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作者: 犬物語
スタートレイン
はじまりはいつも雨
 明けない夜はない。

 人も動物たちもみんな眠り、そのままたのしい夢に誘われても、いつかその瞬間は訪れる。

 だれにでも平等に訪れる時間。地平線から立ち上る光が、新しい日の朝を知らせてくれる。

「はずだったのですが」

 わたしは天を見上げた。

「どうしました?」

 スルーした二人とは裏腹に、マイベストフレンドのあんずちゃんが真っ先に反応してくれた。

「んー、いいお天気だなーって」

 一面まっしろな天に両手を広げる。

 あれがマシュマロだとかこれアイスクリームに見えない? なんて言う余念もなく、お空はまっしろけっけの曇り空。

「さっきから同じことばかり。よく飽きないわね」

 ドロちんのため息が聞こえる。言うほどリピートしてないよ? せいぜい五回くらいかね。

「フラーを出てから今回ので八度目だ」

 テノールボイスでさらなるツッコミ。おお、そんなつぶやいちゃってた感じ?

「くもりなう」

「そういうのいいですから」

「えーだってタイクツなんだもん」

 さっきからずーーーーっと同じ道よ?

 フラーの門を出てからというもの、何の変哲もない平原を永遠と歩かされてる。見渡しがいいから野生のウサギさんとか遠くの森や山とか黄色い菜の花みたいなヤツとか一望できるけど、それが本日の後半まで続くと寛大なわたしでも退屈ボンバーしちゃうって。

「もうちょっと変化ないの? 川があるとか行商人とすれ違うとか宇宙人とエンカウントするとか」

「いらないわよそんなイベント」

「もうすぐ林道に入る。そうすれば、少しは退屈しのぎになるだろう」

「むー、じゃあブッちゃんであそぶ」

「あ、こら」

 俊敏な動きで巨人の背後へ。んでそのまま屈強な下半身にしがみつくことゴキブリの如し。

「そいそいそいそい!」

「ええいやめぬか!」

 おおきな右手をかいくぐり華麗なる股抜け。ブッちゃんの肌は基本黒いけど、なんか手のひらだけ白っぽいんだよね。あと歯も。

「このたわけが」

「あう」

 再度股抜けを狙ったところで捕まったでござる。彼の手のひらがわたしの背中全体に圧をかけております。

「また飽きもせずに」

 ジットリな視線を向けてくる魔法少女。そのお隣にいらっしゃる女騎士さまは、戦闘モードではないので兜を外し腰にぶら下げている。

 その視線は心配気で空を見上げていた。

「林道が近くなら急いだほうがよくありません? なんかひと雨降りそうな気が」

 なんてこと言っちゃうから現実になるのよ。

「あっ」

 ぽつり。

 ぽつりぽつり。

「雨ね」

 ドロちんは自前の杖を取り出した。

「近くに雨宿りできるとこあったかしら」

「林道の途中にちょっとした窪みがあったはずだ」

「急ぐわよ」

 なんて会話を繰り広げてるなか、雨音がどんどん激しくなっていった。

「ぅえ、本降りになる?」

「うむ、フラーより東側は雨が多い。多いというよりむしろ逆で、フラーに雨が少ないのだ」

「悠長なこと言ってる場合ですか。はやく批難しますわよ!」

 その言葉をきっかけに、みんなそれぞれのペースで走り出した。目指すは視界に見えてきた林道の入口だ。





 林道って上に葉っぱがあるじゃん。それがカサ代わりになるかと思いきや、その葉っぱから垂れてくる水滴がけっこーデカいの。

 ためて溜めて一気にドーン! って感じ。だから、むしろ森の中にいるほうがズブ濡れになりやすいというわたしの個人的感想。

「今日はここで野宿だな」

 本格的に降り出した雨。ザーザー降りで視界も水に阻まれるようになり、ブッちゃんのひと言も必要なく、みんなここで野宿することに文句はなさそうだ。

 唯一、先住民のクマさんがこちらに抗議の意思を示していたけど、ブッちゃんの超絶威圧感によってご退出済みである。ごめんねクマさん。

「いいなーわたしもビュービューしてほしいなぁ」

「ったくめんどくさいわね」

 なんてぶつくさ言いつつ、風魔法でみんなを乾かしてくれる親切なドロちんだった。とくに被害が大きいのはあんずちゃんで。甲冑服の下はそれはもうびしょびしょのムレムレなのです。

