冒険とはこういうこと
新しい経験、プライスレス
「んっしょ――よいしょっと!」
少女がひとり、森の中をさまよっていた。
急な段差をよじ登っていく。地層模様が描かれた崖のような壁を、しかし少女はドロだらけの手袋で、むき出しの岩を掴んで着実に登っていく。
やがて最長点に達し、少女ははじめて見る向こう側の景色に目を輝かせた。
「わたし冒険してるんだ! くぅ~こんなにたのしーの、ちっちゃな村じゃ味わえないよ」
いつもは、この壁の手前にある小川で折り返していた。川と呼べる規模でなく、ただ水がちょろちょろ流れているだけの通り道。そこから一歩踏み出せば、少女がまだ見たことのない景色が待っている。
少女は新しい一歩を踏み出した。
「こうなってるんだぁ」
土、石、木、緑。同じ景色なのに、少女の目にはまるで別世界に見えた。密かに雑貨屋で道具を買い集め、それらを収納できそうなバックパックをおじいちゃんの部屋から拝借し、少しずつ距離を伸ばしていった。
今日は森の向こう側に行けちゃうかな? そうしたら、あの旅人さんたちに連れて行ってもらえるかな? そんな、大人からすれば微笑ましい夢想とともに、少女は初めての場所を探検していた。
「はじめて見る葉っぱだわ……これ食べられるのかしら?」
以前試したことを思い出す。とても勇気が必要だったが、どうしても気になって、手のひらみたいな形をした葉っぱを持ち帰り、おばあちゃんの料理に入れてみたことがある。いつもと違う味にふたりとも困惑していたが、それが食べられるということを知ってとても興奮した。
もしかしたら、地面をころがってるこの石さえ食べられるのかもしれない。そんな妄想を巡らせては実際に試したくなる。そんな好奇心が少女の足を前へ誘い、そして、そこへとたどり着く。
「あれ……みち?」
舗装されてない。砂地でもない。だけど草地のなか不自然に踏み鳴らされたラインが伸びている。
それに習って歩みをすすめると、少女はやがて人間の気配にたどり着いた。
「これって、テントだよね?」
少女は木の棒とロープにくくりつけられた布地に目を通した。近くには薪があり、その上には鍋が、テントとおなじ要領で木の枝とロープに括られている。
こんな森のなかになんで? そんな疑問が頭の中に浮かんだころ、視界の外から低く呻くような声が聞こえた。
「ガキか? なんでこんなところにいる?」
「ッ!?」
(あ……)
振り返り、そして本能的に背筋が凍る。
無骨な顔、革の服は上下で色合いがなく、サイズの合わない兜をかぶる。手には大きなナタが握られていた。
おじいちゃんとおばあちゃんからさんざん聞かされていたあの話と似てる。似すぎている。
(わるい人たち?)
