もうふたつの日常
???「火の始末くらいしとけ」
「へぇ、あのちっこい魔術師もやるじゃないか」
地面に降り立った女性は、さきほどまでの戦闘を思い出していた。
まだ硝煙のような匂いが立ち込めている。木々はなぎ倒され黒いススがもくもくと白い煙を吐き出している。
このまま山火事になってしまうのでは? そう思いふと空を見上げると、さっきまで快晴だった空模様に曇天がたちこめており、こちらから手を出すまでもないとして、その女性は手に生み出した水の塊をかなぐり捨てた。
「まったく、こっちまで届くとは思わなかったねぇ」
やられたとでも言いたいかのように、彼女は自身の服に目をおろす。エメラルドのような青いツメでその部分をつまみ、清楚ながら高級感のある白い服に黒くコゲついた部分をつまみ上げ、彼女はまた落胆した視線を向けた。
「お気に入りだったのに……でもアタイを傷つけるには、最低その十倍の威力はほしいねぇ」
来た道を振り返る。ここから件の雑貨屋まではすぐだけど、人間が徒歩でたどり着くにはちょっとした時間がかかるだろう。もし、彼が爆発音に肝を飛ばして駆けつけてくるならいつまでもここにいる必要はない。
人間は目の前で起こった現象から勝手に因果関係を推理し、自分の都合の良い考えだけしか受け入れず、否定したとしても信じてもらえないだろう。長いは無用。
(それにしても、半年か一年程度の修行でこの威力)
何処から訪れる、こことは別の世界の住人。姿形は人間そのものだけど、そのポテンシャルは魔族と似たものを感じる。
「異世界人か……魔王様はいったい何をお考えなのだか」
そして、彼女は音もなく宙に舞った。
「珍しいね、キミが世界をあそこまで説明するなんて」
ティーカップをおぼんに乗せ、それをテーブルの上に置く。笑顔だからか生まれつきか、彼の目は閉じているほどに薄かった。
旅団『コンクルージョン』のエントランス。そこにはいくつものテーブルがあり、彼女は窓際のひとつにいつも腰を下ろしている。
「べつに」
白い陶磁器に淡いピンク色の液体。彼女は自分のために用意されたそれを口に含み、だれに目を合わせることなく呟く。
いつものそっけない態度だ。悪気はないんだけど、彼女のそんな態度に気を悪くする人もいる。だから、せめて他者と向き合う時くらいは改めて欲しいんだけどな――彼はそんなことを思いながら肩をすくめた。
「旅団メンバーでもこれを知ってる者は少ない。ましてや、キミがそれを自由自在に操れることだって」
「自由じゃない。ただシステムのスキ、バグだったっけな。それを突いてるだけだ」
「だからレベリングもかんたんだった?」
「おれは悪くない。序盤に経験値の高いモンスターを配置するほうが悪い」
雨音が窓の向こうに響くなか、彼女はだるそうにティーカップに付きそうな裾をまくる。
赤と黒と白。自分でつくったということばを裏付けするように、彼女の服装は布を合わせたようなアンバランスさだ。けど、その布自体がとても丈夫で、そのヘンの武器じゃキズすら付けられないような強度を誇っている。
どこでどうやってそんな素材を見つけてきたのか……そんなことを思いつつ、傍らの青年は薄目をほんのり開かせていた。
「まだ信じられないなぁ、ボクたちが人間じゃないって」
「信じてくれなんて言わない。おれたちはこの世界の設計者にそうしつけられたんだ。おれたちは人間だってな」
「でも、キミは自分の正体に気付いた」
「経験あるからな」
彼女はぼんやりと外を見つめている。その視線にならって同じところを見てみると、空間に一箇所だけ雨水が侵入できない領域があった。
「アレもキミのしわざ?」
「さあな」
「ボクたちが人間じゃないなら、じゃあなんだって言うんだ?」
「逆に考えろ。この世界で異様なほど排除された動物がいるだろ?」
「もったいぶらずにダイレクトに答えてくれないか?」
そんなことばを投げかけても、彼女はただ外を眺めるだけだった。
(キミはだれにも心を開くことはないんだね)
スナップとキャサリン。そんな名前はじめて聞いたぞ。
「……ときどきキミのことがわからなくなるよ」
旅団をまとめる立場でありながら、彼女は突然姿をくらまし、新しい戦果や情報と共に帰ってくる。
(まあ、ボクたちが無理やり団長の座にすわらせたんだけど)
その程度でふてくされるような人じゃないことも知ってる。他者を見る目が尖すぎることも知ってる。
