狂犬病注射は犬にとって一大イベント
痛い思い出が詰まってるんです
「ッ!」
目の前が真っ赤に染まる。
男は驚愕に目を見開き周囲を見渡した。
(炎の渦)
地上から吹き上がり囲まれている。
このような魔法聞いたことがない。
ヤツは魔術師か?
いや、そんな風には見えなかった。
道具を駆使するようなタイプにも。
たかが女ふたりと侮っていたことは否めない。
ナイフを振り回していたうるさい方。
素早く捕らえきれなかった。
それより警戒すべきはこちらへ接近してきたあの女だ。
心を読まれ名を知られた。
常時発動の精神防御を破る手練れ。
そしてこの火柱。
只者ではない。
全力をもって消去する。
「ビックリしたろ?」
右側面から女の声。
振り向きざまにつららを生成し飛ばす。
「やめろ、ケンカを仕掛けるつもりはねえ」
着弾直前で消えた。
無効化された?
ふざけるな。
物心つく以前から魔導を極めてきた。
そこにブルームーンの技術の粋が備わった。
破られるはずがない。
「何者だ?」
「そう歯を食いしばるな。アンタの魔法はすげーよ」
女が歩み寄る。
このレンジで使えるだけの魔法を撃つ。
通じない。
女が接近する。
「スキル、隕石」
自身さえ巻き込まれるが仕方ない。
生きてもらっては困るのだ。
ここは隣国へ武器薬物密輸のため開拓したルート。
ブルームーンがオモテでツテを繋ぎ、
我々が秘密裏にウラへ回し、
血の滲むようなコストをかけ積み上げてきた。
その拠点が何者かに暴かれ襲撃を受けている。
無論、レブリエーロには他数多の拠点がある。
しかし無視できない損害だ。
首謀者に逃げられたとなればなおさら。
ここで殺さなければならない。
(なん――だとッ!?)
「ムダだ」
魔法陣すら展開しない。
魔法を行使できない。
自身の魔力減少を確認できない。
魔封?
あり得ない。時間と手間が要る。
この数秒、戦闘中の緊張の最中できる芸当じゃない。
「このモードではどんな攻撃スキルも無効化される。お互いのな」
(モード?)
「アンタが気にすることじゃないさ」
腕を伸ばせば届く距離。
女はこちらの額に指を添えた。
ブルームーンの叡智が凝縮された宝。
やめろ、触れるな。
(なぜ、なぜだ! 心がこうも拒絶しているのになぜ身体が動かん!?)
「NPCに世界の真実がどうのこうの言ったって伝わんねーし」
「何を言って――ッ!」
頭の中に閃光が走る。
なんだ? この感覚は?
過去の記憶。
生まれ故郷で魔法を学んでいた。
ブルームーンと接触した。
本部で改造を受けた。額のルビーはその時はめ込まれたものだ。
「ふーん、なるほどね。こうやって改造したのか……さながらこいつは実験体。あの野郎、すでにNPCに仮初の自我を与える技術を手に入れたんだな」
「ッ!?」
「言い方はかっこいいが、やってることは単なるAIモッドだ」
言いようのない不快感が全身を覆う。
まるで頭を鷲掴みにされるような。
その奥にある脳が直接手で弄られるような感触。
どんなに拒絶しても心をこじ開けられる。
記憶が流出する。
「やめろ! 中に入ってくるな!!」
「落ち着けって。あー見つけた」
「ガアアアア!!」
「久しぶりだなぁこいつ。ははっ、相変わらずスカンピンなカッコだな。あーでもイヤリング付けてんじゃん! んだよ、仏頂面で受け取りやがったクセに」
女の指が離れる。
とたんに身体の自由を取り戻したが、ダメージが大きすぎて反撃しようという意思さえ起こらなかった。
「帰れ。命だけは助けてやる。そのかわりアイツに必ず伝えろ」
女を見上げた。
絶対零度より冷たい眼差しだった。
「道を誤ればおれがおまえを殺す。道を間違えんじゃねーぞ」
(なんじゃなんじゃあ?)
さくらが吹っ飛んでった。
わたしが吹っ飛ばしたんだけど。
で、吹っ飛んでったさくらがなんかスキル名を叫んだ気がする。
その瞬間巨大な火柱が立ち上がり、さくらと男を包みこんだ。
「え? これ助け行ったほうがいい?」
いやでも火よ?
ざっつふぁいやーよ?
触ったら危なくない?
「そー」
ものはためsあっちゃああああああああ!!!
「アカン! マジもんの炎だこれ!」
そういえば近づいただけで熱かった!
気づけよわたし!
