ファミリアーリス山脈
カニス・ルプス・ファミリアーリス
Canis lupus familiaris
犬の学名。ラテン語で、その意味は『犬・狼・家族』
Canis lupus familiaris
犬の学名。ラテン語で、その意味は『犬・狼・家族』
ベリーちゃんは、この世界に来てからずっと雪山で過ごしてきたそうだ。
気づいたら極寒まっしろけの世界。ちょっと寒かったから近くの建物に避難して、食糧があったからそれ食べて、意外と居心地悪くないから居座ってみたんだそうだ。
豪雪、強風、吹雪。こんな環境を「ちょっと寒かった」で済ますベリーちゃんの胆力よ。しかも、ときおり遭難者を探しては例の修道院へご招待してた模様。
「でも、いっしょにあそんでくれなかった……」
いちばんおっきな身体を持ちながら、彼女はしゅんと丸くなった。
改めて見るベリーちゃんの体格よ。ぱっと見かわいーのですが、遭難してパニックになった側からすると、とつぜん巨大な影が表れこちらに向かってくるのだから、助けてもらったとて恐怖心を抱くのわからなくもない。
「まったく失礼ですわね。助けてもらいながら感謝もなく逃げ出すだなんて」
ベリーちゃんの話をひととおり聞いて、義心あふれる女騎士はもこもこ姿で憤慨した。
「クズね。そのまま野垂れ死ねばよかったのよ」
「ドロシーよ、そこまでは酷というものだ」
「アンタは優しすぎるのよクロすすけ僧侶。そもそも、ただ登りたい、チャレンジしたいからって単身乗り込むほうが悪いのよ。遠回りな自殺だわ」
言って、ドロちんは白髪の山脈に手を広げた。昨日の吹雪はウソみたいに晴れ上がり、今は青空のもと安全な旅路を実現している。それでも寒いのは寒いのでみなさまコートを重ね着したりエスキモースタイルだったり雪だるまっぽくなったり。
そんな中、ベリーちゃんは何か民族衣装のような服に身を包んでいた。赤色を基調として長いスカートとベスト。やわらかな素材であったかくて、ベリーちゃんはそれプラス、赤い上着を羽織っている。
厚着じゃないけど、ふしぎとベリーちゃんを見てるとこっちの気分まであたたかくなってくる。おっきな身体におっきな包容力。ごめん、もいっかい懐へ飛び込んでもいーですか?
「まふっ」
「ん」
いいやぁ~ベリーちゃんのカラダあったけぇ~。
「グレース! んもう、子どもじゃないんだから」
「おまえらそのヘンにしとけ」
マイフレンドからやさしめの注意。
最年長の嘆息。それから彼はこう切り出した。
「そろそろカニス領だ。バカなことして、入国拒否されんなよ」
「え、そうなの?」
わたしは周囲を見渡した。
「どこにもないよ? 国境ライン」
「見えるわけねーだろ」
サンダーさんは呆れ顔だ。
「お前らが今登ってる、このファミリアーリス山脈の山頂を国境としてんだよ。異世界人でもそのくらい覚えとけ」
「へぇ、そうなのですか」
素直なあんずちゃんが生徒役を買って出る。それに対し、サンダー先生は雄弁に語り始めた。
「基本的に、アイン・マラハから直接カニス領へ行くにはファミリアーリス山脈を経由しなければならない。規模的に洞窟があるかわからねーし、こんなデカい山脈にトンネルを掘る計画なんて立ちやしねぇ」
「うむ……だからこそ、拙者ははじめフラッツ・スワン経由でカニスへ至ると想定していた」
「まあ、普通そうだろうよ。だがこんな立地だからこそ、二十年前の戦争においてアイン・マラハとカニスの間で激しいドンパチはなかったらしい」
まあ、俺は田舎で引きこもってたから詳しいことは知らねーがな。サンダーさんは投げやりにそんなセリフを吐く。
「ですが、アイン・マラハはカニスと仲が良いのですわよね? どうやって交流しているのです?」
「カニスは魔族の領域だ。飛行能力をもつヤツもいれば、なんか知らねーけど魔法みたいなので瞬間移動できるヤツもいるらしい」
だろ? って感じでちんちくりんを一瞥。された小娘はめんどくさがりつつも解説役を買って出た。
「ウチらは習得して魔法を使うけど、魔族の中には生まれつき魔法を使える種族もいるわ」
「詳しいことは知らねーが、アイン・マラハの首都フラーのどっかにカニスと繋がる穴があるとかなんとか。まあウワサ話だ」
「そうなのですか……あとひとつよろしいですか?」
あんずちゃん、今までにない不安の表情を見せる。
「直前で通行手形が必要だとか、そんなオチありませんわよね? 旅団経由で話が行ってるとしても、ベリーさんの扱いがどうなるか」
言って、女騎士は件の少女を見上げる。みんなの視線が集まり、ベリーちゃんは恥ずかしそうな、戸惑うような表情になった。
「わたし、なにかわるいこと?」
「いえ! そういうワケじゃありませんが」
「その心配はない」
その疑問に答えたのはブッちゃんだった。
「カニスは魔族の地。彼らは人間と生活基盤が異なる故、関所や交通手形などは必要ないはずだ」
「ブーラーの言う通りだ。旅仲間に聞いた話だが、カニスは物々交換が主流で、金や手続きが必要なのは人間と交流が深い地域だけなんだとよ」
「そうなのですか」
ホッと胸を撫で下ろすあんずちゃんとベリーちゃん。
「それより見ろ、そろそろ山頂だぜ」
「え?」
わたしはハッとして見上げた。気がつけば、遠く見えてたはずのてっぺんが目の前に迫っている。
「ほんとだ! バビューン!」
「あ、グレース!」
後ろから制止の声。
ブレーキが壊れてる。
わたしはそのまま駆け上がって、たどり着いた。
「ひゃっほーい!」
この山でいちばん高いとこ。
右を見て、左を見て、上を見てから下を見下ろす。
さんびゃくろくじゅうどぜーんぶ絶景なんだけど!
