リズ・カシミール -Riz Casimir-
サンダーランド。彼もまたこの世界の住人。違うことがあるとすれば、それは彼の過去にある
山の色が緑から白へ変化していく。やわらかい地面が固くなり、キンと張り詰めた空気を感じ、口からは絶えず白い息が出てくる。
「はぁ、はー……山頂はまだか」
真っ先に音を上げたのはサンダーさんだった。やっぱり初老に片足突っ込んでる人にゃあキビしい道だった。
「おいそこの、今失礼なこと考えてなかったか?」
「ううん、ぜんぜん」
それでも背筋を伸ばし、懸命に足を進めていく。
これでも頑張ったほうだ。登山前に「コイツを試す時が来たか」って妙ちくりんなドリンクをグビッとイッパツ。そしたら急にハイになって、一時は先頭に立ちみんなをリードすることもあった。
けど途中でガス欠。今はヒザをプルプルさせつつ踏ん張っております。サンダーさんだけに限らずあんずちゃんも口で息をし、ドロちんは自前の杖をつき三本足で堪えてる。ブッちゃんでさえ額に光るものを見せ、じゃあわたしはどうかって?
うーん、まだ物足りないかなーって。
「ったく、なんなのよこの体力バカは」
「えっへへぇ~」
「褒めてないから!」
ドロちん、ちっちゃなおクチではぁはぁ。疲れるなら魔法使っちゃいなよとおすすめしたけど、飛行魔法は魔力を消費し続けるんだとか、魔力補給ドリンクをそんなことに使いたくないとかいろいろ事情があるようで、今はバリバリ根性ドロちんモードに移行中。けど現実の山は、か弱い魔法少女に軽く踏破できるほど甘くなかったのだぁ。
「本格的に寒くなってきましたわね」
厚着のあんずちゃんが自身の身体を抱きしめる。甲冑は熱されると熱く、冷やされると極寒。故に今の彼女をはじめ、みなさまもっこもこのダウンジャケットに身を包んでおります。
エスキモーかな?
まんまるくてみんなかわいい!
「あー……しんどい」
最年長のおじちゃんが、本日何度目かの弱音を吐露りんぴっく。山登りは覚悟の上だったので、テトヴォ滞在中にみなさま相応の準備を整えてきました。暖かい格好、保存食、在庫のおかげで準備万端ではあるけど、やっぱ実戦経験って大事だなーって。
「そろそろ休憩、いや寝る準備しねーか? こんな環境じゃいつもより時間かかるだろ」
「いつも、を知ってるような口ぶりね」
「やんのかガキんちょ」
「サンダーさんもドロシーさんも落ち着いてください。でも、サンダーさんの言うように、少し手間取りそうですわね」
「しかし、テントを張るに良い場所を見つけねばならん。このような山道に果たして――む?」
周囲を見渡していたブッちゃん。やがて道を離れた岩場の影にピントを合わせた。
「あれはなんだ?」
「どしたの?」
「岩陰に屋根が見える」
「え、マジ?」
視線をチェイス。
るっきんぐふぉー岩陰。
ほんとだ、あった。
「へー都合がいいな。今日はそこで一晩過ごすとするか」
「なに勝手に決めてんのよ」
「ですが、今から歩くとなると完全に夜になってしまいますわよ」
空を眺めるあんずちゃん。
晴天と陽光の全盛期。
ただし、この先山道が続き、場合によっては山により太陽が遮られる可能性もある。わたしはヘーキだけど、サンダーさんはたぶん凍傷になっちゃうよね。
「んじゃ、れっつごー!」
「あ、こら待ちなさい!」
率先して行動を起こすことで兵はついてくるのだ。これオジサンからの受け売りね。
「いやー安心したぜ、これならスキマ風に泣かされることもねぇ」
サンダーさんが木造の壁をとんとん叩き、その頑丈さを確認する。
真四角の間取り、暖炉と薪、その他あるのは出入り口くらいで、ほんとうにこれ以上ない必要最低限の小屋だった。
「寝袋を温めておこう。ドロシー、水の魔法を頼めるか?」
「……ふん」
ぶすっとしつつ、ドロちんはブッちゃんが手に持つ鍋に魔法の水を注ぎ込んだ。無詠唱で杖先からちょろちょろ。それを満たし、ブッちゃんは暖炉に火をつけその上に固定する。
ぐつぐつ、グツグツ。沸騰して具材を入れればじゅるり――おいしいお鍋の完成だ!
