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作者: 月ノ瀬 静流
残酷な描写あり
2.渦紋の謀略-2
 皆が沈黙する中、メイシアの声が響く。

「そもそも、ハオリュウの罪状が『父と異母姉わたしの殺害』というのが、おかしいんです。ハオリュウに罪を着せたいのなら、『異母姉わたしと共謀して、父を殺した』にすべきでした」

「どういうこと……?」

 母親シャンリーの胸で泣いていたクーティエが顔を上げた。

 どうやら、摂政の目的が『ハオリュウを亡き者にすること』ではないと、半信半疑ながらも、信じるほうに賭けてみることにしたらしい。かすれた声ではあるものの、目つきが変わっていた。

 ルイフォンは口の端を上げ、「つまりさ」と、メイシアの言に続ける。

「メイシアは、ハオリュウに殺された『被害者』ってことになっているから、無罪を証言できる立場にある。これが、父親の殺害の片棒を担いだ『共犯者』にされちまっていたら、そうはいかなかった。共犯者の証言なんて、なんの信用いみもないからな」

「あ……! そうよね」

 クーティエが、ぽんと手を叩く。

「だいたいさ。渓谷の事故では、メイシアの親父さんは『死亡』で、メイシアは『行方不明』なんだぜ? そして、摂政は、『メイシアが生きていて、恋人おれのもとにいる』ことを知っている」

 ハオリュウは事故を発表したとき、『異母姉メイシアの遺体は発見されなかった』とした。本当は生きている異母姉あねを、完全に『死者』にしてしまうことに躊躇ためらいがあったのだ。

 そして、もしも、いつか。なんらかの事情で、異母姉あねが生き返りたくなったときの保険にと、『行方不明』という形を取った。

「婿養子の縁談を持ってきた父親は死亡して、姉は密かに平民バイスアの恋人と暮らし、弟は念願の当主の座に収まっている。――これはどう考えても、『姉弟が共謀して父親を殺し、それぞれ望みのものを手に入れた』と解釈するほうが、理に適っているんだよ」

 クーティエだけでなく、顔つきの変わってきた皆に、ルイフォンは調子づき、熱弁を振るう。

「そんなわけで、さっきメイシアが言ったように、ハオリュウの罪状が『父と異母姉あねの殺害』というのは、明らかに不自然なんだ。『本気で有罪にする気はない』という、摂政の意図が読み取れる。だから、これは――」

 ルイフォンの指先が、とんっ、と目の前のテーブルを叩いた。

 そして、鋭いテノールが響き渡る。



「『話し合いのテーブルを用意したから、無罪を主張しに表に出てこい』という、摂政からメイシアへの召致メッセージなんだ」



 部屋のあちこちから、緊張をはらんだ息遣いが聞こえた。

 不穏に揺れる、ざわめきの中、「ちょっと待ってくれ」と、シャンリーが困惑の声を上げる。

「ルイフォンの説明は、よく分かったよ。だが、摂政殿下が、格下を相手に、対等な話し合いの場を設けるなんて、殊勝なことをするとは思えん。――罠じゃないのか?」

 性別不詳でありながら、整った造作がしかめられる。その顔は、疑い深いというよりも、心配性のそれだ。

「無論、罠の可能性はある」

 シャンリーには悪いが、気休めを言っても仕方がない。

「そんなっ!」

 クーティエの悲鳴が木霊こだました。しかし、ルイフォンは動じることなく、にやりと口角を上げる。

「けど、俺たちが動かなければ、摂政は、ハオリュウを罪人として処刑するだけだ。だったら行くしかねぇだろ?」

「そ、それは、……そうだけど。で、でもっ!」

 不安と戸惑いをい交ぜにして、押し黙るクーティエ。その反応かおに満足しつつ、ルイフォンは畳み掛ける。

「そんなに心配するな。摂政は、あらかじめ、ハオリュウを無罪にする方法を提示した。こういう手段アプローチを採るってことは、摂政は歩み寄りの姿勢を望んでいるはずだ――というのがメイシアの見解だ。メイシアの言葉なら、俺は信じる」