だれ? そう口にしそうになったところで、少女は反射的に身を固めた。
「どうした?」
茂みの置くからまた別の人物が姿を表す。その人に、はじめに少女を見つけた無骨な男は困ったような顔をした。
「ガキが迷いこんだんだ」
「はあ?」
仲間の言うことが信じられずにこちらを覗き込み、それが真実だとわかったところで新たな疑問を口にする。気づけば、男の取り巻きはどんどん数を増やしていた。
「いったいどこから?」
「オレが知るかよ」
「だれだぁ隠し子をだまってたのはぁ?」
「ははは! ――笑えねぇな」
その中のひとりが、冷酷が目で少女の瞳を射抜いた。
「場所がバレちまった」
「ッ!?」
このひとたちはダメだ。直感的に気づく。けど、なぜか身体が動かなかった。
「はぁ……無益な殺生は好まねぇんだがな」
「バカ言え! テメーがいちばん殺してるだろ」
だれが言ったか知らぬセリフにみんなが笑う。人の命など何とも思ってないような笑みだ。
「まあ待て。ここで血を流してクマやヒルに寄られちゃかなわねえ」
「キャッ!」
急に腕を掴まれ、少女は苦悶に声を上げる。抵抗しても男の力に勝てず、少女の腕は無骨な手で高く掲げられ、少女はつま先立ちになった。
「小さいガキでも需要はあるさ。下働きの奴隷でも見世物でも、なんだったらソッチ方面でもな」
男に釣り上げられた身体。鼻先に黒い肌がせまり、そこからにじみ出る悪臭に少女は嫌悪感を顕にした。それをどう受け取ったのか、周りにいる男たちは少女が見たことのないような邪悪な笑みとともに、少女の身体を端々まで舐めるように見つめる。
「まあ、五年も経てばイケるか?」
「いんや、ランカスターの情報屋に好きモノがいたな。あいつなら高値で買い取ってくれるかもしれねぇ」
「マジかよ、どんな趣味してんだ?」
「決まりだな」
少女の腕を掴んだ男はそう言って、下卑な笑みで見下した。
「わるいが、見られたからには生かしちゃおけねぇんだよ」
「ヒッ!」
こいつらが何を言ってるのかわからない。けど、間違いなく悪いなにかだ。サイアク、自分の命さえ危ないかもしれない。
このまま自分は何もできず、この男たちの好きにさせてしまうのか? そう感じたとき、少女の脳裏にある女性の姿が映った。
(――そんなの)
まだ外の世界を知らない。こんなところで死んでたまるか!
(ヤダ!!)
「ッッッアアアアアアアア!!!!!」
絶叫。声を発した男の視線の先は自身の腕。しかし、そこには少女の歯がしっかりえぐり込んでいる。
「か、かしら!!」
「こンのガキ!」
「きゃっ!!」
腹部に衝撃がはしり、少女は地面になぎ倒された。頭がふらつく感覚をおおさえつつ、少女は迷わず人がいない方向へと走り出す。
重いので、背中の荷物はとうに捨て去った。
「あ、このガキ!」
「捕まえろ!!」
そんな声が背後から響く。少女はただ茂みの中を駆けていった。
少女がひとり、森の中をさまよっていた。
急な段差をよじ登っていく。地層模様が描かれた崖のような壁を、しかし少女はドロだらけの手袋で、むき出しの岩を掴んで着実に登っていく。
やがて最長点に達し、少女ははじめて見る向こう側の景色に目を輝かせた。
「わたし冒険してるんだ! くぅ~こんなにたのしーの、ちっちゃな村じゃ味わえないよ」
いつもは、この壁の手前にある小川で折り返していた。川と呼べる規模でなく、ただ水がちょろちょろ流れているだけの通り道。そこから一歩踏み出せば、少女がまだ見たことのない景色が待っている。
少女は新しい一歩を踏み出した。
「こうなってるんだぁ」
土、石、木、緑。同じ景色なのに、少女の目にはまるで別世界に見えた。密かに雑貨屋で道具を買い集め、それらを収納できそうなバックパックをおじいちゃんの部屋から拝借し、少しずつ距離を伸ばしていった。
今日は森の向こう側に行けちゃうかな? そうしたら、あの旅人さんたちに連れて行ってもらえるかな? そんな、大人からすれば微笑ましい夢想とともに、少女は初めての場所を探検していた。
「はじめて見る葉っぱだわ……これ食べられるのかしら?」
以前試したことを思い出す。とても勇気が必要だったが、どうしても気になって、手のひらみたいな形をした葉っぱを持ち帰り、おばあちゃんの料理に入れてみたことがある。いつもと違う味にふたりとも困惑していたが、それが食べられるということを知ってとても興奮した。
もしかしたら、地面をころがってるこの石さえ食べられるのかもしれない。そんな妄想を巡らせては実際に試したくなる。そんな好奇心が少女の足を前へ誘い、そして、そこへとたどり着く。
「あれ……みち?」
舗装されてない。砂地でもない。だけど草地のなか不自然に踏み鳴らされたラインが伸びている。
それに習って歩みをすすめると、少女はやがて人間の気配にたどり着いた。
「これって、テントだよね?」
少女は木の棒とロープにくくりつけられた布地に目を通した。近くには薪があり、その上には鍋が、テントとおなじ要領で木の枝とロープに括られている。
こんな森のなかになんで? そんな疑問が頭の中に浮かんだころ、視界の外から低く呻くような声が聞こえた。
「ガキか? なんでこんなところにいる?」
「ッ!?」
(あ……)
振り返り、そして本能的に背筋が凍る。
無骨な顔、革の服は上下で色合いがなく、サイズの合わない兜をかぶる。手には大きなナタが握られていた。
おじいちゃんとおばあちゃんからさんざん聞かされていたあの話と似てる。似すぎている。
(わるい人たち?)
