ひとりよりみんながいい
キャラクターの大きさは、モデルとなったわん子のそれを参照しております
「それで、何か思い出せたか?」
濡れタオルで顔を拭き上げつつ、パーティー最年長の初老男子がそんなことを言った。
視線の先にはひとりのおんなの子。ぺたんとウサギのようにおしりを落として、けどみんなを見上げることなく真正面から会話できる。後で聞いた話、なんとびっくりドロちんより年長でブッちゃんより年若いそうだ。
「うん……いろんな人を助けてた。ちょうど、こんなふうに」
言って、彼女はわたしたちを見てまわる。雪山で倒れた人を助け、安全なところに誘導し、そのごほうびをもらって生きてきた。彼女はそんなストーリーを語る。それと同時に、彼女は何度も首をかしげていた。
「でもちがうの」
「違うとは?」
「これはボクの記憶じゃない」
まさかのボクっ娘が自分の胸を締め付ける。蘇ったはずの記憶を自分自身が否定していた。
「そんなはずはない。未完成だったが、さっきの催眠術はきちんとキミに通じていたはずだ。だから、思い出した記憶は作られたモノじゃなく正真正銘、キミ自身の記憶であるはず」
「うん。そうなんだけど……そうなんだけど、ちがう」
(そうだけど、そうじゃない)
まるで意味がわからない? ううん、ちがう。
だってわたしもそうだもん。
(自分の記憶じゃない記憶)
「わかるよ、その気持ち」
「グレース?」
サンダーさんが、ぼさっとした髪の間からこっちを見やる。わたしが発したことばの意味を探るかのように。
だって覚えてるんだもん。
みんなといっしょに――そう、わたしはみんなといっしょに何かを追いかけてた。山をめぐって野を駆けて、大きな声をたくさん出して、木に登ってしまった何かへ必死に話しかけていた。
わたしはそんなことしてない。
してないと思う。
けど、記憶にしっかり残ってる。
「拙者にも覚えがある。拙者自身がもつ記憶のはずが、体験したという実感が沸かぬこの感覚」
「わたくしもですわ。なぜか知りませんが、わたくしはいつも誰かに抱かれて過ごしていた気がしますの――そんなはずありませんのに」
続々と立ち上がる証言が名医を混乱させた。
「なんだなんだ? 異世界人の持病か何かか? リアルな記憶を捏造する疾患なんて聞いたことねーぞ。ってことはお前にもあるのか? ガキんちょ」
「ガキじゃないし……あるわ」
「どんな?」
「ウチのことはどーだっていいでしょ」
「えードロちんの記憶もねほりはほりしたい!」
「関係ない話よ」
ドロちん、ピシャリとシャットアウト。それからガタイは大きく、態度は小さいおんなの子に向きなおった。
「それで、アンタはどうするつもり?」
「え」
きょとん。
心当たりが見つからない。
ドロちんが続ける。
「ずっとここで、アンタ自身の記憶に縛られ続けるのかってことよ」
指摘され、ベリーちゃんは考えるように俯いた。それから医者の立場としてサンダーさんが尋ねる。
「ベリー。キミはこの世界に来てどれほど経つ?」
「……ひと月くらい」
「それまでどうやって生活してた?」
「ずっとここで……食べ物が、保管庫にたくさん残ってたから」
それは知ってる。彼女に助けられ、サンダーさんを介抱する間、ベリーちゃんがそれらの食糧を提供してくれた。わたしたちは在庫があるから断ったけど、ひとりでならまだ籠城戦に耐えられる量はある。
あるけど、限られてる。
いずれここを出なきゃいけない。
ブッちゃんが気遣うように事実を告げた。
「それもいずれ尽きるだろう。その後はどうするのだ?」
「それは……」
ベリーちゃん、こんどは惑うように顔を沈める。答えを求めて深い泥沼でもがくような気持ち。それに光明をもたらしたのは、普段ツンツン全開のロリっ子魔術師だった。
「決断は早いほうがいいわよ。今なら孤独に野垂れ死ぬリスクもないでしょうし」
(あぁ、なるほど)
ドロちんはこう言ってるのだ。
いずれここを離れなければならない日がくる。
その日って今日でもよくない?
