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作者: 犬物語
ドロちんのドロドロ
人は身近な人に影響されやすい。じゃあこの子は?
 旅立ちからふたつめの日。マモノの襲撃以降はとくにキケンなイベントもなく、通りすがりの商人さんと取り引きしたり、フラッツ・スワンのこぼれ話などを尋ねたりした。

 それによると、こっちは季節による気候変動が大きくて、今は雨が多い時期なんだって。じめじめぇてあまり好きじゃないんだよなぁ身体カユくなるし毛づくろいしなきゃいけないし――ん?

(けづくろい?)

 なんで?

「わたしそんな毛深くないよ?」

「はぁ?」

 思わず口にでたひとりごと。すぐさまバカにした風の声がして、わたしはその方向みぎしたに顔を向けた。とんがりハットの子どもが生意気な声だ。

「いきなりなに? アタマおかしくなった?」

(なんですと?)

 と抗議の意思を伝えようとして、ドロちんは自己完結したように納得してる様子。

「あぁ元からか」

「ふざけろ」

 わたしはグーをつくった。んで重力にまかせて落とした。

 こつん。

「いったいわね!」

「ふーんだ」

 イジワルされたからやりかえしただけだもーん。

「本格的にアタマおかしくなったんじゃないの!?」

「あ、また言ったな! それサバンナでも同じこと言えるの? 言えないでしょ!」

「どーしてサバンナが関係あるのよ! このすっからかんの頭いちど焼却してやろうか?」

「なんですと!?」

 からのぉ、にらみ合いである。

「子どもみたいなことしないでくださいな」

 ギャラリーのみなさまは不満顔である。とくに平和主義者のおぼーさんもどき。

「んもーブッちゃん! ドロちんがひどいこと言うの」

「お互い様だ頭を冷やせ」

「先に手ぇ出してきたのはこのポンコツのほうだからね」

「ポンコツじゃないもん!」

「いい加減にせんか」

 子どもをたしなめるように、ブッちゃんは仏頂面のままお説教モード。むー、わたし子どもじゃないのに。

わらべでもそのような振る舞いはせん。それより見えてきたぞ」

 あか、きいろ、しろ。いろんな色と香りの花たちがきれいに咲き誇る中、ひときわ背の高い僧侶が黒い腕を伸ばした。

 青く彩られたローブから伸びるそれは、周囲の景色と相まってより際立って見え、景色のなかに溶け込んでいる。それは指が示す先の建物にも同じことが言えて、花畑に囲われたニ階建ての木造建築は色とりどりの植物に囲われ、わたしたちを待っていた。

「今日は屋根とベッドがあるとこで寝られそうですわね」

 おとなりでですわ少女が安堵の声を漏らす。まだ野宿初心者である彼女的に、寝袋はちょっち居心地が悪いのかもしれない。

 気持ちはわかる。あったかふわふわのベッドって、なんかごほうびって感じするよね。仏頂面のブッちゃんもどこか顔がほころんでるように見えるし、ドロちんなんかいかにも喜んでますな態度だもん。

「今日はだいじょうぶね」

(んん?)

 少女のつぶやき。その体躯に似てほんとうにささやかな声音だったけど、わたしの耳は聞き逃さなかった。

(ドロちん?)

「さっさと行くわよ。ベッドがぜんぶうまって野宿になりましたなんてシャレにならないんだから」

 高まる思いを隠すように、ドロちんは軽やかに駆け出すのだった。





「ひゃっほーい!」

 ぼふん。辺り一面にホコリが舞った。

「どこでもソレをやるのですね」

 あんずちゃんが手で振り払いながらこちらに近づいてくる。床がきしむ音。よく手入れされている木の建物は、この音が鈴のように澄んでいる。

「ほかのお客人に迷惑ですわよ」

「だれもいないじゃーん」

「キサマには自分以外だれも見えんのか」

(おっとぅ)

 仏頂面のブッちゃんがいつもより仏頂面でござる。

「バカやらないでよ。他人のふりしなきゃいけなくなるじゃない」

 そう言って、ドロちんはとなりのベッドに荷物を落とした。

 宿の一階に受け付けと簡易的な食事や休憩スペースがあり、宿泊用スペースはぜんぶニ階に用意されてる。他のお宿と違うところは、ここには部屋という区切りがなく、ニ階全体が吹き抜けのような感じになってて、そこにたくさんのベッドがあって「お好きにどうぞ」みたいな感じになってる点。

