メインクエスト
旅立ちの前に、友達に会いに行こう
「おや? グレースじゃないか」
目が痛いほどまぶしい赤の扉を開き、スパイクは相変わらず胡散臭い吟遊詩人のような姿で姿をあらわした。
フラーらしい温かい風の日。湿気もなく外であそぶにはもってこいの日常。そんななか、わたしはフラーの英雄の記念館を訪れ、その裏口の扉をトントントンと叩きたところだ。
「こんにちは!」
「こんにちは。それでどうしたんだい? まさかお仕事がなくて困ってるわけじゃないよね?」
「ううん、ちがうの。ちょっと用事があって、オジサンいる?」
扉の内側をキョロっと見回してみても、そこに求めていた人影はいなかった。
「チャールズならストッケート城だよ。ここのとこ忙しくてね」
そう言いつつ扉を開け放ち中に誘う。久しぶりのチャールズ邸はなつかしい匂いに満ちていて、ついさっきまでオジサンと少年がいたことを教えてくれた。
(くんくん、くんくん……あ、サっちゃんのにおいもある)
仲間の気配を目と鼻で感じられる。別れてひと月くらいかな。
みんな楽しくやってるかな。それとも、国のために自分のスキルを磨いているのだろうか。
「急ごしらえですまないけど、はいこれ」
「ありがとうございます」
スパイクが白いティーカップとお茶菓子を持ってきてくれた。
中にはうすく黄色い液体が注がれており、柑橘系のすっぱい香りとお菓子の甘い香りが見事にマッチしてる。
わたしはそれを手に持ち口元へと運んだ。温かいそれがノドを通り、乾いた身体に力が満たされていくような気がする。
「ヴィクトリアがよこしてくれたんだ。覚えてるかい?」
「ヴィクトリアさん……あの、ストッケート城でメイドさんしてるひと?」
スパイクの知り合いだって言ってた気がする。
「正しくは侍女だね。まあ、似たようなものさ」
彼もまたお茶を口に含んだ。
葉っぱのエキスを水に浸透させた飲み物。テーブルの上にあるとき、口の中へ満たすとき、飲み干すときとで色も香りもどんどん変化する。時間の流れとともに変化する姿は、わたしがこれまで旅してきた道筋と、そのなかで出会ったオトモダチを思い起こさせてちょっぴりセンチな気持ちになる。
「むずかしい顔をしてるね」
「ん、ちょっとみんなのことを思い出しちゃって」
「恋しい? まだ早すぎないかい? みんなと別れてからひと月も経ってないよ?」
からからと笑い、スパイクはお茶菓子をがさごそとまさぐる。そして彼は窓の外にあるピンク色の花が咲いてる樹木に目を流した。
「そう、ひと月経とうとしてるんだ。時の流れははやいね。あの花ももうすぐ散りきってしまうだろう」
「みんなげんき?」
「元気もげんき、絶好調だよ。とくにチャールズは」
花が咲いたように朗らかな笑顔を見せる。
「個々の兵士への指導はもちろん、近頃は一個師団の訓練まで請け負ってるらしいよ? 鍛えがいがあるヤツばかりだって。毎日意気揚々として剣を磨いててね」
「……そっか」
オジサンが楽しそうにしてることに安心して、その一方で心の奥にどんよりとしたモノがのしかかっている。
わたしはオジサンに鍛えられた。たぶん、同じことをストッケートの兵士たちにもしてるだろう。
わたしは狩猟のため、でもお城の兵士たちは戦うために剣を振るうんだ。
(オジサンは戦争のためにみんなを鍛えてる)
たぶんスプリットくんもサっちゃんも、今は戦うための力を求めてるんだろう。
「今日は何の用だったんだい?」
やさしい声をかけられる。ふと気がつけば、スパイクが気遣うような素振りでこちらに語りかけていた。
「あたらしい旅団に入ったの」
「コンクルージョン。異世界人だけが所属できる旅団だね?」
「どうして知ってるの?」
「おいらにも情報網ってのがあるのさ」
そうだ、忘れてた。スパイクはこう見えてちょっとしたお金持ちの商売人だった。
「フラーを離れるから最後に挨拶しておきたくて」
「フラーを離れる? いったいどんな依頼で?」
「カニスへ」
その単語を耳にした瞬間、スパイクは驚きに目を見開いた。
「それは……視察かい?」
彼は言葉を選び、わたしはそれにうなずいて答える。
それから、依頼内容をちょっぴりだけ教えた。あまり他言するべきことじゃないだろうけど、ダッシュから他言するなとも言われなかったし、このくらいは大丈夫だよねって感じで。
「わたしは――わたしたちは戦争なんてイヤだから」
「そうか」
いくつもの言葉を考え、それでもふさわしい言葉が浮かばなくて、スパイクは熟考の末そんなセリフだけをつぶやいた。
そして、次に彼が見せたのは、決意に満ちた視線だった。
「これは公にされてないことだけど……コーポラル王が崩御された」
(え?)