「んじゃ、ちょっと行ってくるねー」
「どこへですの?」
「狩り」
「あ、ちょっと」
バタン。わたしは扉を締め外へ飛び出した。さっきよりさらに寒い。これは、小屋を見つけて正解だったかもしれない。
「どこかに獲物はあぁ……いるわけないっか」
(ま、いーけどねー)
目的もなく散策する。こんな場所にも必死に生きてる植物がいる。動物もいた。けど今は狩りをする気分じゃない。わたしは野ウサギに別れを告げ、そのまま周囲に足音をつけてまわる。
そんな中、わたしの頭にはいろんな思いが渦巻いていた。
(メイス)
作られた存在。
彼はこの世界を滑稽だと言った。
自分自身を操り人形だと言った。
ジーニアスは、それを肯定した。
わたしが次に思い出したのは、あのいけ好かない白髪猫背の男。
(スナップ)
この世界をゲームだと言った。
人を人とも思わない所業をした。
それは、この世界がゲームだから?
彼らがただの操り人形だから?
(だとしても)
わたしは認めない。
この世界が滑稽だなんて。
この世界に暮らす人たちを操り人形なんて思わない。
(だって、だってみんな幸せに暮らしてる)
この世界で目覚めて、さいしょは何もわからなかった。
オジサンと出会って、わたしはいろんなことを知った。
アニスさんはみんなのために祈りを捧げていた。
スパイクさんは新しい居場所とおしごとをくれた。
彼らだけじゃない。この世界で出会った人はみんな生きていて、わたしたちといっしょにこの世界をつくってる。
だれかの操り人形なんかじゃない。
(サンダーさんだって……サンダーさん、だって)
どう、なんだろう?
この世界をどう見てるのだろう?
彼はいつ生まれて、いつから旅をしてるのだろう?
まさか……まさかメイスと同じで、彼自身の記憶も何度も改変されていたり――ッ。
「ないない、そんなワケないじゃん……うぅぅ」
想えば想うほど不安が膨らんでいく。
わたしは小屋に走って戻っていった。
「ねえねえ、サンダーさんってどんな人?」
「いきなりなんだぁ?」
だんろよこ、まるくなってる、しょろーだんし。
サンダーさんが訝しげな視線を向ける。火のおかげで部屋内が暖かくなり、ブッちゃんが切り刻んだ材料を鍋に放り込んでる最中、グレースちゃんはサンダーさんに特別インタビューを敢行することにした。
「こんなオジサンに興味もったか?」
「オジサンじゃなくてサンダーさん」
「お、おぅ」
「サンダーさんのこともっと知りたいの。わたしたちと出会う前って旅してたんだよね?」
「……グレース?」
眉根を寄せ不信感を顕にする。それから、はっと何か察するようにそっぽを向き、次第にやわらかい、人を安心させるような顔色をつくった。
「何を不安がってる?」
「ふあんっていうか、わからないっていうか」
わからない。
そう、わかんない。
この世界をゲームと言う人がいる。自分を操り人形だと言う人がいる。あの黒いわんちゃんは、神さまがこの世界をつくり、そこにわたしたちを招待したと言った。
けっきょくわたしたちってなんなの?
わたしたちにどんな力があるの?