だれ? そう口にしそうになったところで、少女は反射的に身を固めた。
「どうした?」
茂みの置くからまた別の人物が姿を表す。その人に、はじめに少女を見つけた無骨な男は困ったような顔をした。
「ガキが迷いこんだんだ」
「はあ?」
仲間の言うことが信じられずにこちらを覗き込み、それが真実だとわかったところで新たな疑問を口にする。気づけば、男の取り巻きはどんどん数を増やしていた。
「いったいどこから?」
「オレが知るかよ」
「だれだぁ隠し子をだまってたのはぁ?」
「ははは! ――笑えねぇな」
その中のひとりが、冷酷が目で少女の瞳を射抜いた。
「場所がバレちまった」
「ッ!?」
このひとたちはダメだ。直感的に気づく。けど、なぜか身体が動かなかった。
「はぁ……無益な殺生は好まねぇんだがな」
「バカ言え! テメーがいちばん殺してるだろ」
だれが言ったか知らぬセリフにみんなが笑う。人の命など何とも思ってないような笑みだ。
「まあ待て。ここで血を流してクマやヒルに寄られちゃかなわねえ」
「キャッ!」
急に腕を掴まれ、少女は苦悶に声を上げる。抵抗しても男の力に勝てず、少女の腕は無骨な手で高く掲げられ、少女はつま先立ちになった。
「小さいガキでも需要はあるさ。下働きの奴隷でも見世物でも、なんだったらソッチ方面でもな」
男に釣り上げられた身体。鼻先に黒い肌がせまり、そこからにじみ出る悪臭に少女は嫌悪感を顕にした。それをどう受け取ったのか、周りにいる男たちは少女が見たことのないような邪悪な笑みとともに、少女の身体を端々まで舐めるように見つめる。
「まあ、五年も経てばイケるか?」
「いんや、ランカスターの情報屋に好きモノがいたな。あいつなら高値で買い取ってくれるかもしれねぇ」
「マジかよ、どんな趣味してんだ?」
「決まりだな」
少女の腕を掴んだ男はそう言って、下卑な笑みで見下した。
「わるいが、見られたからには生かしちゃおけねぇんだよ」
「ヒッ!」
こいつらが何を言ってるのかわからない。けど、間違いなく悪いなにかだ。サイアク、自分の命さえ危ないかもしれない。
このまま自分は何もできず、この男たちの好きにさせてしまうのか? そう感じたとき、少女の脳裏にある女性の姿が映った。
(――そんなの)
まだ外の世界を知らない。こんなところで死んでたまるか!
(ヤダ!!)
「ッッッアアアアアアアア!!!!!」
絶叫。声を発した男の視線の先は自身の腕。しかし、そこには少女の歯がしっかりえぐり込んでいる。
「か、かしら!!」
「こンのガキ!」
「きゃっ!!」
腹部に衝撃がはしり、少女は地面になぎ倒された。頭がふらつく感覚をおおさえつつ、少女は迷わず人がいない方向へと走り出す。
重いので、背中の荷物はとうに捨て去った。
「あ、このガキ!」
「捕まえろ!!」
そんな声が背後から響く。少女はただ茂みの中を駆けていった。