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作者: 犬物語
最短ルートに盗賊あり
ショートカットあまり意味ない説
「ぜったいナニかあるよぉ~」

 洞窟の入口にたどり着き、出てきたことばがコレだった。

 次の町に近づいてきたせいか、道がだんだんと大きくなり、道端には木でできたガードも設けられている。舗装された床は馬車が通っても安心安全なつくりになっていて、これはより大きな町に近づいている証だ。

 が、ブッちゃんは地図をひろげその道から外れていった。わたしたちもそれに続いて来たけど、側道に入って進むごとに人の手が施されてない自然の道へ変貌していき、もはやただの獣道? なかんじになってった。しまいにゃ雑木林に突入して野生の気配を感じつつの行軍。

 目の前に山が見えて「え? まさか登山ですの?」とだれかさんが口を開いたタイミングでブッちゃんが仏頂面で「ついたぞ」と、件の洞窟がご披露されたワケです。

「あの、今からでも先ほどの道に戻ったほうが良いのでは」

 洞窟の入口ってなんでこう邪な気配ウジャウジャするんだろうね。曇天と林道でちょっち薄暗いなか、冷たい空気が立ち込めるその入口は、天井から水がしたたる音と岩石の漆黒とが相まって不気味感を演出している。

(ってか確実に何かいない?)

 という面々の不安を一笑するかのようにブッちゃんはぼそり。

「こちらのほうが近道だ」

「急ぐ旅じゃないでしょ」

 すかさずドロちんのカウンター。しかし効果はいまひとつのようだ。

「我らが預かった手紙に今後の情勢がかかっている。悠長なことは言ってられん」

 使命感に燃えてるとこわりーんスけど、昨日お泊り延長しましたよね? っていうツッコミはしちゃいけないんだろーな。断りにくいシチュエーションだったし。

「そもそも大丈夫なわけ? こんな道だれも通らないでしょ。途中で道が塞がれてました、なんてことがあっても知らないからね!」

 続けざまに抗議するドロちん。その心配もわかるけど、わたしひとつ気づいちゃいました。

「へーきだと思うよ」

「はぁ? なんで」

「足跡がある。それを消した跡も」

 地面にできたそれをひとつ指摘する。うまく隠してるようだけど、ぐちゃぐちゃした地面に平らな部分があると逆に目立っちゃうんだよね。

「比較的新しい。たぶんここ数日も出入りしてるとおもう」

 ブッちゃんがアゴに指を当てた。

「ふむ、旅人がこのような道を選ぶはずもない。盗賊か」

 でしょうね。この場にいるだれもがそう思った。

「メンドウなことになりそうですわね……やはり戻って先程の道を行くほうが良いのでは?」

「行くわよ」

 この場にいる全員が「え?」って顔をした。みんなの視線を独占した少女の名はドロちん、じゃなくてドロシーといいます。

 見れば、しろいほっぺたにほんのり赤みがさしていた。

「構わんのか」

「むしろ好都合」

 歩調良く洞窟に一歩踏み出す。そのとき、わたしの脳裏に魔法少女が放ったことばが再生された。

 悪党に人権はない。

(んー、なむなむ)

 奥に潜んでいるであろう悪いヤツらに思いを馳せ、わたしはこころの中で両手を合わせた。





 閉鎖空間において、音はどこまでも響き渡ります。とくに金属音なんてもってのほかです。そりゃもう洞窟の入口から出口まで無限オーバーレゾナンス。

 自身の存在を相手さんに伝えるほど親切ではありませぬ。ってことで、あんずちゃんには防御力より隠密性を重視していいただきました。

在庫インベントリを覚えててよかったですわね」

 ひたひたと、静かな音をたてあんずちゃんが胸をなでおろしています。こやつ、なかなかおっきーなぁ。

「グレース、まだ気配はないか?」

「うん、匂いもまだ」

 空中に漂う様々な気配。影に潜む羽音はコウモリさんだろうか? ほかにも滴る水は若干ミネラル臭。たまにある鈍い音は、流れる水に流された小石がぶつかる音がする。

 人為的な音ではない。まだ、わたしの耳も鼻も目も、エモノの存在をキャッチしてない。

「んーでもおかしいなぁ」

「なんだ?」

 ブッちゃんの問いに対応できるようなうまい返答を考えられない。

「うーん、静かなのは静かなんだけど静か過ぎるっていうか、気配なさすぎ?」

 左右はおうまさんが走り回れるほど広く、上を向けば、わたしたち異世界人がジャンプしても届かなさそうなくらい天井が高い。この規模の洞窟なら、たとえばもっとコウモリがいたりネズミや野生動物が隠れていてもおかしくはない。盗賊のねぐらとはいえ、この静けさはちょっと気になってしまう。