「若いってのはいいもんだなぁ」
「え?」
唐突に、サンダーさんがそんなことを言った。
「もっと迷え。俺なんか五十年ずっと迷いっぱなしだ。いや、ずっと引きこもってたと言うべきだな……あの村に」
「村って、サンダーさんはどこで生まれたの?」
「あぁ? そうだなぁ」
彼は、より一層壁に体重を預けた。
「ここからずっと北西。アイン・マラハと北方諸国の境界線近く。役人どころか、旅人すら寄り付かない辺境の村さ」
緑のコートに身を包んだナゾの医者。そんな彼の生い立ちが少しずつ語られる。あるいは、彼の設定と言うべき情報なのだろうか。
「俺は何の取り柄もないただの農民でな。だれが食うかもわからねー野菜をせっせと育てて、それを隣町へ売りに出して僅かな稼ぎをもらって生きてきた。冬はただただ家の中で暖を取るような、下らねぇ日々よ」
本当にそう思ってるような口ぶりと瞳。
めんどくさそうにコップの水を飲む。
みんな耳はいいので、それぞれ作業をしつつも、それとなく耳に入っているだろう。とくにあんずちゃんは、日課である防具の手入れをしつつこちらに意識を傾けていた。
「数年前、そんな何もない村にひとりの異世界人がやってきた。初めて目にしたもんだから俺は緊張まくって……急に話しかけられたもんだから、ここはウェアサイダーズだよとしか言えなかったよ」
「あ、それ知ってる」
ゲームの村の入口の人がよく言うヤツだ。
(それよりも新しい情報ゲットだぜ)
サンダーさんはウェアサイダーズっていう村の出身なんだ。こんど行こう。どこか知らんけど機会があったら行ってみよう。
「そいつは数カ月間村に滞在した。そして、俺はそいつから医療を教わったんだ」
「その異世界人はお医者さんだったんですの?」
あんずちゃん。途中から又聞きではなく正面向いて耳を傾けていた。
「本人は否定してたな」
「じゃあ、ウェアサイダーズの人たちは、みんなその人から教えてもらってたんだ」
「おや、俺ひとりだけだ」
あんずちゃんが目をまるくした。
「なんでですの?」
「辺境の村つったって何十人はいるぜ? その全員にモノを教えられるわけねーだろ」
「じゃあ、サンダーさんは選ばれたんだ」
「フッ」
彼は苦笑し、また一口水を飲んだ。
「だれでも良かったんだとよ」
「だれでもって、サンダーさんならではの理由があるんじゃないのですか? 例えば村でいちばん賢かったとか」
まさか、無精髭あんどボサボサ頭のおっちゃんは否定しつつその髪を弄った。
「だったら若くして村長になった天才がいたし、俺なんか凡人中の凡人だったさ……理由なんか俺が知りたいくらいだ。だが、そのせいで」
空になったコップに再度水を注いでいく。
それを手に持ち、イッキに煽った。
「世界が一変したよ」
(……サンダーさん、それ水だよね?)
顔赤くなってね?
「まるで電撃が走ったような感覚さ。今まで観てた景色がまったく別ものに感じられたんだ。毎日くそめんどくせー仕事をしてたがそれすらも意味があるように感じられて……俺はこの世界をもっと知りたくなった」
「それで、そのダサい服に着替えて旅に出たわけね」
「言い過ぎだぞクソガキ」
いつの間にか公聴会参加者になっていたクソガキ魔術師に対し、サンダーさんは怪しげな緑のコートを見せびらかした。
「こいつぁその異世界人からもらった大事なもんだ」
「ふーん……サンダーさんにも大切な人がいるんだね」
服のセンスは置いといて、サンダーさんの恩人ともいつか会えるかな?
