入荷後数秒で完売
スーパーは薄利多売言いましてね?
この店には強盗対策の武器もなければ、本人も防犯設備を用意する心づもりもない。シャレた鈴で客の来訪を知らせる工夫もない。
だれでも好きに訪れ好きに出ていく。ここはどんな人間でも歓迎する雑貨屋だ。
「……おう、アンタか」
先ほど店を出ていった四人組を歓迎するときと同じ声色で、額にハチマキを巻いた男がカウンターにひじをつく。そんな無骨な姿をひと目見て、青白い肌の妖艶な女性はくすりと笑い、目を細める。
「時が止まったかのように、いつでもアナタはそうなのね」
「すぐ来るだろうと思ってたよ」
カウンターの下に安置していた小瓶を取り出し、彼女へ見せつけるようにそこへ置く。
「はじめは本当にただの雑貨屋だったんだけどなぁ」
「あら、今もそうでしょう?」
「粉挽き、仲介、果てはニワトリの世話。なんでも屋ってところか」
外れの僻地で雑貨屋をしているただの商売人。もちろん、はじめはフラーに進出して本格的に店を構えようと思っていた。
しかし、そこで商売するような人脈もなければ知識もない。仕方なく、都会を夢見た若者は費用節約のため離れの僻地を選んだ。
こんなところで店を出しても売れないだろう。そのうち閉業して故郷へ戻ることになるかもしれない。そんな予測とは裏腹に、彼の店には顧客が訪れるようになった。
問題はその客層。
「あら、かわいいね」
前回訪れた時にはなかった木彫りの熊。口に魚を咥えた瞬間を見事に削り取った一品は、青白い肌の女性のお気に召したようだ。
うすく淡いブロンドの長髪。それをティアラのように装飾するツノが左頭部から伸びており、それは身体の一部であることを店主は知っている。
「旅の行商人が物々交換でくれた品さ。気に入ったならあげるよ」
「いいの?」
「いつもひいきにしてもらってるサービスだ」
それでも足らないくらいだ。彼はその言葉を口に含んだ。
ここで商売するようになった結果、理想とは違ったがいろんな縁を得ることができた。そのなかのひとつが彼女だ。
「いろんな顧客がいるが、魔族の相手してるヤツなんかフラーにすらいないだろうよ」
「ふふ、決めつけはよくないよ」
そのまま色んなものを物色しはじめる。はじめは魔族がどんなモノか知らなかったが、いざ話してみると気さくでいい女だ。
こっちはすこし老けてしまった。しかし彼女は違う。
「ここに住み着いて長いが、アンタはオレがここに来た時からずっと同じままだな」
キレイだ。彼はその言葉を口に含んだ。
「それはこっちのセリフだよ。アタイがここに来る前から、アナタはずっとここで店主をしてる。フラーでやるつもりはないのかしら?」
「へっ」
バカを言うな。そんな気持ちで彼は言った。
「捕まりたくねぇし、すぐ逃げられるトコがいい」
彼女はにっこりと笑った。
「のどかな場所だねぇ。ちょっと茂みに入ればだーれも追ってこれやしない」
「それに大声で歌ってもだれにも迷惑がかからない」
デカい音で熊を追い払うこともできる。幸運にも、マモノやモンスターが出現することはメッタにない。
メッタに、だ。その時はなぜか運良くこの女性がいる。そして妖艶な顔で笑い、鋭いツメで引き裂いていく。
「……そういや、あん時もそうだったなぁ」
ここに店を出して数年だったか、運悪く熊と遭遇して、魔族の女に助けてもらった。
その頃くらいからか、客が増えたような気がする。客層は様々で、無骨な戦士、おつかいで来た子ども、浮浪者、盗賊、貴族でさえ顧客になった。
売り上げが伸びて生活に余裕ができたからか、客との世間話にもよく付き合うようになった。なにかのキッカケで常連から荷物を預かり、それを別の客に渡すよう頼まれた。
存外感謝され、うれしくて、サービスとして始めてみた。
成功した。利用客が増えた。
いつの間にか、街中では取り扱えないシロモノも引き受けるようになっていた。
彼女は店の常連になった。
「なあ、聞いてもいいか?」
返答なく物色する彼女のうしろ姿に、男は訪ねた。
「アンタなら、わざわざここを仲介しなくてもいいんじゃないか?」
「……」
「なんでわざわざ、こんなややこしい手続きを通す? それともオレに――」
オレに、なんだ? 無意識に出た言葉に驚き、男は手を顔面に当てる。彼女はふと振り向いて、見るものを安心させるような眼差しを向けた。
「ニンゲンの暮らしは楽しいよ? たとえばそう、これ」
