はんこうき
独り立ちの合図だよ
「それにしても、あの子の相手は疲れましたわね」
いつものように甲冑のお手入れ中なあんずちゃん。兜の側面に毛先のやわらかそーなふでを押し当てオイルを塗り込んでく。そのおかげであんずちゃんの鎧はいつもぴっかぴかだ。
「ああ、こんなところにも指のあとが」
悩ましいため息。冒険にご執心だった少女からの猛アタックにより、彼女の甲冑にはところどころ小さなゆびの痕跡が残っている。がっくりと肩を落とすあんずちゃんだったが、次にゃあキリッとした視線をこちらに向けてきた。
「グレース。アナタが余計なこと言わなければ」
「だってあんなに興味津々だと思わないじゃん」
あんずちゃんはねー、いつも甲冑姿なんだよーって言ったら目がしいたけになったんだよ。
「騎士の身なりまで興味を示すとは。フッ、今は年端もいかぬ少女だが、数年すれば自ら鋳造し旅に出るやもしれんな」
「単なるあこがれも、反抗期が重なったらタチ悪いわね」
本に目を通したまま、生意気な口調で少女が語る。
「どうする? ウチらが村を出るタイミングで勝手に荷造りして勝手についていくなんて言い出したら」
やや冗談めかしたセリフだったけど、ブッちゃんはわりと深刻に受け止めたようだ。彼は気難しそうにあごをさすった。
「うむ……次の目的地まで洞窟を抜ける必要がある。何かあれば守りきれるかわからぬな」
「もしそうなったら、わたくしたちで説得するしかなさそうですわね」
(説得かぁ)
イメージしてみる。目をキラキラさせた少女にみんなしてダメだよムリだよついて来ないでね。果たしてそれで「うん、わかった」とうなずいてくれるだろうか?
「ムリじゃね?」
この場にいる全員が同意した。
「魔法のイッパツでもかましてやろうかしら? こんなキケンな目に遭うのよってね」
と、ドロちんは人差し指の先に火を灯す。え、スキル詠唱なしでできちゃうの?
「そんな大げさな」
「あんたねぇ、自分の商売道具をぞんざいに扱われてまだそんなこと言えるの? ウチだったらソッコー火だるまにしてるわよ」
「ドロシー」
「なによ」
渋い非難の目の上から抗議の目で返す。
「反抗期なんだからそのくらいしないと効かないわ。あの年頃じゃ外にあこがれるなんてよくあることでしょ。どーせナイショで荷物まとめてお出かけごっこ! とかいうくだらないひとりあそびしてるだよ」
(すげー、正解だ)
まさかドロちんもあの部屋見た? いやでもわたしのとなりにいたし角度的に見えなかったはずだけど。
「まるで見てきたかのように言うな」
「見てきたもの」
「どこでですの?」
「どこでってそりゃあ――」
フリーズ。で、指でくちびるを押さえ首をかしげた。
「どこだったかしら?」
「たわけ」
「うっさいわね!」
本をバタリと閉じて少女の叫び声が木霊した。雨音にもまけず、っていうかよゆーの勝利。つまりうるさい。
「ドロシーさん、もう寝る時間なのですから静かにしてくださいな」
「わかってるわよ……どーせついてこれないし放っておけばいいじゃない」
遠くの空に閃光がはしり、その光がここまで差し込んでくる。それから何秒かして岩がころがるような音。これから天気が回復したとしても、地面はぐっちょりぬかるんであちこちに水たまりができてるだろう。
旅立ちからさっそくどろんこ足になっちゃうのかぁ。
「ねぇねぇブッちゃん、次の町までどのくらいかかるの?」
「同じ程度だ。ただ先ほども言ったように、途中洞窟を通ることになる」
僧侶がじぶんの荷物をまさぐり、そこから一枚の巻紙を取り出す。広げて指さしたそこには、途中の宿からガラリーに到着するまでに迂回した森らしき場所と、ガラリーを示す黒ポチ、そして道なりに進むと件の洞窟があった。
