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作者: 月ノ瀬 静流
残酷な描写あり
4.虚々実々の嵐-4
 ハオリュウの頭は、真っ白になった。

 何も言葉は浮かばず、ただ冷や汗だけが流れ落ちる。

「何も答えなくて、結構ですよ」

 笑みを含んだ声色で、カイウォルが告げた。

「!?」

「君が『肯定するわけにはいかない』ことくらい、承知しています。肯定すれば、何故、知っているのかを、私に問い詰められることになりますからね。そして、鷹刀一族が『ライシェン』と繋がりがあることを『証言』せざるを得なくなるでしょう」

 優位に立つ者の顔で、ゆるりと腕を組み、カイウォルは雅やかに嗤う。

「鷹刀一族と懇意にしている君にとって、それは絶対に忌避すべき事態です。だから、君は何を訊かれても、口を閉ざすしかありません。――ならば、知っているか否かを問うのは愚問ナンセンスというものです」

「……っ」

 カイウォルの思惑は、どこにあるのか。

 皆目見当がつかない。

 握りしめた掌に、じわりと汗が滲む。

「私は、君を追い詰めたいわけではありません。そんなことをしても、私に益はありませんからね」

「殿……下……?」

「君には、私の理解者に――そして、国を導くための片腕となってほしいのです。それが叶うのなら、多少のことには目をつむっても構わないと思っているのですよ」

 すべてを呑み込むような、奈落の瞳。

 ハオリュウは身じろぎひとつできず、カイウォルの顔を凝視する。

「〈神の御子〉ではない私は、王となる運命は持っていません。しかし、王族フェイラとして、国を富ませ、民に平穏を贈る責があると自負しています。――元来、王族フェイラとは、そういう存在ものでありましょう?」

 力強く発せられた言葉に、ハオリュウは無言で首肯した。

 カイウォルの迫力にされたわけではない。彼の発言に同意しただけだ。カイウォル個人には嫌悪しかないが、不本意ながら、彼とハオリュウは同種の人間であると、気づいてしまっていた。

「私は〈神の御子〉のみが王になれるという、この国の金科玉条決まりが優れているとは思いません。しかし、『異色の王』という、分かりやすく特別な存在が、民の心のどころとなっているのは事実ですから、王族フェイラはそれを与えてやるべきなのです」

「……」

 王族フェイラならではの、見下したような物言いがかんに障る。

 しかし、身分制度をなくしても、象徴としての〈神の御子〉を残そうと考えているハオリュウは、カイウォルと同じ思考の持ち主なのだと認めざるを得ない。

 唇を噛んだハオリュウに、カイウォルは薄い嗤いを漏らす。

 そして、唐突に、話の切り口を変えてきた。

「鷹刀セレイエの立てた計画は、『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』と言うのだそうですね。殺されたライシェンを生き返らせる計画だと――ライシェンの侍女だったホンシュアが、〈天使〉となって私の執務室に忍び込み、そう伝えてきましたよ」

 そこで、カイウォルは、ほんの少し考えるように口元に手を当て、「もっとも、あのホンシュアは、セレイエの〈影〉でしたから、あれは、セレイエ本人といってよいでしょう」と、付け加える。

「ライシェンの蘇生については、四年前、彼が殺された直後から、ヤンイェンとセレイエが試みていたのを知っています。死者を蘇らせるなど、正気の沙汰ではありませんが、ライシェンの死を理不尽に思う気持ちは私も同じでしたので、憐れみの気持ちで彼らを見守っていました」

 そこで、カイウォルは大袈裟なまでの溜め息を落とし、静かに呟く。

「私と心を通わせたライシェンは、殺されたあの子だけ。代わりなど、いないというのに。――両親である彼らが、それを理解できぬとは、なんて愚かな……」

 呆れてものも言えぬとばかりにかぶりを振り、それから、眉間に、ぐっと深い皺を寄せた。

「どうせ、うまくいくはずもあるまい。気が済むまで放っておけばよい――そう考えていた私もまた、愚かでした。まさか、逆上したヤンイェンが、先王しいするとは――!」

 鬼気迫る美貌が、ハオリュウを捕らえた。

 憎悪の対象は、勿論、ハオリュウではない。それが分かっていても、彼は反射的に身を固くする。

「確かに、先王は、自分の精神的外傷トラウマのために『過去の王のクローン』を拒み、長きにわたる後継者不在で、国民を不安に陥れた愚王です。しかし、それでも、この国にとっては必要な『民の心のどころ』でした。――それが、この国の王というものなのです」

 カイウォルは、ぐっと拳を握りしめた。

「なのに、国の安寧のために王族フェイラのヤンイェンが、私怨のために王を殺しました。――断じて、許されぬことです!」

 かっと瞳を見開き、深い憤りを吐き出す。

「ヤンイェンは罪人つみびとです。しかし、『王族フェイラが、王を殺した』と、おおやけにすれば、国民の動揺は計り知れません。故に、本来なら極刑とすべきところを、生涯、幽閉の身としました。――それを、鷹刀セレイエは――!」