おろおろ、あたふた。
なんてやってるうちに炎がドロン。
中にはかっこいいウーマンがおりました。
「さくら!」
合われて駆け寄る。
んでボディータッチ。
「おい」
ほっぺぷにぷに。よしやわらかい。
ヘアーチェック。さらさら。
肩から腕へスライド。ツヤツヤ。
全身を見渡す。キズなしヤケドなし。
ではふたつのお山を――、
「ボケ」
「あう」
頭をごっつんこ。
それでも手を伸ばすが届かなかった。
「何してんだ」
「いや、ケガしてないかなーって」
「ボケ」
「ヴッ!」
威力倍増。
「はっ! そうだあの人は?」
「切り替えはえーな……逃げたよ」
涼しい顔。
それ以上追求するなって顔。
わたし、めげない。
「逃がしたの?」
「おれは戦ってあいつは逃げた。そんだけ」
「ほんとに? あの炎ってさくらがやったんだよね?」
「しつけーな」
さくらおねーさんの舌打ちこわいです。
けどわたし、めげない。
視線でアピール。わたし、気になります!
ってな態度にさくらちゃんため息。
「こっちにもいろいろあんだよ」
「また誤魔化した! ズルだ!」
「いいだろもう。ほら、お仲間が到着したぜ」
さくらの視線を追いかける。
ちょうどイギー少年がよじ登ってくるとこだった。
あんずちゃんは重たい甲冑を脱ぎ捨てて。
ドロちんは自力の飛行魔法。
ブッちゃんはイギーくんを補助した後こちらへジャンプ。
「無事ですか!」
薄着のあんずちゃんが駆け寄る。
昼間の暖かさに比べ、今は涼しい夜風が火照った身体に気持ちいい。
「うん、こっちはだいじょーぶだよ」
「探し物は見つかったか?」
同じく駆け寄ってきた少年に対しさくらが言う。
少年はめいっぱいの笑顔を"おねーちゃん"に向けた。
「これ!」
言って、イギーくんは両手を開く。
そこには一枚のブローチがあった。
「盗賊のひとりが所持していたらしい」
「運がいいわね。こんなガラクタ捨てられてもおかしくないのに」
「ガラクタじゃないもん!」
赤色の金属っぽい素材。
おいしそうな骨の形してる。
あれ?
(これ、なんか見たことあるような)
なんだろう?
どこだろう?
ちょっとまって。
思い出そうとすると痛みを伴うなにかががががが。
「ちゅーしゃ!」
「グレースさん!?」
脳裏に浮かぶ光景。
鋭い針、顔を隠しただれか。
拘束され動けないわたし。
思わず叫んだ。
みんなの視線を独り占め。この感覚ひさしぶりだ。
「どうしましたの?」
「ううん、なんでもない。ただちょっと思い出して――あれ」
なにを、だっけ?
「えーっと……あれ」
「落ち着け駄犬」
憐れむような視線とともに、さくらに肩を叩かれた。
「用は済んだしさっさと帰るぞ」
「さくら殿」
「メンドウ事はそっちに任せた」
宣言。そして彼方へジャンプ。
ドロちんが「待ちなさいよ!」と言う前のスピードプレイである。
「あ、ちょ待ちなさいよ!」
「聞こえてないと思うよ」
「うっさいわね! そんなのわかってるわよ!」
「はぁ……逃げたな」
「ブーラーさん、それはどういう?」
「これだけの大事を国が見過ごさんよ」
その先をイメージしたドロちんがうんざり顔。
「しつこく事情聴取されるでしょうね。ったく、旅団長がいればぜんぶそいつに押し付けられるのに」
「事情聴取といっても、事の顛末を話せば良いだけではありませんか」
というあんずちゃんの反論はスパッと斬られました。
「ああいう連中はしつこいのよ。どうすんの? これで出発延期確定よ」
「滞在期間が長くなっただけだ。珍しい書物でも探せば良いだろう」
「えーそうね。めんどくさい連中にすぅっっっっっっと拘束されなければそうしたかったわ」
(まるで体験してきたみたいな言い方だなぁ……あ)
そっか、ドロちんはさくらとの一件で経験済みなんだ。
「いずれにしても面倒事は避けられんだろう。我々はあまりにも暴れすぎた」
ブッちゃんが円柱状の屋上から下方を覗き込む。
侵入時静まり返っていた堀の外側にはいくつもの灯火が揺れている。
警備兵らしき姿が多く見え、それが列を成して図書館へと入っていくのが見えた。
「各自、勘違いされぬよう武器をしまっておけ」
雰囲気的にいちばん勘違いされやすそうなブッちゃんが、いちばん冷静にみんなに指示出しをする。騒ぎが大きくなり、それらの喧騒が響くなか、わたしはさくらが消えた方向に目をやる。そこにはおっきなお月さまが輝いていた。
目の前が真っ赤に染まる。
男は驚愕に目を見開き周囲を見渡した。
(炎の渦)
地上から吹き上がり囲まれている。
このような魔法聞いたことがない。
ヤツは魔術師か?
