魔族の地へ
かわいい犬には旅させろ
「まぞく?」
ダッシュが口にしたそのままをオウム返しにする。彼が説明を続ける前に、うしろから低く響きわたるような声が届いた。
「まさか、フラッツ・スワンをわたりカニスまで赴けと言うのか?」
「かにす?」
「魔族の国の名前よ」
また新しい単語が出てきたぞ? っと首を傾げたところでドロちんの解説。さらに魔女っ子ちゃんがだんご頭に問いかけます。
「理由はなに?」
「興味あるのかい?」
「いいから教えなさいよ」
ドロちんの必殺ツンツン攻撃がクリティカルヒットして、コンクルージョンの受付係は肩を竦めた。
いつの間にか、あたりにはわたしたちだけがこの場に取り残されていた。
「ちょっとした視察。あとはこの書簡を届けて欲しい」
黒っぽい長筒を見せびらかす。たとえて言うならそう、あの卒業証書を入れるヤツ。
あのポン! って鳴るヤツっぽい入れ物に大事な手紙が入ってるんだろう。
なるほど、今回の依頼はブツの輸送ですねわかります。するってーと目的地がどこであるかが肝心なのですよ。場合によっては送料お高くなりまっせ?
「どこへ?」
ってことで聞いてみた。
「魔王城」
すげえ返答がきた。
「はい?」
聞き返すあんずちゃん。ダッシュはシリアスともギャグともとれぬ声色で続けた。
「魔王にコレを届けてほしい。ついでにフラッツ・スワンの王様にもと言いたいところだけど、それは別口でやってくれる人がいるから」
さらっととんでもないセリフを重ねてくれる。コンクルージョンてすごい旅団だったりするのだろうか。
「無謀ね。一国の王が素性も知れない不審者の手紙を受け取るわけない」
「そうも言ってられないんだよドロシー。このまま放っておけばアイン・マラハとラズボイの戦は避けられない。その余波は隣国に浸透し、いつか戦いに巻き込まれるだろう。そうなる前に、無駄な争いを未然に防ぐ術を模索しなきゃ」
「魔王は人間同士の争いなんてこれっぽっちも興味ないでしょ。フラッツ・スワンだって同じよ」
「カニスに関しては残念だが同意見だ。けど――」
「フラッツ・スワンにはおれ自ら行く」
糸目のことばを遮って背後から女性の声が重なる。自信と信念に溢れた声。振り向くと、そこには黒い長髪に額の中央だけまっしろく染めた女性がいた。
「団長」
「おれからの手紙だと言えば、魔王は必ず受け取ってくれる」
(まーたさらっととんでもないセリフ吐いたよ)
まあそれはそれとして、わたしには知る権利があるとおもいまーす。
「おてがみの中身ってなんなの?」
「ヒミツだ」
(ガーン!)
知る権利どっかいった!
「だがフラッツ・スワン宛ての手紙にはこう書いてある。くだらない戦争に異世界人を駆り出すな」
(おお! なんだかカッコイイ!)
と感動してる矢先、となりからあのぉ、と疑問を投げかけるですわお嬢がひとり。
「戦争を止めるための手紙ではないんですの?」
「ムリだ。そういうイベントだからな」
(イベント)
あっさりした言い方だった。
まるで、この世界ははじめからそう作られたかのように。
「戦争は止められない。アイン・マラハの王は死に、ラズボイと開戦する。それは隣国を巻き込んだ大戦になり、魔族はそのスキを突いて人間を滅ぼしにかかる」
そして、さくらはわたしに言い聞かせるようにこう強調したのだ。
「そういうシナリオだ」
「……わからないよ」
この世界は生きてるんだよ?