インプットできずに固まってると、スパイクは自分でもよくわからないといった態度で悩ましい表情を浮かべた。
「なぜかキミには伝えなきゃいけない気がしてね」
「おうさまが……しんだの?」
いちどだけ見たことがある。
衣服に包まれていたけど、ひと目で病気だとわかるような痩せた姿をしていた。それでも、彼の目はしっかりとこちらを見据えていて、とても生命力に溢れていたと思う。
そんな彼が、命を落とした。
――メインクエストの都合さ。
(!?)
情景が浮かぶ。城を貫きすべてをメチャクチャにした猫背の男。あいつが残した言葉がイヤでも脳裏に蘇る。
――次は戦争だ。
――ここはゲームの世界だ。
――すべてはGMの思い通り。
(メインクエストが、すすんだ?)
これはわたしのこころの声だ。でも、それを肯定することばが彼から放たれた。
「現王の崩御が発表され、近いうちにレシル王子が即位するだろう……戦争が始まるよ」
背中が凍りつくようだった。
ううん、それは避けられないと薄々感じてたことだ。わかっていた。けど、それは理性で受け止められるような問題じゃない。
自分が覚えたスキルを美化するつもりはない。それだって立派な命を刈り取る行為だ。でも、それとこれとは違う。なにがどうと聞かれてもうまく答えられないけど、でも、とにかくこれはちがうんだ。
「なんとかならないの?」
だって、戦争なんてなんの意味もないじゃん。思わず漏れてしまった声に、けれど彼は応えてくれなかった。
目が痛いほどまぶしい赤の扉を開き、スパイクは相変わらず胡散臭い吟遊詩人のような姿で姿をあらわした。
フラーらしい温かい風の日。湿気もなく外であそぶにはもってこいの日常。そんななか、わたしはフラーの英雄の記念館を訪れ、その裏口の扉をトントントンと叩きたところだ。
「こんにちは!」
「こんにちは。それでどうしたんだい? まさかお仕事がなくて困ってるわけじゃないよね?」
「ううん、ちがうの。ちょっと用事があって、オジサンいる?」
扉の内側をキョロっと見回してみても、そこに求めていた人影はいなかった。
「チャールズならストッケート城だよ。ここのとこ忙しくてね」
そう言いつつ扉を開け放ち中に誘う。久しぶりのチャールズ邸はなつかしい匂いに満ちていて、ついさっきまでオジサンと少年がいたことを教えてくれた。
(くんくん、くんくん……あ、サっちゃんのにおいもある)
仲間の気配を目と鼻で感じられる。別れてひと月くらいかな。
みんな楽しくやってるかな。それとも、国のために自分のスキルを磨いているのだろうか。
「急ごしらえですまないけど、はいこれ」
「ありがとうございます」
スパイクが白いティーカップとお茶菓子を持ってきてくれた。
中にはうすく黄色い液体が注がれており、柑橘系のすっぱい香りとお菓子の甘い香りが見事にマッチしてる。
わたしはそれを手に持ち口元へと運んだ。温かいそれがノドを通り、乾いた身体に力が満たされていくような気がする。
「ヴィクトリアがよこしてくれたんだ。覚えてるかい?」
「ヴィクトリアさん……あの、ストッケート城でメイドさんしてるひと?」
スパイクの知り合いだって言ってた気がする。
「正しくは侍女だね。まあ、似たようなものさ」
彼もまたお茶を口に含んだ。
葉っぱのエキスを水に浸透させた飲み物。テーブルの上にあるとき、口の中へ満たすとき、飲み干すときとで色も香りもどんどん変化する。時間の流れとともに変化する姿は、わたしがこれまで旅してきた道筋と、そのなかで出会ったオトモダチを思い起こさせてちょっぴりセンチな気持ちになる。
「むずかしい顔をしてるね」
「ん、ちょっとみんなのことを思い出しちゃって」
「恋しい? まだ早すぎないかい? みんなと別れてからひと月も経ってないよ?」