いや、そんな風には見えなかった。
道具を駆使するようなタイプにも。
たかが女ふたりと侮っていたことは否めない。
ナイフを振り回していたうるさい方。
素早く捕らえきれなかった。
それより警戒すべきはこちらへ接近してきたあの女だ。
心を読まれ名を知られた。
常時発動の精神防御を破る手練れ。
そしてこの火柱。
只者ではない。
全力をもって消去する。
「ビックリしたろ?」
右側面から女の声。
振り向きざまにつららを生成し飛ばす。
「やめろ、ケンカを仕掛けるつもりはねえ」
着弾直前で消えた。
無効化された?
ふざけるな。
物心つく以前から魔導を極めてきた。
そこにブルームーンの技術の粋が備わった。
破られるはずがない。
「何者だ?」
「そう歯を食いしばるな。アンタの魔法はすげーよ」
女が歩み寄る。
このレンジで使えるだけの魔法を撃つ。
通じない。
女が接近する。
「スキル、隕石」
自身さえ巻き込まれるが仕方ない。
生きてもらっては困るのだ。
ここは隣国へ武器薬物密輸のため開拓したルート。
ブルームーンがオモテでツテを繋ぎ、
我々が秘密裏にウラへ回し、
血の滲むようなコストをかけ積み上げてきた。
その拠点が何者かに暴かれ襲撃を受けている。
無論、レブリエーロには他数多の拠点がある。
しかし無視できない損害だ。
首謀者に逃げられたとなればなおさら。
ここで殺さなければならない。
(なん――だとッ!?)
「ムダだ」
魔法陣すら展開しない。
魔法を行使できない。
自身の魔力減少を確認できない。
魔封?
あり得ない。時間と手間が要る。
この数秒、戦闘中の緊張の最中できる芸当じゃない。
「このモードではどんな攻撃スキルも無効化される。お互いのな」
(モード?)
「アンタが気にすることじゃないさ」
腕を伸ばせば届く距離。
女はこちらの額に指を添えた。
ブルームーンの叡智が凝縮された宝。
やめろ、触れるな。
(なぜ、なぜだ! 心がこうも拒絶しているのになぜ身体が動かん!?)
「NPCに世界の真実がどうのこうの言ったって伝わんねーし」
「何を言って――ッ!」
頭の中に閃光が走る。
なんだ? この感覚は?
過去の記憶。
生まれ故郷で魔法を学んでいた。
ブルームーンと接触した。
本部で改造を受けた。額のルビーはその時はめ込まれたものだ。
「ふーん、なるほどね。こうやって改造したのか……さながらこいつは実験体。あの野郎、すでにNPCに仮初の自我を与える技術を手に入れたんだな」
「ッ!?」
「言い方はかっこいいが、やってることは単なるAIモッドだ」
言いようのない不快感が全身を覆う。
まるで頭を鷲掴みにされるような。
その奥にある脳が直接手で弄られるような感触。
どんなに拒絶しても心をこじ開けられる。
記憶が流出する。
「やめろ! 中に入ってくるな!!」
「落ち着けって。あー見つけた」
「ガアアアア!!」
「久しぶりだなぁこいつ。ははっ、相変わらずスカンピンなカッコだな。あーでもイヤリング付けてんじゃん! んだよ、仏頂面で受け取りやがったクセに」
女の指が離れる。
とたんに身体の自由を取り戻したが、ダメージが大きすぎて反撃しようという意思さえ起こらなかった。
「帰れ。命だけは助けてやる。そのかわりアイツに必ず伝えろ」
女を見上げた。
絶対零度より冷たい眼差しだった。
「道を誤ればおれがおまえを殺す。道を間違えんじゃねーぞ」
(なんじゃなんじゃあ?)
さくらが吹っ飛んでった。
わたしが吹っ飛ばしたんだけど。
で、吹っ飛んでったさくらがなんかスキル名を叫んだ気がする。
その瞬間巨大な火柱が立ち上がり、さくらと男を包みこんだ。
「え? これ助け行ったほうがいい?」
いやでも火よ?
ざっつふぁいやーよ?
触ったら危なくない?
「そー」
ものはためsあっちゃああああああああ!!!
「アカン! マジもんの炎だこれ!」
そういえば近づいただけで熱かった!
気づけよわたし!
