もある」
草むしり、掃除からモンスター退治まで様々だよ。ダッシュは笑顔でそう言った。
(へぇ~めずらっし)
「ギルドを通さず、旅団が直接依頼を受けているのですか?」
こっちが心の中で感心してるとこ、あんずちゃんは別の感想を抱いたらしい。その解説は初心者お助けマンことブッちゃんがしてくれた。
「ふむ。仕事を探す場合、個人で活動するよりギルドを仲介したほうが仕事を頼む側も受ける側も楽だ。なんといっても、それぞれの需要と供給の架け橋になってくれるからな」
「好きでもない仕事より自分に見合った依頼のほうが良いからね。そのヘンでテキトーな仕事を引き受けたら、思ってたのと違ったなんてトラブルに遭いかねないもの」
続けてドロちんが割って入った。なにやら経験者っぽい深みを感じるがはてさて?
「そうなのですか……」
「フラーのような都市はともかく、小規模な町や村などは互いの協力が必要となる。旅人との契約を除き、そこに金や物品のやりとりはほぼ無いと言えるだろう」
頭にインプットできたのかどうか分からぬ反応をしつつ、うちの初心者女騎士はギルドの常識を僧侶に叩き込まれるのだった。
(え? わたしはどうなんだって?)
そりゃあちゃんと知ってましたわよ。これまでの旅路でたくさん経験済みですもの。
「っていうかあんずちゃんだってしてるでしょ? ご近所さんとの協力」
新しいおうちは共用シャワーを使う。当然他人が使ってたら使用不可だし、たまに食べ物をごちそうしてもらったり、その代わりにお部屋に住み着いた虫さんを追い払ったり、まあいろいろ助け合ってる。
同じ建物のなかに住んでるってだけで、究極的には他人だ。たまにあいさつをするだけで、その人の素性や暮らしなんて知らない。でも互いに協力して生きている。
そんなおもしろい距離感が、あのひとつの建物の中で営まれてるんだ。
「協力でなくしごととするなら、そこにギルドの介入余地がある。そもそも、仕事内容を相手に提示し金額やその間の待遇交渉など面倒の極みでしかないからな」
「ただ仕事を頼んで受ければよろしいのではなくて?」
「仕事といっても多種多様よ。数日かかるのであればその間寝泊まりや食事の費用も出してくれるのか? とかいろいろあるじゃない」
「は、はあ」
「そういったメンドウ事すべてを仕切ってくれるのがギルド。仕事内容を確認して適当に待遇と費用を決めて手数料と成功手当をもらってくの」
「それでは、やはり直接交渉するほうが費用面でも良いのでは」
その疑問にドロちんはありえない、という顔をした。
「円滑に物事が終わるのならね。でも、仕事が失敗したら? 必要最低限の草むしりを依頼したのに自分が育ててた植物すべて伐採されてたらどうする?」
「それは……」
黙り込む甲冑姿の少女に、子どもじみた魔法少女はさらに畳み掛けた。
「逆ギレされて家ごと燃やされたなんて例もあるわ。そういうのを防ぐためにもギルドが必要なのよ」
「そうなのですか」
「っていうかそんなことも知らなかったの?」
「うぅぅ」
(あーダメージでかそう)
僧侶と魔法使い、交互からの授業にあんずちゃんの頭がいっぱいいっぱいだわこれ。
脳みそ的にも精神的にもデンジャラス。んじゃそろそろ助け舟出しますか。
「まあまあドロちん落ち着いて」
「あぁーもうそのドロちんってのやめてよね」
「っはは、詳しい解説ありがとう」
会話にひと区切りついたところでダッシュがいち枚の紙を持ってきた。そこにはいくつかの仕事紹介が記されている。
「仕事内容はギルドととくに違いはないんだけど、こっちは信頼で成り立ってる部分もあるからギルドの仕事と同じくらい気合いを入れてやってるんだ」
「ねえねえ、なんでこんなにたくさんの仕事があるの?」
わたしはひとつの疑問を投げかけた。ドロちんが教えてた要素もそうだけど、旅団として独立した依頼受諾なんてそうそうできることじゃない。
それこそ信頼があって、ウデもあって、なおかつこれらの仕事を回すだけの人材もあるはず。
「んん、旅団が旅団になる前の話だ」
彼はそんな意図を察してか、とても組織のボスとは思えない爽やかな笑顔を見せた。いやボスじゃないけど。
「うちの団長がもの好きでね。フラーやその周辺で好き勝手やってるうちに評判が伝わって依頼が殺到。しかたないから異世界人のツテでこなしてた結果、旅団をつくることになったんだ」
「なにソレ、さっきのコンクルージョンの話とちがうじゃない」
「何事にもストーリーは必要だよ」
ロリっ子魔女のツッコミに降参した笑みを浮かべるファーコート。そこでグレースちゃん新たな疑問が浮かびましたよ。
「団長ってどこ?」
「そこ」
言って、ダッシュはテーブルの一角を指さした。
さっきまで誰もいなかったそこに、今はイスに座ってくつろぎカップを口元へ運んでいる少女がいた。
(あれ、あの人)
見覚えのある顔だった。
こちらが必要事項を記述しているなか、彼はやたらフレンドリーな笑顔で接してくる。
悪意なし、敵意なし、そんでもって殺意なし。開いてるのか閉じてるのかわからんおめめと柔和な笑顔。
間違いなくいい人なんだけど、それでもどっか心を前に踏み出せないような雰囲気がある。それはなぜだろう?
