▼詳細検索を開く
作者: 月ノ瀬 静流
残酷な描写あり
4.虚々実々の嵐-3
「まず、ライシェンの母親は、先ほども言った通り、鷹刀セレイエです。彼女は神殿の神官でした。より正確に言えば、『神官』という表向きの身分を与えられた、〈七つの大罪〉の〈悪魔〉のひとり、です」

 それから、カイウォルは口の端を上げ、冷ややかに付け加える。

「別に答えなくて構いませんが、鷹刀一族と懇意にしている君なら、『神殿が、王の私設研究機関である〈七つの大罪〉の、隠れ蓑になっている』ことくらい、ご存知なのでしょう?」

 こともなげに極秘事項トップシークレットを明かすのは、互いに知らぬふりでは話を進めにくい、ということなのだろう。

 対して、ハオリュウは無言で聞き流す。

 義兄ルイフォンではないが、情報を制する者が勝つのだ。よって無表情ポーカーフェイスを決め込むとする。――が、それでは、カイウォルは面白くなかったらしい。不満げに顔をしかめた。

「そして、ライシェンの父親は、神官長の職にあったヤンイェンです。……ライシェンは、四年前、まだ先王が存命のときに、このふたりの息子として生まれました」

 ハオリュウにとって、それもまた既知の事実だ。故に沈黙のまま、神妙に聞き入るふりをしようとして、はっと息を呑む。

 先ほど、ハオリュウは『『ライシェン』は、カイウォル殿下の御子なのですね』などと言って意趣返しをしたばかりだ。ならば、この情報に関しては、無表情ポーカーフェイスではなく、『平静を装いつつも、動揺あるいは得心の顔を隠しきれずにいる』ほうが自然だ。

 ――ややこしいが、気をつけないとボロがでるな。

 冷や汗に身を震わせると、カイウォルが口元をほころばせた。そういう反応が欲しかった、ということだろう。

 ハオリュウの緊張の理由と、カイウォルの解釈との間にはズレがあるのだが、勝手に気をよくしてくれたなら都合がいい。ハオリュウはかしこまったていで目線を下げ、続きを促した。

「〈神の御子〉の男子であるライシェンは、女子であるアイリーよりも、王位継承権が上になります。つまり、彼は生まれた瞬間に、次代の王になることを約束されました」

 そこでカイウォルは、まるで耳打ちでもするかのように、「ハオリュウ君」と、すっと身を寄せた。

「私は、母にアイリーを託され、彼女が立派な王になるよう、手塩にかけて育ててきました。そこに突然、彼女を押しのけて王になる、〈神の御子〉の男子の誕生です。この事態に、私が何を思ったか、想像できますか?」

 含みのある、刺すような視線。

 声を詰まらせたハオリュウに、カイウォルは薄い嗤いを漏らす。

 彼は、ただ、ハオリュウを困らせたかっただけのようで、返答など期待していなかったのだろう。演技めいた仕草で、肩をすくめた。

「『ライシェンを邪魔に思った』? ――とんでもありません。私は、この世で一番、『〈神の御子〉であるライシェン』の誕生を祝福した人間だと思いますよ。黒髪黒目ふつうの子供が生まれてくると信じて疑わなかった、両親ヤンイェンとセレイエよりも、ずっと」

「……」

 話の方向が見えてこない。

 ハオリュウが困惑を浮かべると、カイウォルは嘲るように目を細めた。

「いくらアイリーが努力を重ねても、『女王』に求められることは、立派に国を治めることではありません。次代の王となる〈神の御子〉を――それも、できれば男子を産むことなのです。……たとえ、『王』であっても、『仮初めの王』でしかない女王は、道具のように扱われるだけなのですよ。――私たちの母のように、ね」

 言葉の終わりを、溜め息に似た吐息に溶かし、カイウォルは、ゆっくりと視線を窓に向けた。

「母の遺言は、『アイリーをよろしく』であって、『立派な王にするように』ではありませんでした。女王となる娘に、自分のような不幸な人生を送ってほしくない。どうか守ってやってほしい――そんな思いからの言葉だったのでしょう」

「……」

「ですが、妹を守りたくても、ただの王子である私に、できることなど限られています。――そう思っていた私にとって、ライシェンの誕生は、まさに救いでした」

 カイウォルの黒い瞳が天を仰ぐ。その動きと共に、黒い髪が音もなく揺れる。

「〈神の御子〉のライシェンは、赤子のときのアイリーにそっくりでした。私はがらにもなく、素直に可愛いと思いましたよ。息子を奪われると思ったのか、ヤンイェンとセレイエには激しく警戒されましたが、ライシェン本人は私によくなついてくれて、私が会いにいくと、いつもご機嫌で笑ってくれました」

 ――赤子を相手に、随分と好き勝手な解釈をするものだ。

 ハオリュウは内心で冷ややかに鼻を鳴らし……、その直後、はたと気づく。

 ライシェンは、『来神ライシェン』だったのだ。

〈神の御子〉の男子が持つ『情報を読み取る』能力と、〈天使〉のセレイエから受け継いだ『情報を書き込む』能力を併せ持つ――『神』。



 ライシェンは、自分に害意を向けた人間を容赦なく殺していった。



 ライシェンが王宮に迎えられた四年前、カイウォルは摂政でこそなかったが、国政に携わる王子であり、国の中枢に位置する人物だったはずだ。ならば、ライシェンとの接触の機会も多かったことだろう。

