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作者: 犬物語
バグとチートはちがう
仕様の不備をつくプレイ、だいすきです
 声はそっちまで届いてたはず。だけど、その女性はテーブルに身を寄せカップの中身を口に含んだまま澄ました顔をしていた。

 こちらからは横向きに見える。その横顔は確かにあの時の、あの女性の横顔と一致した。

(ひとつ目の怪獣をやっつけたあの人だ)

 えーっと名前は……なんだったっけ?

「いつも神出鬼没。だから団長に用があるときは、ボクがいちど受け付けるんだ」

 誇らしそうに胸に手を当てる。そして、思わせぶりに団長へ近づき声を投げかけた。

「新米さんだよ」

 自分の旅団の受け付けさんに声かけてもらってるというのにガン無視である。それでもめげすに言葉を続けるダッシュ。んーにゃ、たぶんアレが団長のスタイルなんだろう。

「フラーにふらりとやってきた旅人たち。その正体はかの勇者チャールズと共に修羅場を駆け巡った歴戦の勇士ってところかな」

(ほぇ?)

 うざったい流し目とギャグっぽいセリフはともかく、わたしは彼が発した言葉に驚き目を見開く。

 自分の名前以外はなーんも情報開示請求されてないはずだ。

「なんで知ってるの?」

 してやったり、的な笑みを見せダッシュはこう続けた。

「旅団の情報網をナメてもらっちゃ困るよ」

「まて、チャールズとはあのチャールズ殿か?」

 この場の容量を最も占有する僧侶も驚きの言葉を出す。ドロちんでさえ意外だと言わんばかりにこっちを見上げてきた。

 オジサンの名を耳にした人、というかこの場にいるすべての人が何かしらの反応を示す。

(あー、そっか)

 ここにいる人はみんな異世界人なんだっけ。

 なんでかわからないけど、異世界人はみんな耳や鼻が効くらしい。わたしもそうだしスプリットくん、ビーちゃん、サっちゃんにグウェンちゃんもそうだった。

 オジサンが察知できないニオイをみんなが感じて危機を脱した場面もあった。みんな独自のニオイというか気配というか、この世界の住人にないモノを互いに感じているのだ。

「?」

 唯一、オジサンの名前に心当たりナッシングなのは甲冑に身を包んだ女騎士だけだった。

「そう。あの二十年前の英雄。グレースとその愉快な仲間たちは、その伝説から直接戦闘スキルを叩き込まれてきた」

 ウデはフラーでも指折りだろう。シャレっぽく右手の指をすり合わせ、彼は再度団長に向き直った。

「ただ妙な情報もあってね」

「Meow?」

 わたしネコじゃないんですけど?

「アサシンのくせにやたら騒がしいと評判なんだ」

「あー、うん」

 心当たり? ありますがなにか?

「……」

(ん)

 オジサンの名前を耳にして、彼女も興味をもったようだ。カップを置き、重たそうに頭を動かしこちらへ目を向ける。

 あの時とおなじ鋭い目。それは他者を拒絶してるというより、その茶色い瞳で世界全体を観察してるような気がした。

 深く、すべての色を吸収する黒い髪。長く腰まで達しており、頭頂部から額の中央部分だけが白く目を惹きつける。

 テーブルにくつろいでるように見えて、その出で立ちは堂々としてる。この距離感にも関わらず、いまこちらが懐のナイフを抜きその首元に突きつけようとしても、抜けられるどころか容易く反撃されそうな気配され漂っていた。

「ふざけるな」

「え?」

 開口一番叱られたんですけど?

(あ、ちがう)

 視線がこっちじゃない。うしろにいる受け付けさんに向かってる。

「それだけじゃないだろ」

「うーん、なんかワケありっぽいからさ。あまり深く言うべきじゃないかなーって」

 と、ダッシュは周囲に目配せをして遠慮がちな返答をする。また旅団の入口が開かれ、異世界人らしき人物がこのフィールドに足を踏み入れ、こっちの様子に気づき何事かと興味に耳を尖らせていた。

「おまえ、ちょっとこっちこい」

(むむむ?)