(十中八九アレのせいだ)
なんだあのファーコートは。
「ああこれ? なんか好きなんだ」
服装はどこにでもいそうなフツーの冒険者風味なんだ。軽装で、茶色いズボンに革のベルト、青いシャツ。それだけならほんとフツー。
が、あのファーコートのせいでどこぞのヤーさん風味、しかもその親玉っていうかいろんな人から「オヤジィ!」って頭下げられてそうな雰囲気を生み出してる。
「これでよろしいですの?」
暑いだろうに、書き込みを終えた後わざわざ甲冑をつけ直したとなりの女子がしゃべる。まあ持ち運ぶったってかさばるからね、甲冑。
「どれどれ……うん、問題ないね」
提出された書面に目を通しているとき、彼の頭部が動いてよりじっくり観察できるようになった。
ふわっとしたロングヘアーだ。やや青みがかった灰色で、よく見てみると後頭部でお団子にしてる気の使いようである。
身長は大きい。この点も、この人が油断ならぬ相手だと頭のなかのだれかが言ってる根拠のひとつである。
オキニらしいファーコートがどこぞの組織のボス感マシマシ。それが彼が受け付けでありながら、うちの女騎士ちゃんが団長と勘違いした所以だ。
(ってかほんとに見てるぅ?)
糸目キャラは普段どうやって世界を見ているのだろうか?
ダッシュと名乗った異世界人は、ブッちゃんに入団の意思を尋ねなかった。彼が今までどう旅団と付き合ってたのかは知らないけど、たぶんわたしたちにしたように初心者に助け舟を出しつつ、異世界人をこっちに誘導するような役割を担っているのかもしれない。
「あとはこれをギルドに届けて受理してもらえば、晴れてきみたちはコンクルージョンの一員だ」
「それが旅団の名前ですの」
「こんく、るじょってなに?」
「コンクルージョン。熟考や議論の末に導かれた結論のことだ」
首をかしげるかわいい少女のためシブデカ僧侶が解説モードに入りました。
「異世界人のコミュニティをつなぎつつ、ウチらがなぜこの世界に来なきゃいけなかったのかを探る」
続けて成人を主張するロリ魔術師が口を開く。その調子は淡々としていて興味がなさそうだ。
「そのついで、せっかくだから異世界に放り込まれたときに授けられたスキルを使って仕事して金を稼ごうって魂胆よ」
「あっはは、トゲがあるねドロシー」
それにからかうような笑みを重ねつつ、説明の締めはダッシュが買って出た。
「話すと長くなるからこの場じゃ説明しきれないな」
それから彼は訳知り顔の僧侶に言葉を投げかけた。
「異世界人だけが加入することを許された、異世界人のためのコミュニティ。きみにも加入資格あるんだよ?」
「その理念には共感するが、拙者は異世界人でなくとも船を出し架け橋を渡そう。これからもよき協力者である」
「べつに旅団に入ってもできることなのに……まあいいけど」
ボスっぽいファーコートを翻し、彼はこちらにお団子を見せ、もとあった受け付けの席につく。
(あのお団子、めっちゃ触りたい)
「ダメだよ」
「なぜバレた!?」
「さっきから視線でバレバレ。きみホントにアサシンなの?」
「てへっ」
それみんなに言われてまーす。
「まあいいや。念のため聞くけど途中の依頼ある?」
「ウチに聞かないでよ案内しただけなんだから」
彼は魔法少女に訪ね、少女はツンツントゲを投げ返す。代わりに説明役はヒーラーに見えないフィジカル系僧侶にやってもらう。
「昨日終えたものがある。証拠も含めてこれから報告するつもりだ」
「ならこちらで代行しよう」
「ほぅ、それはかたじけない」
ブッちゃんが思わぬ提案に目を見開き感謝の意を伝えた。
「なぁに、ちょうど手が空いてただけだよ。あ、そうそう」
思わせぶりな視線を室内の一角に向け、彼はその方向を指さした。
「こっちでも独自に仕事を募集してるんだ。ギルドからの委託もあるし民間からの依頼もある」
草むしり、掃除からモンスター退治まで様々だよ。ダッシュは笑顔でそう言った。
(へぇ~めずらっし)
「ギルドを通さず、旅団が直接依頼を受けているのですか?」
こっちが心の中で感心してるとこ、あんずちゃんは別の感想を抱いたらしい。その解説は初心者お助けマンことブッちゃんがしてくれた。
「ふむ。仕事を探す場合、個人で活動するよりギルドを仲介したほうが仕事を頼む側も受ける側も楽だ。なんといっても、それぞれの需要と供給の架け橋になってくれるからな」
「好きでもない仕事より自分に見合った依頼のほうが良いからね。そのヘンでテキトーな仕事を引き受けたら、思ってたのと違ったなんてトラブルに遭いかねないもの」
続けてドロちんが割って入った。なにやら経験者っぽい深みを感じるがはてさて?