 そこまで言ったとき、ルイフォンの鼻先に干した草の香が押し寄せた。

「歩み寄りですって!? 馬鹿を言わないでよ! 藤咲うちの屋敷に、いきなり近衛隊が押しかけてきたのよ!?」

 波打つ黒髪をなびかせ、ミンウェイが迫る。

 すっかり藤咲家の一員となった『うち』という言い回しが微笑ましいが、柳眉を吊り上げた彼女に軽口を叩くわけにもいくまい。ルイフォンは少々残念に思いながら、肩をすくめた。

「まぁ、歩み寄りといったって、王族フェイラ目線でのことだ。ミンウェイが納得できなくても仕方ねぇよ。問題は、貴族シャトーアだったメイシアが動くかどうか――だからな」

 ルイフォンが促すように傍らを見やると、メイシアが、こくんと頷いた。

「警察隊ではなく、近衛隊が来たというのであれば、ハオリュウに対する配慮を感じます。ですから、私は先に述べた通り、摂政殿下の呼びかけに応じます」

 凛とした、澄んだ声だった。

 彼女の心は既に決まっているのだと、誰もが認めざるを得なかった。

 しんと静まり返った応接室に、レイウェンの低音が落とされる。

「メイシアさんが、王宮に行く必要があることは分かるよ。――けれど、それで、解決するわけではないのは、ルイフォンとメイシアさんなら気づいているね?」

 甘やかでありながら、ぞくりと身が震えるような、冷涼とした響き。

 すっと下がった室温に、戸惑うように顔色を変えたのは、名指しされたルイフォンとメイシア『以外の』者たちだった。

 当のふたりは、落ち着き払った面差しをレイウェンへと向ける。

「ああ。分かっているさ」

 ルイフォンは好戦的に嗤った。

「摂政が手に入れたいのは、メイシアじゃないからな。だから、『話し合いのテーブルを用意した』なんだ」

 彼の弁を受け、メイシアが続ける。

「摂政殿下は、私を交渉の相手にしたいのでしょう。――彼の目的は、セレイエさんと『ライシェン』です。ハオリュウの身柄と引き換えに、要求してくるものと思われます」

「その要求に、君たちは、どう応えるつもりだい?」

 間髪をれずのレイウェンの問いかけは、当然のものだ。ルイフォンは、ばつが悪そうに癖の強い前髪を掻き上げた。

「正直なところ、まだ策はない。何しろ、ハオリュウの逮捕を聞いたのは、ついさっきなんだ」

 反論めいた愚痴ぼやきを付け加えてしまったのは、痛いところを突かれたからだ。

 負け惜しみのようだと思いつつ、「けど!」と、彼は言葉を重ねる。

「今回は、シュアンのときみたいに『秘密裏に助け出す』という選択肢はないんだ。――ハオリュウには、貴族シャトーアの当主という立場がある。正々堂々と、表から解放されなければならない。つまり、摂政と正面から、やり合う必要があるってことだ」

 ルイフォンはメイシアと視線を交わし、ふたりの決意を口にする。

「これから、作戦を模索する。けど、どんな策を採ったとしても、俺は『渓谷の事故のあと、メイシアを保護した経緯を説明する人間が必要だ』として、一緒に王宮に乗り込む。メイシアひとりで行かせたりはしない。俺たちは、『ふたり』で立ち向かう」

「なるほど。考えたね」

 猛然と言い放つルイフォンに、レイウェンが穏やかに笑んだ。

「あら、そんな理由でルイフォンが同行できるなら、私は『渓谷から落ちたメイシアを診察した医者』としてついていくわ。事故が本当なら、当然、メイシアは怪我をしていたはずでしょう?」