おろおろ、あたふた。
なんてやってるうちに炎がドロン。
中にはかっこいいウーマンがおりました。
「さくら!」
合われて駆け寄る。
んでボディータッチ。
「おい」
ほっぺぷにぷに。よしやわらかい。
ヘアーチェック。さらさら。
肩から腕へスライド。ツヤツヤ。
全身を見渡す。キズなしヤケドなし。
ではふたつのお山を――、
「ボケ」
「あう」
頭をごっつんこ。
それでも手を伸ばすが届かなかった。
「何してんだ」
「いや、ケガしてないかなーって」
「ボケ」
「ヴッ!」
威力倍増。
「はっ! そうだあの人は?」
「切り替えはえーな……逃げたよ」
涼しい顔。
それ以上追求するなって顔。
わたし、めげない。
「逃がしたの?」
「おれは戦ってあいつは逃げた。そんだけ」
「ほんとに? あの炎ってさくらがやったんだよね?」
「しつけーな」
さくらおねーさんの舌打ちこわいです。
けどわたし、めげない。
視線でアピール。わたし、気になります!
ってな態度にさくらちゃんため息。
「こっちにもいろいろあんだよ」
「また誤魔化した! ズルだ!」
「いいだろもう。ほら、お仲間が到着したぜ」
さくらの視線を追いかける。
ちょうどイギー少年がよじ登ってくるとこだった。
あんずちゃんは重たい甲冑を脱ぎ捨てて。
ドロちんは自力の飛行魔法。
ブッちゃんはイギーくんを補助した後こちらへジャンプ。
「無事ですか!」
薄着のあんずちゃんが駆け寄る。
昼間の暖かさに比べ、今は涼しい夜風が火照った身体に気持ちいい。
「うん、こっちはだいじょーぶだよ」
「探し物は見つかったか?」
同じく駆け寄ってきた少年に対しさくらが言う。
少年はめいっぱいの笑顔を"おねーちゃん"に向けた。
「これ!」
言って、イギーくんは両手を開く。
そこには一枚のブローチがあった。
「盗賊のひとりが所持していたらしい」
「運がいいわね。こんなガラクタ捨てられてもおかしくないのに」
「ガラクタじゃないもん!」
赤色の金属っぽい素材。
おいしそうな骨の形してる。
あれ?
(これ、なんか見たことあるような)
なんだろう?
どこだろう?
ちょっとまって。
思い出そうとすると痛みを伴うなにかががががが。
「ちゅーしゃ!」
「グレースさん!?」
脳裏に浮かぶ光景。
鋭い針、顔を隠しただれか。
拘束され動けないわたし。
思わず叫んだ。
みんなの視線を独り占め。この感覚ひさしぶりだ。
「どうしましたの?」
「ううん、なんでもない。ただちょっと思い出して――あれ」
なにを、だっけ?
「えーっと……あれ」
「落ち着け駄犬」
憐れむような視線とともに、さくらに肩を叩かれた。
「用は済んだしさっさと帰るぞ」
「さくら殿」
「メンドウ事はそっちに任せた」
宣言。そして彼方へジャンプ。
ドロちんが「待ちなさいよ!」と言う前のスピードプレイである。
「あ、ちょ待ちなさいよ!」
「聞こえてないと思うよ」
「うっさいわね! そんなのわかってるわよ!」
「はぁ……逃げたな」
「ブーラーさん、それはどういう?」
「これだけの大事を国が見過ごさんよ」
その先をイメージしたドロちんがうんざり顔。
「しつこく事情聴取されるでしょうね。ったく、旅団長がいればぜんぶそいつに押し付けられるのに」
「事情聴取といっても、事の顛末を話せば良いだけではありませんか」
というあんずちゃんの反論はスパッと斬られました。
「ああいう連中はしつこいのよ。どうすんの? これで出発延期確定よ」
「滞在期間が長くなっただけだ。珍しい書物でも探せば良いだろう」
「えーそうね。めんどくさい連中にすぅっっっっっっと拘束されなければそうしたかったわ」
(まるで体験してきたみたいな言い方だなぁ……あ)
そっか、ドロちんはさくらとの一件で経験済みなんだ。
「いずれにしても面倒事は避けられんだろう。我々はあまりにも暴れすぎた」
ブッちゃんが円柱状の屋上から下方を覗き込む。
侵入時静まり返っていた堀の外側にはいくつもの灯火が揺れている。
警備兵らしき姿が多く見え、それが列を成して図書館へと入っていくのが見えた。
「各自、勘違いされぬよう武器をしまっておけ」
雰囲気的にいちばん勘違いされやすそうなブッちゃんが、いちばん冷静にみんなに指示出しをする。騒ぎが大きくなり、それらの喧騒が響くなか、わたしはさくらが消えた方向に目をやる。そこにはおっきなお月さまが輝いていた。