みんな笑って、たまに泣いて、それでもまた笑顔になって、いろんな人とつながって。
オジサンもスパイクもいい人だ。この世界にはたくさんのいい人たちが生きてる。それをゲームみたいな言い方して、まるであいつみたいな――。
「そうね、わからないわ」
視界がまっくらになりかけたとき、唐突にそんなことばが聞こえてはっとした。
声の主はドロちんだった。
「こんな重大な依頼、新米にやらせることじゃないわよね?」
ごまかすように傍らの青年が肩を竦めた。
「みんなやりたがらないんだよ」
「そうね。依頼内容自体が無謀で成功率が低い上に命の危険が伴うし、そりゃあだれもやりたがらないでしょうね」
「辛辣な評価ありがと。それで、どうしてそこまで気にかけてくれるんだい?」
問われて、パーティーのなかで最も早く服を乾かし終えた少女はツンツンした態度を貫いた。
「べつに。新人へのイヤがらせにしてはスケールが大きすぎると思っただけよ」
「考えすぎだよ。ねぇ団長?」
イエスともノーとも言わず、団長はこっちへ視線を投げてきた。
「受けるか?」
この依頼を受けるか否か。すぐ返事をすることができなくて、わたしはうんと唸って考えてみた。
(魔族の国かぁ)
この世界には魔族がいる。
肌の色が白いひと、黒いひと、いろんな人間がいたけれど、少なくともわたしがもといた世界に魔族はいなかったと思う。
青い肌、頭からにょきっと生えたツノ、すれちがう男性を恍惚とさせるような色香。にんげんの国だから魔族と出会う機会は少なかったけど、この街で魔族と出会い、次に会ったときはオトモダチになる約束をした。
(そう言えば、ケイラックさんから誘われたんだったっけ)
魔族の国、カニス。いったいどんなところだろう?
自然がいっぱい? それとも大都会? もしかしたら車に会えるかも!? なんて妄想を膨らませてみると、なんかもう行くっきゃないって感じがしてきた。
「わたし行きます!」
「グレースさんが行くならわたくしも行きますわ」
ふたりの依頼者から承諾を得た。それを確認した団長はまたこちらの面々を見渡し、ある一点で目の流れがとまる。
「これはグレースとあんずへの依頼だ」
深く、人の思考を見通す目でもって彼女は聞いた。
「……乗りかかった船だ。お供を願い出たい」
僧侶はしばし顎に手を当て考え、それから意思を表明した。
「長旅になるぞ?」
「承知の上だ」
「うちはパス」
まっくろデカ僧侶から良い返事をもらった一方、まっしろチビ魔術師は完全に拒否の姿勢を崩さなかった。
「付き合ってらんないわ」
「だろうな」
それに反発するでもなく、つややかな黒髪をなびかせさくらは身を翻した。
「おれはすぐ出立する。ダッシュ、後のことは頼んだ」
そのことばに彼はことばを発せず、ただただかすかな微笑みだけを浮かべた。
あれほどの雨模様が鳴りを潜め、空には少しずつ光が差し込みはじめていた。
ダッシュが口にしたそのままをオウム返しにする。彼が説明を続ける前に、うしろから低く響きわたるような声が届いた。
「まさか、フラッツ・スワンをわたりカニスまで赴けと言うのか?」
「かにす?」
「魔族の国の名前よ」
また新しい単語が出てきたぞ? っと首を傾げたところでドロちんの解説。さらに魔女っ子ちゃんがだんご頭に問いかけます。
「理由はなに?」
「興味あるのかい?」
「いいから教えなさいよ」
ドロちんの必殺ツンツン攻撃がクリティカルヒットして、コンクルージョンの受付係は肩を竦めた。
いつの間にか、あたりにはわたしたちだけがこの場に取り残されていた。
「ちょっとした視察。あとはこの書簡を届けて欲しい」
黒っぽい長筒を見せびらかす。たとえて言うならそう、あの卒業証書を入れるヤツ。
あのポン! って鳴るヤツっぽい入れ物に大事な手紙が入ってるんだろう。
なるほど、今回の依頼はブツの輸送ですねわかります。するってーと目的地がどこであるかが肝心なのですよ。場合によっては送料お高くなりまっせ?
「どこへ?」
ってことで聞いてみた。
「魔王城」
すげえ返答がきた。
「はい?」
聞き返すあんずちゃん。ダッシュはシリアスともギャグともとれぬ声色で続けた。
「魔王にコレを届けてほしい。ついでにフラッツ・スワンの王様にもと言いたいところだけど、それは別口でやってくれる人がいるから」
さらっととんでもないセリフを重ねてくれる。コンクルージョンてすごい旅団だったりするのだろうか。
「無謀ね。一国の王が素性も知れない不審者の手紙を受け取るわけない」
「そうも言ってられないんだよドロシー。このまま放っておけばアイン・マラハとラズボイの戦は避けられない。その余波は隣国に浸透し、いつか戦いに巻き込まれるだろう。そうなる前に、無駄な争いを未然に防ぐ術を模索しなきゃ」
「魔王は人間同士の争いなんてこれっぽっちも興味ないでしょ。フラッツ・スワンだって同じよ」
「カニスに関しては残念だが同意見だ。けど――」
「フラッツ・スワンにはおれ自ら行く」
糸目のことばを遮って背後から女性の声が重なる。自信と信念に溢れた声。振り向くと、そこには黒い長髪に額の中央だけまっしろく染めた女性がいた。
「団長」
「おれからの手紙だと言えば、魔王は必ず受け取ってくれる」
(まーたさらっととんでもないセリフ吐いたよ)
まあそれはそれとして、わたしには知る権利があるとおもいまーす。
「おてがみの中身ってなんなの?」
「ヒミツだ」
(ガーン!)