 カイウォルは唇をわななかせ、鋭く息を弾いた。

 ぐいと顎を上げ、ここにはいないセレイエを、高圧的に見据える。

「鷹刀セレイエは、あろうことか、『過去の王の遺伝子』をすべて廃棄しました。そして、この世で唯一の〈神の御子〉の男子となった『ライシェン』と引き換えに、ヤンイェンを『女王の婚約者』として解放することを要求してきました」

そして、カイウォルは「ハオリュウ君」と、誘い込むような瞳を向ける。

「こんな身勝手が、どうして許されましょう?」

 形だけの問いかけが、ハオリュウの鼓膜を震わせ、まるで呪詛のように絡みついた。

「『過去の王の遺伝子』は、〈神の御子〉を強要される女王や王妃たちの、いわば命綱です。――あいにく、私の母には、使うことを許されませんでしたが……。――いえ、そんな個人的な感情でものを言ってはいけませんね」

 カイウォルはかぶりを振り、「言い換えましょう」と、今までの激情を嘘のように消し去った。

 打って変わった様子で居住まいを正し、雅やかな微笑を浮かべる。王族フェイラたるものくあるべし、とでも言いわんばかりに。

「『過去の王の遺伝子』を廃棄し、王家を存続の危機に陥らせている鷹刀セレイエは、国にあだなす国賊です。私は国を預かる摂政として、彼女を誅する責務があります。そのためには、まず、彼女を捕らえねばなりません。――どんなを使ってでも……ね」

 これで、分かりましたね? と、カイウォルの目線が告げる。

 鷹刀一族のもとにいる姉君メイシア嬢は、鷹刀そこに匿われているセレイエを引きずり出すために必要な駒なのですよ――と。

「オリジナルを可愛がっていた私が、『ライシェン』に何も感じるものがないわけではありません。けれど、オリジナルとクローンを混同するようでは、愚かなヤンイェンやセレイエと同類です。状況によっては、『ライシェン』を切り捨てることも視野に入れましょう。君が教えてくれたように、次代の王を女王アイリーのクローンとすることも可能なのですからね。――しかし、鷹刀セレイエだけは見逃すわけにはいきません」

「……っ」

 ハオリュウは、ぎりっと奥歯を噛んだ。

 ――どうやら、僕は、カイウォル殿下という人を読みたがえていたようだ……。

 カイウォルが欲しているのは、〈神の御子〉である『ライシェン』だと信じていた。

 だから、女王のクローンを作ることで〈神の御子〉を得ればよいと提案した。そして、ハオリュウが腹心になることと引き換えに、異母姉あねを捨て置くことを要求した。

 だが、前提が違ったのだ。

 カイウォルが真に求めていたのは、『ライシェン』ではなく、鷹刀セレイエだった。

 彼女の罪を裁かねば、道理が通らぬと――正道でありながら、妄執としか思えない愛国心きもちに突き動かされている。『ライシェン』に関しては、セレイエを捕らえれば、おのずと手に入るとでも考えていたのだろう。

 しかし、異母姉あねを使ってセレイエを捕らえようにも、セレイエは既に亡くなっている。

 ――僕は、いったい、どうするべきか……?

 今すぐ、セレイエの死を告げればよいのか?

 ――否だ。

 今のタイミングでそれを告げても、カイウォルが信じるわけがない。ハオリュウは、完全に作戦を誤ったのだ。

 打ちのめされるハオリュウの耳に、どことなく勝ち誇ったようなカイウォルの声が届く。

「君が望むように、姉君メイシア嬢を捨て置くことはできません。けれど、君は、女王陛下アイリーの婚約者になると申し出てくれました。そんな君の願いを無下にするのは忍びません。――だから、こうしましょう」

 勝者カイウォルからの提案など、ろくなものではあるまい。

 警戒の眼差しで、ハオリュウは正面を見据える。

「君が危惧しているのは、姉君の名誉が損なわれることなのでしょう? ならば、メイシア嬢が王宮に出向き、鷹刀セレイエの逮捕に協力してくれたなら、すべてを正しく明るみに出しましょう。それで、彼女がいわれなき誹謗中傷を受けることはなくなります」

「どういう……ことでしょうか?」

「君が語ってくれた『渓谷の事故』の真実を、事実として公表します。藤咲家を陥れた貴族シャトーアの罪も問いましょう」

「え……?」

 困惑をあらわにしたハオリュウに、カイウォルは無音の嗤いを漏らした。

「現在、君には、事故に見せかけた『父と異母姉あねの殺害』の容疑が掛かっているわけですが、近衛隊の調査の結果、そもそも事故など存在しなかった――と、判明します。藤咲家は陰謀に巻き込まれただけ。『渓谷の事故』は、父の不名誉な死の隠蔽と、平民バイスアの恩人と恋仲になった異母姉あねの自由のために、君が作り上げた虚構うそだった、と」