ポケットから取り出したのは一枚のコイン。金色に輝くソレは、数枚あればこの店の食料品すべてと交換できる。
エメラルドのような青いツメに彩られ、男は奥底に多くの欲望が渦巻いていくのを感じた。
「ニンゲンはこれを渇望して争うの。たくさん持ってるニンゲンが偉くて、少ないニンゲンは卑下されていく」
「そんなことない」
否定しようとした男を、彼女はさらに否定した。
「そう、みんなそう言うんだ。でも実際の行動はちがう。金持ちにはヘラヘラ笑い貧乏人は足蹴にする。その結果、コレを持ってる人にさらに金貨があつまり格差が広がっていく」
滑稽な話だろ? 手にもつ金貨を見せびらかして彼女は笑った。
嘲笑うほうの笑みだった。
「ああ、コレはいいねぇ。いくらだい?」
彼女は一冊の本を手に持っていた。仕入れ値を思い出し割り増した金額を提示する。
本と金。ここでは公正な取り引きが行われている。
「おもしろい仕組みだね。寝るにも住むにも食べるにもコレが要るんだ」
「そういうもんだろ」
自分ではなく人間という種族全体をバカにされてる気がして、彼は捻くれたように語気を強めた。
「褒めてるんだよ。さぁて、次はどうするかねぇ……少しけしかけてみるか」
そんな人間の言葉を軽く受け流し、魔族は出入り口に向かいつま先を向けた。
「いったい何の話だ?」
「新しいオモチャを見つけたんだよ。活きの良い子でねぇ、ついついイジめたくなっちゃうんだ」
無邪気な子どものようにノドを鳴らす。
「さぁてどんなお遊びをしようか……いっそモンスターをふっかけてみるのも良さそうだね」
彼女は木彫りの熊の像を通り過ぎ、勝手気ままにドアノブに手をかけ外の光を浴びる。
閉じられる分厚い木製の扉。彼女はその奥に姿を消してしまい、取り残された店主はそこをしばらく見つめていた。
「……魔族に目をつけられるとは、その活きの良い子とやらはさぞかし災難だろうな」
彼女が人間をどうかしたことはない。少なくとも自分の目が捉えた世界のなかでは。
しかし、どうして「だから何もしない」と言い切れるだろうか?
「まったく運がない。くわばらくわばら」
異種族の生態に詳しくない身からすれば、見たことのない誰かの無事を祈るその思考は至極真っ当なのかもしれない。
やがて彼は製粉所へと足を運んでいき、騒がしかった雑貨屋はもとの静寂を取り戻していくのだった。
だれでも好きに訪れ好きに出ていく。ここはどんな人間でも歓迎する雑貨屋だ。
「……おう、アンタか」
先ほど店を出ていった四人組を歓迎するときと同じ声色で、額にハチマキを巻いた男がカウンターにひじをつく。そんな無骨な姿をひと目見て、青白い肌の妖艶な女性はくすりと笑い、目を細める。
「時が止まったかのように、いつでもアナタはそうなのね」
「すぐ来るだろうと思ってたよ」
カウンターの下に安置していた小瓶を取り出し、彼女へ見せつけるようにそこへ置く。
「はじめは本当にただの雑貨屋だったんだけどなぁ」
「あら、今もそうでしょう?」
「粉挽き、仲介、果てはニワトリの世話。なんでも屋ってところか」
外れの僻地で雑貨屋をしているただの商売人。もちろん、はじめはフラーに進出して本格的に店を構えようと思っていた。
しかし、そこで商売するような人脈もなければ知識もない。仕方なく、都会を夢見た若者は費用節約のため離れの僻地を選んだ。
こんなところで店を出しても売れないだろう。そのうち閉業して故郷へ戻ることになるかもしれない。そんな予測とは裏腹に、彼の店には顧客が訪れるようになった。
問題はその客層。
「あら、かわいいね」
前回訪れた時にはなかった木彫りの熊。口に魚を咥えた瞬間を見事に削り取った一品は、青白い肌の女性のお気に召したようだ。
うすく淡いブロンドの長髪。それをティアラのように装飾するツノが左頭部から伸びており、それは身体の一部であることを店主は知っている。
「旅の行商人が物々交換でくれた品さ。気に入ったならあげるよ」
「いいの?」
「いつもひいきにしてもらってるサービスだ」
それでも足らないくらいだ。彼はその言葉を口に含んだ。
ここで商売するようになった結果、理想とは違ったがいろんな縁を得ることができた。そのなかのひとつが彼女だ。
「いろんな顧客がいるが、魔族の相手してるヤツなんかフラーにすらいないだろうよ」
「ふふ、決めつけはよくないよ」
そのまま色んなものを物色しはじめる。はじめは魔族がどんなモノか知らなかったが、いざ話してみると気さくでいい女だ。