 本業は医者なのよ、とミンウェイが胸を張る。

「待て、ミンウェイ。俺は、摂政に認識マークされているんだ。だから、どんな口実でも、『鷹刀ルイフォン』が名乗りを上げれば、同行が許される」

「え? どういうこと?」

「摂政は、俺がメイシアの恋人あいてであり、セレイエの異父弟おとうとだって、知っている。何より、摂政やつは以前、『鷹刀ルイフォンから『ライシェン』の居場所を聞き出せ』と、俺を名指しして、ハオリュウに命じたんだ」

「ああ、そうだったわね……?」

 それが何か? とばかりに、ミンウェイは首をかしげる。

「ならば、摂政にとって、俺は『是非とも、会いたい相手』のはずだろ? でも、ミンウェイは……、正直に言って、摂政の眼中にない。――すまん」

「うっ……、そ、それはそうだと思うけど……、……酷いわ……」

 ミンウェイは、不満げに口を曲げた。ちょっと悪かったかな、と思いつつ、ルイフォンは話を進める。

「まずは、鷹刀の屋敷に事態を伝え、情報収集の協力を要請する。息の掛かった者が、王宮に潜入しているはずだから、ハオリュウの状況も探ってもらおう。――シュアンのときのように、監視カメラを使えればよかったんだけど、今回は無理みたいだからさ」

 貴族シャトーアであるハオリュウは、シュアンとは違い、牢獄には入れられない。貴人としての配慮がなされ、プライバシーの保たれた王宮の一室に軟禁されているため、監視カメラを利用できないのだ。

 そのとき、ユイランが口を開いた。

女王陛下アイリーちゃんに、何か頼めないかしら? 少なくとも、王宮の様子くらいなら、教えてくれると思うの」

 人懐っこい女王は、いつの間にか、リュイセンとだけでなく、ユイランとも頻繁にメッセージのり取りをするようになっていた。『あんな娘が欲しかった』という、ユイランの夢が叶うのか否かは不明だが、リュイセンが女王に渡した携帯端末は、なかなか良い仕事をしている。

 ちなみに、女王は時々、ルイフォンにもメッセージをくれる。無邪気ではあっても無神経ではない彼女は、女装変装の件をさらりと流してくれたので、良好な関係を築くことができた。

 数行ごとにリュイセンの名前が出てくる文面を送ってくるので、こちらからはリュイセンの黒歴史むかしばなしなどを返してやっており、非常に喜ばれている。

「ああ、そうだな。あとで、アイリーと連絡を取る。それから、ヤンイェンも……かな」

 それまで覇気に満ちていたテノールが、最後で沈んだ。自分で義兄ヤンイェンの名を口にしておきながら顔を曇らせるなんて、ざまぇなと、自嘲する。

 ヤンイェンにはヤンイェンの事情があることは、百も承知している。しかし、どうにも態度のはっきりしない義兄は、単刀直入を良しとするルイフォンにとって、非常にやりにくい相手だった。

 もっとも、ルイフォンの心情はさておいても、ヤンイェンの力を借りるのは難しそうに思われた。それというのも、ユイランとルイフォンが『仕立て屋とその助手』として会ったあと、ヤンイェンへの監視が更に強まったのだ。

 ユイランは、セレイエとは不仲とされているが、やはり鷹刀一族。彼女と接触したからには、行動の自由を制限すべき、と摂政は考えたのだろう。現在、ヤンイェンは『体調を崩した』という名目で、自分の屋敷に幽閉同然の扱いで閉じ込められている。

 ルイフォンがメッセージを送っても、返事が来るのは、よくて三日後だ。『極めて健康であるのだが、医師が張り付いていて、なかなか返信できない』ということだ。

 どうにかして監視の目をかいくぐる手段はないものかと、ヤンイェンの屋敷の情報を集めてみれば、主治医の診療記録カルテが出てきた。療養中の症状がぶり返したとかで、高熱が続いていることになっている。無論、偽造でっちあげだろう。わざわざ書類を作らされる医者も、御苦労なことである。