 悪感情をいだいていれば、真っ先に殺されていたであろう距離。しかし、カイウォルは殺されなかった。

 すなわち――。

 カイウォルは敵ではないと、ライシェンが認めていたことになる。

 ――そんな馬鹿な……。

「随分な顔をしていますね」

「……っ!?」

 カイウォルの言葉に、心臓が跳ねた。

 ハオリュウは、反射的に自分の頬に手を当てる。

 いったい、どんな顔をしたというのだろう。――自分では分からない。

「意外でしたか? ――ええ、そうでしょうとも。君は、私のことを誤解していましたからね」

 底なしの深みへと呑まれそうな瞳から、ハオリュウは逃げるように目をらした。視界を床に移したまま、情報を整理しようと、早鐘を打つ胸を押さえる。

「ライシェンが私になつくのは、当然のことなのです。少し考えれば、分かるはずです」

 ソファーのわずかなきしみと、軽く腕を組むような衣擦れの音。雅やかなこうが、ふわりと漂う。

 カイウォルは背もたれに体を預け、ハオリュウを睥睨しているのだろう。顔を伏せたままでも、察することができた。

「ヤンイェンとセレイエは、勿論、息子ライシェンを愛していたでしょう。それでも、黒髪黒目であればよかったのにと、思わずにはいられなかったはずです。――私の母が、長男が〈神の御子〉であったならと、願わずにはいられなかったように。口には出さずとも、その思いが私に伝わってしまっていたように……ね」

 ハオリュウの頭上から、カイウォルが告げる。

 哀愁を帯びた圧が、静かに落とされていく。

「よく似た境遇なのですよ、私とライシェンは。黒髪黒目と〈神の御子〉――正反対でありながら、そっくりな運命のもとに生まれた私たちには、互いに通じるものがあったのです」

 それから、そっと。

 囁くような声で、カイウォルは尋ねる。

「赤子との意思疎通など、私の思い込みに過ぎないと――あなたは笑いますか?」

「!」

 思わず、びくりと動きそうになった肩を、無理やりに留めた。

 ――カマを掛けられている。

 ライシェンが『来神ライシェン』であったことを、知っているのか否か。カイウォルは、探りを入れているのだ。

 ぴんと張り詰めた絹糸の如く、ハオリュウは神経を研ぎ澄ませた。彼の背後で、見えない闇が広がる。どこからでも掛かってこいという、臨戦態勢だ。

 そんなハオリュウの内心を知ってか知らでか、カイウォルは穏やかな表情かおで続けた。

「『ライシェンが〈神の御子〉として生まれたことで、アイリーを女王にせずにすむ』という思いは、よこしまな安堵かもしれません。ですが、それでも、私は『〈神の御子〉であるライシェン』の誕生を純粋に心から喜びました。そこが、両親ヤンイェンやセレイエとは違ったのですよ」

 懐かしむように瞳を細め、カイウォルは胸に手を当てる。

「『君が〈神の御子〉であることも含めて、生まれてきてくれて、ありがとう』――私は、たびたび、ライシェンにそう語りかけました。特に、両親ヤンイェンやセレイエが浮かない顔をしていたときにね」

「……」

「私が無意識のうちに、母に求めていた言葉なのでしょう。だから、私の自己満足かもしれません。ですが、ライシェンの心が動いた――と。私は感じましたよ」

 それは、きっと真実だろう。

 ライシェンは、カイウォルの言葉に救われたのだ。

 想像もしていなかった話だが、カイウォルとライシェンの関係が、すとんと腑に落ちた。

 カイウォルにも、ライシェンにも、ハオリュウは好意とは逆の感情をいだいている。どうでもよい、他人ひとごとだ。

 ……それでも、心が和んだ。

 オリジナルのライシェンは、絶望しか知らずに死んだわけではないのだ。

 ハオリュウのまとう闇が、わずかに緩む。

 そのとき――。

 不意に、カイウォルのこうが鼻腔をくすぐった。

 誘われるように顔を上げると、笑みをたたえたカイウォルが、ハオリュウの顔を覗き込んでいた。

「君は、君が思っているほど、非情な人間ではないのですよ。――本質は、哀しいくらいに情が深いのです」

「殿下? それは、どういう意味でしょうか?」

 唐突すぎる発言に、ハオリュウは首を傾げる。しかし、カイウォルは、疑問には答えをくれなかった。

 代わりに、「ハオリュウ君」と、呼びかける。

「君は、ライシェンの両親が誰であるか、本当は知っていたのでしょう?」

「!」

 耳朶を打った衝撃に、呼吸が止まった。

 だが、かろうじて無表情ポーカーフェイスだけは完璧に保った……はずだ。

「それだけではありませんよね」

 雅やかな笑みを浮かべ、カイウォルは蠱惑の旋律を響かせる。

「オリジナルのライシェンが、どうして殺されたのか――も。……君は、知っていますね?」

 刹那、ハオリュウの背中を戦慄が駆け抜けた。

Twitter