「や、やってられませんわ」

 薄型軽量とはいえプレートアーマーである。いくらこだわりあるあんずちゃんと言えども、こういう時ばかりは速攻で全装備イジェクトですわ。

「うーん、狩りに行けそうもないなぁ」

「風魔法で身を守れば良かろう。薪も炎の魔術で乾かせる」

「人を便利屋扱いしないでくれる? 魔力量にも限度があるんだからね?」

 との忠告により、残念ながら今回のメニューは携帯食料になりました。乾パンうまー。

「ん」

 ふと、外から何者かの視線を感じた。耳を澄ましても雨音しか聞こえず、茂みにマモノがいる気配はない。

 気のせいかな? そう思いつつ窪みの入口に意識を向けた時だった。

「およ?」

 ブッちゃんが追い出したクマが濡れてる。窪みに入らず、かといって離れずの絶妙な距離でこちらの様子をうかがっている。

 わたしやドロちんの射程ギリギリのところで踏みとどまってるあたり、あのクマさんは野生のカンが冴え渡ってるみたいだね。

(あの子も雨宿りしたいのかな……)

 そう思った時、わたしの足は自然と身体をもちあげ、入口のほうへと導いていた。

「グレース?」

 その様子にまっさきに気づいたのはあんずちゃんだ。心配するように、わたしとクマを交互に見やった。

「ちょっと危なくありません?」

「近づくんじゃないわよキケンよ」

「無用な刺激を与えぬほうが良い」

 みんなの言うことはごもっともだ。でも。

(もともとあの子が住んでた場所だし)

「なんか、濡れてるままなのかわいそーじゃん?」

 理由なんて知らないけどそう思ったんだ。今だけじゃない。狩りの時も、たまにあの光景が脳裏に浮かぶのだ。

「きっと、ずっと前のわたしはこの子たち・・・・・にとても怖い思いをさせたり、悲しませたりしてたんだ。そんな気がする」

 わたしの心の底にある記憶。今よりずっと低い視点からクマやイノシシを追いかけてる記憶。自分のほかにもたくさん仲間がいて、みんなで大声を出してエモノを追いかけて、それで――。

「こんにちは」

 わたしは、ズブ濡れのクマさんにご挨拶した。手を伸ばした。その子は、くんくんとわたしの指先の匂いを嗅いだ。

「どうかしちゃったんじゃないの? まったく」

 ドロちんが傍らの杖に手を触れた。

「これは自分の記憶じゃない。けど思い出すの。狩りをするときはみんなで仲良く。おっきな声をだして、最後に褒めてもらうんだ」

「はぁ? アンタ独りで隠れて仕留めるタイプでしょ」

「えへへ、でっもたまーにやっちゃうんだよね、わーいって」

 オジサンにこっぴどく叱られてからは控えてるけど、それでもどーしてもたまに出ちゃうんです。

(それで、動かなくなったエモノたちを見て、いろんな感情が溢れてきて、どうしても言っちゃうんだ)

 ごめんね。

「ほんとはね、やりたくないんだ」

 わたしはクマさんの頭を撫でた。攻撃的にならないことを確認して、ドロちんは杖に触れた手の力を緩める。それから頬を撫で、胸元に手をやり、野生ならではの強靭な身体に目を移していく。

 その強さは、自分自身が生き残るため。そして、自分以外の命を奪い自らの糧とするため。

(なんで、生き物は命を奪い合わなきゃいけないんだろう)

「生きるためには誰かの命を奪わなきゃいけない。身の危険を感じたら、すぐその原因を排除しなきゃいけない……はぁ~あ、みんな仲良くってむずかしいね」

 黙って事の成り行きを見守る僧侶が、そこではじめて唇を開いた。

「この世は諸行無常。せめて、頂く命をムダにしないように生きるしかあるまい」

「えへへ、そうだよね。おいで」

 わたしはクマに対し完全に背を向けた。

 油断でもなく、万が一襲われても余裕で反撃できるからでもなく、自分とは異なる生き物に意思を伝えるため。

 そして、それは通じた。

「クマさんもオトモダチになれるかな?」

「そんなの知りませんわよ……まったく」

 クマさんはブッちゃんといい勝負のガタイだった。目の前にいるふたりの少女からするとビッグサイズ。あんずちゃん、若干引き気味である。

「ちょっと、こっちまで連れて来るの!?」

「うん。あ、そだ。ドロちんクマさんも乾かしてあげて」

「はあ!?」

 渋りつつもやってくれた。ありがと!

 その後、とある林道そばの窪みでは、人間とクマさんが仲良くお夕飯を食べる光景が展開されました。

 ずっと雨なので新しい薪は調達できず。とりあえずあり余りの材料で火起こししたり地面をならして寝床をつくったり。テントを張る時間が必要なくて、かといってやる事もなくて、暇を持て余したグレースちゃんはルームメイトといっしょに夜の番をしておりました。

「おなかすいたなぁ~」

「さっき食べたばかりでしょ」

「どこかにウマそうなエモノ転がってないかなぁ……あっ」

 いるじゃん。目の前に。

「おいしそう」

 わたしはぐっすり幸せそうに眠るクマさんの首に手を伸ばした。

「グレース!? ちょ、自分から手を差し伸べておいてそのムーブはあんまりじゃありません?」

「えへへ、つい」

 伸ばした手はそのまま頭へ。野性味あふれるイビキを耳にしつつ、わたしはふつかぶりの朝日を心待ちにするのであった。
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