「うわーすげー! やましかなーい! ――うわっと!」
はしゃいでジャンプ。
着地時に雪がつるんこ。
あ、アカンこれ転がり落ちる。
「わふっ」
倒れた背中にやわらかい感触。見上げると、そこにはもふもふの山と包容感たっぷりのお顔があった。
「だいじょうぶ?」
「あぁ……あったけー」
山頂、脱力、そしてベリーちゃんのおなか。
ここは天国ですか?
「たわけが」
あとから追いついたまっくろ僧侶の叱咤。久しぶりに聞いたなぁこのことば。
「えへへ、めんご」
「ったく、いきなり走り出すとか子どもかよ」
続々と仲間たちが合流してきました。最後に疲れ気味のおじいちゃんがやってきて、息を整えたところでみんなより一歩先行。
「ようこそカニスへといったところか?」
こちらに振り返りポージング。なにそれ、カッコイイと思ってんの?
「行ったことはねーが、旅の知り合いからいろんな土産話を聞いた。さいしょの街についたら、ウマいメシ屋に案内するぜ?」
「めしぃ!」
そのワードは卑怯だよサンダーさん! そんなの楽しみに決まってんじゃん!
「はやくいこ! ね? ほらみんな駆け足!!」
「まったく、グレースはいつもこうなのだから。ベリーさんからも何か言ってあげてくださらない――ベリーさん?」
「……」
あんずちゃんが見上げた。
目の前に雫が垂れてきた。
「ファッ!?」
間一髪でかわす。雫が地面の雪に埋もれ煙を吐き出した。
「ベリーさんヨダレが!」
「あぁ、そう。こいつも駄犬寄りなのね」
あんずちゃんが慌ててドロちんは手を額に当てる。ブッちゃんはただその様子を固まった表情のまま見送っていた。
気づいたら極寒まっしろけの世界。ちょっと寒かったから近くの建物に避難して、食糧があったからそれ食べて、意外と居心地悪くないから居座ってみたんだそうだ。
豪雪、強風、吹雪。こんな環境を「ちょっと寒かった」で済ますベリーちゃんの胆力よ。しかも、ときおり遭難者を探しては例の修道院へご招待してた模様。
「でも、いっしょにあそんでくれなかった……」
いちばんおっきな身体を持ちながら、彼女はしゅんと丸くなった。
改めて見るベリーちゃんの体格よ。ぱっと見かわいーのですが、遭難してパニックになった側からすると、とつぜん巨大な影が表れこちらに向かってくるのだから、助けてもらったとて恐怖心を抱くのわからなくもない。
「まったく失礼ですわね。助けてもらいながら感謝もなく逃げ出すだなんて」
ベリーちゃんの話をひととおり聞いて、義心あふれる女騎士はもこもこ姿で憤慨した。
「クズね。そのまま野垂れ死ねばよかったのよ」
「ドロシーよ、そこまでは酷というものだ」
「アンタは優しすぎるのよクロすすけ僧侶。そもそも、ただ登りたい、チャレンジしたいからって単身乗り込むほうが悪いのよ。遠回りな自殺だわ」
言って、ドロちんは白髪の山脈に手を広げた。昨日の吹雪はウソみたいに晴れ上がり、今は青空のもと安全な旅路を実現している。それでも寒いのは寒いのでみなさまコートを重ね着したりエスキモースタイルだったり雪だるまっぽくなったり。
そんな中、ベリーちゃんは何か民族衣装のような服に身を包んでいた。赤色を基調として長いスカートとベスト。やわらかな素材であったかくて、ベリーちゃんはそれプラス、赤い上着を羽織っている。
厚着じゃないけど、ふしぎとベリーちゃんを見てるとこっちの気分まであたたかくなってくる。おっきな身体におっきな包容力。ごめん、もいっかい懐へ飛び込んでもいーですか?
