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作者: 犬物語
凝りない少女
はじめての大冒険
「キネレット!」

 こちらの姿を確認した瞬間、ティベリアさんは今までにないほどの大声をあげた。ずっと地面を見てた孫娘も、そんなおじいちゃんの声にびくりと顔を上げ、いろんな感情が織り交ぜていき、最後に残ったのはしわくちゃになったほっぺたと、そこを伝う涙だった。

「おじーちゃん!」

 駆け出し、家族の膝下に体当たり。それを満点の笑顔で迎え入れるふたり。

 なんとなく、うらやましいなと思った。

 が。

「こんのバカもんが!」

 しばらくギュッとしていたものの、いちど肩をつかみ離したらこんどは説教モード。家出少女ちゃん、お覚悟はよろしくて?

「ん、いまのはあんずちゃんっぽい」

「いきなりなんですの?」

 となりの女騎士が怪訝な声を投げかけた。ちなみに、スレイプニールは騒動のあとどこぞへと駆けていってしまい、わたしたちは延々と森をつっきってのご帰宅である。土とホコリにまみれております。

「こんなにボロボロになりおって、だから勝手に村を出るなとあれほど言ってるじゃろうが!」

 口調は険しいものだけど、その色と態度が裏側に隠れた性根を伝えてくれる。きっと、孫娘にも届くだろう。

「ッ! ――ごめんなさい」

 何かを言いかけて、とりあえずは謝罪という選択肢。なるほど、さすがに今回の体験は少女をオトナに近づけてくれたらしい。ここまでの道すがらずぅっと落ち込んでたもんねぇ。

「だいじょうぶかいキネレット? ほら、腕をかしてごらんなさい」

 ジェネザレスさんが、愛する孫娘がこしらえた傷口を湿ったハンカチで傷の汚れをぬぐう。匂いからしてなにか薬草が塗り込まれているのだろう。それから用意した包帯でカバーし、やさしい手で覆った。こころから大切にしてる存在を抱きしめる時のそれだ。

 そういうやさしさがまたダブルで効く・・んだよ。

「あまり心配させないでね」

「うん……うん!」

 これには涙ちょちょぎれ。となりの女騎士も軽くうるっとして、付き添いで来たらしいツンツンドロちんも、しつけのなってないお子ちゃまを貶す姿勢を崩され同情的な態度に早変わり。

(あー、そうだ)

 弱ってる時こそつけ込むチャンスだ。どこぞのお師匠さまがそう言ってたなぁ。

(なんて、こんな雰囲気じゃ言えないよね)

 そうしてる間にこっちも会話ができる距離まで近づき、ティベリアさんはひたすら申し訳なさ気に感謝のことばを連呼する。大雨の気配だった曇り空はどこ吹く風で、今はむぎわら帽子をかぶらなきゃやってらんないほど晴れ渡っていた。

「世話をかけさせてしまって、どうお礼を申し上げれば良いか」

「いえいえお気になさらず! それよりもキネレットちゃんが無事で何よりでしたわ」

 ティベリアさんがあんずの持つギラついた代物に気づき目を強張らせた。

「何か、あったのですか?」

「うん、ちょっとワルいヤツらを懲らしめてきました」

「盗賊の類か?」

 黙って行く末を見守っていたブッちゃんのひと言。わたしがかくかくしかじか説明すると、いつものように難しい顔をしてあごに指を添えた。

「ブルームーンか、ふむ。目的はわからんが、どうやらこの周辺に独自のルートを開拓していたようだ」

「そんなの、表沙汰にできないブツの取り引きのために決まってるでしょ」

「あ、あの! それで、盗賊たちはどうしてるのですか?」

 恐怖心があるジェネザレスさんの声。きっと、数年前のあの日を思い出してるんだろう。でもだいじょうぶ! わたしがきちんと解決しておきました。

「ごあんしんください! しっかりバリッとスカッと片付けておきました!」

「いやしかし、そのような不届き者は役人に引き渡さなければなるまい。どこぞに縛っているのだろう?」

 とブッちゃんは言っておりますが、ごあんしんください。

 わたしがしっかり解決・・しておきましたので。

「かいけつ、ねえ」

 ドロちんがわたしの服を――黒いシミが染み付いた衣服をまじまじと見つめる。あー、うん。きちんと処理しといたつもりだったんだけどね。

「どこにある・・の」

 いる、じゃない。これは勘違いさせてしまったかな?

「あー、んー、いちおー言っときますけどそういうこと最果ての行為はしてないからね?」

「あ、そう。じゃあどこにいる・・の?」

「わかんないけど……たぶんもうダイジョーブだよ」

 二度とワルいことはしないだろうから。少なくとも、そういうことをしようとする度に、どこぞの暗殺者の顔を思い出すくらいにゃ加減しておきましたから。

「そう」

 それきりドロちんは黙り込んだ。ブッちゃんは納得できぬ様子だったけど、となりのあんずちゃんに視線をやって、彼女が意思を持ってうなずくのを知り考えを改める。

「キミたちにはお世話になりっぱなしじゃのう……キネレットよ、もうこれに凝りて、勝手に村を出ようとは考えないでくれ」

「――かった」

「ん?」

 おや? キネレットちゃんのようすが……!