 なんとシツレーな!

「わたしはグレースだもん!」

「グレース、こっちこい」

(むっかぁぁぁ)

 これはひとこと言わねばなるまい。そのついでに仲直りとオトモダチひゃくにん計画の礎になってもらうべく、わたしは軽い足取りでそのテーブルに近づいていく。

 あと数歩。手を伸ばせば彼女の居座るテーブルにタッチできる。そんな距離感まで近づいた時だった。

「スナップとキャサリン」

 唐突なことば。

「ッ!」

 落ち着いた様子で、彼女は淡々とその名前を口走ったのだ。

(なんでふたりの名前を)

 キーワードを耳にしてあの情景が浮かぶ。すべてを破壊したドラゴン、その背に乗る猫背白髪の男、緑がかった髪の寡黙な少女。

 彼らが起こした事件の記憶が呼び起こされ、わたしの背中に鋭いモノが走っていく。それを知ってか知らずか、テーブルにヒジをつく彼女は目の色を深めていった。

「アンタはこの世界についてどこ・・まで知ってる?」

 そして、彼女はそんなことを口走って、その指をテーブルに這わせた。

 白く、強く、しなやかな手だった。

「このテーブルはおれが作った」

 言って周囲のテーブルに目を向ける。その視線に誘導されて見渡してみれば、確かに彼女が腰を下ろすそれだけは違った形をしている。

 ほかは円形。対してこれだけは妙な形に角ばっていた。

「これはティーカップだ。中に紅茶が入っていて、それを飲むとおいしい・・・・と感じる」

「……なんの話?」

 すべてがナゾ過ぎる。わたしの本能がアラートを発してる。

 思わず懐に手を入れそうになり、それを堪えつつ、だけど警戒だけは怠らず彼女の双眸を見据えた。

 そうカタくなるな。彼女は視線を外してカップを手に取り、また置いた。

「これをテーブルに置く。カップはテーブルの上に安置されて動くことはない。この世界に地震の概念があれば別だけどな」

「そりゃそうだよ。だってテーブルがあるんだもん」

 何の話をしてるのだろう? 今はひとの心を見通すような視線ではなく、ただ説明口調の穏やかな目で対話を楽しんでるようにも見える。

 って、ダメだグレース。油断ならぬ相手はいつも気の緩みを狙うってオジサンも言ってたじゃん。

「あたりまえじゃん」

「そう、常識だ。そんな常識がこの世界にはある。だけど、常識を詰め込みすぎればこの世界はパンクする。だから、そこに軽量化のための穴を用意する」

 カップを手に取り、こんどはテーブルの隅っこギリギリの位置にそーっと置いた。

「たとえばコレがそうだ」

「……え?」

 カップが宙に浮いてる。

 いや、よく見ると微妙にテーブルに引っかかっている・・・・・・・・。そこにフックがあるわけでもないのに。

「ゲームには判定・・があるとめぐみが教えてくれた。この位置にはまだテーブルがあるからカップはまだ落ちない。見えないけど、実際はここにテーブルがある・・ということになってる」

(はえぇぇ)

 常識を裏切る光景に、わたしは言葉を失った。

 が。

「あっ」

 次の瞬間カップが落ちた。

 カタンという音をたて中身が飛び散る。あーもったいない。背後から若い男性の声が聞こえた。

「対策されたか」

 さくらはそっけなく呟くのみ。先ほど苦言を呈した旅団の受け付けマンがそそくさとやってきて、手にもつ雑巾で散らばった液体を拭き上げていく。

「公共の場で実験しないって約束したでしょ」

「掃除の必要はないだろ」

「やりたいからやってるの。きみのお世話は楽しいからね」

「……好きにしろ」

 言いつつ、彼女は新しいカップを手に持っていた。いやどこから出した?
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