「だってオトモダチがいるじゃん?」
俯く少女を下から覗き込む。ベリーちゃんには、わたしの顔は上から飛び出してきたように見えたと思う。
彼女はおめめをパチパチして、ひと月ぶんの疲れを溜め込んだボサボサヘアーを振り上げた。
「でも、ボク」
「いーからいーから」
わたしは彼女の手を掴んだ。
引っ張った。
うごかせねー。
「ん、んー、うん」
諦めた。
作戦変更。
「ベリーちゃん、わたしとオトモダチになろ?」
手を差し出した。
動かせないなら動いてもらうのだ。
「………………」
ベリーちゃんはちょっと迷って、
わたしの手と自分の手を交互に見て、
いちばん近くにいたサンダーさんを見て、
それからドロちんを見て、
ブッちゃんを見て、
手を差し出した少女の目を見た。
「うん」
少女がわたしの手をとる。
よし、こーなったらこっちのモンだぜ。
「はーい!」
「わっ」
ベリーちゃんのおっきな手を両手で掴み、ひっぱって立たせた。大きいなとそびえ立つ山を眺め改めて思いつつ、その手をめっちゃぶん回した。
「よろしくベリーちゃん!」
「あ、うん、よろしく」
たれ目少女はなすがまま。調子に乗って彼女のふとももに抱きついてみた。
「おっきー! まるたみたい!」
「まるた……」
こんどはおしり。
「ふかふか! おまんじゅうじゃん!」
「おまんじゅう……」
おっきな背中をクライミング。それから両腕を伸ばした。
「こっちもおまんじゅう!」
「あうぅ……」
「グレース、そこまでにしなさい」
ルームメイトが氷点下の瞳でこちらを射止めております。あ、これマジなヤツだ。
「えへへぇ、めんごめんご」
「まったく。オトメの身体をまさぐるなんて無礼にも程がありますわ」
言って、彼女はベリーちゃんへ恭しくお辞儀をした。
「うちのバカが申し訳ありません」
(バカッ!?)
あんずちゃん?
いまバカ言いませんでした?
(それはドロちんが言うべきセリフですわよ!?)
しっとりやさしいあんずちゃんがそんなセリフ使うんじゃありませんことよ?
「改めまして、わたくしはあんず。一人前の騎士となれるよう修行を積み上げているところですわ。それで、彼らが――」
ボリューミーな小麦色の髪の毛を払いつつ、彼女は言った。光の加減で黄金にも見えるその髪は、今は暗闇に閉ざされつつも明るく輝いている。
彼女はだれかの名を言うことなく、手を伸ばしベリーちゃんの視線を横に誘導した。真っ先に絡み合ったまっくろ僧侶が咳払いをし、刈り上げの短髪に手を伸ばした。
「拙者はブーラー。今は冒険者の端くれとして、微力ながら彼女らの手助けをしている。味方への補助や回復スキルを得意としている」
ベリーちゃんはこくりと頷いて、最も身長差が激しい少女のほうを見た。
「ドロシーよ。基本は魔術師だけど、錬金術も嗜んでるわ」
室内とはいえ寒いのは寒いので、ここにいるみんな本来の装備でなく、モコッとしたエスキモーな衣装に身を包んでいる。そんな姿でいるから、今のドロちんは魔法少女というよりほんとうの子どもに見えていた。
「まほうつかいなんだ」
「まあね」
ドロちんは、今は帽子をかぶらずウェーブがかった短めの黒髪を晒している。魔法を使えば属性に応じて色が変化し、魔法の強さによって髪の毛が伸びていく。
さっきも火の魔法を使い、ドロちんの髪は赤く燃え上がった。慣れっこだけどベリーちゃんはとても興味深くその様を眺め、今でもこうして――、
「すごいね」
ぽんぽん。
「子ども扱いしないでほしいんだけど?」
ロリっ子魔術師の眉間にシワが寄ったところで、我が親友がまあまあとちいさなお子さまをなだめる。さて、みんなの自己紹介が終わったところで、いよいよベリーちゃんのプライベート深堀りしちゃうぜコーナーに入りますか。
「おーい、だれか忘れてないかー?」
「あ、いたの?」
「いつにも増して辛辣だなぁクソガキ……サンダーランドだ。めんどくさいからサンダーでいいぜ」
最年長者がシワ深い手を広げた。
「いちおう医者だ。ギルドも国の許可もねーけどな」
闇医者は冗談めかして言った。ベリーちゃんはとくに反応なく、サンダーさんの眉が下がったけどみんなスルー。では、さいごにベリーちゃんのイントロデュースをご清聴。
「ベリー」
(むむッ!)