「すっごーくすごかったんだよ!!」

「すっごく」

「すごかった?」

 わたしとあんずちゃんは首をかしげた。

「鎧のおねーさんすっごくかっこよかった! さいしょはさ、遠くでうまが見えたんだ! そしたらスレイプニールで、その上におねーさんが乗ってたの! それでね! わたしを乗せてワルいヤツらみーんなやっつけたの!」

「キネレットちゃん?」

 わたしも活躍したよね?

「そしたらね、隠れてこっちを狙ってた人がいたの。それもこっちのおねーさんがなんかして」

(なんか!?)

 その表現にガックリだよ! もっとなんか、こう、なんかないの?

「助けてくれたの! もうとにかくすごかったんだから!」

 さくら色の髪。明るく暖かいヒノキのような瞳にたくさんのキラキラで熱弁する少女。間近のおじいさんは目をぱちくり、その奥さんは戸惑いつつも楽しそうに語る孫娘に愛おしい視線を向け、少女の興奮がおさまるのを待つ。

 いや、たぶんこっちが止めるまで冷めねぇわ。

「おじーちゃん! やっぱり村の外に出たい!」

 ほーら言ったよ。ゴロツキに襲われたってのに凝りねーなこの子。

「キネレット」

「おじーちゃんとおばーちゃんに迷惑かけたくない。じぶんの力で歩けるようになりたいの!」

 心配と駄々っ子へのお説教。そんなふたりに少女は思いを打ち明ける。

「おとーさんもおかーさんもいなくて、でもおじーちゃんとおばーちゃんがいてくれたから、わたしは大事に守られて、でもそれが負担になっちゃうんがいやで、それで――」

(……ふーん)

 白いワンピースでなく、今は厚手の服に硬そうな革を縫い付けたオリジナル衣装の少女。おんなの子っぽくない暗色系の色合いは、たぶん村の雑貨屋のなかで自分に合うサイズの、しかも防備能力がありそうなモノを選んだからだろう。

 それに硬そうな革が当てられ針糸で縫い付けられている。ぎこちないながら要所をしっかり守れている装備は、少女がただのあこがれで用意しただけでないことを伺わせる。それを可能にしたのは、おそらくこの村を訪れる冒険者に教わった賜物だ。

「ワシらは負担なんて思ったこと無いよ?」

「うそだ! だってわたしが真夜中に叫んじゃったときすぐ駆けつけてくれたじゃん! うれしいけどうれしくないんだから!」

「はぁ?」

 生意気なガキんちょにピリッときた魔法少女がいる。そんな様子と裏腹に、わたしは少女の装備から決意と背景に思いを馳せる。

 お忍び用途には使えないっぽいけど頑丈さで言えばちゃんとしてる。布地はともかく、革当ての部分はちょっとした武器で叩かれてもダメージを最小限に抑えられるだろう。本人は森の探検用にこしらえたんだろうけど、その世界しか知らない少女にしてはとってもとっても及第点だ。

「聞くんだキネレット。確かにワシはバハルの代わりにおまえを育てようと思ったが、それを苦などと考えたことはないよ」

(……ふふっ)

 きっと、オジサンは今のわたしとおなじような気持ちだったんだろうなぁ。じゃあ、彼女に言ってあげることばはひとつしかないよね。

「キネレットちゃんならだいじょうぶだと思うよ?」

「はあ!?」

 こんどは信じられないといった風にドロちんが口をあんぐりさせた。

「まあ、気持ちだけは一人前ですわね」

「あんずまで、アンタたち何言っちゃってるのよ」

「グレースがそう言うのですから間違いありませんわ。そうですわよね?」

 と、ルームメイトがまぶしい笑顔をプレゼントしてくれた。信頼されてることにちょっぴり嬉しさを覚えた。

(ウソですごめんなさいめっちゃうれしーです)

 しっぽがあったらブンブンメリーゴランドだよ!

「精進せよ。道はその先にある」

「ブーラー、アンタまでこのぶっとび頭と同意見なのね」

 などと言い試合放棄のおててフリフリ。いやちょっとまてぶっとび頭ってなんだよ。

 っと抗議しようとしたところ、旅人の応援で調子にのっちゃキッズがきらっきらんらんな目で両手を前にウキウキ模様。そしてこのセリフである。

「じゃあいっしょに連れてって!」

「チョーシに乗るな!」

 見た目通りのちっちゃい子に、中身はオトナのちっちゃい子が盛大なるツッコミを披露した。
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