(んー)
視線でそれらを辿ってみる。なるほどなるほど、洞窟は複数の選択肢のなかで最短ルートなんだ。距離的にはフラーからガラリーと同じに見えるね。
「輩が巣食ってなければスムーズに通れるだろう」
「やから、とは」
「無論、盗賊の類だ。雨風しのぐだけでなく財宝の隠し場所としても、洞窟は有用な場所だからな」
「そうね。ウチもたまに洞窟を通って稼ぎを拝借したりストレス解消に懲らしめたりするけど、あいつら意外と持ってるのよね」
「それは……どうなのですか?」
あんずちゃんの倫理的な質問に対し、ドロちんは法的に答えた。
「知ってた? 悪党に人権は無いの」
これには開いた口が塞がらない女騎士。慈悲深い僧侶はこの話題をスルーした。
「それよりあんずよ。ティベリア殿から乗馬に誘われたのだが明日にでもどうだ?」
きょとん。
「わたくしにですか?」
「先の戦いで、馬型マモノ相手に乗りこなしていたではないか」
あんずちゃんは恥ずかしそうに赤面した。
「あれは、振り落とされないよう踏ん張ってただけです」
(いやいやものっそい剣技でしたわよ?)
「この天気だからどうなるかわからぬが、この際良い機会ではないか」
「ま、まあ。わたくしは構いませんけど」
「では、明日ティベリア殿に伝えよう。スレイプニールの機嫌にもよるが」
「あの馬に乗るんですの!?」
ふたりは馬の話題で盛り上がり、ドロちんはどこ吹く風でまた本に意識を向ける。屋根を打つ雨音が徐々になりを潜め、この調子なら明日には晴れ間が見えるかもしれない。
(うーん)
キネレットちゃん、ただの憧れにしてはいろいろ聞いてきたな。目ぇ輝かせてたし、ドロちんの言う反抗期とはちょっと違うような。
(イヤな予感するなぁ)
なんて、気にしてもはじまらないか。
「……ねよ」
この日がめずらしく、わたしがいちばんめに夢の世界へと飛び出していった。
いつものように甲冑のお手入れ中なあんずちゃん。兜の側面に毛先のやわらかそーなふでを押し当てオイルを塗り込んでく。そのおかげであんずちゃんの鎧はいつもぴっかぴかだ。
「ああ、こんなところにも指のあとが」
悩ましいため息。冒険にご執心だった少女からの猛アタックにより、彼女の甲冑にはところどころ小さなゆびの痕跡が残っている。がっくりと肩を落とすあんずちゃんだったが、次にゃあキリッとした視線をこちらに向けてきた。
「グレース。アナタが余計なこと言わなければ」
「だってあんなに興味津々だと思わないじゃん」
あんずちゃんはねー、いつも甲冑姿なんだよーって言ったら目がしいたけになったんだよ。
「騎士の身なりまで興味を示すとは。フッ、今は年端もいかぬ少女だが、数年すれば自ら鋳造し旅に出るやもしれんな」
「単なるあこがれも、反抗期が重なったらタチ悪いわね」
本に目を通したまま、生意気な口調で少女が語る。
「どうする? ウチらが村を出るタイミングで勝手に荷造りして勝手についていくなんて言い出したら」
やや冗談めかしたセリフだったけど、ブッちゃんはわりと深刻に受け止めたようだ。彼は気難しそうにあごをさすった。
「うむ……次の目的地まで洞窟を抜ける必要がある。何かあれば守りきれるかわからぬな」
「もしそうなったら、わたくしたちで説得するしかなさそうですわね」
(説得かぁ)
イメージしてみる。目をキラキラさせた少女にみんなしてダメだよムリだよついて来ないでね。果たしてそれで「うん、わかった」とうなずいてくれるだろうか?
「ムリじゃね?」
この場にいる全員が同意した。
「魔法のイッパツでもかましてやろうかしら? こんなキケンな目に遭うのよってね」
と、ドロちんは人差し指の先に火を灯す。え、スキル詠唱なしでできちゃうの?
