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作者: 犬物語
ボクとキミのよりよい関係
いろんな経験をして、人は強くなっていく
「あの姿はなんだったんですの?」

 篝火に照らされ、あんずちゃんはそんなことをわたしに聞いてきた。

「変身だよ。異世界人だけがもってるチートスキルなんだって」

 そう答えると、あんずちゃんはよりいっそう好奇心を引き立てられたようにこちらへと寄った。

「ちーと、それはだれから聞きましたの? わたくしそんなスキル使えませんわ」

「いぬ」

「いぬって」

「しかたないじゃんホントのことだもん。夢であった犬にそう言われたんだもん」

 納得してない風に難しい顔のあんずちゃん。それと打って代わり、私用から帰ってきたブッちゃんが歩み寄り静かに口を開いた。

「つまり、拙者やあんず殿でも習得できるということか」

「うん。ドロちんも使えるはずだよ?」

「まったくイメージできませんわぁ……わたくしがあんな、毛むくじゃらになる姿なんて」

 そんなことを口走りつつ、彼女は満天の星空を見上げていた。

 夜も深くなり、寝袋にまるまる人が徐々に増えてきた。火の番をする兵士たちの割合が多くなっていき、それまで酒を呑み騒いでた連中も、いまはひとり酒を嗜むようになってる。

 冷えた空気が服の間を通り過ぎ、わたしはほんの少しだけ煌々と燃える赤色に近づく。

「あのカッコすごく強いしきもちーんだけど、なんか疲れるんだよね」

(でもそれだけじゃない)

 あの姿になってると、なんだか懐かしいきもちになるんだ。

 自由気ままに野山を駆け巡る感覚。だれかに鎖で繋がれてるような記憶。

 それが本当なら辛い思い出のはずなんだけど、なぜかわたしは笑顔でそのロープを引っ張ってるんだ。

「ってかあんずどの・・って、どったの?」

 それまでそなたおぬし言うてた坊さんが急にかしこまったんだけど。

 わたしの問いに、火の反対側へ巨大な影をつくるブッちゃんはすこし思案した表情をつくった。

「ふたりをまったくの初心者と見間違えていた。素直に非礼を詫びたいのだ」

「あーそんなことか」

 気にしてないよべつに。そんな態度を示すべく、わたしだけでなくあんずちゃんまでフレンドリーな笑顔をアピールする。

「いきなりあんず殿はないですわ。ふつうに呼び捨ててくださいな」

「そうそう、わたしたちチームじゃん?」

「かたじけない」

 スモーラーな女の子相手に頭をさげるボディビルダーみたいな男子。うーんいちいち古臭いなぁ。

「これも絆を深める要因になるだろうか。これからもよろしく頼む。グレース、あんず」

「だから堅苦しいって。まあいいけど」

 以前もそんな子ビーちゃんいたし。

「ところでドロちんは?」

「彼女ならもう就寝した。明日いちでやらなければならぬ事があるらしい」

「ふーん……まあこんな時間だしね」

 満天の星空っていうか、もうお月さままでこっくり傾いております。体感深夜れーじ、いやちょっと前くらいかな?

 寝ずの番はお肌にわるし。そういうのはお仕事中の兵士さんたちに任せて、わたしたちは開門待ちのお客さんムーブといたしますか。

「寝よっか」

 そんな言葉を皮切りに、わたしたちはいそいそと自分の寝袋を確保してその中にうずくまっていく。

 そこにはいろんな人のにおいがあった。男のひと女のひと、子どもからお年寄りまでいろんな人がこの寝袋を使っていたんだろう。

 これからも使われていくんだろう。そうすると、この寝袋は永遠にだれかのにおいを重ね続けていくのだろうか? ――そんなことを考えてるうちに、わたしの意識は暗闇の中に落ちていった。





「……あれがそうだっての?」

 まっしろな空間。そこにひとりの少女が立っていた。

 ふとすれば子どものように小さく、魔女のイメージにそぐわぬ大きな帽子に包まれた髪は短く、ウェーブがかった金色に輝いている。

 その目はやさしげな形をしていても、その奥に確かな意思と臆さぬ心をもっている。

「ほらね、言った通りでしょ」

「ふざけないで!」

 白と黒のコントラスト。長めのスカートでありつつ、その衣装は魔法使いというよりひとりの冒険者にも見える。

 身長にしては大人びた佇まい。しかしその気質は、目の前にいるいっぴきの犬に吠えてかかるもういっぴきの犬のようだった。

「ボクは本気だよ。前にも言ったけど」

 いっぴきの犬が口を動かすことなく言った。

「これからキミはトクベツな旅に出ることになる」

「勝手に運命論展開しないで。ウチはウチでこの世界の研究を続けるわ。アンタなんかに邪魔される筋合いはないから」

「ジャマしてるつもりはないんだけどな」

「それが邪魔だって言ってるの!」

 少女は犬に向かって腕を薙ぎ払った。

 その瞬間、そこから風の亀裂が走る。犬を貫いた一陣の風は、しかしその身体を切断することなかった。

「もう言霊を口にせずスキルを発動できるんだ」

 また口を開かずしゃべる。白い空間のなかに黒い犬。おおきく垂れた耳がピクリと動き、ぺたんとした柔和な顔がかすかに動いたように見えた。

「もしかして、レベル上げした?」

「余計なお世話よ」

 少女は空間を見渡し、辟易したように声を荒げた。

「いい加減ここから出してくんない?」

「出すもなにも、ここはキミの空間だよ。ボクは間借りしてるだけ」

「じゃあさっさと出てって」

「つれないなぁ……テリアはみんなこうなのかなぁ」

「なんか言った?」

 ケンカ腰の少女に対し、その犬はしっぽを振って答えた。

「キミたちはこれからいろんな経験をすることになる。いろんな人と出会い、人というものを学んでいくと思う……その経験を忘れないでくれ」

 それまでと異なる様子に、少女は怪訝な顔をしつつも警戒を怠らない。

「人間とはどういう生き物なのか? ――それはキミたちもよく知ってるだろうけど、それだけじゃ足らないんだ」

「それは、どういうこと?」

「人間は人間じゃないと理解できないってことさ。ボクたちは人間を理解できない。だけど人間なら人間を理解できる」

「ちょっと待ちなさいよ!」

 犬の影が薄くなっていく。意味深な言葉だけ残して逃げ去ろうとする四つ足の生き物を止めようと手を伸ばす。

 それは、犬の身体に触れることなくすり抜けた。

「ボクたちと人間はいっしょに歩んできた。けどそのペースや歩き方はちがう。ボクは彼らと同じ歩幅で歩いていきたいんだ」

「意味わかんないわよ! 勝手なことに巻き込まないでくれる!?」

 犬が消えた。まっしろな空間に声だけが響いた。

「巻き込む? ……キミがこの世界を訪れる前、キミは人間を知りたいと思っていたよ?」

 ほんとうに、こころから。

 最後の言葉はとてもやさしかった。取り残された少女は心底憎らしそうに、けど、どこか彼の言葉を受け入れてる自分がいて、それがなぜなのかわからなくて。

「ふっっっっざけんじゃないわよ! 出てこいこのバカ犬!!」

 少女は犬のようにキャンキャンと鳴き続けるのだった。
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