だんまりは許さぬ。
「好きなことは?」
「ゆっくり、すること」
「好きなたべものは?」
「なんでも」
「好きなものは?」
「たる」
「たる? なんで?」
「なんとなく」
「ベリーさん。そこまでにしておきませんと、このまま夜通し質問攻めされますわよ」
「えー」
抗議の声むなしく、新人歓迎会はお開きとなった。
新しいオトモダチ。新しい仲間。新しい気持ちのまま山を降りようとして猛吹雪により断念。もう一泊の運びとなる。
「ん~もふもふぅ」
「……っふふ」
硬い床に悩まされつつも、わたしはやわらかなクッションを見つけそこに身体を突っ込んで埋める。そんな困ったちゃんを、クッションはやさしく包みこんでくれた。
濡れタオルで顔を拭き上げつつ、パーティー最年長の初老男子がそんなことを言った。
視線の先にはひとりのおんなの子。ぺたんとウサギのようにおしりを落として、けどみんなを見上げることなく真正面から会話できる。後で聞いた話、なんとびっくりドロちんより年長でブッちゃんより年若いそうだ。
「うん……いろんな人を助けてた。ちょうど、こんなふうに」
言って、彼女はわたしたちを見てまわる。雪山で倒れた人を助け、安全なところに誘導し、そのごほうびをもらって生きてきた。彼女はそんなストーリーを語る。それと同時に、彼女は何度も首をかしげていた。
「でもちがうの」
「違うとは?」
「これはボクの記憶じゃない」
まさかのボクっ娘が自分の胸を締め付ける。蘇ったはずの記憶を自分自身が否定していた。
「そんなはずはない。未完成だったが、さっきの催眠術はきちんとキミに通じていたはずだ。だから、思い出した記憶は作られたモノじゃなく正真正銘、キミ自身の記憶であるはず」
「うん。そうなんだけど……そうなんだけど、ちがう」
(そうだけど、そうじゃない)
まるで意味がわからない? ううん、ちがう。
だってわたしもそうだもん。
(自分の記憶じゃない記憶)
「わかるよ、その気持ち」
「グレース?」
サンダーさんが、ぼさっとした髪の間からこっちを見やる。わたしが発したことばの意味を探るかのように。
だって覚えてるんだもん。
みんなといっしょに――そう、わたしはみんなといっしょに何かを追いかけてた。山をめぐって野を駆けて、大きな声をたくさん出して、木に登ってしまった何かへ必死に話しかけていた。
わたしはそんなことしてない。
してないと思う。
けど、記憶にしっかり残ってる。
「拙者にも覚えがある。拙者自身がもつ記憶のはずが、体験したという実感が沸かぬこの感覚」
「わたくしもですわ。なぜか知りませんが、わたくしはいつも誰かに抱かれて過ごしていた気がしますの――そんなはずありませんのに」
続々と立ち上がる証言が名医を混乱させた。
「なんだなんだ? 異世界人の持病か何かか? リアルな記憶を捏造する疾患なんて聞いたことねーぞ。ってことはお前にもあるのか? ガキんちょ」
「ガキじゃないし……あるわ」
「どんな?」
「ウチのことはどーだっていいでしょ」
「えードロちんの記憶もねほりはほりしたい!」
「関係ない話よ」
ドロちん、ピシャリとシャットアウト。それからガタイは大きく、態度は小さいおんなの子に向きなおった。
「それで、アンタはどうするつもり?」
「え」
きょとん。
心当たりが見つからない。
ドロちんが続ける。
「ずっとここで、アンタ自身の記憶に縛られ続けるのかってことよ」
指摘され、ベリーちゃんは考えるように俯いた。それから医者の立場としてサンダーさんが尋ねる。
「ベリー。キミはこの世界に来てどれほど経つ?」
「……ひと月くらい」
「それまでどうやって生活してた?」
「ずっとここで……食べ物が、保管庫にたくさん残ってたから」
それは知ってる。彼女に助けられ、サンダーさんを介抱する間、ベリーちゃんがそれらの食糧を提供してくれた。わたしたちは在庫があるから断ったけど、ひとりでならまだ籠城戦に耐えられる量はある。
あるけど、限られてる。
いずれここを出なきゃいけない。
ブッちゃんが気遣うように事実を告げた。
「それもいずれ尽きるだろう。その後はどうするのだ?」
「それは……」
ベリーちゃん、こんどは惑うように顔を沈める。答えを求めて深い泥沼でもがくような気持ち。それに光明をもたらしたのは、普段ツンツン全開のロリっ子魔術師だった。
「決断は早いほうがいいわよ。今なら孤独に野垂れ死ぬリスクもないでしょうし」
(あぁ、なるほど)
ドロちんはこう言ってるのだ。
いずれここを離れなければならない日がくる。
その日って今日でもよくない?