「そうなのですか……」
「フラーのような都市はともかく、小規模な町や村などは互いの協力が必要となる。旅人との契約を除き、そこに金や物品のやりとりはほぼ無いと言えるだろう」
頭にインプットできたのかどうか分からぬ反応をしつつ、うちの初心者女騎士はギルドの常識を僧侶に叩き込まれるのだった。
(え? わたしはどうなんだって?)
そりゃあちゃんと知ってましたわよ。これまでの旅路でたくさん経験済みですもの。
「っていうかあんずちゃんだってしてるでしょ? ご近所さんとの協力」
新しいおうちは共用シャワーを使う。当然他人が使ってたら使用不可だし、たまに食べ物をごちそうしてもらったり、その代わりにお部屋に住み着いた虫さんを追い払ったり、まあいろいろ助け合ってる。
同じ建物のなかに住んでるってだけで、究極的には他人だ。たまにあいさつをするだけで、その人の素性や暮らしなんて知らない。でも互いに協力して生きている。
そんなおもしろい距離感が、あのひとつの建物の中で営まれてるんだ。
「協力でなくしごととするなら、そこにギルドの介入余地がある。そもそも、仕事内容を相手に提示し金額やその間の待遇交渉など面倒の極みでしかないからな」
「ただ仕事を頼んで受ければよろしいのではなくて?」
「仕事といっても多種多様よ。数日かかるのであればその間寝泊まりや食事の費用も出してくれるのか? とかいろいろあるじゃない」
「は、はあ」
「そういったメンドウ事すべてを仕切ってくれるのがギルド。仕事内容を確認して適当に待遇と費用を決めて手数料と成功手当をもらってくの」
「それでは、やはり直接交渉するほうが費用面でも良いのでは」
その疑問にドロちんはありえない、という顔をした。
「円滑に物事が終わるのならね。でも、仕事が失敗したら? 必要最低限の草むしりを依頼したのに自分が育ててた植物すべて伐採されてたらどうする?」
「それは……」
黙り込む甲冑姿の少女に、子どもじみた魔法少女はさらに畳み掛けた。
「逆ギレされて家ごと燃やされたなんて例もあるわ。そういうのを防ぐためにもギルドが必要なのよ」
「そうなのですか」
「っていうかそんなことも知らなかったの?」
「うぅぅ」
(あーダメージでかそう)
僧侶と魔法使い、交互からの授業にあんずちゃんの頭がいっぱいいっぱいだわこれ。
脳みそ的にも精神的にもデンジャラス。んじゃそろそろ助け舟出しますか。
「まあまあドロちん落ち着いて」
「あぁーもうそのドロちんってのやめてよね」
「っはは、詳しい解説ありがとう」
会話にひと区切りついたところでダッシュがいち枚の紙を持ってきた。そこにはいくつかの仕事紹介が記されている。
「仕事内容はギルドととくに違いはないんだけど、こっちは信頼で成り立ってる部分もあるからギルドの仕事と同じくらい気合いを入れてやってるんだ」
「ねえねえ、なんでこんなにたくさんの仕事があるの?」
わたしはひとつの疑問を投げかけた。ドロちんが教えてた要素もそうだけど、旅団として独立した依頼受諾なんてそうそうできることじゃない。
それこそ信頼があって、ウデもあって、なおかつこれらの仕事を回すだけの人材もあるはず。
「んん、旅団が旅団になる前の話だ」
彼はそんな意図を察してか、とても組織のボスとは思えない爽やかな笑顔を見せた。いやボスじゃないけど。
「うちの団長がもの好きでね。フラーやその周辺で好き勝手やってるうちに評判が伝わって依頼が殺到。しかたないから異世界人のツテでこなしてた結果、旅団をつくることになったんだ」
「なにソレ、さっきのコンクルージョンの話とちがうじゃない」
「何事にもストーリーは必要だよ」
ロリっ子魔女のツッコミに降参した笑みを浮かべるファーコート。そこでグレースちゃん新たな疑問が浮かびましたよ。
「団長ってどこ?」
「そこ」
言って、ダッシュはテーブルの一角を指さした。
さっきまで誰もいなかったそこに、今はイスに座ってくつろぎカップを口元へ運んでいる少女がいた。
(あれ、あの人)
見覚えのある顔だった。