(使えるベッドは決まってるんだけどね)

 この日は宿泊客が少なくて、店主さんが君たちはラッキーだねと笑ってた。まだ日が高いのと、雨が降ってないのでお客さんが少なかったらしい。

 まわりにはわたしたちのほかに数人だけ。寝る時間じゃないから下でゆっくりしてたり、ゲームに興じてたりする。あのサイコロあそびたのしーんだよね。

「むむ」

 ドロちんが脇に置いたポシェット。フタが空いていて中身がちらり。複数の本が入ってるのが確認できる。

(勉強熱心だなぁ)

 オジサンに勧められてナイフの使い方とかちょろっと読んだけどなーんも入ってこなくて。結局身体で実践するのがイチバンだよっていう根性論。なお、しっかりオジサンに叩きつけられました。

(なんか眠くなっちゃうんだよねぇ……あれ)

 ひとつだけ雰囲気がちがう。

(おとこのひと?)

 上半身すっぱだかだ。しかもふたり絡み合ってるような。

「なにこれ?」

 好奇心が勝手に身体を動かした。ドロちんのポシェットに手をつっこみその本を取り出してみる。

 魔導書にしては独創的だなぁ。おとこの人の身体をくっつける魔法? そんなのある?

「にゃあああああああ!!!!!」

 スパン!

「えっ」

 ドロちんが聞いたことのないような叫び声をあげた。

 ちっちゃな腕がムチのようにしなって手に持っていた本を奪われた。はっや。どこでそんな動き覚えたの?

「どうしました!?」

 甲冑を外していたあんずちゃんが、驚きこっちを振り向いた。それだけじゃなく、ブッちゃんやそのほかの人たちまで目をまるくしている。

「ななななななんでもないわよ! 見せもんじゃないわさっさと散りなさい!」

 マッハで本を戻し、ドロちんは顔を真っ赤っ赤にしてそう叫んだ。





(うーん、あの時のドロちんおかしかったなぁ)

 ネコみたいなシャーって。わたしたちネコじゃないのに。じゃあなんだよって聞かれても困るけど。

 たかーい吹き抜けの三角屋根。そのてっぺんを眺めつつ、わたしはベッドの上でぼけーっとしてた。

 そりゃそうだ。だって今は夜ですもの。木に囲まれてるからお月さまの光も差し込まないし、あるのは小さなろうそくの灯火だけ。

 やることといえば寝ることだけ。そんな時間帯、弱い光だけで読書に勤しむ魔法少女がいた。

 ほんと勉強熱心だなぁって言いたいところなんだけどさ。

(今もおかしいんだよなぁ)

 ふと気になって寝たフリしつつ観察してたんだけど、フツーの読書とは毛色が違うんだよね。

「――ッ――――フゥ」

 ドロちんは、あの時と同じように顔を真っ赤にしていた。その視線は件の本に釘付けとなっており、となりでちょっと音をたててしまっても気づかないレベル。

 吐息を押し殺してるようで、思わずといった形で漏れる。それがどこか甘ったるい響きがあり、聞いてるこっちのほうが恥ずかしくなってくるようだ。

(いったいどんな本なんだろう)

 好奇心というヤツだ。その結果、わたしは自分の目を疑うような光景を目にする。

「え?」

 マンガだ。この世界にマンガがあった。

(いやいやソレも驚きなんだけど、え? なにこれ?)

 表紙にも描かれていたふたりの男性。それが上半身どころか下半身までまるだしなんだけど?

 なにこれ? なんの儀式? 魔導書ってこんなんばっかなの?

(えー、いやでも、えぇぇ)

 わたしの中にある魔法のイメージがぶっ壊れかけなのですが? っていうか壊れたかも。

 たぶん、あまりにも衝撃すぎて注意散漫になってたんだと思う。っていうか、身を乗り出しすぎ?

 もっと近くでとグイグイいった結果、わたしの身体はいつの間にかとなりのベッドまで急接近してたらしい。そこまで近づかれたらだれだって気づくってなもんで、えー。

「あっ」

「え?」

 ドロちんと目が合った。

「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!」

 昼間の数倍のボリュームだった。

 ええ、みんな起きましたとも。次の日と言わずその場で宿の主人に叱られましたとも。

 でもしかたないじゃん? あんなの見せられたらさぁ。
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