乗馬体験
ウマ娘ってのが流行ってるそうですね
「うわああああ!!!」
天地がひっくり返った。どさっと草むらに背中で体当たりして、距離を開けていく茶色い毛並みが視界にちらり。
「おやおや、いちばんおとなしい子のはずじゃがなぁ」
その光景を目の当たりにしたティベリアさん。ふしぎそうに首を傾げ、いたいけな少女を背中から振り落とした馬にひとこと添えた。
「おそらく殺気を感じたのだろう」
「そんなことないよ!?」
やさしく首筋をなでただけだよ! わたしはすこし濡れちゃった布の服をたたいて起き上がった。
激しい雨がやみ、新しい朝は晴天のなかで迎えることができた。窓からの日差しに背伸びして、あたたかい朝ごはんをいただいて、昨日の提案に乗った一行はそのまま牧場へ直行したわけですが。
「むむむぅ~、どーして乗せてくんないの?」
「バカは乗せたくないんじゃない?」
「ファッ!?」
ドロちんの一撃である。同行したものの、今はパラソルの下で日差しを回避しつつ読書中である。おじいちゃんが伺うような視線をブッちゃんに向けた。
「どうじゃブーラー? ここには荷車を引く用の馬もいるぞ?」
「以前の経験で充分だ。拙者よりあんず殿に勧めたほうがよかろう」
と、みなさまの視線がひとりの少女に向かう。とうの少女あんずちゃんはというと、他のみんなより馬さんと距離をあけて、オロオロとした様子で伺ってる。
「ほんとうにわたくしも騎乗しなければならないのですか?」
「乗りこなしていたではないか」
「むしろ怖かったですわ」
「いいからさっさとケツ乗せなさいよ」
(ドロちん言い方)
本人はノリ気でない。けどみんなのプッシュで少しずつ距離を詰め、あんずちゃんは巨剣を担ぐには細すぎるような手でた胴体をなでた。
「あたたかい……」
あんずちゃんの何倍も大きな馬。めいっぱい腕を伸ばしてたてがみに触れる。さらさらとした感触に頬がゆるみ、人の手に応えるようにヒヒンと鼻を鳴らし、おうまさんが長い鼻先をのばしてくる。
「っふふ、かわいいですわね」
「おぉ……お嬢さんは馬に好かれるようだ。少し大きいけどその子に乗ってみるかな?」
言ってすぐ、ティベリアさんは馬の身体に取り付けてある鞍を整え、その横に踏み台を設置してあんずちゃんを誘った。
「このわっかに足をかけて一気に騎乗するんじゃ」
「こう、ですか?」
フツーに飛び乗っちゃえばいいじゃんと思ったけど、あんずちゃんは素直に話を聞いていた。
「そう、そのままだと馬の身体を蹴ってしまうから、足を乗せたらこっちに出すんじゃ」
「なるほど」
なんか難しい話してる。ふと、視界の隅にあしがはっぽんある白馬が見えた。
今は青空だけど、白い雲のなかでもハッキリ見えるような白い馬。ピカピカな緑色の瞳はどこを見てるのかわからなくって、その顔は村はずれの森へと向かれていた。
「そうじゃ。そこに手をかけて一気に乗るんじゃ」
「こう、ですかッ」
よっこいしょって、少女の身体がおうまさんにまたがった。ちょっぴりジャンプ力オーバー。着地の衝撃でビクンとなったけど、おうまさんはしっかり背に乗る少女を受け入れかわいくポニーテールをまわした。
「はじめてにしては飲み込みがはやいのぅ。そのまま足で蹴って進ませるんじゃ」
「あ、足で蹴るんですの!?」
あんずちゃんは驚いた。おうまさんもなにごと? と驚いた。
「そんな、生き物を足蹴にするなんてできませんわ!」
「いやぁ、そこまで強く蹴らんわい。メッセージを伝えるために軽くとんとんと叩けばよい」
「は、はあ……では」
恐る恐るといった感じで、あんずちゃんは自分の右足を馬の腹部に当てる。四つ足の身体がピクンと動き、そのまま少しずつ前へ進み始めた。
「うまいのぅ。気分はどうじゃ?」
「これは」
言って、あんずちゃんはわたしたちを見下ろした。それから遠くの山々を見つめ、空を眺め、透き通る風に目を細める。
「悪くありませんわね」
「そのまま一周してみるといいじゃろう」
「うー……うらやましい」
なんで? なんであんずちゃんはオッケーなのにわたしの騎乗はみんな拒否るの?