 薄暗い世界だからか、むき出しの岩はすべて黒ずんで見える。岩肌から染み出した水が地面に集まり小さな水たまりを形成する。ひんやりとした空気のなか、四人の男女は足音に気をつけつつ出口を求めていた。

「まだ先にいるってことでしょ」

 パーティーの先頭に立つのはドロちんだ。洞窟に入ってからずっとそうだ。っていうかみんなでドロちんに付いてくかんじ。

 いつもより呼吸を荒く、頬が上気して、なんていうの、もう、こうふん? してるかんじ。

「気配を感じたらまっさきに教えなさい」

「はーい」

(こんなドロちんはじめて見たよ)

 そもそも、ドロちんとはほんの数日前からパーティーを組んだばかりで、わたしはこの魔法少女を一週間程度しかていない。だから、この子が普段どういう生活してるか、なにが好きでなにがイヤなのかもあまり知らない。せいぜい、読書好きで魔導書のほか、なんかわかんない本も好きだってことくらいだ。

 今日、ドロちんの新たな一面が垣間見えるかもしれない。

「また分岐か」

「風向きはこっちだけど、緑の香りはこっちのほうが強いよ」

「であれば、そちらは隙間風だろう。こちらの道へ進むぞ」

 わたしが意見を言ってブッちゃんが判断を下す。あんずちゃんが「そうなのですか」と呟いて、ドロちんは足早にルートを開拓していく。それぞれの役割がハッキリしてて、もしかしてわたしたちグッドなチームでは?

 そんな経過をもってかれこれ数刻。ダンジョンへ挑む前に見た山の規模からすると、ここいらで半ば過ぎたあたりになる。そろそろコウモリでもサソリでもタヌキでもエンカウントしそうだななんて思ってたらさっそく、ここにきて初めての気配と匂いがわたしの背中を伝った。

「止まって」

 腕を開いてみんなを制しつつ、もう片方の手でドロちんの背中にタッチ。

 こちらを振り向いたドロちんの瞳はギンギンにギラついていた。

「なに」

「いる」

 ドロちんの目が大きくなった。

「人の気配。そこの角を曲がったとこ」

「人数は?」

「わからない。たぶんたくさんいると思う」

 人の匂いに加え、そこには果物と香辛料の匂いまである。みんなもそれに気づいたらしく、それぞれ鼻をならし状況を探っていた。

「なるほど……さながら、ここは盗賊たちの備蓄庫か。となると拠点は次の町であるレブリエーロか」

「手を焼きそうですわね」

 あんずちゃんがスキルを行使し両手持ちの大剣を引き出した。自由自在に荷物を取り出せるようになってからは、みんな自前の荷物を異空間に収納してる。

 わたしもそうなんだけど、身についた習慣からかどーしてもお肌にカタい感触がないと不安でね? いつ襲撃されてもいいように仕込みの数本は常備してあります。

(とはいえ、今回はたくさん必要かな)

 ギリギリまで近づき、わたしは岩陰の角から人の気配がする方向を偵察した。

 数が多い。見えてるだけでざっと十以上。完全に気を抜いてるから装備はポンコツだけどさすがにこの数はなぁ。

 っていうか火起こししてる? 鍋作ってない? 洞窟内でそれはいろいろとアカンでしょ。

(どこかに空気穴があるのかな? それはそうとして)

 ただの旅人でーすって言えばどうぞどうぞーって通してくれるかな?

(ないない)

 こりゃあ作戦練らないとダメですわ。

「ねえねえブッちゃん。ちょっと相談があるんだ、けぇ、ど」

 わたし、振り向いたんだ。これからの戦いについて相談しなきゃって思ったから。

 さっきまで最後尾にあんずちゃんがいて、その前にわたしとブッちゃんがいて、次にドロちんがいる。つまり、いまいちばん近くにいるのはロリっ子魔法少女ってわけ。

「ドロちん?」

 返答なし。ただね、笑顔だったんですよ。

 言うてね、ドロちんかわいーからさいしょは小悪魔的な感じに見えたんですよ。八重歯がチラリってなんかいいでしょ? でもさ、違うんだよ。そういう類の笑顔じゃなかったんですよ。

 アレはそう、言うなれば「待て」と言われてガマンしてガマンしてガマンして、いつもの何倍も待たされてヨダレだばだば四つ足ジタバタからの「よし」って言われた瞬間みたいな?

 意味わかんないけどとにかくそんな感じ。そして、少女は唇の端から狩人の吐息を漏らした。

「――――――イヒッ♪」

 わたしは、もう自分が戦わなくてもいいことを知った。
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