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作者: 犬物語
処刑台
戦闘、設定、すべてが急ごしらえ
 今日は、いつもより暑い気がする。

 昼下がり。
 日差し直下。
 家事や仕事を一段落させ、ゆっくり一休みしたくなるころ。

 そんな時間帯を狙って、広場の処刑台周辺がにわかに動き出す。

 すでに、これから行われる娯楽・・目当ての観客が集っている。近くのカフェテラスからこちらの様子を伺うこともでき、ティーカップ片手に興味津々な人の多いこと。ある人が処刑台の上に立ち、これから首を括られる罪人の罪状をことごとく読み上げていた。

「はじまったか」

 そんな声がとなりから聞こえる。わたしよりふたまわり大きい僧侶は、冷静にあたりを見渡している。本来なら目立つはずの巨体は、彼自身の落ち着いた性格からか、そこまで周囲の視線を奪わない。

「ところで、なんでアンタがここにいるの?」
「あん?」

 ジト目魔法少女、緑不審者コートおじちゃんに問う。

「んだよ、いいって話じゃねーか」

 そう、いいんだ。
 なぜかそういう流れになった。

 キッカケはテトヴォ首長ウォルターさん。直前に行われた作戦会議中「そちらは?」とサンダーさんに興味を示し、なんか気づいたら同行者扱いに。ドクターなら現場にいてくれたほうがいいとか、教会での話は聞いてるとかいろいろ言ってた気がする。

「足手まといはいらないんだけど?」
「役に立つぜ? それより、そのちっこい風貌でキャンキャン鳴いてると目立っちまうぜ?」
「こいつ……」
「まあまあドロシーさん落ち着いて。それより、みなさん準備できてるのでしょうか」
「信じるしかあるまい。こちらも行動に出るぞ」

 言って、ブッちゃんは少し離れた柱に腰掛け処刑台を眺めた。
 ただの通行人が、これから行われる処刑に興味をもって立ち止まった。
 傍から見ればその風を装って、わたしたちは定められた配置につく。

 そんな設定だから、みんな戦闘衣装ではなく私服を纏うことに。ブッちゃんやドロちんは、それぞれユニフォームがイコール私服なので問題ないけど、わたしはどうにか工夫して、レザー装備を私服風にコーディネートしました。

 問題なのはあんずちゃん。まさか、町中で重装鎧とはいかず私服そのままで参加することに。みんな心配してたけど、あんずちゃんはただ「わたくしなら大丈夫です。その時になったらわかりますわ」と匂わすだけ。

 みんな不安そうだったけどわたしは信じる。だって、そう言う時のあんずちゃん、めっちゃ信頼できる目ぇしてたもん。

「始まったわ」

 ドロちんが、懐に手を差し込みその様子を見届ける。

 まるで楽しい催しが開かれるとばかりに、人が行き交う広場にファンファーレが鳴り響いた。
 広場を巡回する警備の何人かがそちらを振り向き、何とも言えない表情をつくった。

(ティッくん!)

 周りを衛兵に囲まれ、あの牢獄で見た時と同じ顔、同じ格好の異世界人が舞台に登っていく。それから遅れて、いかにも貴族ですよと言いた気な態度の男がその場に姿を表した。

(あれが、悪徳政治家メイス)

 遠目から紫色の髪が揺れているのを発見し、あらかじめ聞いていた情報と整合させる。

 あの人が、テトヴォをめちゃくちゃにしてる極悪政治家だ。まだ年若く見える。二十代? ヘタをするとそれ以下とでも言えそう。スラッとした体格で、役人らしい服装をすこし着崩し、胸元をはだけさせている。

 まるで、暗殺者に「狙いはここだ」とでも言わんばかりだ。

「あれが例の異世界人と、お役人のターゲットだな?」

 こんな時でもブレな緑色のコート。彼の言葉に、僧侶が冷静さを失わぬセリフを吐く。

「そして恐らく、段下にいるあの男が武器商人のアルだろう」
「そうですわね。働き先で聞いた特徴と一致しますわ」

 そこには、ヒゲボーボーでドワーフのような見た目の男がいた。薄汚れたつなぎを着用し、いかにも武器商人ですよ的な。彼自身は武器を持ってないけど、その周辺には彼専用の警備なのかな? が両サイドを護っている。

「あんずちゃん、ほんとにあの人がそうなの?」
「どうかしました?」
「うーん、なんか悪い人には見えないなぁ」

 物語のドワーフがそのまま出てきた感じ。しちにんのこびと的な? 見た目は人畜無害というか、その身なりまでとても悪人には見えない。

「見た目に騙されないことね」

 ドロちんがヘンなタマを取り出した。
 打ち上げ花火の球です言われたら信じるようなヤツ。
 そして、みんなに緊張の色が走った。

(はじまる……待っててねティッくん)

 これから行われる娯楽。
 人々はそれに期待を寄せたり、あるいは顔をしかめたり。
 止めようとする者は誰一人いない。
 止められる力がない。
 だから、わたしたちがやらなきゃ。

「…………………………おかしい」

 処刑口上、メイスの演説を経てなお、陽動の声があがらない。

 おかしい。本当なら、すでに広場の片隅で爆発が起きてるはずだ。それから連鎖的に爆発が続き、市民が逃げ出し衛兵らが怯んだ隙にドロちんの特性爆弾が炸裂。あとはわたしたちでティッくんを救出しつつメイスをボコスカにしてごめんなさいさせる。

 初手がない。
 なぜ?