「まふっ」
「ん」
いいやぁ~ベリーちゃんのカラダあったけぇ~。
「グレース! んもう、子どもじゃないんだから」
「おまえらそのヘンにしとけ」
マイフレンドからやさしめの注意。
最年長の嘆息。それから彼はこう切り出した。
「そろそろカニス領だ。バカなことして、入国拒否されんなよ」
「え、そうなの?」
わたしは周囲を見渡した。
「どこにもないよ? 国境ライン」
「見えるわけねーだろ」
サンダーさんは呆れ顔だ。
「お前らが今登ってる、このファミリアーリス山脈の山頂を国境としてんだよ。異世界人でもそのくらい覚えとけ」
「へぇ、そうなのですか」
素直なあんずちゃんが生徒役を買って出る。それに対し、サンダー先生は雄弁に語り始めた。
「基本的に、アイン・マラハから直接カニス領へ行くにはファミリアーリス山脈を経由しなければならない。規模的に洞窟があるかわからねーし、こんなデカい山脈にトンネルを掘る計画なんて立ちやしねぇ」
「うむ……だからこそ、拙者ははじめフラッツ・スワン経由でカニスへ至ると想定していた」
「まあ、普通そうだろうよ。だがこんな立地だからこそ、二十年前の戦争においてアイン・マラハとカニスの間で激しいドンパチはなかったらしい」
まあ、俺は田舎で引きこもってたから詳しいことは知らねーがな。サンダーさんは投げやりにそんなセリフを吐く。
「ですが、アイン・マラハはカニスと仲が良いのですわよね? どうやって交流しているのです?」
「カニスは魔族の領域だ。飛行能力をもつヤツもいれば、なんか知らねーけど魔法みたいなので瞬間移動できるヤツもいるらしい」
だろ? って感じでちんちくりんを一瞥。された小娘はめんどくさがりつつも解説役を買って出た。
「ウチらは習得して魔法を使うけど、魔族の中には生まれつき魔法を使える種族もいるわ」
「詳しいことは知らねーが、アイン・マラハの首都フラーのどっかにカニスと繋がる穴があるとかなんとか。まあウワサ話だ」
「そうなのですか……あとひとつよろしいですか?」
あんずちゃん、今までにない不安の表情を見せる。
「直前で通行手形が必要だとか、そんなオチありませんわよね? 旅団経由で話が行ってるとしても、ベリーさんの扱いがどうなるか」
言って、女騎士は件の少女を見上げる。みんなの視線が集まり、ベリーちゃんは恥ずかしそうな、戸惑うような表情になった。
「わたし、なにかわるいこと?」
「いえ! そういうワケじゃありませんが」
「その心配はない」
その疑問に答えたのはブッちゃんだった。
「カニスは魔族の地。彼らは人間と生活基盤が異なる故、関所や交通手形などは必要ないはずだ」
「ブーラーの言う通りだ。旅仲間に聞いた話だが、カニスは物々交換が主流で、金や手続きが必要なのは人間と交流が深い地域だけなんだとよ」
「そうなのですか」
ホッと胸を撫で下ろすあんずちゃんとベリーちゃん。
「それより見ろ、そろそろ山頂だぜ」
「え?」
わたしはハッとして見上げた。気がつけば、遠く見えてたはずのてっぺんが目の前に迫っている。
「ほんとだ! バビューン!」
「あ、グレース!」
後ろから制止の声。
ブレーキが壊れてる。
わたしはそのまま駆け上がって、たどり着いた。
「ひゃっほーい!」
この山でいちばん高いとこ。
右を見て、左を見て、上を見てから下を見下ろす。
さんびゃくろくじゅうどぜーんぶ絶景なんだけど!
「うわーすげー! やましかなーい! ――うわっと!」
はしゃいでジャンプ。
着地時に雪がつるんこ。
あ、アカンこれ転がり落ちる。
「わふっ」
倒れた背中にやわらかい感触。見上げると、そこにはもふもふの山と包容感たっぷりのお顔があった。
「だいじょうぶ?」
「あぁ……あったけー」
山頂、脱力、そしてベリーちゃんのおなか。
ここは天国ですか?
「たわけが」
あとから追いついたまっくろ僧侶の叱咤。久しぶりに聞いたなぁこのことば。
「えへへ、めんご」
「ったく、いきなり走り出すとか子どもかよ」
続々と仲間たちが合流してきました。最後に疲れ気味のおじいちゃんがやってきて、息を整えたところでみんなより一歩先行。
「ようこそカニスへといったところか?」
こちらに振り返りポージング。なにそれ、カッコイイと思ってんの?
「行ったことはねーが、旅の知り合いからいろんな土産話を聞いた。さいしょの街についたら、ウマいメシ屋に案内するぜ?」
「めしぃ!」
そのワードは卑怯だよサンダーさん! そんなの楽しみに決まってんじゃん!
「はやくいこ! ね? ほらみんな駆け足!!」
「まったく、グレースはいつもこうなのだから。ベリーさんからも何か言ってあげてくださらない――ベリーさん?」
「……」
あんずちゃんが見上げた。
目の前に雫が垂れてきた。
「ファッ!?」
間一髪でかわす。雫が地面の雪に埋もれ煙を吐き出した。
「ベリーさんヨダレが!」
「あぁ、そう。こいつも駄犬寄りなのね」
あんずちゃんが慌ててドロちんは手を額に当てる。ブッちゃんはただその様子を固まった表情のまま見送っていた。