「できたぞ」
そんな野太い声とともに、わたしは空間内にすんばらしぃ香りが満ちていることに気付いた。反射的にヨダレが出てきそうなのをガマンしつつ、両手に皿を取り出したブッちゃんママのもとへと駆けていく。
「わーい! 今日はカレーだ!」
「え? でも白いですし、これはシチュ-ではなくて?」
「そういうハヤシライスでしょ」
「いや、そのどれとも違う。テトヴォで読んだ料理本の、たしか名前は何と言ったか……」
「ぶっつけ本番で作ったのかよ、どれ」
「あ! サンダーさんずるい! わたしも味見するう!」
「ちょっと、グレース!」
わたしはスープに手を突っ込んだ。
「はぁ、はー……山頂はまだか」
真っ先に音を上げたのはサンダーさんだった。やっぱり初老に片足突っ込んでる人にゃあキビしい道だった。
「おいそこの、今失礼なこと考えてなかったか?」
「ううん、ぜんぜん」
それでも背筋を伸ばし、懸命に足を進めていく。
これでも頑張ったほうだ。登山前に「コイツを試す時が来たか」って妙ちくりんなドリンクをグビッとイッパツ。そしたら急にハイになって、一時は先頭に立ちみんなをリードすることもあった。
けど途中でガス欠。今はヒザをプルプルさせつつ踏ん張っております。サンダーさんだけに限らずあんずちゃんも口で息をし、ドロちんは自前の杖をつき三本足で堪えてる。ブッちゃんでさえ額に光るものを見せ、じゃあわたしはどうかって?
うーん、まだ物足りないかなーって。
「ったく、なんなのよこの体力バカは」
「えっへへぇ~」
「褒めてないから!」
ドロちん、ちっちゃなおクチではぁはぁ。疲れるなら魔法使っちゃいなよとおすすめしたけど、飛行魔法は魔力を消費し続けるんだとか、魔力補給ドリンクをそんなことに使いたくないとかいろいろ事情があるようで、今はバリバリ根性ドロちんモードに移行中。けど現実の山は、か弱い魔法少女に軽く踏破できるほど甘くなかったのだぁ。
「本格的に寒くなってきましたわね」
厚着のあんずちゃんが自身の身体を抱きしめる。甲冑は熱されると熱く、冷やされると極寒。故に今の彼女をはじめ、みなさまもっこもこのダウンジャケットに身を包んでおります。
エスキモーかな?
まんまるくてみんなかわいい!
「あー……しんどい」
最年長のおじちゃんが、本日何度目かの弱音を吐露りんぴっく。山登りは覚悟の上だったので、テトヴォ滞在中にみなさま相応の準備を整えてきました。暖かい格好、保存食、在庫のおかげで準備万端ではあるけど、やっぱ実戦経験って大事だなーって。
「そろそろ休憩、いや寝る準備しねーか? こんな環境じゃいつもより時間かかるだろ」
「いつも、を知ってるような口ぶりね」
「やんのかガキんちょ」
「サンダーさんもドロシーさんも落ち着いてください。でも、サンダーさんの言うように、少し手間取りそうですわね」
「しかし、テントを張るに良い場所を見つけねばならん。このような山道に果たして――む?」
周囲を見渡していたブッちゃん。やがて道を離れた岩場の影にピントを合わせた。
「あれはなんだ?」
「どしたの?」
「岩陰に屋根が見える」
「え、マジ?」
視線をチェイス。
るっきんぐふぉー岩陰。
ほんとだ、あった。
「へー都合がいいな。今日はそこで一晩過ごすとするか」
「なに勝手に決めてんのよ」
「ですが、今から歩くとなると完全に夜になってしまいますわよ」
空を眺めるあんずちゃん。
晴天と陽光の全盛期。
ただし、この先山道が続き、場合によっては山により太陽が遮られる可能性もある。わたしはヘーキだけど、サンダーさんはたぶん凍傷になっちゃうよね。
「んじゃ、れっつごー!」
「あ、こら待ちなさい!」
率先して行動を起こすことで兵はついてくるのだ。これオジサンからの受け売りね。
「いやー安心したぜ、これならスキマ風に泣かされることもねぇ」
サンダーさんが木造の壁をとんとん叩き、その頑丈さを確認する。
真四角の間取り、暖炉と薪、その他あるのは出入り口くらいで、ほんとうにこれ以上ない必要最低限の小屋だった。
「寝袋を温めておこう。ドロシー、水の魔法を頼めるか?」
「……ふん」
ぶすっとしつつ、ドロちんはブッちゃんが手に持つ鍋に魔法の水を注ぎ込んだ。無詠唱で杖先からちょろちょろ。それを満たし、ブッちゃんは暖炉に火をつけその上に固定する。
ぐつぐつ、グツグツ。沸騰して具材を入れればじゅるり――おいしいお鍋の完成だ!
