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作者: 犬物語
スキルは学ぶもの
経験したことすべてが君のスキルになる
「まだ正式な旅団団員じゃないけど、さっそく仕事を頼んでいいかな?」

 熱い友情のシェイクを交わした後、わたしたちはダッシュの案内でとなりのテーブルを占拠していた。さくらちゃんはというと「でかける」と言葉を残しすでにいない。

 それは彼女がくつろいでたテーブルも、床にぶちまけられたお茶もそう。

 いつの間にか消えてたのだ。まるで、はじめからソコになにも無かったかのように。

「いいよ。なにするの?」

「これをとあるお店に届けてほしいんだ」

 ダッシュが透明な小瓶を差し出す。その中にはナゾの白い粉末が中盛りになってて、ドロちんはそれを見て訝しげな表情をつくった。

「ヤバいブツじゃないでしょうね?」

「気にしすぎだ」

 悪気ない笑顔で肩を竦める。その態度が信じられるようで怪しいようで、どっちともとれるからたちが悪い。

 で、彼が発したセリフでドロちんはより大きく驚くことになる。

「ドロシー、君も同行してくれるかい?」

「はあ!? なんでよ」

「道案内役。報酬入れとくからさ」

「はぁ……さっさとトンズラしようと思ってたのに」

 渋りに渋るロリ魔女に、旅団の受け付けボーイは両手を合わせて願い出るのだった。

「たのむよ。いま人がいないんだ」

「さっき余裕あるって言ってたじゃない……今回だけよ」

(おや意外)

 てっきりツンツンぶりを発揮すると思ってた。なになにドロちん弱みに切られてるの?

「それで、このブツとやらはなんなのですか?」

「んー、」

 興味から質問したっぽいあんずちゃん。しばらく移動なしと見てか、今はかさばる甲冑を外して下着姿で対応してる。

 あ、下着って言ってもブラとかパンツじゃないよ? 甲冑の下に着る用の、なんかそういうのがあるみたい。薄手の布だけど存外丈夫なのだ。

「どれ、鑑定スキルでひとつ見てみるか」

 などとブッちゃんが申しております。目が悪い科学者みたいにメガネをくいっと、んにゃうちの僧侶メガネしてませんけど。

「スキル、鑑定かんてい

 指を円形にして瞳の前に据える。そしてつぶやきと共に指が光り、生み出した円を通して様々な情報が伝えられていた。

(あ、それチコちゃんが使ってたヤツ)

「……ほう、これはなかなか」

「わかる? ゲットするのに苦労したんだよ~」

「気になりますわね、いったいなんの粉なのですか?」

 やきもきする女用心棒あらため女騎士見習いのため、僧侶は大きな身体をまるくして解説作業にはいった。

「高山地帯の植物をすりつぶして作られた薬草だな。これほどの純度の品は魔族の領域でなければ得られないと思うが」

「そのまさかだよ。キツかったねぇ羽の生えた魔族から逃れるのは」

「ってことは、ダッシュがこれを手に入れたの?」

 尋ねると、彼はいいやと首を振った。

「コレを手に入れた団員から聞いた話だよ。ってことでよろしく」

 ことんと音をたて、後頭部にだんごを乗せた受付男子が小瓶の行方をこちらに委ねる。それを手に取る前に、わたしはその中に入った粉をまじまじと見つめた。

(うーんわかんない)

 どーみてもただの白い粉だ。こむぎこ? おさとうとかしおみたいな。

(鑑定スキルがあれば便利だなぁ)

 そしたら旅の途中にある植物とか片っ端から鑑定して、食べられるものはぜーんぶ食べちゃうのに。

「ブッちゃん、その鑑定ってどうやって覚えたの?」

 尋ねられた大柄なまっくろ僧侶は、ひとしきりうんと唸ってから言葉を発する。

「自然と。いや、言わんとしてることはわかる。後天的にスキルを習得することができるが、拙者は気付いたときには習得していたのだ」

「へー、どうやって覚えるの?」

 その問いに答えたのはドロちんだった。

「本を読むなり経験するなりなんでもやってみなさいよ。習慣づけられた行動がスキルにつながることもあるわ」

「わかんない! もっと具体的に教えてよ」

「なによそれ、何も知らないのにエラソーなこと言わないでよね」

「まあまあふたりとも落ち着いて」

 魔女っ子の声がヒートアップする前に、旅団コンクルージョンの受付係がまあまあと両手をあげ鎮めにかかる。ちょっとまっていまふたり・・・って言いました?

「この世界の本を読んだことはあるかい?」

「ない」

 わたしは即答した。

 僧侶はなんとも言えない表情になった。

 魔女っ子は見下したような笑みを浮かべた。

 受付係は愛想笑いになった。

「わたくしもありませんわ」

「……まあ、好んで本を読むこともないか。でもまあ、とりあえず一度は読んでみるといいよ。ボクもそうやってスキルを覚えたんだ。たとえばこういうのとか」

 小瓶に手のひらをかざした。

「スキル、フロート浮遊

「おお」

 視覚的な変化はなかったけど、彼の言葉に反応して小瓶が自らの意思でテーブルから離れていく。

「……それで?」

 小瓶は浮いた。ほんの数センチだけ浮いた。

「これだけ」

「だけ」

 指でつんつんしてみる。おお、なんかホバリングしてるみたいな感じ。指で押された力の慣性にしたがって、小瓶はテーブルのはしのほうへと動いていく。

「ああっと」

 最端に至る前に、ダッシュが自らの手で物理的に停止させた。

「これは浮遊の魔法だから、下にテーブルがなければそのまま落ちちゃうんだ」

「では、落ちたらそのまま割れてしまうのですか?」

「どうだろ。浮遊の力が落下の力より強くて地面スレスレで静止するか、それとも重力に負けて粉々になってしまうか。そうなったら依頼がパーだから試せないけどね」

(へー)

 お空を飛べるわけじゃないんだ。あまり使い所がなさそうだなー。

「それはそうとお仕事頼むね」

 今度はしっかり手と手で渡される。しまいどころに迷うが、わたしの服には四次元ポケットがズラリと並んでいるのだ。

(とはいえこの形はなー)

 さんかくフラスコっていうの? こーゆー微妙な形はかさばるからさ、どうしても服の間がもっこりしちゃって隠しきれないのよ。

 暗器は基本長細いものばかり。でも大事な依頼品なので厳重にしまい込んでおきたいのです。

「では、行きますか」

「え? あんずちゃん行くってどこへ?」

「決まっていますでしょう? 依頼を引き受けたからには、いち早く遂行いたしませんと」

 彼女の声に合わせ甲冑の金属音が響く。すでにある程度取り付けられているようだ。

「ダッシュ殿、この依頼は拙者も含まれているのか?」

「もちろん。まあかんたんな依頼だから報酬は知れてるけどね」

「いや構わん。それに、拙者もその店とやらに興味がある。旅団が贔屓にしている外れの店であろう?」

「御名答」

 問われたほうは、的中させたほうのサイズ感ある黒い胸を指さした。

「じゃあ決まりだ。そうそう、きみらのおうちの賃貸料金は旅団経由で支払っとくから、スパイクさんによろしく伝えておいてくれ」

「え、なんでわたしたちがスパイクさんから家借りてるって知ってるの?」

「旅団の情報網を甘く見ないでね」

 意味深に片目を開き、彼はそう囁いた。
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