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作者: 犬物語
処刑とケーサツとパン未遂
現場の下見と朝食を兼ねて、と思いきやダメでした
 テトヴォの朝。
 港では漁船が列を成し騒がしい。
 一方で、競りも仕入れも関係ない内陸側は閑散としたものだ。

 修道服の少女が道を行く。途中でチラリと広場の中心を一瞥し、何とも言えない表情で歯を噛み締めて、そのまま教会のほうへと足早に。朝の支度らしいパン屋のおじちゃんも、修道女さんと同じ方向を眺め顔をしかめている。

 そんな人々を、テトヴォ兵が台を周回しつつ見返す。
 温かな空気の気配を感じつつ、わたしは目立たぬように建物の隙間からそれを見る。

「ここで、今日ティトくんが……」

 目立たぬよう建物の隙間に入り込んで。
 わたしは異世界人を思い出しつつ、その高台を遠目から眺めていた。

 獲物を仕留めるとき、わたしは首筋を掻くか心臓を突くことが多い。
 すぐ死ぬし苦痛も少ない。
 オジサンに鍛えられ、我ながら凄まじい練度になったと思う。

 そんなアサシンのプロから言わせてもらえば、この処刑法は乱雑だ。

「視界良好、警備の数は少なめ……だけどここからの突入はリスク高そう」

 広場には処刑台が置かれていた。
 昨日、つまり処刑が行われるその前日。
 職人たちが凄まじいペースでこの舞台を形成していた。

 つくり慣れてるのだろう。必要な大きさに切り分けられた素材をあっという間につなげていく。金槌で杭を打ち込む音に紛れ、どこかで電動工具の音まで聞こえてきた気がする。

(まあ、以前も見たことあるし)

 異世界とは。
 そのツッコミも疲れ果ててきたグレースちゃんです。
 さて、急ごしらえの舞台に目を戻そう。

(処刑台への階段。見晴らしの良い足場。存在感たっぷりの吊り下げられたロープ。死へ導かれる人のための踏み台)

 絞首刑。
 罪人を台に乗せ、首にロープを通し、その足場を奪う。
 重力に引かれ、人は落ちるが首に括られたロープがそれを許さない。
 結果、首が締まり、呼吸と血流を奪われ、命が消える。
 それが一連の流れ。でも、

(ガバガバやないかい)

 人は数分間呼吸を奪われても死なない。
 血流を奪われても仮死状態に留まる可能性だってある。
 いずれにしても、この手法で確実に・・・命を奪えるとは限らない。

(たとえば、もうちょっと高い距離から足場を落として首の骨折を狙うとか、うーんその程度じゃ異世界人の身体傷つけられないかなぁ、そもそも首括るくらいならちょんぎっちゃったほうが……って)

 わたしは処刑アドバイザーか。

 まあ、今考えた程度の懸念は持ってるのだろう。
 傍らの鋭利な刃物に視線をやりつつ、凄腕のニンジャは偵察作戦を続けていく。

 サンダーさんが仕入れた情報は、すでに頭に入ってる。
 あとはそれらと現場のイメージを合わせ、どこにどんな障害物があるか割り当て、ウォルター首長と立てた作戦の微調整を行っていく。

「よし、こんなもんかな」

 最終チェックを終えたわたしの足を、みんながいるお宿へ向けようとして。

「あれれ~おかしーぞぉ」

 足が勝手にパン屋さんのほうへぇ~。

「帰るわよ」
「ぅえ?」

 背中を捕まれ引っ張られ。
 振り向くとそこにとんがり帽子。

「ドロちん? なんでここに?」

 路地裏へ引っ張られつつインタビュー。

「はいエサ」
「はむ」

 パンを口に突っ込まれた。
 おいしいです。

「あひがふぉー、ふぇもほーひえふぉおお?」
「食いながら喋るな。どーせ道草食うだろうから連れてこいって話になったのよ」
(だ、だれがそんなことを!?)

 という表情を読み取られました。

全員・・に決まってるでしょ。ま、ウチが率先して出てきたから、みんなの意見なんて聞かなかったけどね」
(……あそこのパン、朝いちで出るやつすっごくおいしーんだけど)

 グレースちゃん。悲しみを背負いつつ、問答無用なロリっ子魔法少女に引きずられていきます。こーみえて力あるんだよねドロちんって。

「こんなくだらないイベントさっさと終わらせるわよ。ウチらはあのクソ犬のお守りでもデバッガーでもないんだから」

 などと意味不明のことばを述べつつ、ドロちんは一直線に我らが拠点へ。まずはホテルの玄関を叩き、部屋への階段でななくナゾの扉をこじ開ける。ナゾ空間の先に地下道があり、コツコツ下がっていくと、そこには我らがパーティーあんどテトヴォ首長メンバーが一同に介しておりました。

「来たか」

 円卓の中央にテトヴォ首長ウォルターさん。本日は議会もおやすみ完全フリーなのだそう。彼を取り囲むよう左右に衛兵。完全武装かつ、ふたりともこっちを信じる気なんざさらさらねーって顔で冷たい視線を浴びせてきます。

「情報に相違なかったか?」
「うん。もう兵士さんたちが巡回はじめてるよ」

 サンダーさんが持ち込んだ例のマップ。今はテーブルに広げられており、わたしは兵士の位置と色の位置を比較した。

「この人はもうちょい遠回りだったかな」
「本番になったらまた違う動きをするかもしれん。油断せずいこう」

 ブッちゃんのことばに、ウォルターさんは深く頷いた。

「うむ。では、具体的な流れについてだが、先日話した通り我々が動かせる兵の数が少ない。よって、こちらは広場周辺で陽動を行い、異世界人の救出はそちらでやってもらいたい」
「派手な魔法ひとつぶっ放せば民衆は散るわ。ウチらが引き付けてる間に、そっちがメイスを捕える」
「うまくいけば、衛兵はキミたちとこちらの陽動部隊に集まり、私が直接メイスを追い詰めることができる」
「それはわかるのですが……」

 ここまで口をつぐんでいたあんずちゃん。ひとつの疑問をウォルターさんにぶつけた。

「ほんとうに良いのですか? これでは、むしろ罪に問われるのはウォルターさんのほうだと思うのですが」

 その問いに、テトヴォ首長は笑って首を振った。

「この処刑自体が適法ではないのだよ。本来なら議会を通してやらねばならんが、この件だけはヤツの独断で進行している。メイスめ、何を焦っているのだか」
「では、それを皮切りに今までの罪を暴くというのですか?」
「その他の証拠ならごまんとあるのでな」
(あー、それ知ってる)

 ケーサツがよくやるヤツだ。
 まずは軽い罪状とか職務質問とかでとりあえず引っ張って、そこからドシドシ余罪を追求してるの。そこからの勾留? この書類にサインすれば解放してやるぞ的な?

「我々はメイスを捕らえられれば良い。そちらは異世界人を救出できれば良い。それぞれ最善の動きをすれば目標達成は容易のはず。レブリエーロで見せた手腕を、こちらでも是非活かしてもらおう……いずれにしても、我が私兵が起こす火種が、作戦開始の合図だ」
(……ウォルターさん?)

 両肘をテーブルにつき、組んだ手で口元を隠す。
 表情は読み取れない。
 けど、為政者の肩書きをもつ彼が今、このメンツの中で最も冷徹な目をしてた。
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