「ちょっと、まずいんじゃありませんの?」

 あんずちゃんの指摘に目をやれば、今まさにティッくんの首にロープがかけられているところだった。

 異世界人の身体能力。そしてティッくんのあのガタイなら首を吊った程度じゃどうとでもなる。でもご丁寧なことに、その舞台には介錯用の武具がぎっしりだ。ほっとけば首吊りよりもヒドいスプラッター現場に遭遇しちゃう。

 もう、待てない。

「行くよ!」
「グレース待て! まだ合図が――」
「そんなこと言ってる場合じゃないし!」

 わたしは身を低くして飛び出した。

「ったくあのバカ!」

 悪態をつき、ロリっ子錬金術師が特製爆弾を空に投げた。
 指向性。
 ドロちんが指定したベクトルは上。
 派手な破裂音と共に煙が舞う。

 さいしょに女性の悲鳴。
 続けて子どもの鳴き声が。
 最後には無数の足音と怒号が広場を支配した。

「何事だ!」
「衛兵!」
「メイス様を守れ!」
(ドロちんナイスぅ!)

 混乱に乗じ、凄腕のニンジャは地を這うように駆け抜けていく。人の間を縫うなんてのはお手の物。子どもとすれ違いざま「ごめんね!」なんてウインクしつつ、ティッくんが立つ台を蹴飛ばしにかかった輩へ飛び込んでいく。

「なんだ貴様!」
「っべ見つかった!」

 しゃーない腹くくるぜ!

「わおーん!」

 まずは跳ぶ。
 日差しをバックに目眩まし。

「くっ! まぶし――」
「からのぉ、膝!」
「へぶゥ!?」

 モブ兵の頬へ着地。まだまだ行くよ!

「それそれそーれ!」
「あそこだ! い、いやそっちか! どこ行った!」
「はやく捕らえろ!」
「くっ、このアマちょこまかと!」
(へへ、つかまらないよーだ!)

 ニンジャなめんな。
 っと、それよりティッくんのことだ。

「みんな!」
「応!」

 激シブまっくろ僧侶が巨体を前身させる。その勢いだけで他者を圧倒できそうで、迫りくる警備の手を受け止め、弾き飛ばしつつ一直線に進んでいった。

「みんな伏せて!」

 ドロちんの叫び。すぐさま破裂音が響き、警備員の何人かがノックアウトされた。

「くっ、数が多すぎですわ!」

 ボリューミーな明るい茶色の髪。
 低身長ながら自信たっぷりのつり目に深い茶色の瞳。
 白いインナーに鮮やかなレモンイエローのワンピース。

 親友の女騎士は、今は完全なプライベート用の服だった。そのおかげではじめ疑われてなかったけど、彼女の片手には在庫インベントリによって引き出された武器がある。それに気づいた衛兵が大量に押し寄せていた。

「キサマもヤツらの仲間か? ろくな装備もなく武器だけで仕掛けたことを後悔するんだな」
「……フッ」
「ッ! 何がおかしい! いいだろう、覚悟しろ!」
「あんずちゃん!」

 有象無象の兵。有象無象の刃物がたったひとりの少女めがけ迫る。今からじゃ間に合わない。

(だめ、刺される!)

 また、わたしは親友を目の前で失ってしまうの? そんな思いが脳裏をよぎったとき、あんずちゃんの身体が一瞬だけ光って――。

(え?)
「え?」

 え?

「い、いまあんずちゃん、はだ――ッ!」
「いきますわよ!」

 刃物は少女の柔肌を貫くことなく。
 耳をつんざく金切り音だけが響き渡る。
 そこには、全身重装備の女騎士がいた。

「あんずちゃん!? え? どゆこと!?」
「見ての通りですわ。さあ、ぼーっと立ってる場合じゃありませんことよ!」

 少女が大剣を振るう。その重量に兵士たちは耐えきれず、刀身のおもむくままに吹き飛ばされた。

「そうだ、はやくティッくんを助けないと」

 そう思い処刑台へ振り向いた時。
 処刑人が、ロープに首を通した異世界人が立つ台座に足をかけていた。

「ッ! ティッくん!!」

 カタン。
 そんなあっけない音だけで、彼の足は地面から離れた。
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