トレイルクエスト
嗅覚、聴覚、そして視覚。使えるものはなんでも使う
陽が陰っていく。木が立ち並ぶ領域に一歩踏み入れ、開かれた世界とは異なるざわめきに目を閉じ心を落ち着かせた。
「この森にいるっぽいけどアテはない。じゃあどうやって探しましょ?」
隅から隅まで走り回ろうか、なんて選択肢オジサンに叱られちゃう。ここはお得意の鼻と耳を使いましょ。
(……)
自然の音と生物の音はちがう。風はすべてに平等で、木々を等しく揺らすけど、動物たちはただ一枚の葉っぱだけを動かす。そこに生まれる音はまったく異なるものだ。
獣は独自の匂いを残る。残り香が濃いほどその個体が近くにいる証拠。空間に充満したそれらは混ざり合い、ここにいろんな動物たちがいたことを教えてくれる。
音は風。とおくに聞こえるピアノの音は、部屋をすりぬけそよ風に乗り、わたしの耳まで届いてくる。そんな音色に耳を傾けながら、わたしはいつも森の中を駆け巡っていた。
「え?」
ぴあのってなんだ?
「いやいやちがうちがう、さすがにそれは知ってるよ」
じゃなくて、なんだいまの記憶は。
「ピアノ、おんなの子、それを見上げてるじぶん」
脳裏にうかぶ白いモヤがかかったような映像。ヤケに低姿勢な景色だ。ドアのすき間から外に出て、庭にころがっててもその音色は聞こえてくるんだ。
「キャー!!」
「そうそうこんなかんじにきゃーって……え?」
きゃー?
これピアノじゃなくない?
叫び声だ。しかも聞いたことある声色。ずっとまとわりついてきた外の世界にあこがれる少女の声だ。
「キネレットちゃん!」
わたしは声のした方向に走り出した。
「ハァ、ハァ――ハァッ」
道なき道を必死に駆け抜けていく。足をとられ葉に頬を切られても止められない。足を止めたら終わる。
(ッ! くぅ!)
だめ、撒けない! かけっこじゃだれにも負けなかったのに。それどころか男たちの影が大きくなっていく。
このままじゃダメだ。どこか、どこか身を隠せる場所は――。
「あ……」
視界が開ける。それは森の反対側に出た証拠。なだらかな丘陵になり低い植物が花開いてるけど、その代わり身を隠せるような場所はひとつもなかった。
「手こずらせやがって」
背後からそんな声が響く。振り向くと視界が暗く、見上げたすぐ目の前で巨人がこちらを見下していた。
逃げ場がない。そう感じたとき周囲の音がすべて消えた。男は頭部にはちまきのようなものを縛っていて、それが揺れている。
風が吹いてるはずだった。それなのになにも聞こえない。緑のゆらめきも、花の香りも、周囲の景色さえかすんで消えていく。あるのは、絶望を運ぶ大きな手だけ。それがどんどん大きくなって、逃れられない運命を冷徹に告げてくる。
気づけば、十人以上の大人に囲まれていた。
「大人しくしてりゃ手荒なマネはしねーよ」
「ッ!!」
わたしは目をギュッと閉じた。
しばらくそのままでいて、何もなくて、ちょっとだけ目を開いた。
ゴロツキたちは遠くを見ていた。
「なんだありゃ?」
だれかがそうつぶやく。それとともに、激しい足音と女性の叫び声が轟いた。
「あああああああああああ!!!!!!!!」
(ふぇ?)
声のした方に顔を向ける。
白い馬がいた。気付いた時は遠くの点。しかし数秒で姿形がハッキリ見えて、今はもう声が届く範囲。
「くそおおおとまれと言ってるのになんでえええええ!!!!」
「お、おいそこの女とまぐあああ!!」
白馬が目の前を突っ切って、数人をなぎ倒した。盗賊たちが持っていた得物が宙を舞っていく。白馬は素早く切り返しわたしの側で静止する。ちょうどいいタイミングで飛び散った武器が落下し、馬にまたがったおねーさんはそれらを避けつつ、偶然にも片手用の剣をキャッチした。
「にゃあああぶないですわね! って」
目があう。
「あなたはキネレットちゃん!?」
「ヨロイのおねーさん!」
今は着てないけど。
「そんなにボロボロになって、探しましたのよ!」
言って、おねーさんは馬の上からこちらに手を差し伸べた。
「ティベリアさんとジェネザレスさんが心配してますわ。さあこちらへ」
「おねーさんたすけて!」
わたしは差し出された手を握り返すより、言葉で訴えるほうを選んだ。
「はい?」
と首をかしげ、こちらを睨むゴロツキを見渡し、途端にキリッとした表情をつくる。かっこいいと思った。
「あなたたち……キネレットちゃんに何したんですの?」
剣を握る手に力がこもる。ゴロツキたちは一様に眉間にシワを寄せ乱入者と馬に敵意を向けた。
「ジャマするってんならテメーも生かしちゃおけねぇな」
「ふっ、三下が吐きそうなセリフですわね」
「ああ!?」
「でもそのおかげで、あなた方がロクな人間でないことはわかりましたわ」
おねーさんは手に握った剣をポイと捨てた。え、なんで?