「そんな大げさな」
「あんたねぇ、自分の商売道具をぞんざいに扱われてまだそんなこと言えるの? ウチだったらソッコー火だるまにしてるわよ」
「ドロシー」
「なによ」
渋い非難の目の上から抗議の目で返す。
「反抗期なんだからそのくらいしないと効かないわ。あの年頃じゃ外にあこがれるなんてよくあることでしょ。どーせナイショで荷物まとめてお出かけごっこ! とかいうくだらないひとりあそびしてるだよ」
(すげー、正解だ)
まさかドロちんもあの部屋見た? いやでもわたしのとなりにいたし角度的に見えなかったはずだけど。
「まるで見てきたかのように言うな」
「見てきたもの」
「どこでですの?」
「どこでってそりゃあ――」
フリーズ。で、指でくちびるを押さえ首をかしげた。
「どこだったかしら?」
「たわけ」
「うっさいわね!」
本をバタリと閉じて少女の叫び声が木霊した。雨音にもまけず、っていうかよゆーの勝利。つまりうるさい。
「ドロシーさん、もう寝る時間なのですから静かにしてくださいな」
「わかってるわよ……どーせついてこれないし放っておけばいいじゃない」
遠くの空に閃光がはしり、その光がここまで差し込んでくる。それから何秒かして岩がころがるような音。これから天気が回復したとしても、地面はぐっちょりぬかるんであちこちに水たまりができてるだろう。
旅立ちからさっそくどろんこ足になっちゃうのかぁ。
「ねぇねぇブッちゃん、次の町までどのくらいかかるの?」
「同じ程度だ。ただ先ほども言ったように、途中洞窟を通ることになる」
僧侶がじぶんの荷物をまさぐり、そこから一枚の巻紙を取り出す。広げて指さしたそこには、途中の宿からガラリーに到着するまでに迂回した森らしき場所と、ガラリーを示す黒ポチ、そして道なりに進むと件の洞窟があった。
(んー)
視線でそれらを辿ってみる。なるほどなるほど、洞窟は複数の選択肢のなかで最短ルートなんだ。距離的にはフラーからガラリーと同じに見えるね。
「輩が巣食ってなければスムーズに通れるだろう」
「やから、とは」
「無論、盗賊の類だ。雨風しのぐだけでなく財宝の隠し場所としても、洞窟は有用な場所だからな」
「そうね。ウチもたまに洞窟を通って稼ぎを拝借したりストレス解消に懲らしめたりするけど、あいつら意外と持ってるのよね」
「それは……どうなのですか?」
あんずちゃんの倫理的な質問に対し、ドロちんは法的に答えた。
「知ってた? 悪党に人権は無いの」
これには開いた口が塞がらない女騎士。慈悲深い僧侶はこの話題をスルーした。
「それよりあんずよ。ティベリア殿から乗馬に誘われたのだが明日にでもどうだ?」
きょとん。
「わたくしにですか?」
「先の戦いで、馬型マモノ相手に乗りこなしていたではないか」
あんずちゃんは恥ずかしそうに赤面した。
「あれは、振り落とされないよう踏ん張ってただけです」
(いやいやものっそい剣技でしたわよ?)
「この天気だからどうなるかわからぬが、この際良い機会ではないか」
「ま、まあ。わたくしは構いませんけど」
「では、明日ティベリア殿に伝えよう。スレイプニールの機嫌にもよるが」
「あの馬に乗るんですの!?」
ふたりは馬の話題で盛り上がり、ドロちんはどこ吹く風でまた本に意識を向ける。屋根を打つ雨音が徐々になりを潜め、この調子なら明日には晴れ間が見えるかもしれない。
(うーん)
キネレットちゃん、ただの憧れにしてはいろいろ聞いてきたな。目ぇ輝かせてたし、ドロちんの言う反抗期とはちょっと違うような。
(イヤな予感するなぁ)
なんて、気にしてもはじまらないか。
「……ねよ」
この日がめずらしく、わたしがいちばんめに夢の世界へと飛び出していった。