「だってオトモダチがいるじゃん?」
俯く少女を下から覗き込む。ベリーちゃんには、わたしの顔は上から飛び出してきたように見えたと思う。
彼女はおめめをパチパチして、ひと月ぶんの疲れを溜め込んだボサボサヘアーを振り上げた。
「でも、ボク」
「いーからいーから」
わたしは彼女の手を掴んだ。
引っ張った。
うごかせねー。
「ん、んー、うん」
諦めた。
作戦変更。
「ベリーちゃん、わたしとオトモダチになろ?」
手を差し出した。
動かせないなら動いてもらうのだ。
「………………」
ベリーちゃんはちょっと迷って、
わたしの手と自分の手を交互に見て、
いちばん近くにいたサンダーさんを見て、
それからドロちんを見て、
ブッちゃんを見て、
手を差し出した少女の目を見た。
「うん」
少女がわたしの手をとる。
よし、こーなったらこっちのモンだぜ。
「はーい!」
「わっ」
ベリーちゃんのおっきな手を両手で掴み、ひっぱって立たせた。大きいなとそびえ立つ山を眺め改めて思いつつ、その手をめっちゃぶん回した。
「よろしくベリーちゃん!」
「あ、うん、よろしく」
たれ目少女はなすがまま。調子に乗って彼女のふとももに抱きついてみた。
「おっきー! まるたみたい!」
「まるた……」
こんどはおしり。
「ふかふか! おまんじゅうじゃん!」
「おまんじゅう……」
おっきな背中をクライミング。それから両腕を伸ばした。
「こっちもおまんじゅう!」
「あうぅ……」
「グレース、そこまでにしなさい」
ルームメイトが氷点下の瞳でこちらを射止めております。あ、これマジなヤツだ。
「えへへぇ、めんごめんご」
「まったく。オトメの身体をまさぐるなんて無礼にも程がありますわ」
言って、彼女はベリーちゃんへ恭しくお辞儀をした。
「うちのバカが申し訳ありません」
(バカッ!?)
あんずちゃん?
いまバカ言いませんでした?
(それはドロちんが言うべきセリフですわよ!?)
しっとりやさしいあんずちゃんがそんなセリフ使うんじゃありませんことよ?
「改めまして、わたくしはあんず。一人前の騎士となれるよう修行を積み上げているところですわ。それで、彼らが――」
ボリューミーな小麦色の髪の毛を払いつつ、彼女は言った。光の加減で黄金にも見えるその髪は、今は暗闇に閉ざされつつも明るく輝いている。
彼女はだれかの名を言うことなく、手を伸ばしベリーちゃんの視線を横に誘導した。真っ先に絡み合ったまっくろ僧侶が咳払いをし、刈り上げの短髪に手を伸ばした。
「拙者はブーラー。今は冒険者の端くれとして、微力ながら彼女らの手助けをしている。味方への補助や回復スキルを得意としている」
ベリーちゃんはこくりと頷いて、最も身長差が激しい少女のほうを見た。
「ドロシーよ。基本は魔術師だけど、錬金術も嗜んでるわ」
室内とはいえ寒いのは寒いので、ここにいるみんな本来の装備でなく、モコッとしたエスキモーな衣装に身を包んでいる。そんな姿でいるから、今のドロちんは魔法少女というよりほんとうの子どもに見えていた。
「まほうつかいなんだ」
「まあね」
ドロちんは、今は帽子をかぶらずウェーブがかった短めの黒髪を晒している。魔法を使えば属性に応じて色が変化し、魔法の強さによって髪の毛が伸びていく。
さっきも火の魔法を使い、ドロちんの髪は赤く燃え上がった。慣れっこだけどベリーちゃんはとても興味深くその様を眺め、今でもこうして――、
「すごいね」
ぽんぽん。
「子ども扱いしないでほしいんだけど?」
ロリっ子魔術師の眉間にシワが寄ったところで、我が親友がまあまあとちいさなお子さまをなだめる。さて、みんなの自己紹介が終わったところで、いよいよベリーちゃんのプライベート深堀りしちゃうぜコーナーに入りますか。
「おーい、だれか忘れてないかー?」
「あ、いたの?」
「いつにも増して辛辣だなぁクソガキ……サンダーランドだ。めんどくさいからサンダーでいいぜ」
最年長者がシワ深い手を広げた。
「いちおう医者だ。ギルドも国の許可もねーけどな」
闇医者は冗談めかして言った。ベリーちゃんはとくに反応なく、サンダーさんの眉が下がったけどみんなスルー。では、さいごにベリーちゃんのイントロデュースをご清聴。
「ベリー」
(むむッ!)
だんまりは許さぬ。
「好きなことは?」
「ゆっくり、すること」
「好きなたべものは?」
「なんでも」
「好きなものは?」
「たる」
「たる? なんで?」
「なんとなく」
「ベリーさん。そこまでにしておきませんと、このまま夜通し質問攻めされますわよ」
「えー」
抗議の声むなしく、新人歓迎会はお開きとなった。
新しいオトモダチ。新しい仲間。新しい気持ちのまま山を降りようとして猛吹雪により断念。もう一泊の運びとなる。
「ん~もふもふぅ」
「……っふふ」
硬い床に悩まされつつも、わたしはやわらかなクッションを見つけそこに身体を突っ込んで埋める。そんな困ったちゃんを、クッションはやさしく包みこんでくれた。