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作者: 犬物語
小話:ちかごろのルームメイトについて 後編
両者が互いの想いを吐露します
グレース「トロ!?」
あんず「寿司じゃありませんわよ」
 パチパチと火花が散る。
 熱と光。
 自分の顔が赤く照らされているのがわかる。

 言葉はない。
 人もいない。
 丸太に腰を下ろし、わたくしはただその光を眺めている。

 闇夜をぼんやりと照らす赤い光は、周囲の姿をほんの少しだけ鮮明にする。木の破裂音以外は生物の気配さえ感じない静寂において、半分の月がのぼる空に半分の雲と晴れ間。瞬く星も、どこか元気を失っている気がする。

「……そんなことありませんわよね」

 元気がないのは、たぶんわたくし自身のほう。

 皆が寝静まったころ、どうしても眠ることができなくて、わたくしはひとりテントから抜け出した。

 外に出ても、いるのは見張り番の兵士とアルコールの臭いをさせる不届き者だけ。そんな中、若い女性がひとり出てきたのだから嫌でも注目されました。

 そんな視線を受け流しつつ、わたくしは近くの丸太に腰を落とし、こうやって煌々と燃える炎を眺めているのです。

 瞳の中に煌めきが映し出される。
 風向きが変わりこちらへ火の粉が降り注ぐ。
 振り払い、白煙に眉をひそめる。
 炎などすぐ魔法で生み出せるのに、どうして焚き火などする必要があるのでしょう?

「ほのお……まったく、思い出したくもないですわ」

 しみる目をこすりつつ、わたくしはあの時の記憶を呼び起こしていた。

 爆炎と衝撃波。次に目覚めたとき、わたくしの目の前で屈強だったはずの僧侶が倒されていた。

 身体を真っ二つに分断されて。
 誰が言うまでもなく手遅れ。
 ですが、わたくしは彼を助けようと剣をとり、飛びかかり……そこからの記憶は思い出したくもない。

「ただ、ドラゴンの爪がこちらにまっすぐ伸びてきて――それから――」
「眠れないの?」
「ッ!? ――グレース」

 わたくしは背筋の凍るような思いになりました。

「足音くらい立ててくださいな。怖かったですわよ?」
「えへへ、ついクセで」

 そのままちょこんと座る。
 距離はわたくしの目と鼻の先。
 というか密着してます。

「グレース、ちょっと離れてくださいな」
「えーなんでー?」
「なんでって、ジャマです」
「ガビーン!」

 少女はわたくしと拳ひとつぶんだけ離れた。
 暗色のインナーと足音を出さないスキル。たったそれだけで、今のグレースは顔以外すべて夜に溶け込んでいた。

(……こんなにも差があるのですね)

 こんな芸当、わたくしではできない。
 せいぜい大剣を振り回して暴れるのが関の山。
 今までブーラーさんの援護があったから良いものの、独りだったらここまでの旅路でどうなっていたか。

「ごめん、ちょっと聞いてた。あの戦いのこと思い出してたんだね……えへへ」

 ふと、となりに座るおてんば暗殺者が言った。
 表情は笑っていたけどどこかぎこちない。うまく笑えない? わたくしを元気づけようとしてる? ううん、それとはまた別の理由。

「わたしのせいだ」
「え?」

 抑揚のない声色。下からの光が親友の姿を不気味に変貌させていた。

「わたしが弱かったからみんなを守れなかった。バカみたいだよね。いつもごめんねなんてカッコつけちゃってさ」
「グレース。なにも貴方だけの責任じゃありませんわ。わたくしだって、自分の力不足を思い知りましたもの」
「えへへ、あんずちゃんやさしいなぁ」

 そして、グレースは天に視線を投げた。
 半分の月は雲に覆われていた。

「今までできたオトモダチのなかでいちばんやさしいかも」
「……グレースは、フラーにたどり着くまでにたくさんお友達を作ってきたのですね」
「うん! スプリットくんにビーちゃんにサっちゃん。あとグウェンちゃんカニちゃんスティさんチコちゃんそれから――」
「わ、わかりましたもういいですわ」

 わたくしのルームメイト、思った以上に陽キャでしたわ。

「そんなにたくさんのご友人がいるのですね」
「ンもー、わたしの前でくらいさ、そんなかたっくるしー口調やめなよ」
「これはわたくしの素ですもの」

 そんな何気ない会話を楽しみつつ、わたくしの胸中はどこか安心感に包まれていました。

 よかった。いつものグレースだ。
 心のそこからそう思いました。

「たくさんのオトモダチがいて、一緒に旅したり別れを経験したり……そうそう、これカニちゃんからもらったんだ」

 言って、となりの少女は青いブローチを差し出した。
 蛇口からこぼれ落ちそうな水の形。そういえば、たまにグレースの私服に留められていた気がする。

「サーカス団に入っててね、すっごいキレーなおねーさんなんだよ!」
「そうなのですか」

 自慢げにブローチを掲げる少女。
 その無邪気さに、わたくしはつい抱きしめたい衝動にかられた。
 それと同時に、だからこそ、グレースが経験した辛さもわかる。

 後で聞いた話。グレースはさいしょの一撃ではなく、わたくしたちが全滅した最後に倒された。つまりみんなの死を目の当たりにしている。仲間思いのグレースにどう映っていたか想像もできません。