こっちはすこし老けてしまった。しかし彼女は違う。
「ここに住み着いて長いが、アンタはオレがここに来た時からずっと同じままだな」
キレイだ。彼はその言葉を口に含んだ。
「それはこっちのセリフだよ。アタイがここに来る前から、アナタはずっとここで店主をしてる。フラーでやるつもりはないのかしら?」
「へっ」
バカを言うな。そんな気持ちで彼は言った。
「捕まりたくねぇし、すぐ逃げられるトコがいい」
彼女はにっこりと笑った。
「のどかな場所だねぇ。ちょっと茂みに入ればだーれも追ってこれやしない」
「それに大声で歌ってもだれにも迷惑がかからない」
デカい音で熊を追い払うこともできる。幸運にも、マモノやモンスターが出現することはメッタにない。
メッタに、だ。その時はなぜか運良くこの女性がいる。そして妖艶な顔で笑い、鋭いツメで引き裂いていく。
「……そういや、あん時もそうだったなぁ」
ここに店を出して数年だったか、運悪く熊と遭遇して、魔族の女に助けてもらった。
その頃くらいからか、客が増えたような気がする。客層は様々で、無骨な戦士、おつかいで来た子ども、浮浪者、盗賊、貴族でさえ顧客になった。
売り上げが伸びて生活に余裕ができたからか、客との世間話にもよく付き合うようになった。なにかのキッカケで常連から荷物を預かり、それを別の客に渡すよう頼まれた。
存外感謝され、うれしくて、サービスとして始めてみた。
成功した。利用客が増えた。
いつの間にか、街中では取り扱えないシロモノも引き受けるようになっていた。
彼女は店の常連になった。
「なあ、聞いてもいいか?」
返答なく物色する彼女のうしろ姿に、男は訪ねた。
「アンタなら、わざわざここを仲介しなくてもいいんじゃないか?」
「……」
「なんでわざわざ、こんなややこしい手続きを通す? それともオレに――」
オレに、なんだ? 無意識に出た言葉に驚き、男は手を顔面に当てる。彼女はふと振り向いて、見るものを安心させるような眼差しを向けた。
「ニンゲンの暮らしは楽しいよ? たとえばそう、これ」
ポケットから取り出したのは一枚のコイン。金色に輝くソレは、数枚あればこの店の食料品すべてと交換できる。
エメラルドのような青いツメに彩られ、男は奥底に多くの欲望が渦巻いていくのを感じた。
「ニンゲンはこれを渇望して争うの。たくさん持ってるニンゲンが偉くて、少ないニンゲンは卑下されていく」
「そんなことない」
否定しようとした男を、彼女はさらに否定した。
「そう、みんなそう言うんだ。でも実際の行動はちがう。金持ちにはヘラヘラ笑い貧乏人は足蹴にする。その結果、コレを持ってる人にさらに金貨があつまり格差が広がっていく」
滑稽な話だろ? 手にもつ金貨を見せびらかして彼女は笑った。
嘲笑うほうの笑みだった。
「ああ、コレはいいねぇ。いくらだい?」
彼女は一冊の本を手に持っていた。仕入れ値を思い出し割り増した金額を提示する。
本と金。ここでは公正な取り引きが行われている。
「おもしろい仕組みだね。寝るにも住むにも食べるにもコレが要るんだ」
「そういうもんだろ」
自分ではなく人間という種族全体をバカにされてる気がして、彼は捻くれたように語気を強めた。
「褒めてるんだよ。さぁて、次はどうするかねぇ……少しけしかけてみるか」
そんな人間の言葉を軽く受け流し、魔族は出入り口に向かいつま先を向けた。
「いったい何の話だ?」
「新しいオモチャを見つけたんだよ。活きの良い子でねぇ、ついついイジめたくなっちゃうんだ」
無邪気な子どものようにノドを鳴らす。
「さぁてどんなお遊びをしようか……いっそモンスターをふっかけてみるのも良さそうだね」
彼女は木彫りの熊の像を通り過ぎ、勝手気ままにドアノブに手をかけ外の光を浴びる。
閉じられる分厚い木製の扉。彼女はその奥に姿を消してしまい、取り残された店主はそこをしばらく見つめていた。
「……魔族に目をつけられるとは、その活きの良い子とやらはさぞかし災難だろうな」
彼女が人間をどうかしたことはない。少なくとも自分の目が捉えた世界のなかでは。
しかし、どうして「だから何もしない」と言い切れるだろうか?
「まったく運がない。くわばらくわばら」
異種族の生態に詳しくない身からすれば、見たことのない誰かの無事を祈るその思考は至極真っ当なのかもしれない。
やがて彼は製粉所へと足を運んでいき、騒がしかった雑貨屋はもとの静寂を取り戻していくのだった。