「んじゃ、ちょっと行ってくるねー」
「どこへですの?」
「狩り」
「あ、ちょっと」
バタン。わたしは扉を締め外へ飛び出した。さっきよりさらに寒い。これは、小屋を見つけて正解だったかもしれない。
「どこかに獲物はあぁ……いるわけないっか」
(ま、いーけどねー)
目的もなく散策する。こんな場所にも必死に生きてる植物がいる。動物もいた。けど今は狩りをする気分じゃない。わたしは野ウサギに別れを告げ、そのまま周囲に足音をつけてまわる。
そんな中、わたしの頭にはいろんな思いが渦巻いていた。
(メイス)
作られた存在。
彼はこの世界を滑稽だと言った。
自分自身を操り人形だと言った。
ジーニアスは、それを肯定した。
わたしが次に思い出したのは、あのいけ好かない白髪猫背の男。
(スナップ)
この世界をゲームだと言った。
人を人とも思わない所業をした。
それは、この世界がゲームだから?
彼らがただの操り人形だから?
(だとしても)
わたしは認めない。
この世界が滑稽だなんて。
この世界に暮らす人たちを操り人形なんて思わない。
(だって、だってみんな幸せに暮らしてる)
この世界で目覚めて、さいしょは何もわからなかった。
オジサンと出会って、わたしはいろんなことを知った。
アニスさんはみんなのために祈りを捧げていた。
スパイクさんは新しい居場所とおしごとをくれた。
彼らだけじゃない。この世界で出会った人はみんな生きていて、わたしたちといっしょにこの世界をつくってる。
だれかの操り人形なんかじゃない。
(サンダーさんだって……サンダーさん、だって)
どう、なんだろう?
この世界をどう見てるのだろう?
彼はいつ生まれて、いつから旅をしてるのだろう?
まさか……まさかメイスと同じで、彼自身の記憶も何度も改変されていたり――ッ。
「ないない、そんなワケないじゃん……うぅぅ」
想えば想うほど不安が膨らんでいく。
わたしは小屋に走って戻っていった。
「ねえねえ、サンダーさんってどんな人?」
「いきなりなんだぁ?」
だんろよこ、まるくなってる、しょろーだんし。
サンダーさんが訝しげな視線を向ける。火のおかげで部屋内が暖かくなり、ブッちゃんが切り刻んだ材料を鍋に放り込んでる最中、グレースちゃんはサンダーさんに特別インタビューを敢行することにした。
「こんなオジサンに興味もったか?」
「オジサンじゃなくてサンダーさん」
「お、おぅ」
「サンダーさんのこともっと知りたいの。わたしたちと出会う前って旅してたんだよね?」
「……グレース?」
眉根を寄せ不信感を顕にする。それから、はっと何か察するようにそっぽを向き、次第にやわらかい、人を安心させるような顔色をつくった。
「何を不安がってる?」
「ふあんっていうか、わからないっていうか」
わからない。
そう、わかんない。
この世界をゲームと言う人がいる。自分を操り人形だと言う人がいる。あの黒いわんちゃんは、神さまがこの世界をつくり、そこにわたしたちを招待したと言った。
けっきょくわたしたちってなんなの?
わたしたちにどんな力があるの?