からからと笑い、スパイクはお茶菓子をがさごそとまさぐる。そして彼は窓の外にあるピンク色の花が咲いてる樹木に目を流した。
「そう、ひと月経とうとしてるんだ。時の流れははやいね。あの花ももうすぐ散りきってしまうだろう」
「みんなげんき?」
「元気もげんき、絶好調だよ。とくにチャールズは」
花が咲いたように朗らかな笑顔を見せる。
「個々の兵士への指導はもちろん、近頃は一個師団の訓練まで請け負ってるらしいよ? 鍛えがいがあるヤツばかりだって。毎日意気揚々として剣を磨いててね」
「……そっか」
オジサンが楽しそうにしてることに安心して、その一方で心の奥にどんよりとしたモノがのしかかっている。
わたしはオジサンに鍛えられた。たぶん、同じことをストッケートの兵士たちにもしてるだろう。
わたしは狩猟のため、でもお城の兵士たちは戦うために剣を振るうんだ。
(オジサンは戦争のためにみんなを鍛えてる)
たぶんスプリットくんもサっちゃんも、今は戦うための力を求めてるんだろう。
「今日は何の用だったんだい?」
やさしい声をかけられる。ふと気がつけば、スパイクが気遣うような素振りでこちらに語りかけていた。
「あたらしい旅団に入ったの」
「コンクルージョン。異世界人だけが所属できる旅団だね?」
「どうして知ってるの?」
「おいらにも情報網ってのがあるのさ」
そうだ、忘れてた。スパイクはこう見えてちょっとしたお金持ちの商売人だった。
「フラーを離れるから最後に挨拶しておきたくて」
「フラーを離れる? いったいどんな依頼で?」
「カニスへ」
その単語を耳にした瞬間、スパイクは驚きに目を見開いた。
「それは……視察かい?」
彼は言葉を選び、わたしはそれにうなずいて答える。
それから、依頼内容をちょっぴりだけ教えた。あまり他言するべきことじゃないだろうけど、ダッシュから他言するなとも言われなかったし、このくらいは大丈夫だよねって感じで。
「わたしは――わたしたちは戦争なんてイヤだから」
「そうか」
いくつもの言葉を考え、それでもふさわしい言葉が浮かばなくて、スパイクは熟考の末そんなセリフだけをつぶやいた。
そして、次に彼が見せたのは、決意に満ちた視線だった。
「これは公にされてないことだけど……コーポラル王が崩御された」
(え?)
インプットできずに固まってると、スパイクは自分でもよくわからないといった態度で悩ましい表情を浮かべた。
「なぜかキミには伝えなきゃいけない気がしてね」
「おうさまが……しんだの?」
いちどだけ見たことがある。
衣服に包まれていたけど、ひと目で病気だとわかるような痩せた姿をしていた。それでも、彼の目はしっかりとこちらを見据えていて、とても生命力に溢れていたと思う。
そんな彼が、命を落とした。
――メインクエストの都合さ。
(!?)
情景が浮かぶ。城を貫きすべてをメチャクチャにした猫背の男。あいつが残した言葉がイヤでも脳裏に蘇る。
――次は戦争だ。
――ここはゲームの世界だ。
――すべてはGMの思い通り。
(メインクエストが、すすんだ?)
これはわたしのこころの声だ。でも、それを肯定することばが彼から放たれた。
「現王の崩御が発表され、近いうちにレシル王子が即位するだろう……戦争が始まるよ」
背中が凍りつくようだった。
ううん、それは避けられないと薄々感じてたことだ。わかっていた。けど、それは理性で受け止められるような問題じゃない。
自分が覚えたスキルを美化するつもりはない。それだって立派な命を刈り取る行為だ。でも、それとこれとは違う。なにがどうと聞かれてもうまく答えられないけど、でも、とにかくこれはちがうんだ。
「なんとかならないの?」
だって、戦争なんてなんの意味もないじゃん。思わず漏れてしまった声に、けれど彼は応えてくれなかった。