だから、彼女がもつ情報は、彼女が真に信じられる人にしか打ち明けられない。
「もう少しボクたちを信じてくれてもいいんじゃないか?」
「そうか? ならひとつだけ教えてやろう」
そのことばに彼は安堵した。自分はそちらがわにいるんだと。
静寂に包まれた世界で、彼女はゆっくりと唇を開いた。
「この世界はどっかのバカが暴れてくれたおかげでゲームオーバーに向かってる」
「ゲームオーバーって?」
「言っちまえば世界の終わり。で、それを防げそうなのがアイツらだ」
アイツら。さきほど、自分が対応した新しい旅団員のことだ。
(正直、ボクはそうとは思えないけど)
見た感じはふつーの少女だった。アサシンタイプの子はまだ強そうだったけど、あの甲冑服だけ派手は子はまだ使い物にならないだろう。
フラーの生ける伝説、二十年前の英雄から直接戦闘スキルを叩き込まれたという彼女の実力は知らないが、団長のような強兵感はみじんも感じられなかった。
「疑ってるな?」
「……しょうじき」
バツが悪そうに、まるで立たされているかのように申し訳無さそうな顔をすると、敬愛する団長はくすりと笑った。
「気にしてないよ。ただ、ゲームオーバーにしたくないならあの子たちが必要だ」
おれとしてはどーでもいいんだけど。彼女はそんなことばを後ろに付けた。
「それで、この依頼を出すんだね?」
団長直々の依頼が旅団受付である彼に届いていた。
「ビックリしたよ。内容があまりにも意味不明だったから、こうして本人に直接確認せずにはいられなかった」
「不服か?」
「もういいよ」
ボクがまだ信頼されてる側だと知れたから。
「もうすぐ帰って来ると思うけど、この依頼は即日やってもらったほうがいいの?」
団長はただうなずく。忠実な受付係は空になったティーカップにピンク色の液体が満たしてから恭しく一例を加え、やがて訪れる少女たちに新たな依頼を発注させるべく書類作成にあたる。
「まったく。ボクはキミのためならなんだってできるのに……信用ないんだね」
彼は小声でぼそりとつぶやく。だれに聞かせるためでもなく、しかし、その空気の振動は彼女の耳にしっかり届いていた。
「おまえのことを信頼してなきゃ、こんなの依頼として出さねぇよ」
彼女のことばは誰にも届かなかった。
地面に降り立った女性は、さきほどまでの戦闘を思い出していた。
まだ硝煙のような匂いが立ち込めている。木々はなぎ倒され黒いススがもくもくと白い煙を吐き出している。
このまま山火事になってしまうのでは? そう思いふと空を見上げると、さっきまで快晴だった空模様に曇天がたちこめており、こちらから手を出すまでもないとして、その女性は手に生み出した水の塊をかなぐり捨てた。
「まったく、こっちまで届くとは思わなかったねぇ」
やられたとでも言いたいかのように、彼女は自身の服に目をおろす。エメラルドのような青いツメでその部分をつまみ、清楚ながら高級感のある白い服に黒くコゲついた部分をつまみ上げ、彼女はまた落胆した視線を向けた。
「お気に入りだったのに……でもアタイを傷つけるには、最低その十倍の威力はほしいねぇ」
来た道を振り返る。ここから件の雑貨屋まではすぐだけど、人間が徒歩でたどり着くにはちょっとした時間がかかるだろう。もし、彼が爆発音に肝を飛ばして駆けつけてくるならいつまでもここにいる必要はない。
人間は目の前で起こった現象から勝手に因果関係を推理し、自分の都合の良い考えだけしか受け入れず、否定したとしても信じてもらえないだろう。長いは無用。
(それにしても、半年か一年程度の修行でこの威力)
何処から訪れる、こことは別の世界の住人。姿形は人間そのものだけど、そのポテンシャルは魔族と似たものを感じる。
「異世界人か……魔王様はいったい何をお考えなのだか」
そして、彼女は音もなく宙に舞った。
「珍しいね、キミが世界をあそこまで説明するなんて」
ティーカップをおぼんに乗せ、それをテーブルの上に置く。笑顔だからか生まれつきか、彼の目は閉じているほどに薄かった。
旅団『コンクルージョン』のエントランス。そこにはいくつものテーブルがあり、彼女は窓際のひとつにいつも腰を下ろしている。
「べつに」
白い陶磁器に淡いピンク色の液体。彼女は自分のために用意されたそれを口に含み、だれに目を合わせることなく呟く。