(グレースはたくさんの友人と出会ってきたのですね。それに対してわたくしときたら)

 偶然にも近くの村にたどり着いて、ここが異世界と気づいて酒場のおっちゃんたちに乗せられて、いざフラーで仕事探しと思ったらあんなところに雇われるハメになるだなんて。

 そのままグレースと出会わず悪しき道を歩むことになっていたらわたくしは――そういえば。

(初めてグレースさん・・と出会ったとき、わたくしの目にはどう映っていたのでしたっけ)
「……っふふ」

 それを思い出し、わたしはつい吹き出してしまった。

「どしたの?」
「いえ、ちょっと貴方と初めて出会った時を思い出していまして」

 その言葉を聞いて、グレースはちょっと考えた。
 思い出して、呆けた声を出した。

「あー」
「わたくし、あの時はまだ貴方方のほうを悪の手先だと思ってましたのよ?」

 ブルームーンの用心棒として過ごした日々。
 見た目は華奢な女性であっても、重装備の異世界人とあらば一般市民は警戒する。極端な話、ただ近くに立っているだけで仕事が完了するのだ。

 おかげで、大した実力もなかったのに仕事の出来は良かった。その分、わたくしは鎧の手入れができる潤沢な資金を得られました。

 そしてあの夜。グレースがチビヒョロとバカにしていたあの男から別途料金を提示され仕事に向かいました。

 文字通りケタが違う額。わたくしは気合いを入れ、重厚な鎧を身にまとい大剣を掲げました。それだけで多くの人は及び腰になるのに、グレースたちは涼しい顔でこちらを見返してきた。

 しょーじき、ヒヤヒヤしましたわ。
 わたしと相対した相手が伝説の英雄だと知っていたら、逆にこちらが萎縮していたでしょう。っていうかマッハで逃げる自信があります。

「ぷっ! あはは!」

 グレースが吹き出した。

「おっもいだした! あんずちゃんかわいかったよねー」
「そ、そんな笑うことじゃありません!」
「そうそう、はじめてあんずちゃん見た時すっごいボリューミーな髪の毛だなぁって」
「ボリューミーって」

 どこをどんな目で見てたのですか。

「しかもドロちんもいたじゃん? あの後スパイクさん大変だったみたいだよ?」
「彼には感謝してもしきれませんわ」
「新しいおうちくれたもんねー。そういえばあんずちゃん、トイレがどうのって文句言ってたっけ」
「あれは、だってそうじゃないですか」

 プライバシーのカケラもないデザインでしたのよ?

「最悪、お水まわりが共同なのは譲るとしてアレは納得できませんでしたわ」
「んもう、都会っ子だなーあんずちゃんは」

 不意に、沈黙の時が訪れた。
 長いようで一瞬。そしてとても長い沈黙だった。

「……わたし、もうオトモダチを失いたくないんだ」

 最初に唇を開いたのはグレースだった。

「ずっと楽しく旅を続けたかった。けど、あの戦いを経験して、この瞬間がいつ終わるかわからないってことを知っちゃった。だから、わたしはもっと強くなってみんなを守らなきゃいけないんだ」
「グレース」

 わたしはグレースの瞳を見た。
 光を灯してない。
 ここでなにか言葉をかけなければ何かが壊れてしまう気がした。

「わたくしを信用してないのですか?」
「違うよ! そうじゃなくて、わたしはまだああいうヤツらドラゴンからオトモダチを守る力がないから、だからもっと強くならなきゃいけないんだって」
「自惚れないでください」
「あんずちゃん?」

 グレースが驚きに目を開く。視線がこちらに注がれているのを察し、わたくしはその目をキッと睨み返した。

「わたくしだって修行を積み重ねています。そりゃあ、伝説の勇者チャールズに直接稽古をつけてもらったグレースと比べればぜんぜんですけど、それでも自分の身は自分で守れますわ」

 嘘だ。
 今だってブーラーさんの援護を得て、かろうじてみなさんについていってる。

「だってドラゴンだよ? ずっと強いんだよ?」
「あれはイレギュラー中のイレギュラーですわ。貴方の師匠だって勝てる見込みありませんわよ。それよりも」

 わたくしは立ち上がり、グレースの正面にまわった。

「みんなを信用してくださいな。わたくしだってあの敗北は辛いし、そのことを思い出せば身震いもします。ですが、わたくしたちは今生きてるじゃありませんか」
「あんずちゃん……」

 こちらを見つめ返す目が心もとなくて、
 今にも壊れてしまいそうなほど儚くて、
 気づけばわたくしは、

「みんな同じ気持ちよ、グレース」

 そんな親友の肩に手をまわし、抱きしめていました。

「みんなかけがえのない仲間ですもの。皆がそれぞれの無事を願ってる……おねがいだから、独りでぜんぶ抱え込まないで」

 頬と頬が触れ合う。わずかに逡巡し、そしてこちらに腕を伸ばした親友の言葉は。

「うん」

 ちっちゃくてかわいい声だった。
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