「懐の物騒なブツをはずせば、馬たちも心を許してくれるだろう」
「これはもしもの時の備えだもん」
わたしはポケットを叩いた。中にはビスケットじゃなく暗器が入っております。叩いてもふたつになりません。
「重量オーバーなんじゃない?」
「えーでもこのナイフ軽いよ?」
「あーごめん通じなかったか。食べ過ぎって言いたかったんだけどやっぱやめるわ」
「やめるなら言うな! っていうかドロちんだって挫折したじゃん!」
「挫折じゃないわよシツレーな! ウチはちょっと身長が足りなくて足をかけられなかっただけだし」
「じゃあ仔馬に乗ればよかったじゃん」
「うっさいわね!」
「ふたりとも静かにせんか。馬たちが怖がってるだろう」
そうこうしてるうちに、あんずちゃんはフィールドを一周まわって元の位置に戻ってくる。さいしょと比べてなんと気持ちよさそーな表情だこと。すっかり乗馬の魅力に取り憑かれてしまったようだ。
「甲冑姿で乗っかってみたらいっぱしの騎士に見えるかもね」
そんなドロちんの軽口を、あんずちゃんはけっこーマジメに考えた。
「うーん……重量オーバーになってしまわないか心配ですわ」
「みなさん、ちょっといいですか?」
食器を片付けていたジェネザレスさんが母屋から出てくる。すこしそわそわして落ち着きがないかんじだった。
「キネレットを見かけませんでした? 家中を探しても見つからなかったんです」
「また探検と言って村に繰り出したんじゃろう」
「それはそうですけど、今まではちゃんとひと言添えてからだったじゃないですか」
日差しのなかに雲のかげがたち、逆光がすこしだけやわらぐ。その時のおばあちゃんは、とても不安そうな顔をしていた。
「ジェネザレス殿、キネレットが行きそうな場所に心当たりは?」
「あの子が行きそうな場所ですか? そうですねぇ」
不安をやわらげようとブッちゃんが助け舟を差し出し、おばあちゃんはすこし考える。一陣の風が通り過ぎていき、わたしはその声に耳を傾けていた。
(あめのにおいだ)
また降るのかな?
「あの子はどこでも足をつっこんでいく子ですから」
「ティベリアさん。ここからどうやって降りれば良いですの?」
「おお、すまない」
おじいちゃんの助力をもらい、今は鎧を装備していない少女が身軽な身体のまま地面に降り立つ。おめでとうのひと言でも贈ればよかったのに、おばあちゃんの言葉がわたしの頭で繰り返し再生されてる。
(キネレットちゃん)
偶然覗いた彼女の部屋。そこにあった荷物。彼女がもつ村の外へのあこがれ。
(……不安がもくもく膨らんできた。こんな時は行動がいちばんだよね)
「ちょっと探してくる!」
わたしは駆け出した。静止の声が背後に降り掛かったけど止まらなかった。
天地がひっくり返った。どさっと草むらに背中で体当たりして、距離を開けていく茶色い毛並みが視界にちらり。
「おやおや、いちばんおとなしい子のはずじゃがなぁ」
その光景を目の当たりにしたティベリアさん。ふしぎそうに首を傾げ、いたいけな少女を背中から振り落とした馬にひとこと添えた。
「おそらく殺気を感じたのだろう」
「そんなことないよ!?」
やさしく首筋をなでただけだよ! わたしはすこし濡れちゃった布の服をたたいて起き上がった。
激しい雨がやみ、新しい朝は晴天のなかで迎えることができた。窓からの日差しに背伸びして、あたたかい朝ごはんをいただいて、昨日の提案に乗った一行はそのまま牧場へ直行したわけですが。
「むむむぅ~、どーして乗せてくんないの?」
「バカは乗せたくないんじゃない?」
「ファッ!?」
ドロちんの一撃である。同行したものの、今はパラソルの下で日差しを回避しつつ読書中である。おじいちゃんが伺うような視線をブッちゃんに向けた。
「どうじゃブーラー? ここには荷車を引く用の馬もいるぞ?」
「以前の経験で充分だ。拙者よりあんず殿に勧めたほうがよかろう」
と、みなさまの視線がひとりの少女に向かう。とうの少女あんずちゃんはというと、他のみんなより馬さんと距離をあけて、オロオロとした様子で伺ってる。
「ほんとうにわたくしも騎乗しなければならないのですか?」
「乗りこなしていたではないか」
「むしろ怖かったですわ」
「いいからさっさとケツ乗せなさいよ」
(ドロちん言い方)
本人はノリ気でない。けどみんなのプッシュで少しずつ距離を詰め、あんずちゃんは巨剣を担ぐには細すぎるような手でた胴体をなでた。
「あたたかい……」
あんずちゃんの何倍も大きな馬。めいっぱい腕を伸ばしてたてがみに触れる。さらさらとした感触に頬がゆるみ、人の手に応えるようにヒヒンと鼻を鳴らし、おうまさんが長い鼻先をのばしてくる。
「っふふ、かわいいですわね」