 それは、真実そのものだ。

 諦めていた厳月家への裁きがされ、藤咲家の名誉が守られる。――もっとも、貴族シャトーアの令嬢が、凶賊ダリジィンと恋仲になったことに関して、世間がなんと思うかは不明であるが。

 ハオリュウは押し黙り、眉を寄せた。

 このあと、どんな取り引きを持ち出したところで、カイウォルが異母姉メイシアという駒を手放すことはないだろう。そう思えば、破格の条件を提示してきたのだといえる。

 しかし、カイウォルは、異母姉あねに『セレイエの身柄』を要求するはずだ。それが分かっていて、承諾の返事などできるわけがない。死者であるセレイエを引き渡すことなど、不可能なのだから……。

 どうしたものかと、ハオリュウが思考を巡らせていると、カイウォルが畳み掛けるように囁いた。

「さすがに〈七つの大罪〉の名前や、〈影〉という技術を表に出すわけにはいきませんから、少々、脚色を加える必要がありますね」

「……?」

「君の父君――藤咲家先代当主は、陰謀により、無理やりに投与された薬物で乱心。跡継ぎの君の命を狙ったものの、失敗。その後、薬の副作用によって死亡。この事件の黒幕は『藤咲家のライバル貴族シャトーアである、厳月家』であり、実行犯は『凶賊ダリジィンの斑目一族』――と、しましょう」

「!」

「実行犯が斑目一族なら、敵対関係にある鷹刀一族の鷹刀ルイフォンが、君たちの恩人となったとしても不思議はないでしょう?」

「殿下……?」

 ハオリュウは『渓谷の事故』についてカイウォルに説明した際、厳月家の名も、斑目一族の名も、いっさい口にしなかったはずだ。

 薄く微笑むカイウォルの美貌に、ハオリュウは声を失う。

「藤咲家を陥れようと厳月家が企んでいたことくらい、私のほうでも調べがついています。〈七つの大罪〉が関わったことで、君はすべてを諦め、闇に葬ろうとしたようですが、私の力があれば正しく裁くことが可能です」

「……っ」

 力の差を見せつけられた。

 ハオリュウの腹の底で、ぞわりと憎悪が蠢く。

 ……けれど、力不足は、受け止めるべき、ただの事実だ。カイウォルに対して憤りを覚えるのは、お門違いだ。

「物ごとが、きちんと正しく処理されれば、メイシア嬢の戸籍だって、復活させることができるでしょう」

「!?」

「死者であれば、どうしても日陰に生きることになりますからね。君だって、大切な姉君が『死者』であるよりも、『生者』であったほうがよいでしょう?」

「――っ!」

『渓谷の事故』は、力なきハオリュウの精いっぱいの祝福だった。

 けれど、本当は、異母姉あねを死者にすることなく、堂々と……藤咲家から、ルイフォンのもとへと送り出したかった。

 そして。

 厳月家には、正当な裁きを――。

 ごくりと唾を飲む音が、森閑とした部屋に響く。

 ハオリュウが喉から手が出るほど欲したものを、カイウォルは提示してきた。

 しかし、それは『セレイエの身柄』と引き換えになるはずで。だから……。

「ハオリュウ君」

 蠱惑の旋律が、ハオリュウの思考を遮る。

「厳月家は、かなりの打撃を受けることになると思いますが、陰謀を命じた先代当主は、既に暗殺されています。肝心の首謀者を処罰できないわけですが、それは仕方がないですよね?」

「!」



『他ならぬ君が、緋扇シュアンに依頼して、厳月家の先代当主を暗殺してしまったのですから。――勿論、その件は、不問に付して差し上げますよ』



 奈落の瞳が、無言でそう告げる。

 ――警告だ。 

 直感で、そう悟った。

 たいした証拠もなく厳月家を裁けるということは、同じことをハオリュウとシュアンに対してもできるということだ。

「……分かりました。殿下のご提案に従います」

 噛みかけた唇を、きゅっと上げ、絹の貴公子は毅然と前を見据えた。

 無策であろうとも、ここは引くべきだった。

「君は……本当に賢いですね」

 カイウォルは、わずかな狼狽を浮かべ、それから破顔する。

「私は、自分の子供を持つつもりはありませんが、君のことは養子むすこに欲しいと思いますよ」

「殿下!?」

「ただの戯言ざれごとです」

 失言を恥じるように、カイウォルはかぶりを振る。軽く瞳を伏せた美貌は、場違いなほどに柔らかなものであった。

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