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作者: 犬物語
自戒
こころの奥底にある景色
「あんずちゃんウマの扱いウマくない?」

「シャレてる場合じゃありませんわ!!」

 なんて叫びつつまたマモノが一体露と消える。やべえ、今まさに人馬一体の現場に遭遇してるわ。

 感心するのは良いとして、馬上にてわちゃわちゃしてる女騎士の言うとおりシャレてる場合じゃなさそう。

「数が多いわね。ブーラー! 火力あげて!」

「承知した!」

 ドロちんのリクエストに僧侶が応じ、ブッちゃんは大きな両手を合わせ、暇なときよくやる立ち瞑想の姿勢に入った。

「必衰といえども盛者であれ。スキル、二重ふたえ!」

 補助スキルの発動により、魔法少女の杖に特殊なエフェクトが加わった。それを確認したドロちんは、密度が高そうな箇所に対しその先端を向ける。

「スキル、ウィンド!」

 ストッケート城を襲撃した緑髪の少女と同じ呪文だ。補助スキルの効果か、それは以前わたしが見たそれよりも強烈な風を呼び起こし、いくつかのマモノは抵抗する術もなく消滅していく。

「まだまだ行くわよ! スキル、ウィンド!」

 調子づいてきたドロちんが魔法を連発するけど、対象はマモノじゃなかった。

「はあ!?」

 パーティー内で最もマトがデカい標的への不意打ちである。

「このぉ、たわけが! キサマは敵と味方の区別もつかぬか!」

「威力抑えたんだからいーでしょ。それより、アンタもたまには身体使って戦いなさいよ」

 催促するドロちん。彼女のスキルは補助スキルを好む僧侶をふっとばし、見事敵陣ど真ん中へ誘っております。

 それでも、黒い肌の僧侶は拒否の姿勢。

「拙者は腕を振るわぬ! この腕で屠ってきた同胞を供養するためやすやすと拳を交えるわけにはいかんのだ!」

「えっ」

 さらっと衝撃発言してません?

(ブッちゃんもしかしてバリバリの体育会系?)

 そーいえば一度だけ肉弾戦してたな。ワニ型モンスターとの戦いで。

 その時は相手の疲弊を待っていたのかと思ったけど、そうじゃなくて拳で戦いたくなかったからなんだ。だからこそ、あの時はダメージ狙いじゃなくてあんずちゃんにパスした形になってたんだね。

(なるほど、ブッちゃんにも複雑な事情がありそうだなぁ……って)

「ヤバッ!?」

 目の前にマモノ。わたしは反射的に跳――。

「あっ」

 昨日の雨で地面がぬかるみ、急に足を動かしたせいで空転してしまう。

 足が宙に浮く。そのまま背中から落ちるだろう。けど、その時までにマモノからの一撃を受けるだろう。

「むっ!」

 遠くで低い声が響く。

(だめ、避けられない)

 せめてダメージ軽減を。わたしが空中で防御体勢をとった時だった。

「スキル、ラットスプレッド防壁

 視界がまっくろに染まった。

(え?)

 ローブに付着したお線香の香り。ゴツッとしてるけど暖かい手の感触。

 地面に落下する衝撃に備えていたはずの身体が、今はだれかの腕に抱きとめられている。

「……記憶の底にある光景だ。周囲を壁に囲われた場所に追いやられ、拙者は同族との戦いを余儀なくされた」

 気づけば、わたしは僧侶の大きな身体に包まれていた。

「ブッちゃん?」

「戦いたくなどなかった。しかし気づくと、拙者は多くの屍の上に立っていた。それが自分自身の記憶かどうかは定かではないが、いずれにしろ、この記憶は数多の苦痛と悔恨を孕んでいるのだ」

 ブッちゃんの身体から白煙が立ち込めている。全身の筋肉が硬直し、パンプして、地に足をつく。

「魂がそう叫んでいるのだ。故に拳に頼らず、暴にあらず、苦難に立ち向かう者たちを助けたかった。しかし自衛のためならば、仲間のためならば喜んでこの身体を盾にしよう。腕を振るおう」

 金城鉄壁の砦が動いた。

「許せ。スキル、掌波しょうは!」

 あの時と同じ技だ。違いといえば、今は彼の手に光がさし、突き出されたマモノの身体を貫いたこと。

(――わあ)

 彼が振り向きざまに放ったそれは、この角度からはブッちゃんに後光が差しているように見える。その光に浄化させられるようにマモノの影が蒸発し、花畑はもとの静けさを取り戻していった。

「へーき?」

 ドロちんが子どものような高い声でこちらの様子を伺う。でもって、子どもを褒めるような態度でブッちゃんに視線を向けた。

「なによ、できるじゃない」

「無益な殺生を好まぬだけだ。それよりグレース、大事ないか」

「あ、うん、ありがと」

 おしりを地面から持ち上げてチェック。頭と首は繋がってる。五体満足で滑舌もバッチリ。

「だいじょうぶだよ」

「それは重畳。しかしお主、見た目より重量があるのだな」

「はああッッッ!!!?!?!?!?」

 ちょっとまってそのセリフのが大ダメージなんだけど!?

 オトメのココロぼろぼろなんだけどォ!?!?

「ちがうもん! たくさん暗器仕込んでるからだもん! おにくじゃないもん!」

 うっわこんな屈辱受けるならあのままゴリラの一撃食らってたほうが良かった。

「助けてえええああああ!」

 遠くであんずちゃんの叫び声が轟いていた。
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