「わたくしが成敗して差し上げますわ! ――あら?」
おねーさんは両手を上にまわし、背後にあるはずの何かを掴もうとして、失敗して、ヘンな声を出した。
「しまった! 武器を装備していませんですわ!」
「なんか知らねーが自分から武器を捨てるとはバカだな! おめーらやっちまえ!!」
それを合図に、取り囲んでいたヤツらが一斉に襲いかかってきた。
「この森にいるっぽいけどアテはない。じゃあどうやって探しましょ?」
隅から隅まで走り回ろうか、なんて選択肢オジサンに叱られちゃう。ここはお得意の鼻と耳を使いましょ。
(……)
自然の音と生物の音はちがう。風はすべてに平等で、木々を等しく揺らすけど、動物たちはただ一枚の葉っぱだけを動かす。そこに生まれる音はまったく異なるものだ。
獣は独自の匂いを残る。残り香が濃いほどその個体が近くにいる証拠。空間に充満したそれらは混ざり合い、ここにいろんな動物たちがいたことを教えてくれる。
音は風。とおくに聞こえるピアノの音は、部屋をすりぬけそよ風に乗り、わたしの耳まで届いてくる。そんな音色に耳を傾けながら、わたしはいつも森の中を駆け巡っていた。
「え?」
ぴあのってなんだ?
「いやいやちがうちがう、さすがにそれは知ってるよ」
じゃなくて、なんだいまの記憶は。
「ピアノ、おんなの子、それを見上げてるじぶん」
脳裏にうかぶ白いモヤがかかったような映像。ヤケに低姿勢な景色だ。ドアのすき間から外に出て、庭にころがっててもその音色は聞こえてくるんだ。
「キャー!!」
「そうそうこんなかんじにきゃーって……え?」
きゃー?
これピアノじゃなくない?
叫び声だ。しかも聞いたことある声色。ずっとまとわりついてきた外の世界にあこがれる少女の声だ。
「キネレットちゃん!」
わたしは声のした方向に走り出した。
「ハァ、ハァ――ハァッ」
道なき道を必死に駆け抜けていく。足をとられ葉に頬を切られても止められない。足を止めたら終わる。
(ッ! くぅ!)
だめ、撒けない! かけっこじゃだれにも負けなかったのに。それどころか男たちの影が大きくなっていく。
このままじゃダメだ。どこか、どこか身を隠せる場所は――。
「あ……」
視界が開ける。それは森の反対側に出た証拠。なだらかな丘陵になり低い植物が花開いてるけど、その代わり身を隠せるような場所はひとつもなかった。
「手こずらせやがって」
背後からそんな声が響く。振り向くと視界が暗く、見上げたすぐ目の前で巨人がこちらを見下していた。
逃げ場がない。そう感じたとき周囲の音がすべて消えた。男は頭部にはちまきのようなものを縛っていて、それが揺れている。
風が吹いてるはずだった。それなのになにも聞こえない。緑のゆらめきも、花の香りも、周囲の景色さえかすんで消えていく。あるのは、絶望を運ぶ大きな手だけ。それがどんどん大きくなって、逃れられない運命を冷徹に告げてくる。
気づけば、十人以上の大人に囲まれていた。
「大人しくしてりゃ手荒なマネはしねーよ」
「ッ!!」
わたしは目をギュッと閉じた。
しばらくそのままでいて、何もなくて、ちょっとだけ目を開いた。
ゴロツキたちは遠くを見ていた。
「なんだありゃ?」
だれかがそうつぶやく。それとともに、激しい足音と女性の叫び声が轟いた。
「あああああああああああ!!!!!!!!」
(ふぇ?)
声のした方に顔を向ける。
白い馬がいた。気付いた時は遠くの点。しかし数秒で姿形がハッキリ見えて、今はもう声が届く範囲。
「くそおおおとまれと言ってるのになんでえええええ!!!!」
「お、おいそこの女とまぐあああ!!」
白馬が目の前を突っ切って、数人をなぎ倒した。盗賊たちが持っていた得物が宙を舞っていく。白馬は素早く切り返しわたしの側で静止する。ちょうどいいタイミングで飛び散った武器が落下し、馬にまたがったおねーさんはそれらを避けつつ、偶然にも片手用の剣をキャッチした。
「にゃあああぶないですわね! って」
目があう。
「あなたはキネレットちゃん!?」
「ヨロイのおねーさん!」
今は着てないけど。
「そんなにボロボロになって、探しましたのよ!」
言って、おねーさんは馬の上からこちらに手を差し伸べた。
「ティベリアさんとジェネザレスさんが心配してますわ。さあこちらへ」
「おねーさんたすけて!」
わたしは差し出された手を握り返すより、言葉で訴えるほうを選んだ。
「はい?」
と首をかしげ、こちらを睨むゴロツキを見渡し、途端にキリッとした表情をつくる。かっこいいと思った。
「あなたたち……キネレットちゃんに何したんですの?」
剣を握る手に力がこもる。ゴロツキたちは一様に眉間にシワを寄せ乱入者と馬に敵意を向けた。
「ジャマするってんならテメーも生かしちゃおけねぇな」
「ふっ、三下が吐きそうなセリフですわね」
「ああ!?」
「でもそのおかげで、あなた方がロクな人間でないことはわかりましたわ」
おねーさんは手に握った剣をポイと捨てた。え、なんで?
「わたくしが成敗して差し上げますわ! ――あら?」
おねーさんは両手を上にまわし、背後にあるはずの何かを掴もうとして、失敗して、ヘンな声を出した。
「しまった! 武器を装備していませんですわ!」
「なんか知らねーが自分から武器を捨てるとはバカだな! おめーらやっちまえ!!」
それを合図に、取り囲んでいたヤツらが一斉に襲いかかってきた。