知る権利どっかいった!
「だがフラッツ・スワン宛ての手紙にはこう書いてある。くだらない戦争に異世界人を駆り出すな」
(おお! なんだかカッコイイ!)
と感動してる矢先、となりからあのぉ、と疑問を投げかけるですわお嬢がひとり。
「戦争を止めるための手紙ではないんですの?」
「ムリだ。そういうイベントだからな」
(イベント)
あっさりした言い方だった。
まるで、この世界ははじめからそう作られたかのように。
「戦争は止められない。アイン・マラハの王は死に、ラズボイと開戦する。それは隣国を巻き込んだ大戦になり、魔族はそのスキを突いて人間を滅ぼしにかかる」
そして、さくらはわたしに言い聞かせるようにこう強調したのだ。
「そういうシナリオだ」
「……わからないよ」
この世界は生きてるんだよ?
みんな笑って、たまに泣いて、それでもまた笑顔になって、いろんな人とつながって。
オジサンもスパイクもいい人だ。この世界にはたくさんのいい人たちが生きてる。それをゲームみたいな言い方して、まるであいつみたいな――。
「そうね、わからないわ」
視界がまっくらになりかけたとき、唐突にそんなことばが聞こえてはっとした。
声の主はドロちんだった。
「こんな重大な依頼、新米にやらせることじゃないわよね?」
ごまかすように傍らの青年が肩を竦めた。
「みんなやりたがらないんだよ」
「そうね。依頼内容自体が無謀で成功率が低い上に命の危険が伴うし、そりゃあだれもやりたがらないでしょうね」
「辛辣な評価ありがと。それで、どうしてそこまで気にかけてくれるんだい?」
問われて、パーティーのなかで最も早く服を乾かし終えた少女はツンツンした態度を貫いた。
「べつに。新人へのイヤがらせにしてはスケールが大きすぎると思っただけよ」
「考えすぎだよ。ねぇ団長?」
イエスともノーとも言わず、団長はこっちへ視線を投げてきた。
「受けるか?」
この依頼を受けるか否か。すぐ返事をすることができなくて、わたしはうんと唸って考えてみた。
(魔族の国かぁ)
この世界には魔族がいる。
肌の色が白いひと、黒いひと、いろんな人間がいたけれど、少なくともわたしがもといた世界に魔族はいなかったと思う。
青い肌、頭からにょきっと生えたツノ、すれちがう男性を恍惚とさせるような色香。にんげんの国だから魔族と出会う機会は少なかったけど、この街で魔族と出会い、次に会ったときはオトモダチになる約束をした。
(そう言えば、ケイラックさんから誘われたんだったっけ)
魔族の国、カニス。いったいどんなところだろう?
自然がいっぱい? それとも大都会? もしかしたら車に会えるかも!? なんて妄想を膨らませてみると、なんかもう行くっきゃないって感じがしてきた。
「わたし行きます!」
「グレースさんが行くならわたくしも行きますわ」
ふたりの依頼者から承諾を得た。それを確認した団長はまたこちらの面々を見渡し、ある一点で目の流れがとまる。
「これはグレースとあんずへの依頼だ」
深く、人の思考を見通す目でもって彼女は聞いた。
「……乗りかかった船だ。お供を願い出たい」
僧侶はしばし顎に手を当て考え、それから意思を表明した。
「長旅になるぞ?」
「承知の上だ」
「うちはパス」
まっくろデカ僧侶から良い返事をもらった一方、まっしろチビ魔術師は完全に拒否の姿勢を崩さなかった。
「付き合ってらんないわ」
「だろうな」
それに反発するでもなく、つややかな黒髪をなびかせさくらは身を翻した。
「おれはすぐ出立する。ダッシュ、後のことは頼んだ」
そのことばに彼はことばを発せず、ただただかすかな微笑みだけを浮かべた。
あれほどの雨模様が鳴りを潜め、空には少しずつ光が差し込みはじめていた。