「ともかく、情報収集だな。皆、いろいろと協力を頼む」

 ルイフォンがそう言うと、メイシアがミンウェイに向かって頭を下げた。

「ミンウェイさん。私が『生き返る』と、藤咲家も慌ただしくなると思います。緋扇さんや執事に、よろしくお願いしますと、お伝えください」

「分かったわ。……でも、メイシアが『生き返る』と、今までと、どう変わるの?」

 ミンウェイとしては、軽い気持ちで尋ねたのだろう。しかし、その瞬間、メイシアの顔が、ぎくりと強張った。そして、その表情を音で表したような、硬質な声が響く。

貴族シャトーアとしての、あるべき生活に戻ります」

「えっ……と? 具体的には?」

 雰囲気の一変したメイシアに、ミンウェイは戸惑い、小首をかしげた。

「そう……ですね。当主の異母姉あねとして、ハオリュウをそばで支えます。あの子が、ひとりでこなしていた社交も、私で代理がきくものもあるはずなので、少しは楽をさせてあげることができると思います」

「ちょっ!? それって、メイシアは藤咲の屋敷に戻ってきて、貴族シャトーアとして生きる、ってことよね? ……え? 待って、ルイフォンとは、どうなるの!?」

「互いに交わることのない、本来の道を歩むことになります。――勿論、こっそり逢うことはできますから、その……」

「なんですってぇ!?」

 柳眉の吊り上がっていくミンウェイに、メイシアの声が掻き消される。

「駄目よ! あなたたちは、一緒にいなきゃ!」

 そのとき――。

「ミンウェイ、やめろ!」

 ルイフォンが鋭く叫んだ。

「メイシアは腹をくくったんだ。――すべてを理解した上で、な」

 ここでミンウェイを睨みつければ、それは八つ当たりだ。

 だから、彼は目を伏せた。怒気を抑え、低くうなるように告げる。

「『平民バイスアの恋人と暮らしていた、貴族シャトーア令嬢』が、元の世界に戻ったとき、上流階級の奴らは蔑み、嘲りの目で見るだろう」

 ルイフォンはメイシアの肩を抱き寄せた。黒絹の髪に指を滑らせ、くしゃりと撫でる。

「ハオリュウに『傷物の異母姉あねを妻にしてやる』と、恩着せがましく言い寄り、内心では、後ろ盾のない年少こどものハオリュウを操って、藤咲家の実権を握ってやろうと企む輩も出てくるはずだ」

「な……、何……それ……?」

 ミンウェイが唇をわななかせ、言葉にならない憤りを持て余す。

 当然だろう。ルイフォンだって、これからメイシアが屈辱を味わうのだと思うと、はらわたが煮えくり返る。

 だから――。

「心配するな」

 金の鈴を煌めかせ、覇気に満ちた顔で宣言する。



「俺が頃合いを見て、メイシアをさらいに藤咲家に行く」



 メイシアは離れ離れの覚悟を決めていたようだが、そんな覚悟は必要ない。

 正々堂々と、我儘に。自分たちらしく生きるのだ。

「藤咲家にも貴族シャトーアの体面ってもんがあるだろうから、今すぐに、ってわけにはいかねぇ。けど、あと数年もすれば、世間が何を言おうとも、どこ吹く風でいられる藤咲家が出来上がっているはずだ。ハオリュウが当主なんだからな。――そうなりゃ、何も問題ねぇだろ?」

「ルイフォン!?」

 鈴を振るようなメイシアの声が、高く裏返った。黒曜石の瞳が大きく見開かれ、やがて透明な涙で潤んでいく。

「初心に帰って、駆け落ちしようぜ」

 今となっては懐かしい出来ごとだが、ふたりの想いが通じ合った直後には、そんな話もあったのだ。

「メイシアはずっと、家のことをハオリュウに任せきりにしたって、気にしていただろ? だから、ちょうどいい機会だと思って、しばらく手伝ってこいよ」

「ルイフォン、ありがとう……!」

 恥ずかしがり屋のメイシアが、周りを気にすることなく、ルイフォンの胸に飛び込んだ。その背に腕を回し、彼は高らかに告げる。

「それじゃ、行動開始だ!」

 ルイフォンの宣戦布告で、この場はお開きとなった。

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