いつものそっけない態度だ。悪気はないんだけど、彼女のそんな態度に気を悪くする人もいる。だから、せめて他者と向き合う時くらいは改めて欲しいんだけどな――彼はそんなことを思いながら肩をすくめた。
「旅団メンバーでもこれを知ってる者は少ない。ましてや、キミがそれを自由自在に操れることだって」
「自由じゃない。ただシステムのスキ、バグだったっけな。それを突いてるだけだ」
「だからレベリングもかんたんだった?」
「おれは悪くない。序盤に経験値の高いモンスターを配置するほうが悪い」
雨音が窓の向こうに響くなか、彼女はだるそうにティーカップに付きそうな裾をまくる。
赤と黒と白。自分でつくったということばを裏付けするように、彼女の服装は布を合わせたようなアンバランスさだ。けど、その布自体がとても丈夫で、そのヘンの武器じゃキズすら付けられないような強度を誇っている。
どこでどうやってそんな素材を見つけてきたのか……そんなことを思いつつ、傍らの青年は薄目をほんのり開かせていた。
「まだ信じられないなぁ、ボクたちが人間じゃないって」
「信じてくれなんて言わない。おれたちはこの世界の設計者にそうしつけられたんだ。おれたちは人間だってな」
「でも、キミは自分の正体に気付いた」
「経験あるからな」
彼女はぼんやりと外を見つめている。その視線にならって同じところを見てみると、空間に一箇所だけ雨水が侵入できない領域があった。
「アレもキミのしわざ?」
「さあな」
「ボクたちが人間じゃないなら、じゃあなんだって言うんだ?」
「逆に考えろ。この世界で異様なほど排除された動物がいるだろ?」
「もったいぶらずにダイレクトに答えてくれないか?」
そんなことばを投げかけても、彼女はただ外を眺めるだけだった。
(キミはだれにも心を開くことはないんだね)
スナップとキャサリン。そんな名前はじめて聞いたぞ。
「……ときどきキミのことがわからなくなるよ」
旅団をまとめる立場でありながら、彼女は突然姿をくらまし、新しい戦果や情報と共に帰ってくる。
(まあ、ボクたちが無理やり団長の座にすわらせたんだけど)
その程度でふてくされるような人じゃないことも知ってる。他者を見る目が尖すぎることも知ってる。
だから、彼女がもつ情報は、彼女が真に信じられる人にしか打ち明けられない。
「もう少しボクたちを信じてくれてもいいんじゃないか?」
「そうか? ならひとつだけ教えてやろう」
そのことばに彼は安堵した。自分はそちらがわにいるんだと。
静寂に包まれた世界で、彼女はゆっくりと唇を開いた。
「この世界はどっかのバカが暴れてくれたおかげでゲームオーバーに向かってる」
「ゲームオーバーって?」
「言っちまえば世界の終わり。で、それを防げそうなのがアイツらだ」
アイツら。さきほど、自分が対応した新しい旅団員のことだ。
(正直、ボクはそうとは思えないけど)
見た感じはふつーの少女だった。アサシンタイプの子はまだ強そうだったけど、あの甲冑服だけ派手は子はまだ使い物にならないだろう。
フラーの生ける伝説、二十年前の英雄から直接戦闘スキルを叩き込まれたという彼女の実力は知らないが、団長のような強兵感はみじんも感じられなかった。
「疑ってるな?」
「……しょうじき」
バツが悪そうに、まるで立たされているかのように申し訳無さそうな顔をすると、敬愛する団長はくすりと笑った。
「気にしてないよ。ただ、ゲームオーバーにしたくないならあの子たちが必要だ」
おれとしてはどーでもいいんだけど。彼女はそんなことばを後ろに付けた。
「それで、この依頼を出すんだね?」
団長直々の依頼が旅団受付である彼に届いていた。
「ビックリしたよ。内容があまりにも意味不明だったから、こうして本人に直接確認せずにはいられなかった」
「不服か?」
「もういいよ」
ボクがまだ信頼されてる側だと知れたから。
「もうすぐ帰って来ると思うけど、この依頼は即日やってもらったほうがいいの?」
団長はただうなずく。忠実な受付係は空になったティーカップにピンク色の液体が満たしてから恭しく一例を加え、やがて訪れる少女たちに新たな依頼を発注させるべく書類作成にあたる。
「まったく。ボクはキミのためならなんだってできるのに……信用ないんだね」
彼は小声でぼそりとつぶやく。だれに聞かせるためでもなく、しかし、その空気の振動は彼女の耳にしっかり届いていた。
「おまえのことを信頼してなきゃ、こんなの依頼として出さねぇよ」
彼女のことばは誰にも届かなかった。