「若いってのはいいもんだなぁ」
「え?」
唐突に、サンダーさんがそんなことを言った。
「もっと迷え。俺なんか五十年ずっと迷いっぱなしだ。いや、ずっと引きこもってたと言うべきだな……あの村に」
「村って、サンダーさんはどこで生まれたの?」
「あぁ? そうだなぁ」
彼は、より一層壁に体重を預けた。
「ここからずっと北西。アイン・マラハと北方諸国の境界線近く。役人どころか、旅人すら寄り付かない辺境の村さ」
緑のコートに身を包んだナゾの医者。そんな彼の生い立ちが少しずつ語られる。あるいは、彼の設定と言うべき情報なのだろうか。
「俺は何の取り柄もないただの農民でな。だれが食うかもわからねー野菜をせっせと育てて、それを隣町へ売りに出して僅かな稼ぎをもらって生きてきた。冬はただただ家の中で暖を取るような、下らねぇ日々よ」
本当にそう思ってるような口ぶりと瞳。
めんどくさそうにコップの水を飲む。
みんな耳はいいので、それぞれ作業をしつつも、それとなく耳に入っているだろう。とくにあんずちゃんは、日課である防具の手入れをしつつこちらに意識を傾けていた。
「数年前、そんな何もない村にひとりの異世界人がやってきた。初めて目にしたもんだから俺は緊張まくって……急に話しかけられたもんだから、ここはウェアサイダーズだよとしか言えなかったよ」
「あ、それ知ってる」
ゲームの村の入口の人がよく言うヤツだ。
(それよりも新しい情報ゲットだぜ)
サンダーさんはウェアサイダーズっていう村の出身なんだ。こんど行こう。どこか知らんけど機会があったら行ってみよう。
「そいつは数カ月間村に滞在した。そして、俺はそいつから医療を教わったんだ」
「その異世界人はお医者さんだったんですの?」
あんずちゃん。途中から又聞きではなく正面向いて耳を傾けていた。
「本人は否定してたな」
「じゃあ、ウェアサイダーズの人たちは、みんなその人から教えてもらってたんだ」
「おや、俺ひとりだけだ」
あんずちゃんが目をまるくした。
「なんでですの?」
「辺境の村つったって何十人はいるぜ? その全員にモノを教えられるわけねーだろ」
「じゃあ、サンダーさんは選ばれたんだ」
「フッ」
彼は苦笑し、また一口水を飲んだ。
「だれでも良かったんだとよ」
「だれでもって、サンダーさんならではの理由があるんじゃないのですか? 例えば村でいちばん賢かったとか」
まさか、無精髭あんどボサボサ頭のおっちゃんは否定しつつその髪を弄った。
「だったら若くして村長になった天才がいたし、俺なんか凡人中の凡人だったさ……理由なんか俺が知りたいくらいだ。だが、そのせいで」
空になったコップに再度水を注いでいく。
それを手に持ち、イッキに煽った。
「世界が一変したよ」
(……サンダーさん、それ水だよね?)
顔赤くなってね?
「まるで電撃が走ったような感覚さ。今まで観てた景色がまったく別ものに感じられたんだ。毎日くそめんどくせー仕事をしてたがそれすらも意味があるように感じられて……俺はこの世界をもっと知りたくなった」
「それで、そのダサい服に着替えて旅に出たわけね」
「言い過ぎだぞクソガキ」
いつの間にか公聴会参加者になっていたクソガキ魔術師に対し、サンダーさんは怪しげな緑のコートを見せびらかした。
「こいつぁその異世界人からもらった大事なもんだ」
「ふーん……サンダーさんにも大切な人がいるんだね」
服のセンスは置いといて、サンダーさんの恩人ともいつか会えるかな?
「できたぞ」
そんな野太い声とともに、わたしは空間内にすんばらしぃ香りが満ちていることに気付いた。反射的にヨダレが出てきそうなのをガマンしつつ、両手に皿を取り出したブッちゃんママのもとへと駆けていく。
「わーい! 今日はカレーだ!」
「え? でも白いですし、これはシチュ-ではなくて?」
「そういうハヤシライスでしょ」
「いや、そのどれとも違う。テトヴォで読んだ料理本の、たしか名前は何と言ったか……」
「ぶっつけ本番で作ったのかよ、どれ」
「あ! サンダーさんずるい! わたしも味見するう!」
「ちょっと、グレース!」
わたしはスープに手を突っ込んだ。