「おぉ……お嬢さんは馬に好かれるようだ。少し大きいけどその子に乗ってみるかな?」
言ってすぐ、ティベリアさんは馬の身体に取り付けてある鞍を整え、その横に踏み台を設置してあんずちゃんを誘った。
「このわっかに足をかけて一気に騎乗するんじゃ」
「こう、ですか?」
フツーに飛び乗っちゃえばいいじゃんと思ったけど、あんずちゃんは素直に話を聞いていた。
「そう、そのままだと馬の身体を蹴ってしまうから、足を乗せたらこっちに出すんじゃ」
「なるほど」
なんか難しい話してる。ふと、視界の隅にあしがはっぽんある白馬が見えた。
今は青空だけど、白い雲のなかでもハッキリ見えるような白い馬。ピカピカな緑色の瞳はどこを見てるのかわからなくって、その顔は村はずれの森へと向かれていた。
「そうじゃ。そこに手をかけて一気に乗るんじゃ」
「こう、ですかッ」
よっこいしょって、少女の身体がおうまさんにまたがった。ちょっぴりジャンプ力オーバー。着地の衝撃でビクンとなったけど、おうまさんはしっかり背に乗る少女を受け入れかわいくポニーテールをまわした。
「はじめてにしては飲み込みがはやいのぅ。そのまま足で蹴って進ませるんじゃ」
「あ、足で蹴るんですの!?」
あんずちゃんは驚いた。おうまさんもなにごと? と驚いた。
「そんな、生き物を足蹴にするなんてできませんわ!」
「いやぁ、そこまで強く蹴らんわい。メッセージを伝えるために軽くとんとんと叩けばよい」
「は、はあ……では」
恐る恐るといった感じで、あんずちゃんは自分の右足を馬の腹部に当てる。四つ足の身体がピクンと動き、そのまま少しずつ前へ進み始めた。
「うまいのぅ。気分はどうじゃ?」
「これは」
言って、あんずちゃんはわたしたちを見下ろした。それから遠くの山々を見つめ、空を眺め、透き通る風に目を細める。
「悪くありませんわね」
「そのまま一周してみるといいじゃろう」
「うー……うらやましい」
なんで? なんであんずちゃんはオッケーなのにわたしの騎乗はみんな拒否るの?
「懐の物騒なブツをはずせば、馬たちも心を許してくれるだろう」
「これはもしもの時の備えだもん」
わたしはポケットを叩いた。中にはビスケットじゃなく暗器が入っております。叩いてもふたつになりません。
「重量オーバーなんじゃない?」
「えーでもこのナイフ軽いよ?」
「あーごめん通じなかったか。食べ過ぎって言いたかったんだけどやっぱやめるわ」
「やめるなら言うな! っていうかドロちんだって挫折したじゃん!」
「挫折じゃないわよシツレーな! ウチはちょっと身長が足りなくて足をかけられなかっただけだし」
「じゃあ仔馬に乗ればよかったじゃん」
「うっさいわね!」
「ふたりとも静かにせんか。馬たちが怖がってるだろう」
そうこうしてるうちに、あんずちゃんはフィールドを一周まわって元の位置に戻ってくる。さいしょと比べてなんと気持ちよさそーな表情だこと。すっかり乗馬の魅力に取り憑かれてしまったようだ。
「甲冑姿で乗っかってみたらいっぱしの騎士に見えるかもね」
そんなドロちんの軽口を、あんずちゃんはけっこーマジメに考えた。
「うーん……重量オーバーになってしまわないか心配ですわ」
「みなさん、ちょっといいですか?」
食器を片付けていたジェネザレスさんが母屋から出てくる。すこしそわそわして落ち着きがないかんじだった。
「キネレットを見かけませんでした? 家中を探しても見つからなかったんです」
「また探検と言って村に繰り出したんじゃろう」
「それはそうですけど、今まではちゃんとひと言添えてからだったじゃないですか」
日差しのなかに雲のかげがたち、逆光がすこしだけやわらぐ。その時のおばあちゃんは、とても不安そうな顔をしていた。
「ジェネザレス殿、キネレットが行きそうな場所に心当たりは?」
「あの子が行きそうな場所ですか? そうですねぇ」
不安をやわらげようとブッちゃんが助け舟を差し出し、おばあちゃんはすこし考える。一陣の風が通り過ぎていき、わたしはその声に耳を傾けていた。
(あめのにおいだ)
また降るのかな?
「あの子はどこでも足をつっこんでいく子ですから」
「ティベリアさん。ここからどうやって降りれば良いですの?」
「おお、すまない」
おじいちゃんの助力をもらい、今は鎧を装備していない少女が身軽な身体のまま地面に降り立つ。おめでとうのひと言でも贈ればよかったのに、おばあちゃんの言葉がわたしの頭で繰り返し再生されてる。
(キネレットちゃん)
偶然覗いた彼女の部屋。そこにあった荷物。彼女がもつ村の外へのあこがれ。
(……不安がもくもく膨らんできた。こんな時は行動がいちばんだよね)
「ちょっと探してくる!」
わたしは駆け出した。静止の声が背後に降り掛かったけど止まらなかった。